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ひかりの恋またいつか  作者: ひなたひより
第二章 見知らぬ少女
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第1話 嘘つき少女

 石川莉緒(いしかわりお)は手に持った学生証をぼんやりと眺めていた。

 時任ひかりの彼氏の学生証。

 ちょっと可愛い顔立ちの優しそうな少年だった。


 ああいうのがタイプなんだ。


 先日コンビニに連れ立って現れたひかりと誠司を頭に思い浮かべて、なんだかつり合わないカップルだったと莉緒は評価していた。

 時任ひかりの美貌に相応しい男なんて、そうそういないと思ったが、あの気弱そうな目立たない男のどこがいいんだろうと考えていた。


「高木誠司か……」


 学生証の写真を見ながら莉緒は呟いた。

 あれから三日経っても少年はコンビニに現れなかった。

 きっと紛失してしまっていることに気付かないままなのだろう。

 本当は連絡先が書いてあったので連絡してやるのが常なのだが、あの楽しそうな二人のことが癪に触っていた莉緒は、頑なにわざわざ連絡なんてしてやるものかと決め込んでいたのだった。


 もういい加減気付きなさいよ。


 そう思いながら、またズルズルと日は過ぎて、とうとう冬休みが明けたのだった。


 休み明けのけだるげな教室。

 莉緒の前の席に座るクラスメートが、鞄を置いて早速話しかけてきた。


「おはよう莉緒、久しぶり」

「おはよう。また始まったねー」


 ダルそうに応えた莉緒に、クラスメートは軽く笑い返す。そして挨拶程度に休み中の情報交換をしてきた。

 

「ねえ、休みどうしてたの?」


 そう言われて莉緒はつまらなそうにこたえる。


「ずっとバイト。お金貯まっただけ」

「なんだ、色気ないのね」

「お互い様でしょ」


 冗談を言い合って二人は「残念」と笑い飛ばす。


「クリスマス前に別れた彼氏とはどうなの?」

「どおって、そのままよ。それが何?」


 クラスメートの子はちょっと黙ってまた話し始めた。


「あんたの彼、いや、元カレか、クリスマスイブにデートしてたわよ。乗り換えるの早すぎない?」


 莉緒はそれを聞いて顔色を変えた。

 もともとそこまで思い入れはなかった相手だったが、向こうから付き合って欲しいと告白されて承諾したのに、その日にデートしていたとしていたら、付き合っていた時に二股をかけられていたとしか思えなかった。


