第6話 鮮やかな朝
ひかりにとって今日は特別な日だった。
2月14日、多くの男子、女子がときめく日。
ひかりにとっては長い間、父親にチョコレートをあげる日だった。
自分もいつか誰かにチョコレートを渡す日が来るのかなと考えていたこともあった。
友達がチョコを渡して告白したと聞いても、今までのひかりにはピンとくるものはなかった。
ただなんとなく好きな人がいればそういうものなんだと、想像していただけだった。
でも今は違う。
昨日時間をかけて作った手作りのチョコレート。
出来るだけ可愛い包みを選んで、気持ちまで詰め込んだ。
どれだけ想いを込めても入りきらないほどの私の気持ち。
あなたのことを考えるだけで胸が切なくなる。
ひかりは想いの詰まった包みを鞄に入れながら思う。
想いが実を結んでからの夢のような毎日は、今思えばあっという間だった。
毎日のように大好きな声を聴き、大好きな笑顔が見られる。
ただそこにいてくれて寄り添っていられるだけで、こんなに幸せなんて……。
靴を履いて玄関のドアを開けると、これ以上ないほどの輝く世界が広がっている。
あなたのおかげなんだよ。
ひかりは胸の中でそう言葉にした。
「行ってらっしゃい」
母の送り出してくれる声。
「行ってきます」
華やいだ笑顔を見せて、ひかりは冷たい空気を胸に吸い込んだ。
バスのドアが軋んだ音を立てて開くと、暖かな車内の空気が外に漏れだした。
ひかりはステップを上がると、いつもの後ろから三列目の席に向かって手を振った。
ドアが閉まって動き出す前に、ひかりは二人掛けの席に腰を下ろす。
「おはよう」
とてもやさしい大好きな声。
変わらぬ笑顔をたたえて自分を真っすぐに見てくれる。
それだけでひかりの胸から想いがあふれ出してしまいそうになる。
「おはよう」
ひかりはその一言を今日も言えたことを嬉しく思う。
もうあと何度、こんなふうにあなたと通学で一緒になれるのだろうか。
そう思うとすべてが愛おしく思えるのだった。
きっと私の頬は赤くなってしまってるのだろうな。
熱く火照った頬に手を当ててひかりはそう感じた。
あなたの頬もほんの少し赤く染まってる。
大好き。
ひかりは胸の中でそう言った。
ほんの少しだけ自分から肩をくっつける。
バスを降りるまでの間だけ……。
ひかりは上目遣いでその触れたぬくもりの先に目を向ける。
恥ずかしそうにはにかむあなたを、何度見ても抱き締めたくなる。
夢みたい。
バスが停留所に停車する度に寂しい気持ちになる。
あなたも同じ気持ちなのかな……。
それを知りたくて横顔を見上げる。
あっ。
思わず声が出そうになった。
ひかりの手を暖かい掌が覆う。
とても恥ずかしそうに笑顔を見せるあなたは、きっと同じことを思っているんだ。
「嬉しい」
本当に小さな声で囁いてひかりはその手を握る。
「ごめんね、我慢できなかった」
頬を染めて囁いたあなたのことをただ見つめてしまう。
あなたはいつもそうやって私の心の中にさざ波を立てる。
とても静かでとても穏やかでとても心地いい。
そしてずっとこの胸の中に余韻を残す。
朝の光が穏やかな影を作り、暖かな車内を滑るように通り過ぎていく。
そして減速して停車したバスのドアが開き、同じ制服の女生徒がひかりに手を振る。
二人の手が離れる。
もう少しああしていたかったな。
ひかりは残念そうに胸の中で呟いて、クラスメートに手を振って笑顔を見せるのだった。




