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ひかりの恋またいつか  作者: ひなたひより
第三章 かけがえのない人
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第5話 あなたへの思い

 ひかりは走る。

 長い髪に雪がまとわりつく。

 降り出した雪がひかりの視界を邪魔する中、ひかりはただ走り続ける。

 冷たい空気のせいで肺が痛い。手の指も耳も鼻も頬も感覚がない。

 ただ自分の息遣いと、前に進み続ける脚の音が、途絶えることなく耳に届いていた。


 誠司君。


 ひかりはただそれだけを想う。


「誠司君」


 声に出して名を呼んだ。


「待ってて!」


 ひかりの踏み出す道に、少しずつ舞い落ちる雪の白が広がっていく。

 白く染まったアスファルトに、駆け抜けていくひかりの足跡が続いていく。

 こんなに全力でこんなに長い距離を走ったことはなかった。

 ただひたむきに心のままに、まつ毛に落ちて視界を防ごうとする雪もひかりの脚を止めることはない。

 誰も歩く者もいない細い道を、ひかりはひたすらに駆け抜けていく。


 そして……。


「あっ」


 薄く積もった雪の下のマンホールに足を取られ、ひかりは転倒してしまった。

 うつぶせになったひかりは、すぐに手をついて立ちあがろうとする。

 あちこちにぼんやりとした痛みがある。

 冷たさのせいで感覚が無い。そのことがかえって先を急ぐひかりを助けてくれた。

 そしてひかりは立ちあがりまた一歩を踏み出す。

 鈍い痛みが足首に走る。

 それでもひかりは走り出す。


 待ってて。


 ひかりの想いは、もうずっと先を走り続けているみたいだった。



 息を切らして誠司の元へ戻ったひかりは、すぐにかじかむ手で眠ったままの誠司の熱を測ろうとした。

 冷え切って感覚のない指を上手く使えずに、体温計を掌で握るようにして体温を測った。


 40度……。


 ひかりは台所に行き薬を用意しようとするが、感覚のない手はなかなかいうことを聞いてくれなかった。

 給湯器からお湯を出しまずは掌を温める。

 しばらくするとやっと指が動くようになってきた。

 薬と水を用意し部屋へと戻る。


「誠司君、誠司君」


 声をかけて薬を飲ませようとするが、薄っすら目を開けるだけで起き上がろうとしない。

 ひかりの目から涙がこぼれだした。


「誠司君!」


 ひかりは薬のパッケージを読む。


 溶けやすい錠剤、水に溶いてもいいのね。


 ひかりは錠剤をコップの水の中に落とし、キッチンから持ってきたスプーンでかき混ぜる。

 錠剤はすぐに水に溶けて消えた。

 ひかりは誠司の体を起こして飲ませようとする。

 ぐったりとした誠司はひかりに気付いたようだったが、身を起こすだけで辛そうだった。


「飲めそう?」


 誠司は応えない。

 ひかりは薬が溶け込んだコップの水を、自らの口に含んだ。

 そして誠司の唇を自分の唇で塞いだ。

 誠司の喉が動く。

 ひかりは唇を離すと、もう一度残った水を口に含み誠司の唇を塞いだ。

 また誠司の喉が動き、飲み終えたのを確認してからひかりは誠司を寝かせた。

 それからひかりは付きっきりで誠司の額を冷やし続けた。

 そして気が付くと夜になっていた。

 何度か熱を測っているうちに、やっと下がりだしたのを見てひかりは安堵した。

 制服の上着に入れてあった携帯電話が鳴った。

 ひかりは部屋を出て電話に出た。母からだった。

 なかなか帰ってこない娘を心配してかけてきたのだった。

 ひかりは事情を説明して今日は帰らないと母に告げた。


「分かったわ。お父さんには上手く言っておくから心配しないで彼を看てあげなさい」

「うん。ありがとう、おかあさん」

「あなたも体を壊さないようにするのよ」

「うん。気をつける」

「おかゆの作り方分かるわね?」

「うん。お母さんに前、教えてもらった」

「じゃあ頑張んなさい」

「うん。ありがとう」


 ひかりは電話を切った。

 そして少し落ち着いた誠司を寝かせたまま、ひかりはおかゆを作り、ぼんやりしている誠司に食べれる程度だけ食べさせてまた寝かせた。

 誠司の熱は薬の効果が切れると夜の間にまた幾度か上がった。

 ひかりはそのたびに水で溶いた薬を口移しで飲ませた。

 長い夜だった。

 汗を拭いてやり、額を冷やし続け、眠り続ける誠司の傍をひかりは離れなかった。

 誠司の寝顔を見ながら、ひかりはあのバスの事件のことを思い出していた。

 誠司はあのとき、大量の血を流して意識を失ったあと、二日の間眠り続けた。

 手術のあと面会謝絶のまま時間が過ぎ、ようやく顔を見る事が出来るようになって半日してから彼は目覚めた。

 夕日の照らし出す病室で、彼がベッドから身を起こしているのを目にしたとき、心の底から良かったと安堵した。

 そして今、弱り切っている目の前の彼に、あの時の不安と同じ、いや、それ以上の不安を、ひかりは感じていた。

 殆ど眠ることなく看病し、気が付くと薄っすらとカーテンの外が明るくなってきていた。


 夜が明けた。


 ひかりはそろそろまた薬が切れかける頃だと思い、誠司の額に手を当てた。

 そしてひかりの口元に、ようやく少し笑みが戻った。


 熱が下がってる。


 体温計で計ってみる。


 37度。


 ひかりはやっと胸をなでおろした。


「よく眠ってる……」


 そしてひかりは静かに寝息を立てて眠る誠司の顔を見ながら、眠りに落ちたのだった。


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