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ひかりの恋またいつか  作者: ひなたひより
第三章 かけがえのない人
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第8話 もう少し甘えたい

「ひょっとしてまだ怒ってる?」


 バスを降りてからの帰り道。ひかりを負ぶいながら誠司が訊いた。


「ううん、怒ってない……」


 ひかりは誠司の背中で応えた。

 しかし少し間を置いて、ひかりは正直に本音を言った。

 

「やっぱり、ちょっと怒ってる」


 まだ明るい時間帯。

 足首の怪我のせいで陸上部の練習に参加できないひかりは、思いがけず誠司との時間をたくさん作れていた。

 今もこうして家までの道を負ぶってもらいながら、誠司の背中で甘えていた。


「楓ったら……」


 ひかりは楓の口を付けた缶コーヒーに誠司が口をつけたのに腹を立てていた。


 間接キスされたって……させたんじゃない。


 ひかりはまたモヤモヤしていた。


「ひかりちゃん」


 背中で聞く誠司の声は、ひかりの胸に直接入ってくるみたいだった。


「あ、ごめんなさい」


 ひかりは誠司の近くにこんなにくっついていられて、申し訳ないと思いつつも嬉しかった。


「ごめんね。不自由させて」

「誠司君……」

「でも君とこうして一緒に、こんなに近くでいられるなんて……」


 誠司の声がひかりの胸に直接響く。


「夢みたいだ」


 呟く様な声だった。

 それでも誠司の声はひかりの胸に届いた。


「私も……」


 ひかりは誠司を後ろから抱きしめる。


「とっても幸せ」


 誰もいない住宅地の狭い道で、お互いのぬくもりを感じながら、誠司はゆっくりと足を進める。


「重くない?」

「全然。君がこんなに軽かったなんて驚いたよ」

「それって見た目は重そうってこと?」


 ひかりは誠司を抱きしめながら笑った。


「あ、変な言い方しちゃったね」

「いいの。気にしてないんだよ」


 誠司はほんの少しだけ笑ったみたいだった。

 誠司は前を向いたまま、ひかりに話しかける。


「脚が治っても君をこうして負ぶいたいって思ってしまうんだ」


 キュンとさせられて、ひかりは誠司を後ろから強く抱きしめる。


「嬉しい」


 ひかりは誠司の耳元に唇を寄せた。


「ずっとこうしていたい」

「俺もだよ」


 誠司が振り返って応えると、ひかりの唇が誠司の頬に触れた。


「あ、ごめん。わざとじゃないんだ……」

「そのまま動かないで」


 一度離れたひかりの唇が再び誠司の頬に触れる。


「大好き」


 ひかりの唇が誠司の耳元で小さく動く。


「俺も大好きだよ」


 誠司はまた歩き出す。


「このまま君を連れて帰りたいな」


 それは誠司の願いであり、ひかりの願いでもあった。


「ごめんね、それじゃあ誘拐だね。俺って馬鹿だなあ」


 またキュンとさせられてしまい、ひかりはまた誠司をきつく抱きしめる。


「誠司君にだったらさらわれたっていい……お父さんとお母さんに言ってからだけど……」

「うん。そうだね……俺もひかりちゃんのご両親に了解をもらってからにするね」

「うふふ」

「ははは」


 ひかりも誠司もくすくす笑った。


「あっ、あの車」


 ひかりの家が見えてきたとき、駐車してある見覚えのある車に誠司は気付いた。


「父さんもう着いてたみたいだ」


 信一郎はひかりの家に毎日往診に来ていたのだった。

 帰りは誠司も乗せて帰ってもらえるので丁度良かった。


「なんだか申し訳ないな……」


 ひかりはもう何日も通ってくれている信一郎に感謝していた。


「実は父さんもひかりちゃんの顔を見るのを楽しみにしてるんだよ」

「えっ?」

「ひかりちゃんのファンみたい。これは内緒だよ」


 誠司はそう言ってハハハと笑った。

 ひかりは少し微妙な笑顔を見せたのだった。



「うん……」


 信一郎はひかりの足をほぐした後、小さく頷いた。


「どう? 父さん」


 誠司とひかりの母は、信一郎が次に何を言うのか待っている。


「誠司、残念だな」

「えっ!」


 誠司の表情がこわばった。

 動揺した誠司の顔を見てから、信一郎はニヤリと笑った。


「明日からもう、お前の助けはいらなさそうだ」

「なんだ、良かった……」


 からかわれただけと知って、誠司は胸をなでおろした。

 明日からは自分の足で通学できる。ひかりは嬉しい反面、ちょっぴり残念だった。


「奥さん、もう固定具は必要ありませんが明日からもテーピングはしてあげてください。難しそうなら朝誠司に早く来て巻かせます」

「いえ、そんな、こちらでやります」

「あと三、四日は気をつけて歩いてもらって、そのあとは普通にしても大丈夫だと思います」

「そうですか、ありがとうございます」

「私は三日後に一度診に伺わせてもらいますが、それも確認だけです」


 信一郎は医療用テープをひと巻き、ひかりの母に渡した。


「これをお渡ししておきます。お大事になさってください」

「すみません。何から何まで」

「いえ、当然のことです。さあ、帰るぞ誠司」


 信一郎は誠司を促す。


「うん。ひかりちゃん、俺明日もここまで迎えに来るよ」

「え、でも……」

「朝テーピングをして一緒に行こう」


 誠司はそういって優しい笑顔を見せた。

 ひかりの母は頬に手を当てて二人を見ている。


「まあ、高木君ったら……」


 母のときめきを感じながら、ひかりは赤面しつつ頷いた。

 

「うん。ありがとう。私待ってる」


 信一郎もなんだか頬を紅くして、ときめく二人を見守っていた。


「若いっていいですね」

「本当ですね」


 信一郎とひかりの母にしみじみ言われ、誠司とひかりは頬を紅く染めて黙り込んだ。


「あの、お邪魔しました」


 誠司は居心地の悪さにそそくさと立ち上がった。


「ではここでおいとまさせていただきます」


 信一郎について誠司も玄関を出ようとしたとき、ひかりが呼び止めた。


「誠司君」


 ひかりが誠司を真っすぐに見つめる。


「ありがとう」


 ひかりの声に誠司は手を振った。

 扉が閉まって、ひかりは少し寂しそうな顔をした。


「本当に大好きなのね」


 ひかりの母は娘の背中に声をかける。


「何だかほっといたら、そのままついて行っちゃいそうだったわよ」


 ひかりは母を振り返って恥ずかしそうにしている。


「お母さん、からかうのやめて」


 ひかりはそう言ったが、母に胸の内を見透かされていたことに内心驚いていたのだった。


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