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ひかりの恋またいつか  作者: ひなたひより
第一章 春に向けて
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第10話 帰って来た祖父

 朝の光とあまりの寒さに、松田謙三は目を覚ました。


「うう、寒っ」


 一月二日、昨日遅くまで飲み過ぎた信一郎、謙三、太一の三人は、そのまま信一郎の家でへべれけになって寝てしまったのだった。

 薄暗い狭い部屋で、信一郎も太一も寒そうに小さくなって畳の上に寝ている。

 ストーブの灯油が切れてそのままだったので、部屋の中はキンキンに冷え切っていた。


「起きていきなり嫌なもん見ちまった」


 あまりの寒さに、信一郎と太一の二人が抱き合うようにくっついて寝ているのを見て、謙三は気持ち悪くなった。

 学生時代と同じ感覚で飲み過ぎたことに謙三は反省するも、大いに盛り上がった夕べのことについては、たまにはいいだろうと自分を大目に見ていた。

 まだ寝ている二人を置いて謙三は部屋を出る。

 取り敢えず小便をしたくてお手洗いに行ったあと、台所からいい匂いがしてきていたので覗いてみた。

 トントンと包丁でねぎを切っていた誠司が、起き掛けの松田に気付いて声を掛ける。


「おじさん、おはよう」

「ああ、おはよう。誠ちゃん早いんだな」


 台所で朝ご飯の味噌汁を作っていた誠司にそう声を掛けると、匂いのせいか急に腹が減ってきた。


「おじさん、朝まで飲んでたの?」

「いや、ちょっと覚えてないんだ。深夜までだったか明け方までだったか良く分からん」

「父さんもだけど、おじさんたちも相変わらずだね」

「へへへ、まあ相変わらずだよ」


 謙三は今何時なんだと壁の時計を見上げる。

 そしてだらしなく遅くまで寝てしまったことにまた反省した。


「もう十時か。正月早々やらかしちまったな」

「お正月だからいいんじゃない? おじさんいつも仕事大変なんだし」

「いつからそんな大人の気遣いできるようになったんだ? あんまり吃驚させるなよ」

「まあ、それはいいから父さんたち起こしてきてよ。俺、ちょっと約束があって出かけるから、そろそろ朝ご飯食べたいんだ」


 それを聞いて謙三はニヤつく。


「ははーん、さては昨日のあの可愛い彼女とデートだな」

「うん、まあそんな感じなんだ……」


 純情を隠せず頬を紅くする誠司に、謙三は目をキラキラさせてごつい顔を近づける。


「あいつらには言わないからさ。どうなんだ? どのあたりまで二人は進行中なんだ? さ、言ってみろ」

「いや、それ聞いてくる? 言う訳ないでしょ」

「お年玉はずんだんだからいいだろ?」

「それはありがたいんだけど……」


 その時、玄関の呼び鈴が鳴った。


「あれ? 誰だろう。今日は誰も来る予定なかったんだけど」

「いいとこなのに邪魔が入ったな。俺が出てくるよ。誠ちゃんは朝飯頼むな」


 謙三は一体誰だと玄関の引き戸を引いた。

 そして飛び上がった。

 そこに立っていたのは大島誠太郎、この誠真館の先代館長だった。


「せ、先生!」

「なんだ松田じゃないか。お前なんで正月早々ここにいるんだ?」


 謙三の頭の中は真っ白になった。

 なんでこのタイミングなんだよ! そう言いたかった。


「いえ、ちょっと信一郎らと夕べ呑んでまして……ささ、中にどうぞ」

「言われなくても入れてもらうよ。俺の家だからな」


 誠太郎は仏頂面で家の中に入ってきた。


「おじさん、誰か来たの?」


 奥から顔を見せた誠司を目にした途端、仏頂面だった顔が満面の笑みに変わった。


「おじいちゃん!?」

「誠司、会いたかったぞ」

「え? 帰国するって聞いてなかったけど」

「驚いたか? サプライズだよ。おおお、もっとよく顔を見せてくれ」


 誠太郎は誠司の顔を両手で挟んで撫でまわした。


「おお、また静江に似てきおって。よしよし。いいか、あのぐうたらに似たら承知しないからな」

