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ひかりの恋またいつか  作者: ひなたひより
最終章 終わらない恋
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第9話 想い溢れて

 お弁当を食べ終えて、誠司はひかりの淹れてくれた湯気の立つお茶を冷ましながら飲んでいた。

 ひかりも誠司の前で、同じように湯気の立つコップを手にしている。


「へへへ」

「うふふ」


 なんとなく目が合って恥ずかしそうに二人は笑いあう。


「いつもありがとう」


 誠司は毎日そう言ってひかりに笑顔を見せる。

 ひかりはいつもその言葉で胸がいっぱいになる。


「そう言ってくれて嬉しい」


 ひかりは恥ずかし気な笑顔を返す。

 お弁当を食べ終えた二人は、いつもならお茶を飲みながら他愛ない話をし始める。

 

 でも今日は……。


 ひかりは二人分のお弁当が入っていた手提げ袋から、可愛らしい模様の包みを取り出す。


「誠司君」


 ひかりの声に、ほんの少し緊張が混じる。

 誠司はひかりの手にした包みを目にして、同じように少し緊張を見せた。


「今日、何の日か知ってる?」


 ひかりの頬がほんのりと色づく。


「あ、はい……」


 誠司はぎこちなく応える。

 そしてひかりの唇から何度も練習した言葉が滑りだす。


「これ、昨日作ったの。私の気持ちです。受け取ってください」


 手渡された包みを誠司は両手でそっと受け取る。


「ありがとう」


 誠司はしばらくその可愛らしい模様の包みに目を落とす。


「開けていいんだよ」


 ひかりに言われて誠司は我に返る。


「お付き合いしてる人からなんて、ちょっと初めてのことで緊張しちゃってた」


 誠司の言葉にひかりはくすくす笑う。


「うん。本命チョコは私も初めてなの。一緒だね」


 そう言って頬を染めたままはにかんだひかりを、誠司は言葉もなく見つめる。

 ひかりはそんな誠司を愛おし気に見つめ返す。


「だめだよ……可愛すぎる……」


 誠司は思わず胸の内を言葉にしてしまっていた。


「やだ……恥ずかしい」


 ふと、ひかりは昨日楓が言ってたことを思い出す。

 お互いまだ片思いをしているみたい。自分たちのことをそう表現していた楓の言葉を反芻し、あらためてこの恋の重さをひかり感じていた。

 片時も離れたくない気持ち、切ないほどの胸のときめき、想い想われたいという強い願望。

 あなたの全てが欲しい。ひかりはそう願う。

 ずっと想いを言葉に出来なかったあの頃よりも、ずっと強くそれを望んでしまっている自分に、自分が恋の只中にいることをひしひしと感じていた。


「あ、ごめんね。じゃあ開けさせてもらいます」


 誠司はそっと包装を破かないように開けて中の箱を取り出す。

 箱を開けると、綺麗に等間隔で並べられた丸い一口大のチョコレートが並んであった。

 誠司は本当に嬉しそうに頬を染めた。


「いただきます……」

「どうぞ……」


 ひかりの目の前で誠司がチョコレートを口に入れる。

 そして少し口を動かしたとき、誠司は目を丸くした。


「美味しすぎる!」


 誠司はびっくりして声を上げた。

 ひかりはそれを聞いて、とても幸せな気持ちになる。


「凄い。こんなおいしいチョコレート食べたことがない」

「良かった。喜んでくれて」


 ひかりは弾けるような笑顔を見せた。


「もう一ついいかな?」

「うん。いっぱい食べて」


 二つ目を口に入れて、誠司はゆっくりと味わう。


「本当に美味しい。すごく手間だったんじゃない?」

「うふふ。昨日楓と一緒にお母さんの手ほどきで頑張って作ったの。昨日一緒に帰れなかったけど、その分誠司君が喜んでくれて嬉しい」

「ひかりちゃん……」


 誠司は胸がいっぱいになったのか、少し言葉に詰まった。


「ありがとう。なんだか食べるのが勿体ないって思えてきちゃった」

「ちゃんと食べてね。手作りだからあんまり日持ちしないよ」

「うん。でも今日はこれだけにするね」


 誠司は席を立つ。そしてひかりの傍に来て手を取った。


「ひかりちゃん」


 誠司を見上げて、ひかりも席を立つ。


「ありがとう。一生忘れないよ」

「そんな、大袈裟だよ……でも喜んでくれて良かった」


 誠司はひかりの両手をその掌で包み込む。

 そしていつもひかりは感じるのだ。自分の左手を包み込む、この力ない手にどこまでも深い愛情があるのだということを。


「あなたが大好きなの」

「俺も大好きだよ」


 見上げる視線の先に、いつもと変わらぬ優しい笑顔。


 ひかりは思う。


 そう、誠司君、あなたこそが私の……。


 そしてひかりの唇から想いがあふれた。


「あなたが私の運命の人なんだね」


 誠司はハッとしてひかりを見つめる。

 そして誠司の目に少しだけ涙が浮かんだ。


 そして……。


「そうだよ……」


 誠司は込み上げるようにそう言った。

 やがて少女の言葉に応え、今こうして少年は想いを隠すことなく大切な言葉を告げた。

 

「そして君が俺の運命の人なんだ」


 ひかりの頬を一筋の涙が伝う。


「嬉しい……」


 ひかりは分かっていたのだ。そう、いつの頃からか、あなたのことしか考えられなくなってしまった時からずっと。

 そしてお互いに涙を見せあいながら微笑む。

 そのまま、それ以上言葉が見つからずに、お互いにただはにかむような笑顔を見せあう。

 やがて誠司は一度唇をきつく結んでから口を開いた。


「ひかりちゃん、ごめん。おれ……」

 

 誠司はひかりの肩に手を置いてそっと引き寄せた。

 

「ごめん先生。今日だけ目をつぶって……」


 誠司はここにいない島田に小さな声で謝ると、ひかりをそっと抱きしめた。

 教室の中で二人は静かに重なる。

 誠司はひかりの髪の匂いを深く吸う。

 甘い夏蜜柑の匂い。

 ひかりも誠司の背中に手を伸ばす。

 穏やかな日差しが射し込む美術室。

 ほんのひと時、二人だけの時間がゆっくりと流れる。


 誠司の回した手は、強くそれでいてひかりを壊してしまわないように、大切な人を想う気持ちでいっぱいだった。

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