「ごめん。やっぱり言わない方が良かったね」


 クラスメートは莉緒の顔色に気付いて謝った。


「いいのいいの、あんな奴、誰とでも付き合えばいいのよ」


 笑顔を作って返しつつも、莉緒の胸中は腹立たしさで満たされていた。


「あんまし気にしないでね」

「うん。全然気にしてないから。言ってくれてありがと」


 莉緒は平静を装いながら奥歯を噛みしめた。



「何なのよ。どいつもこいつも!」


 莉緒は下校後、バイト先に向かいながら、イライラを口に出してしまっていた。


「男なんて、もうこりごりだわ」


 莉緒は早足で歩きながら、時任ひかりのことを思い浮かべていた。


「インターハイであいつに負けてからだわ、何もかも上手くいかないのって」


 幸せそうに笑い合っていたひかりと誠司が頭に浮かんでくる。


「どうして私ばっかり。あいつらばっかり上手くいって不公平じゃない!」


 腹立たしさを募らせて先を急いでいる間に、莉緒はふと、あることを思いついた。


「男なんてみんな一緒だよね」


 莉緒は特に思い入れもなかった元カレのことを苦々しく思い出し、そう口にしたのだった。



 コンビニのバイト帰り、石川莉緒は制服姿で誠司の家の前へとやって来た。


「いざとなると緊張するわね」


 ポケットをまさぐった莉緒の手には、誠司の学生証があった。

 誠司が帰ってくる時刻は知らなかったが、運のいいことに30分も待たずに誠司は帰ってきた。


「あいつだ」


 家の前に佇む見覚えのない制服姿の少女に気付き、少年は怪訝な表情を浮かべた。

 莉緒はそんな誠司の様子に構わず、バイトで身についた笑顔を作り、丁寧に一礼した。


「あの、高木誠司さんですよね」


 突然声を掛けて来た見知らぬ少女に、誠司は困惑気味に対応する。


「そうですけど、何か?」


 誠司は莉緒のことを覚えていないようだった。

 莉緒は印象に残っていないことに内心イライラを募らせつつ、学生証を差し出した。


「あの、これ、持ってきたんです」


 誠司は学生証を受け取ると、ハッとして顔色を変えた。


「あのとき落としてたんだ」


 誠司は莉緒に向かって、申し訳なさそうに深々と頭を下げた。


「すみません。あの時の店員さんだったんですね。本当にご迷惑をかけてしまって……」


 誠司があまりに丁寧に謝るものだから、莉緒は困った顔をして、いえいえと恐縮した。


「本当に助かりました。ずっと預かってもらっていて本当にすみませんでした」

「いえ、いいんです。また来られたらと思って保管してたら今日までお渡しできなくて、こちらこそすみませんでした」


 莉緒はしおらしく振る舞う。


「わざわざ届けて頂いて恐縮です」

「いいんです。アルバイト終わってから帰りに寄っただけなので、気にしないでください」


 そう言って男心をくすぐるような、はにかんだ笑顔を見せた。


「じゃあ、私はこれで……」


 感じよく一礼すると、莉緒はあっさりと誠司に背を向けた。


「本当にありがとうございました」


 背中に声を掛けてきた誠司にもう一度会釈を返して、莉緒はその場をあとにした。



 少女の背中を角を曲がるまで見送ってから、誠司が家に入ろうとした時にそれは起こった。


「きゃっ!」


 耳に届いた短い悲鳴に、誠司はすぐさま駆けだした。


「どうしたの!」


 角を曲がってすぐの路上で、莉緒は足首を押さえてうずくまっていた。


「痛たた」


 顔をしかめる莉緒に誠司は駆け寄る。


「大丈夫?」

「ええ、ちょっと躓いてしまって」


 狭い一方通行の道。幸い今は周囲に車の気配はない。誠司は腰をかがめて、少女に手を貸してやる。


「立てますか?」


 莉緒は痛そうに足を庇いながら、なんとか誠司の手を借りて立ち上がる。

 誠司は片足立ちになっている莉緒に、そのまま肩を貸してやった。


「ちょっと家に寄ってって下さい。手当てしますから」

「すみません」


 足を引きずりつつ、莉緒は誠司の肩を借りて、高木家の中へと入った。


「ちょっと待っててください」


 誠司は玄関に莉緒を座らせて、急いで奥に走っていった。

 それを見送って、莉緒は苦痛に歪めていた表情を崩した。


 なんだ、ちょろいもんじゃない。


 転んで足首を痛めたふりをしていた莉緒は、上手くいったとほくそ笑んだ。

 やがて誠司は、整骨院を開業している父、信一郎を連れて戻って来た。


「父です。整骨院をやっています」


 莉緒はその言葉に動揺するも、それを悟られまいと必死で平常心を保つ。

 ここまで来たら誤魔化しきるしかない。

