第5話 新年の始まり
一月一日元旦。
すっきりと晴れた朝の神社、境内は人の行列ができるほどに賑わっていた。
それほど大きくない地元の神社、誠司たちは入り口にある大きな鳥居の前で待ち合わせしていた。
かなりの人ごみの中、他にも大勢の同じ考えの人たちと被ってしまい、最初に着いた誠司は、背伸びをして他の三人が到着するのを探しつつ待っていた。
誠司の首には、ひかりからのクリスマスプレゼントの白いマフラーが巻かれている。
誠司はそのことを意識しつつ、この朝の冷え込みの中、暖かい気持ちでいられるのだった。
「誠司君」
ベージュのコートに身を包んだひかりは、白い息を吐きながら誠司のもとへ駆け寄ってきた。
艶のある黒髪が朝の光できらめく。冷たい空気に頬を少し紅くしたひかりの姿に、誠司の目はくぎ付けになる。
「あけましておめでとう」
今年初めてのひかりの笑顔は、誠司には眩しすぎた。
「あけましておめでとう。今年もよろしくお願いします」
誠司がそう言うと、ひかりも「私こそよろしくお願いします」と言ってぺこりとお辞儀した。
「マフラーしてくれてるんだ……」
ひかりは誠司の首に巻かれている白いマフラーを触って、嬉しそうに微笑む。
「うん。すごい暖かいんだ。本当にありがとう」
そうして甘酸っぱい空気に二人が包まれていると、勇磨と楓が並んでやってきた。
誠司は二人に手を振って笑顔を見せる。
「橘さん、勇磨、あけましておめでとう」
「高木君たち早かったのね。二人ともおめでとう。じゃあ早速……」
楓はおめでとうと言うが早いか、すかさずひかりに抱きついた。
「ひかりー」
「もう、楓、新年早々やめて」
ひかりは恥ずかしそうに人目を気にするが、楓はひかりを放さない。
「もう、可愛いひかりが悪いんだからね。あ、高木君、先にひかりに抱きついちゃってごめんね」
楓は悪びれる風もなく、ひかりにすりすりと頬ずりした。
「橘さん、勇磨もおめでとう。二人一緒だったんだね」
誠司は楓に襲われているひかりを苦笑いしつつ傍観する。
勇磨はしつこくひかりに絡む楓を見て、しょうがない奴だなとため息をついた。
「さっき来る途中でばったりな、別に待ち合わせたんじゃないんだけど」
さらにひかりの体をべたべた触り始めた楓に、ひかりはたまらず声を上げた。
「もう、いい加減にしなさい」
ひかりは楓を振り払って誠司の後ろに隠れた。
楓はガルルルと唸りながら、両手をかぎ爪のようにしてまだ襲おうとしている。
「助けて誠司君。楓がいじめるの」
そんな二人を誠司は可笑しそうに眺めながら、そろそろお参りしようよと諭した。
「そうね。じゃあツーラウンド目は参拝の後に」
「もう、楓の馬鹿」
楓はやっとひかりを諦めた。
ひかりはそのまま誠司の後ろで勇磨に「あけましておめでとう」と新年の挨拶をした。
「おめでとう。ごめんな時任。まあこいつ、今年もこんな感じだ」
「なによ、私の一番の楽しみなの。ほっといて」
恐らく楓は誠司の10倍位ひかりとべたべたしているだろう。
参拝道を歩き出した四人は、人ごみの中でゆっくりと足を進める。
境内に近づくにつれ、人の流れがゆっくりになり、やがてあまり動かなくなった。
誠司が隣のひかりの様子を伺ってみる。
「混んでるね」
「そうだね。私いつもは元旦に来ないから、びっくりしちゃった」
「実は俺もそうなんだ。こんなに人が多いのって初めてだよ」
やっと賽銭箱の前に来た四人は、各々小銭を投げ入れて願い事をした。
勇磨はパンパンと手を叩いて、しっかりと何かをお願いしたあと一息ついた。
「ふう、これでよし」
真っ先に願い事をし終えた勇磨に、楓は自分も願い事をした後、顔を上げて尋ねた。
「ねえ、どんなことお願いしたの?」
「そんなの言えねえよ」
ぶっきらぼうに応える勇磨に、楓はイラっとしたのか言い返した。
「どうせあんたの願い事なんか、やらしいことに決まってるわ。どうせラブぽよ第三期が始まるようにとかでしょ」
「ちげーよ。俺はお前とのことを……」
勇磨は言いかけて口を押さえた。
楓はびっくりしたような顔をして勇磨を見つめる。
「私とのこと?」
「いや……何でもない」
勇磨は少し紅くなって先にすたすた歩いていった。
「ねえ。待ってよ」
楓は勇磨を追いかけて小走りについて行った。
ひかりはそんな楓の背中に目を向けてクスリと笑う。
「なんかあの二人、いい感じだね」
続いてお参りを済ませた誠司とひかりは、並んで歩きながら、先に行ってしまった二人の背中を見ていた。
「そうだね。仲がいいのか悪いのかよく分からない時もあるけど、なんか最近は安心して見ていられるんだ」
「誠司君もそう思う? 私も最近あんまり心配しなくなったの」
「あいつが橘さんのこと大事に思ってるのだけは分かるんだ。きっと橘さんも」
「うん。楓も口は悪いけど新君と同じだって思う」
そのうちに二人の背中は、人波の中に見えなくなってしまった。
「ひかりちゃん」
「はい」
「手を繋いでいいかな?」
誠司はひかりに手を差し出す。
「うん。私もずっと繋ぎたかった」
少し照れながら、ひかりは誠司の手を取った。
「誠司君は何をお願いしたの?」
「おれ? 俺は……」
「ごめんなさい。言いにくいよね」
「いや、ちょっと恥ずかしかっただけ」
誠司は照れ笑いを浮かべる。
「お願いもしたけど、お礼もしたんだ。ひかりちゃんとこうしていられることをね」
「同じだ」
ひかりは少し驚いたようだった。
「私も誠司君の傍にこうしていられることにお礼を言ったの」
ひかりは嬉しそうにはにかんだ。
「そっか。それで、ひかりちゃんは、何をお願いしたの?」
誠司がそう訊くと、ひかりは頬を紅くして黙ってしまった。
「それは、秘密なの……」
誠司はその何気なく目を伏せる仕草に見とれてしまう。
「そうだね。お互い秘密にしておこうよ」
そして二人が願ったことは同じだった。
いつまでもこの夢のような時間が続きますようにと……。