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ひかりの恋またいつか  作者: ひなたひより
第二章 見知らぬ少女
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第2話 少年の攻略法

 石川莉緒は少し考え事をしながら、コンビニの棚に商品を並べていた。

 頭の中には昨日バス停まで送ってくれた、時任ひかりの彼氏のことが浮かんでいた。


 昨日のあれで、一応知り合いにはなったわけだけど、それにしてもあの高木誠司ってやつ、私があんなに積極的な行動をとっていたのに、ホント素っ気なかったわ……。


 昨日帰宅してから、莉緒は少年とのやり取りを思い返して、まるで相手にされていなかったということに、苛立ちを募らせていた。

 自分で言うのもなんだが、莉緒は結構男子から人気があった。

 昔から男友達が周りにたくさんいて、チヤホヤされることに慣れていた莉緒は、自然と身に着いた異性とのコミュニケーション力に、それなりに自信を持っていたつもりだった。

 陸上の練習が忙しくてあまり特定の人と続いたことはなかったが、自分はモテているという、ちょっとした自負みたいなものがある莉緒にとって、あの少年はかつて経験したことの無い、変わったやつだった。


 まあ確かに時任ひかりよりは見劣りするかもだけど……。


 そこは認めつつも、あまりにも自分に関心が薄かった誠司に、莉緒は理屈では解消できない苛立ちを覚えてしまう。

 そして何故か、二股をかけていた元カレのことを回想して、勝手に腹立たしさを増長させていた。


 それにしてもあんな目立たない普通なら相手にもしない様な男に、まるで歯牙にもかけられないなんて、馬鹿にするにもほどがあるわ。


 莉緒は自分では気付いていなかったが、プライドを傷つけられた腹立たしさから冷静さをどこかに置き忘れてしまっていた。

 当初の考え、彼氏にちょっかいを出して、時任ひかりをちょっと心配せてやろうという路線から外れて、おかしな方向に行きかけているのに、頭に血が上った莉緒は全く気付いてなかった。


 見てなさい。絶対私に振り向かせてやるんだから。


 バイト中であることを完全に忘れ、取り敢えず莉緒は、今回の反省点について考えてみた。

 まず相手がまるで自分に関心を持たなかったことについて、バイト帰りで制服だったし、メイクもしていなかったのが原因だと結論付けた。

 そして相手の好みのタイプに合わせるべきだったと、そこは素直に反省した。


 あいつのタイプって時任ひかりみたいな感じよね。じゃあちょっと控えめでおしとやかな感じとか? こっちから仕掛けるのにそういう感じのタイプを作るってなかなか難しいわね。

