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ひかりの恋またいつか  作者: ひなたひより
第四章 それぞれの道
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第1話 勇磨の進路

 お昼休みの美術室。誠司とひかりがお弁当を食べ終えて談笑していると、突然楓と勇磨が教室に入ってきた。

 一瞬緊張した誠司は、いつもの二人にほっと胸を撫で下ろす。


「びっくりした、誰かと思った」

「おう誠ちゃん。俺たちもたまには混ぜてくれよ」


 誠司とひかりに何の遠慮も見せず、二人は自分たちの座る椅子を並べ始めた。


「ひかりもたまにはいいでしょ」

「いいけど、びっくりしちゃった」


 勇磨は椅子に座ると、手に持っている袋から中身を出して机の上に置いた。


「これ、お土産なんだ」

「生八つ橋、京都のお土産ね」


 ひかりは食後の甘いものが登場したのを歓迎した。


「親戚の家に行ってきたんだ。まあ食べようぜ」


 勇磨は包みを開けて一番先に一つ取った。

 誠司も一つ手に取ると、続いて楓とひかりも手に取る。

 ひかりはその甘さと独特のニッキの風味を味わって感想を言った。


「美味しい。これって定番だけど外せないよね」


 誠司も一つ食べ終えて、お茶を飲む。


「俺もこれ好きなんだ。勇磨にしては気が利いてるな」

「なんだよ誠ちゃん、おれはいつだって気を使ってるんだぜ」


 その口ぶりに、楓は勇磨に冷たい視線で返した。


「あんたが? いつ?」


 楓はなんの悪気もなくお菓子を頬張りながら、軽い悪態をつく。

 勇磨はいつもの楓に諦め顔だ。


「これだよ」

「でもこれ美味しい。もうちょっと入ってたらいいのに」


 楓の満足げな顔に、勇磨はすこし得意げになった。


「俺の分も食っていいぞ。俺は家にまだあるから」

「そう? じゃあ遠慮なく。ありがと」


 ちょっと嬉しそうな楓に、誠司とひかりは「へえ」と感心した。

 

「なんだ、仲良しじゃない」


 言葉は良くない二人だったが、何となくほんわかした雰囲気にひかりはちょっと安心した。

 楓は照れ臭さを隠しながら、もう一つと手を伸ばす。


「今のは奇跡の瞬間だったの。殆どは腹立つことばかりなんだから」


 そしてお菓子を一口齧ったあと、楓はちょっといたずらっぽく笑った。


「ひかりと高木君みたいに、いっつもイチャイチャしている人たちには分からないわよねー」

「なに? 私達そんなことないし。それに学校では特に気をつけてるんだから」

「へえ、気をつけてそれなんだ」

「な、なによ……」


 ひかりはまだ何か言いたげな楓に口ごもる。


「高木君におんぶされてぴったりくっつきながら通学してた人がねー」

「だってそれは……」


 実際そうだったので、ひかりは何も言い返せない。


「二日間だけだったけど、もう凄い噂になってたわよ。清水先生なんかそれを聞いて職員室から飛び出して見に行ってたらしいわ。もう羨望のまなざしで見てたって、そんで携帯で写真撮りまくってたらしいよ」


