第4話 押しかけ少女
「誠ちゃん、おまえ有名人になっちまったな」
からかい半分だと分かっていたが、勇磨の言葉に誠司はすかさず反応した。
「やめてくれ、話を大きくして欲しくないんだ」
学校の朝礼で痴漢三人を捕らえたとして表彰されてしまった誠司は、昼休みの美術室で勇磨たちの好奇心の的となり、質問攻めにされていた。
「すごいね誠司君。でも危ないことして欲しくないな」
ひかりは誠司が無事であったことに安心したみたいだった。
それでも今後またこういうことがあるのではないかと、不安そうにしていた。
「ごめんね。今度からは気をつけるね」
少しでも安心させようと、誠司はひかりに優しい笑顔を向ける。
ひかりの横にいた楓は、三人の痴漢をあっという間に撃退した誠司に感心したような目を向けていた。
「それにしても高木君って強すぎじゃない?」
今回の痴漢騒動のこともだが、以前田畑と対決した時に楓はそのすごさを目の当たりにしていた。
楓が感心しているのに、勇磨はやや的外れ気味に胸を張った。
「ああ、なんてったって俺の親友だからな」
「なに人の手柄で自慢してんのよ」
冷たい目を向けられて勇磨は大人しくなった。
あきらかに誠司はひかりを気にしている。楓と勇磨に持ち上げられることをあまり歓迎していなさそうだった。
「買い被りだよ。たまたま相手が大したことない人たちだっただけだよ」
これ以上この話題に触れたくないのか、詳しいことを誠司ははぐらかした。
まだ色々聞きたそうな勇磨は、さらに誠司がして欲しくない質問を投げかけて来た。
「まあ誠ちゃんはそう言うと思ってたけどな。で、誠ちゃん。襲われそうになってた女の子って誰なんだよ?」
切れ味するどい質問に、三人の視線が一気に誠司に集中した。
余計なことをと、少し嫌な顔をした誠司だったが、ひかりの前なので一生懸命言葉を選んだ。
「いや、その、通りがかりだから誰って訳でもないんだ」
「なんだつまんねえ」
勇磨は吐き捨てるように言った。もう興味を失くした様だ。
ひかりは誠司をじっと見ている。なんだか疑っているような視線を感じて誠司は冷や汗を流す。
「まあ、よくあることだよ。さあご飯にしようよ」
「よくあることってなんだよ」
勇磨はぶつぶつ言いながら弁当箱を広げた。
こうして四つ並べた机で、時々だが勇磨と楓もこうして一緒に弁当を食べていた。
ひかりは今日も、机の上に手提げ袋から弁当箱を二つ置く。
「誠司君これ」
そして今日もひかりは誠司に手作りのお弁当を手渡す。
お花畑にクマが座っているプリントのお弁当箱。
色違いのお揃いのお弁当箱を前に、二人とも幸福感に満ち溢れている。
「ありがとう。いつもごめんね」
「ううん。私の楽しみなの」
少し頬を紅く染めるひかりを、誠司は幸せそうに見つめる。
「まただわ」
楓はもう何度も見ているその二人のやり取りを、ニタニタして鑑賞している。
「私たちがいるってのにねー」
「楓は黙って食べなさい」
楓がまたからかおうとしているのを感じて、ひかりはくぎをさす。
そして四人でおしゃべりしながらお弁当を食べ始めた。
お弁当の途中で、また勇磨が思い出したように誠司に訊いてきた。
「なあ誠ちゃん、今回の相手は三人だったんだろ?」
「ああ、それがどうかしたか?」
「何で一人だけ池に落としたんだ」
「ああ、寒かったからな、みんな落としたら一人ぐらい心臓麻痺になりかねないと思ったんだ」
「なるほど、そう言うことか。余裕だな」
ひかりは誠司がお弁当を食べるのを、嬉しそうに眺めながら感心していた。
「でも一人は池に投げ込んじゃったんだ」