 言葉遣いや仕草でアピールするか? メークは逆効果かな。すっぴんの方が好感もたれるかも。まつ毛だけちょっと弄っとこうかな。


「石川さーん。レジ入ってくれる? おーい」


 店長の呼んでいる声で我に返った。考えに耽り過ぎて今どこで何をしているのかすっかり忘れていた。


「はい。すぐ行きまーす」


 慌ててレジに入った莉緒は、列が出来てしまっている先頭のお客さんに営業スマイルを見せたのだった。



「なによ。あいつのせいで、店長にも怒られちゃったじゃない」


 バイト帰り、ブツブツ文句を言いながら暗くなりかけた帰り道を急ぐ。

 帰り際、少し店長に叱られた後、近辺で痴漢が出ているみたいだから気を付けなさいと言われた。

 結構細やかな気遣いの出来る店長は、莉緒にもう一時間早く上がれるシフトにしようかと提案してくれた。

 しかしバイト代を当てにして、ちょっと高価なブランドのバッグを狙っていた莉緒は、今まで通り入りますと即答したのだった。


 いざとなったら猛ダッシュで逃げる自信がある。


 莉緒はその辺の男子に、走りでは負けない自信があった。それにコンビニからの帰り道に、それほど危険そうなところは思い当たらなかった。

 そしてまた、あの少年のことが頭に浮かんで来る。


「明日また、会いに行ってみようかしら」


 すっかり暗くなった帰路を辿りながら、とにかく莉緒は誠司のことを、どうやって攻略してやろうかという考えに、また没頭するのだった。



 その翌日、制服姿の莉緒は、先日誠司に送ってもらったバス停に降り立ち、携帯を弄りつつ時間を潰していた。


 もうすぐここに現れるはずだ。


 この間、色々質問していたお陰で、少年がだいたいいつも同じくらいの時間に帰宅していることを、莉緒は知っていた。

 ほどなくして停車したバスから降りて来た誠司に、莉緒は計画どおりだとほくそ笑む。


「高木さん」


 声を掛け、まだ足を少し庇いつつ莉緒が歩み寄ると、少年は少し驚いた顔をして、当然の質問をしてきた。


「石川さん? どうしたの?」


 戸惑いの表情を浮かべる誠司に、莉緒は曖昧な返答を返した。


「なんだか会えそうな気がして途中下車したんです。良かった、こうしてまた会えて」


 計算ずくであることを隠し、少し意味ありげな印象を莉緒は与えた。そうすることで、少年は勝手に期待感を抱く。そう考えたのだった。

 しかし、その少女の意図に反して、誠司は相変わらず淡々としている。


「見たところまだ足も少し痛そうだし、早く帰った方がいいよ」


 あれ? 何にも食いついて来ていない。本当に鈍い奴ね。


「おかげさまで、だいぶ良くなって。もう結構歩けるっていうか……」

「それは良かった。じゃあお大事に」


 軽く手を振って帰ろうとした誠司に、莉緒は咄嗟に手を伸ばした。


「ちょっと待って」

「え?」


 袖を摘まんで引き留めた莉緒に、誠司はやや戸惑いの表情を浮かべる。

 莉緒はそのまま帰らせまいと、肩にかけていた鞄に手を伸ばした。


「高木さん、あの、これ……」


 莉緒は鞄から、可愛い柄の小さな包みを取り出して、誠司に差し出した。


「これは?」

「先日送っていただいたお礼です。受け取ってください」


 差し出した包みに手を伸ばすことを少年が躊躇っているのを察した莉緒は、早く受け取れと苛立ちつつ、照れた感じでアピールした。

 

「あの、自分で作ったクッキーなんです。お口に合うか分からないですけど……」


 純情さを前面に押し出して、莉緒は真っすぐに誠司を上目遣いで見上げた。


 完璧だわ。これでこいつは私のことを意識せずにはいられなくなるはず……。


 しかし、勝利を確信した莉緒に、意外な返答が帰って来た。


「ありがとう。気持ちだけもらっておくね」

「え?」

「ごめん。今日は家で用事があって少し急ぐから。じゃあ、気をつけて帰ってね」


 拍子抜けした莉緒を顧みず、誠司はそのまま帰ろうとした。


「とにかく受け取ってください!」


 半ば強引に押し付けて、ようやく包みは誠司の手に収まった。

 誠司はやや困り顔でお礼を言う。


「……じゃあ、ありがたく頂いときます」


 完全に予想図と違う展開に苛立ちを覚えながら、莉緒は作り笑顔を絶やすことなく、少年の背中を見送ったのだった。


 帰りのバスの中、再び惨敗を喫した莉緒は、無駄足を運んでしまった原因をひたすら考えていた。

 今日の計画を実行に移すにあたり、莉緒は成功映像を頭に思い描きながら、結構入念に準備していた。

 まず、手作りクッキーに取り組んだ結果、失敗した。

 全くお菓子作りどころか台所に立ったことの無い莉緒には、ハードルが高過ぎたのだった。

 これは無理だと二度失敗した時点で諦め、駅前の洋菓子店でそれらしいものを物色した。

 首尾よく手作り風クッキーセットを購入し、別の店でちょっと可愛い包みとリボンを購入し準備を万端にした。

 そうして用意しておいた手作り風クッキーは、思ってた感じではなかったものの、手渡すことに一応成功した。


 それなのに……。


 普通なら、女の子に待ち伏せされて意識しないわけがない。さらに、手作りの贈り物まで渡されたならなおのことだ。

 まあ千円程度だが、お金と時間をかけて周到に準備して臨んだ末のトホホな結果に、莉緒は喩えようのない虚無感を感じてしまったのだった。



 それから三日後、誠司に自尊心を傷つけられた莉緒は、今度こそはと準備をしていた。

 まず美容室に行った。

 そして姉にちょっと可愛いお出かけ用の服を借りた。

 そしてまつ毛を弄るのは当日にして、お肌のことを考えて、早めに就寝した。


「これで完璧だわ。覚悟してなさいよ……」


 絶対に負ける訳にはいかない三回戦。莉緒は気合十分で明日の成功を疑わなかった。



 翌日、早めに学校から帰って準備をしていた莉緒に、ゼミから帰って来た大学生の姉が声を掛けた。


「莉緒、ひょっとしてデートなの?」


 姉はニヤニヤしながら妹がおしゃれしている姿を見ている。


「何でもいいでしょ」


 いちいち説明出来ることでもないので、あっさりと聞き流す。


「その服、私のお気に入りなんだから汚さないでね」

「分かってるって。ちゃんと返すから」


 姉は出かけようとする莉緒に興味深々みたいで、玄関までついてきた。


「じゃあ行ってきます」

「行ってらっしゃい。ん? ちょっと待って」

「なあに? お姉ちゃん」


 姉の視線は莉緒の足元に向けられていた。


「あんたスニーカーで行くつもり? 全然服に合ってないよ」

「あ、そうか。でもこうゆう靴しか持ってないし……」

「いいよ。パンプスも貸したげる。その代わり帰ったらデート上手くいったか教えてね」

「まあ、いいわ。貸してもらうわ」


 莉緒は普段履きなれたスニーカーを脱いで、少し低めのヒールのパンプスに履き替えた。


「あらいいじゃない。可愛くなったわよ」

「そう? ありがと」


 デートなんかじゃないんだけどと思いながら、ちょっとおしゃれして出かけるのって楽しいなと莉緒は感じていた。

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