 誠司とひかりは頭の中で、その時のゆきの姿を想像した。


 清水先生ならやりかねないな……。


「あれ以来もう二人の仲は公認みたいになっちゃったね。お陰でひかりに近づこうとしてた男どもも諦めたと思うし、高木君も少し楽になったんじゃない?」

「うん。実はそうなんだ」

「ずっと心配だったもんね」

「誠司君、心配なんかしなくていいんだよ」


 ひかりが気遣う様に誠司を見つめると、その可憐さに誠司はまたひかりに見とれる。恋の病は重症みたいだ。

 そこに楓がひかりを指さしながら割り込んできた。


「それよ。そういうひかりのしぐさが周りの男どもを引き寄せるの。もっと自覚して普段は鬼みたいな顔でいなさい」

「そんなの無理だよ」


 ひかりは困ったような表情をした。その表情も誠司の大好物だった。


「ほら、それよ。高木君がまた見とれてるわよ」


 そう言われて誠司の方を見ると、確かにひかりをとろんとした目で見つめていた。


「やだ、恥ずかしい」


 そんな二人のやり取りを見て、勇磨がまた余計な口を挟んだ。


「時任には無理だな。橘はできてるけど」

「なんですって!」


 瞬間湯沸かし器のように顔色を変えた楓に、勇磨はしまったと口を押さえた。


「どういう意味よ!」


 確かに楓は、勇磨の言うとおり鬼みたいだった。


「あの、深い意味はないです……」


 勇磨はそれ以上怒らせないようにトーンダウンした。

 憤慨する楓の顔を見て、なるほどこれが楓の言っている鬼みたいな顔なんだとひかりは納得した。


「あんたはいっつも一言多いのよ! ちょっとは女心を勉強しなさいよね!」


 まるで赤鬼の如く怒った楓は、ビシッときつく言い放った。

 ひかりは今日も頭ごなしに怒られてしまった勇磨に同情した。


「そう言えば新君、進路はどうなってるの?」


 話題を変えたかったのもあるが、ひかりはそのことを前から気になっていた。

 触れられたくなかったのか、勇磨はやや口ごもる。


「あ、おれ? ……まあ考えてるよ」

「楓は聞いてないの?」

「うん、言わないの。何考えてるんだか」

「誠司君は知ってるよね」


 ひかりに話を振られると、誠司はサッと目をそらした。


「何か隠してる……」


 ひかりに見つめられ、誠司はものの数秒で口を割った。


「知ってます……」

「あ、誠ちゃん内緒だったはずだろ!」


 勇磨はあっさり女に屈した誠司に猛烈に抗議した。


「仕方ないだろ。こんなに見つめられて黙っていられるか」

「お前、友情より簡単に女を取るような奴だったのか。なんて奴だ」

「仕方ないでしょ。ひかりに見つめられて高木君が黙っていられるわけないでしょ」


 楓に言われて勇磨はしぶしぶ納得した。


「裏切者……」


 勇磨は捨てられた犬みたいな目で誠司を見つめた。誠司はなんとなく目をそらした。

 楓は渋る勇磨を気にせず、さらに追及した。


「で、進路はどうするのよ。高木君に吐かれる前に自分から言いなさいよ」


 逃げ場がないと悟った勇磨は、ため息を一つついて口を開いた。


「勉強してるんだ」

「えっ。あんたが!」

「悪いかよ。だから言いたくなかったんだ」


 茶化されて勇磨は不機嫌になった。

 楓も流石に悪いと思ったのか素直に謝った。


「ごめん。悪気はないの。ただ意外だったから」

「別にいいよ」


 勇磨はもう話す気を失くしたようだった。

 空気が悪くなったことに、ひかりも少し責任を感じつつ、もう少し聞いてみた。


「新君、大学受験ってこと?」

「まあそういう感じだ。もういいだろ」

「勇磨、俺から説明してもいいか?」


 ぶっきら棒になってしまった勇磨に、誠司が落ち着いた感じで話し始めた。


「実はしばらく前から勇磨の勉強を俺が見てたんだ」

「えっ、そうなの?」


 全く知らなかった話に楓は驚きを隠せない。


「二人が部活で頑張ってる間、教室に残ってずっと受験勉強してた」

「そうなんだ。じゃあ誠司君、美大の試験が終わってからずっと新君と?」


 ひかりは自分の知らなかった誠司の行動に、とにかく驚いていた。


「うん。実はそうなんだ。勇磨は一応進学志望だったから、夏休みくらいから何となく勉強を始めてたらしいんだけど、本気で取り組み始めたのは11月からだった。でも俺たちだけじゃ駄目だって、清水先生がずっと見ててくれてたんだ」

「知らなかった。清水先生も協力していたなんて」

 

