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ひかりの恋またいつか  作者: ひなたひより
第一章 春に向けて
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第2話 美しい肖像画

 ひかりの両親と緊張の対面を果たした後、誠司はようやく解放され、ひかりの部屋へと通された。

 ひかりは部屋の扉を閉めると、すぐに誠司を抱きしめた。


「誠司君」


 ひかりはそのまま動かない。

 やがて小さな声で言う。


「嬉しかった……」


 頬を紅く染めてひかりは誠司を見上げる。


「ちょっとびっくりしちゃったけど」

「うん、ごめんね。びっくりさせて。実は昨日からずっと考えてたんだ」

「先に言って欲しかった……」


 ひかりはわざと膨れてみせる。

 その可愛らしさに誠司の頬が熱くなる。


「自信がなくてさ。もし反対されたらどうしようかって弱気になってたんだ」

「お母さん言ってた。誠司君より私を大切にしてくれる人なんていないって。お父さんもきっと分かってるの。私を本当に大切にしてくれるのは誠司君だけだって……私もそう思ってるの」


 ひかりは誠司をきつく抱きしめる。


「誠司君にも思って欲しいの。誠司君を一番大切にするのは私だって。私だって約束する。絶対に誠司君を大切にする」

「ひかりちゃん……」


 嬉しいひかりの言葉に涙が出てきそうになり、誠司は次の言葉が出てこない。

 ただひかりを抱きしめることしか、今の誠司にはできなかった。


「ありがとう……」


 その一言だけをやっと言えた後、寄り添うひかりの美しい顔を誠司は愛おし気に見つめた。

 そしてその唇がすぐ近くにあることに気付き、また胸の高鳴りが抑えられなくなってしまう。

 昨日初めて触れたひかりの唇の感触を、生々しいくらい誠司は思い出してしまっていた。


「どうしたの?」


 急に耳まで赤くなってしまった誠司にひかりは訊いた。


「いや、あの、その……」


 上目遣いに見つめるひかりに、誠司の視線はくぎ付けになる。そのしぐさに一番弱いのだ。


「その……昨日のこと思い出しちゃって」


 その意味を感じ取ったひかりの頬が、みるみるうちに紅くなっていく。


「やだ、恥ずかしい……」


 少し伏し目がちに頬を紅く染めたひかりに、誠司の胸が高鳴っていく。

 もう一度、君の唇に触れたい。そう強く思う自分と、ついさっきひかりの両親に、彼女を大切にしますと約束したばかりなのにと、抑止する自分があった。

 そして誠司は小さく頭を横に振った。

 誠司はひかりの肩に手を置くと、ゆっくりと体を離した。


「ごめんね。朝っぱらから、俺、恥ずかしいよ」

「ううん、いいんだよ……」


 離れた二人は、お互いを見れなくなった。

 それほどまだ暖房も効いていない部屋だったが、二人とも火照った顔のまま黙り込んでしまった。

 誠司は空気を変えようと、さっき部屋に持ち込んだキャンバスの入ったバッグを指さした。


「あの、昨日見せた絵なんだけど、どこに掛けようかな?」

「あ、そうだった。実はもう決めてるの」


 ひかりはまだ照れていたが、部屋の真ん中の壁を指さした。


「あそこならベッドに入ってからでもよく見えるの」

「うん。じゃあ壁に金具付けてもいいかな?」

「お願いします」


 誠司は慣れた手つきでキャンバスの高さを合わせると、壁にマークを付けて金具を取り付けた。

 絵はものの数分で壁に収まった。


「どうかな……」


 誠司とひかりは少し離れて絵を眺める。


「素敵。なんだか自分の部屋が美術館になったみたい」


 ひかりの驚いた様に喜ぶ姿に、誠司は顔をほころばせる。


「良かった。この明るい部屋に良く合ってる」


 誠司はその絵の中のひかりが、生き生きとしているのを見て、あらためてここに掛けられるべき絵なんだと思った。


「ありがとう。こんな素敵なクリスマスプレゼント初めて」


 ひかりはまた誠司を抱きしめた。

 誠司もひかりの体に腕を回し、優しく抱きしめる。

 そのとき。


 トントントン。


 ドアをノックして、ひかりの母が紅茶とお菓子をトレーに載せて部屋に入ってきた。

 抱き締め合っていた二人は、大慌てで離れた。


「どうしたの? 二人とも真っ赤じゃない」

「暖房効かせすぎたみたい。ね、誠司君」

「そ、そうだね。ちょっと暑いかも」


 ひかりは母からトレーごと受け取ると、ありがとうと言って母をすぐに追い出そうとした。


「あら」


 すぐにひかりの母は、壁に掛けられた絵に気付き、目を丸くした。


「なんて綺麗な絵……これ、ひかりじゃない?」


 ひかりは「そうなの」と自慢げにこたえた。


「誠司君が描いてくれたの……」


 少し照れながらひかりが言うと、母はまた驚いたようだった。

 さらに絵に近づいて、まじまじと鑑賞する。


「高木君が……本当に? この絵を?」

「驚いた?」


 ひかりは目を丸くしている母の反応に満足げだ。

 ほぼ絶句しているひかりの母に、誠司は照れくさそうに頭を掻いた。


「お恥ずかしいんですけど、ひかりさんの言うとおりです」

「こんな綺麗な絵……初めて見た。お父さんも呼んできていい?」

「いいかな?」


 ひかりが訊くと誠司は「勿論」と応えた。



 そして数分後、ひかりの父は誠司の描いた絵を前にして、先ほどの母の反応と同じく、目を丸くしていた。

 あまりに娘の肖像画が生き生きとして、空気感も感じられるほど美しく描かれていたからだった。


「確かにひかりだ。実物以上だ」


 父が唸るとひかりは、「もう失礼ね」と膨れて見せた。


「高木君、一体君は何者なんだ」


 ひかりの父は、思わずそう口にしてしまっていた。


「ただの高校生です。僕なんてまだまだ未熟者ですよ」

「いや、そうは見えないな。本当にびっくりした」


 かなり長いあいだ絵を鑑賞した後、父は満足げに部屋を出て行った。


「それじゃあゆっくりしていってね」


 そう言って母もニヤニヤしながら出て行った。

 またちょっと緊張していた誠司は、両親からの高評価をもらってひと心地ついた。


「お母さんもお父さんもすごい見てくれてたね」

「ごめんなさい。興味津々なの。でもなんだか二人に誠司君のこと、また知ってもらえたみたいで嬉しい」


 ひかりは、絵の中で笑みをこぼれさせるあの夏の日の自分を、眩しそうに見る。


「本当に素敵な絵。島田先生に見つかったら、また持っていかれそう」

「この絵は絶対ダメだよ。ひかりちゃんのものなんだ」


 誠司は島田ならやりかねないと本気で思った。


「島田先生には絶対に見られたくないな。私だけの大切な絵にしたい」


 また二人きりになった部屋。ひかりは少し甘えたようなしぐさを誠司に見せた。


「もういいよね」


 ひかりはそっと誠司の手を取った。


「これでいつでも誠司君を近くに感じることが出来る。私嬉しい」


 そう言って華やいだ笑顔を見せるひかりに、誠司の胸はまた高鳴ってしまうのだった。

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