「うん。通報して警察が来るまでちょっとかかりそうだからね。時間稼ぎだよ」
楓は箸を止めてその話に感心している。
「なんかサラッと言うのね。すごいことなのに」
楓は普段の誠司と、闘う時の誠司とのギャップに驚かされたことがあった。
「滅茶苦茶優しい高木君と、いざという時の高木君にひかりはギャップ萌えしてるのよね」
ひかりはまた少し紅くなって、楓の太腿をギュッとつねった。
「いたたた。ごめん黙って食べるから」
誠司はそんなひかりのことをずっと見つめている。
ひかりを見つめる誠司の頭の中には、痴漢たちと戦ったことなどもう何も無くなっているようだった。
放課後の帰り道。校門を出て葉の落ちた並木道を勇磨と並んで歩く誠司の前に、違う学校の制服を着た女の子が現れた。
あの石川莉緒だった。どうやら誠司が通りがかるのをここで待ち伏せしていたらしい。
まさかの登場に誠司は当惑を隠せない。
「石川さん、どうしてここに?」
誠司が驚いた顔をすると莉緒は黙って一礼した。
どうやら何か因縁のありそうな二人に、勇磨は分かり易い感心を示した。
「誰だ? 知り合いか?」
勇磨が誠司に耳打ちする。
あまり応えたく無さそうに誠司は返す。
「いや、まあ、そんなとこだ」
野次馬根性あからさまな勇磨に構わず、誠司は莉緒の様子を窺う。
莉緒は恥じらいを見せながら、誠司のすぐ近くに寄ってきた。
「あの……高木さんに一昨日のお礼が言いたくて」
先日までとは何となく雰囲気が違う。誠司は妙にしおらしい感じになってしまった莉緒に困惑した表情を見せた。
莉緒が言ったことに、さらに関心を持った勇磨はグイグイ割り込んできた。
「一昨日って、この子を助けたのか?」
しつこい勇磨に誠司は面倒くさそうに「そうだよ」と返す。
莉緒は勇磨に目もくれず、誠司の顔をじっと見つめたまま頬を紅く染めていた。
恥じらいを隠さず、莉緒はその場で素直に頭を下げた。
「本当にありがとうございました」
丁寧にお礼を言われてしまい、誠司はサラリと聞き流せない感じにさせられてしまう。
通りがかる下校途中の生徒たちも足を止めて、二人のやり取りを見物し始めた。
他校の女生徒がわざわざ来て、男子生徒を待ち伏せ声を掛けている。誰もが興味を持ちそうなシュチュエーションだった。
誠司は周りの視線を感じ、まずいことになったと内心困っていた。
「あの、分かったからもう顔を上げて。無事で良かったね。これからは気を付けるんだよ。それじゃあ」
これ以上野次馬が集まる前に、そそくさとその場を離れようとする誠司に莉緒は追いすがった。
「待ってください。私もっと高木先輩とお話ししたいんです」
「ちょっと、ちょっと待って。俺、君の先輩でも何でもないよ」
「一つ歳上なんでそう呼ばせてください。高木先輩」
なんだかややこしくなっていきそうな風向きに、周りの野次馬がさらに増えて誠司は本当に困った顔をした。
そして、さらにこの状況で火に油を注ぐ奴がいた。
「なあ誠ちゃん、俺、先に帰ってようか?」
普段全く空気の読めない勇磨が、こんな時に限っていらない気を利かせる。
「馬鹿、先に帰ってどうするんだ。逆だよ逆」
「え? 学校に戻れってか?」
まるで話の噛み合わない勇磨に、誠司は頭を抱えた。
「いいから俺の傍から離れるな。いいな」
とにかく「じゃあね」と言い残し、二人は莉緒を置いて歩きだした。
そして歩き出してすぐに、背後の野次馬たちの様子が騒がしくなったことに気付いた。
振り返り、誠司と勇磨は揃って仰天した。
莉緒は野次馬に囲まれながら、さめざめと泣いていたのだった。
誠司は大慌てで戻ると、莉緒の手を引いて野次馬の輪から連れだして走り出した。