 先生も協力していたと聞いて、ひかりはさらに吃驚してしまう。

 その話を聞いていた楓は、ようやく合点がいったようだった。


「そうか、それで休みの日も用事があるって私と会おうとしなかったのね。何かやってるんだろうなとは思ってたけど」


 勇磨は知られてしまった事実に、少しは吹っ切れたような感じになった。


「まあ、そう言う訳だ。そこは謝るよ。試験が終わったら埋め合わせするよ」

「まあ、そういうことなら仕方ないけど……」


 楓は何となくすっきりした顔をしていた。ひかりは楓がずっと休日に勇磨と会えていなかったことを気に病んでいたのを知っていた。


「でも大丈夫なの? あんたずっと授業中寝てたわよね」

「まあ、今は逆に寝る間を惜しんで勉強してる。駄目もとでもやるだけやってみるつもりなんだ」


 誠司は何となく弱気な勇磨に励ましの言葉をかける。


「駄目って訳でもないさ。実は清水先生のお陰で結構仕上がって来てるんだ。俺もいけるんじゃないかって手ごたえを感じてるよ」

「へえ、新君すごいじゃない。見直しちゃった」


 ひかりの言葉に勇磨は分かり易く照れている。


「で、どこ受けるの?」


 ズバリ楓に訊かれて勇磨は黙ってしまった。


「何、私には言えないわけ?」


 黙り込んだ勇磨に、楓はまた不機嫌な顔を見せる。

 再びもつれ始めた二人に、誠司は少し困った顔をした。


「言えないんじゃなくて、言いにくいんだよ」


 誠司は勇磨の肩をポンと一回たたいた。


「勇磨、お前の口から言えよ」

「うん」


 そして勇磨がようやく口を開いた。


「おれ、Y大を受けるつもりなんだ」


 それを聞いて楓とひかりは口を開いたまま、しばらく動かなくなった。


「私達の行く大学じゃない……」


 推薦の決まっていた大学名が出たことで、楓はまたびっくりしたようだった。

 勇磨はその楓の反応にまたブスッとした。


「悪かったな」

「橘さん、勇磨がその大学を受験する理由なんて一つしかないの分かるよね」


 誠司に言われて楓は小さく頷いた。段々と楓の頬が紅くなっていく。


「え、あの……うん。なんとなく……」


 ひかりは頬に手を当て嬉しそうに二人を見ている。


「う、受かるかどうかわかんないぞ」


 勇磨は楓と視線を合わせづらいのか、下を向いたままだった。

 誠司はこれまでの経緯を語ったのと同じように、これからのことを二人に話した。


「まだ試験まで時間がある。清水先生もちゃんと計画を立てて仕上げにかかってくれてる。でも、できればひかりちゃんも協力してくれないかな? 清水先生の都合がつかない時がどうしてもあって、そこを埋めれるように俺も頑張ってるんだけど、どうしても不得意な教科があるんだ。みんなで支えれば高確率で合格できそうな気がするんだ」

「うん。勿論私にできる事なら協力するよ」

「ほんと? ありがとう。そう言う訳だ。勇磨、ここからが正念場だぞ」

「おう、分かった。時任、済まないな」

「いいの。これからは気兼ねなく何でも言ってね」


 成績上位のひかりがいてくれれば心強かった。

 そしておずおずと楓も口を開いた。


「私は何ができるかな……」


 何か力になりたい様子の楓に、勇磨も嬉しかったのだろう。やや照れながらこう返した。


「ああ、じゃあ応援してくれよ」

「うん。そうする。頑張ってね」


 そして受験までの残りの毎日を、また四人のチームで過ごすことになるのだと、ひかりは嬉しく思ったのだった。


「でも誠司君と新君が、私たちの部活の間勉強してたって、ホント気付かなかった」


 ひかりはずっと何も言わなかった誠司に、わざえと拗ねてみせた。


「ごめんね。勇磨にくぎを刺されてたんだ」

「もう、仕方ないけど教えて欲しかったな」


 ひかりは相変わらず仲の良い誠司と勇磨に、また感心させられた。


「本当に二人は仲がいいのね。きっと私と楓の方がよく喧嘩してる」

「うん、そうね。ひかり最近怒りっぽいし」


 楓にそう指摘されて、ひかりはややムスッとした。


「原因はいっつも楓が作るんだったよね」


 思い当たることが多すぎるのか、楓は小さくなった。


「へへへ、ごめんちゃい」

「誠司君から前に新君とのなれそめを聞いたけど、それからずっとなんだよね」


 以前誠司から聞かされた二人の中学時代の話から、この二人の仲が始まったのをひかりは知っていた。

 無口な転校生と、ひねくれものだった不良少年。

 これだけの絆を作り上げた二人には、まだたくさんの物語があったに違いない。

 勇磨はひかりが誠司から話を聞いていたことを知って、へへへと笑いながら頭を掻いた。


「ああ、あのことか、中学のとき上級生とやり合った話のことだろ」

「あ、それ私も聞いた。やっぱり高木君ってカッコよかったんだね」


 ひかりが誠司から話を聞いていたように、楓も勇磨から聞かされているようだった。


「勇磨、お前のことだ、きっと話を盛ってるんだろ」

「おれが? 俺はそのまま言っただけだぞ。でも本当にすごかったのは事実だ」


 勇磨は楽しそうに話しだした。


「あの時の誠ちゃんは本当にすごかった。時任も橘もそのあとの話を聞いてないだろ?」

「え? まだあるの?」

「ああ、あの話には後日談があるんだ」


 勇磨は得意げに話を続けようとした。それを誠司が遮る。


「いや、もうあれはいいよ」


 誠司はあまり話して欲しくなさそうだった。


「えー聞きたい。ね、ひかりも聞きたいよね」


 ひかりは誠司の顔を上目づかいで見る。


「私も聞きたいな……」


 誠司の一番弱いその可憐なしぐさの前に、断れることなど出来る筈もなかった。

 そして誠司の口からあの一件のその後の話が語られ始めた。

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