 脇の下を冷たい汗が流れるのを感じながら、莉緒は演技を継続した。


「どれどれ、靴を脱いで足首を見せてもらえますか?」


 手で押さえたままの足首を信一郎は覗き込む。


「すみません」


 莉緒は躊躇いながら靴と靴下を脱いで足首を見せた。


「うん、見た目は何ともないな。ちょっと失礼……」


 そして信一郎は足首を色んな方向に動かして診察した。


「この方向が痛いと言うことですな」

「あ、はい」

「誠司、テープ持ってこい」


 信一郎は足首を器用にほぐしながら指示を出す。

 しばらくして誠司は医療用のテープを持って戻って来た。


「これでいい?」

「ああ、それだ」


 受け取ると信一郎は手際よく莉緒の足首にテープを巻いていった。


「これでどうですか?」


 莉緒はもともと痛くない足首を動かしながら「楽になりました」と答えておいた。


「それは良かった」


 施術は終わったようで、信一郎は黙って見ていた誠司を振り返った。


「誠司、このお嬢さんを送ってやりなさい。もう外は暗いだろう」

「うん。ちょっと行ってくる」


 誠司はバス停まで送りますと、莉緒に肩を貸して外に出た。



 かなり薄暗くなった住宅街を、誠司は莉緒の腕を支えるようにして、ゆっくりとバス停に向かっていた。


「すみません。なんかご迷惑ばかりかけて」

「気にしないでください。当然のことをしてるだけです」


 支えてもらっているのだから当然なのだが、少年との距離感に、分かっていながらも莉緒は少し緊張してしまう。


「あの、私、石川莉緒と言います。R高校の二年生です」

「そうでしたか。おれは……」


 そう言いかけて誠司は苦笑いを浮かべた。


「よく考えたら、みんな知ってますよね」


 大体のことは学生証で知っている。それが自然だった。


「あの、私に敬語使うのやめてください。高木さん三年生だし」

「あ、そうですよね。余計に気を遣わせたかな?」

「はい。敬語じゃない方がありがたいです」


 少し話が続く様になって、莉緒の心に余裕が生まれてきた。


「高木さんって優しんですね」

「えっ? おれが?」

「初対面なのにこうして送って下さって、すごく嬉しい……」


 莉緒はわざと恥じらって見せた。


「いや、これぐらい当たり前だと思うけど」


 なんだか返事が素っ気ない。   

 どこか淡泊な感じの少年に、莉緒はやりにくさを感じてしまう。


「なんだか私、こんな優しくされたの初めてだな」


 また恥ずかしそうにそう言ってみて様子を見るも、少年の態度に変化はなかった。

 バス停が近づいてくる。

 莉緒はここで計画していたことを行動に移した。


「きゃっ!」


 少し躓いたふりをしてよろめくと、予想していたとおり、誠司はふらついた莉緒の体を両手で支えた。


「すみません」


 部分的に体が密着したことで、少年は私のことをいやでも意識するはずだ。

 莉緒の計算では、そうなるはずだったのだが、そのあとの少年の反応は義務的という以外の何ものでもなかった。


「それは駄目だよ……」


 誠司はすぐに莉緒の体から手を放した。

 計算通りにいかないことに苛立ちを覚えつつ、莉緒は少年が発したひと言の意味が理解できず、心の中で思い悩む。


 気をつけろという意味なのだろうか……それとも他に何か意味合いがあるのだろうか……。


 それからバス停まで、少年は無言で莉緒に付き添って歩いた。


「すみません。助かりました」


 莉緒がお礼を口にすると誠司も一礼した。


「こちらこそ、学生証をありがとう」


 バスを待つしばらくの間、莉緒は誠司のことについて、根掘り葉掘り色々と尋ねた。計画どおり少年に関する情報は集めれたものの、結局最後まで、誠司のほうからは莉緒のことを、何も聞いてこなかった。


 時間通りに到着した市バスに乗車した莉緒は、腰を下ろした座席で足を伸ばすと、大きく息を吐いた。


「ああ疲れた、あんな歩き方するもんじゃないわね」


 莉緒はテーピングをしてある足首を動かしてみる。


「なんかあのおじさんに解してもらってから、前より軽くなったみたい。腕がいいのかしら……」


 少しヒヤヒヤさせられた場面もあったが、一応は計画どおり、時任ひかりの彼氏と接点を持つことが出来た。


「まあ、滑り出しは上々ね……」


 ひと息ついた莉緒は、誠司の言っていた引っ掛かるひと言をまた思い出す。


「それは駄目だよって……どうゆう意味よ」


 何だか気になるその言葉の意味を、莉緒はまだこの時、気付くことは無かった。

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