「それは成り行きで仕方ないところだけどね」


 誠司は誠太郎にされるがまま撫でられ続ける。


「それであのぐうたらはどこだ?」

「ああ、まだ寝てるんだよね、おじさん」

「あ、うん。まだ寝てるだろうな……」

「なんだって……」


 誠太郎のこめかみに青筋が浮き上がる。


「誠司に朝飯を作らせて、自分は大酒を飲んで爆睡中だと? 松田、お前部屋に案内しろ」

「いや、おじいちゃん、久しぶりに三人で会ったんだし、仕方ないよ」

「誠司。お前は静江に似て本当に優しい子だな。おじいちゃんは感動したぞ。しかしあいつは許せん。根性を叩き直してやる」


 そして誠太郎は謙三の後に続いて、信一郎が寝ている部屋に入っていった。

 酒臭い部屋の中で、信一郎と太一は身を寄せ合い、すやすやと眠っていた。

 誠太郎は再びこめかみに青筋を立てた。


「おい」


 二人はまるで反応がない。


「おい、お前たち」


 それでも全く反応がない。


「起きんかばかもん!」


 何処からその声量が出てくるのかという怒鳴り声で、信一郎と太一は飛び上がって目を覚ました。

 朦朧としながら何事が起こったのかと慌てている。


「いつまで寝てんだ!」


 そしてようやく二人は、鬼のような形相の誠太郎に気付いた。


「せ、先生!」

「お、お父さん!」


 新年早々寿命が縮まった二人だった。



 取り敢えず誠司の作った朝飯を食べながら、誠太郎は三人を説教していた。

 あれだけ普段豪快な三人が、誠太郎の前では小さくなってしまっていた。


「俺のいない間に好き放題か。いい度胸だなお前ら」


 腹立たし気な誠太郎に、三人を代表して信一郎がこたえる。


「いえ、そんなこと無いんですよ。たまたま昨日飲み過ぎただけで、タイミング悪くお父さんが帰って来ただけなんです」

「なんだと? じゃあ俺が悪いって言うのか!」

「いえそうじゃなくって、ちょっと魔が差した瞬間を見られたってだけなんですよ」

「言い訳だけは一人前になったみたいだな」


 誠太郎の剣幕に気の毒になった誠司は、助け舟を出してやることにした。


「おじいちゃん。もうそのぐらいで。父さんもおじさんたちも久しぶりだったんだ。今回は目を瞑ってやってよ」

「誠司、お前は何て優しい子なんだ。こいつらにお前の爪の垢を飲ませてやりたいよ。誠司には後でたっぷりお年玉をやるからな」


 そして誠太郎は、また三人に向き直る。


「お前ら飯を食うたら道着に着替えて道場に来い。お前らにはお年玉の代わりに俺が稽古をつけてやる」


 二日酔いの三人は蒼い顔をしている。


「誠司もどうだ? おじいちゃんが技を教えてやるぞ」

「あ、うん。それはいいんだけど、ちょっと予定があって……」

「そうか、友達と約束してるのか。じゃあ、明日しような」

「明日もちょっと予定を入れちゃってて、ごめんおじいちゃん」

「なんと。そうか。俺に似て引っ張りだこだな。うちに連れてきなさい。誠司の友達がどんな子たちか俺が見極めてやろう」


 そこで信一郎がおずおずと口を挟んだ。


「先生、いや、お父さん。誠司のこと、ちょっとほっといてやって下さいよ」

「俺の可愛い孫だぞ。ほっとけるわけないだろ」

「いや、誠司も年頃なんだ。察してあげて欲しいんですよ」

「何を? 俺は友達を見極めてやろうとしてるだけだぞ。きな臭い奴は少しシメるかも知れんが」

「そういうんじゃなくって。困ったな……」


 信一郎はややこしいのが帰って来たものだと大きなため息を吐いた。

 誠司の祖父、大島誠太郎は誠真館を信一郎に任せて、息子のいるアメリカフロリダ州に引っ越していった。

 今はそこにも道場を構えて誠真館の海外道場として精力的に運営しているのだった。

 誠司の母で静江の兄、幸太郎は国際結婚の末、アメリカで市民権を得てずっと海外で暮らしていた。そこで一緒に暮らしている誠太郎は、時々帰って来てはこうしていきなり顔を出すことが多かった。

 とにかく精力的で、知らぬ間に人を巻き込む才覚を持ち合わせている誠太郎は、良くも悪くも台風の目といった感じで、一緒にいると退屈する暇もない男だった。


「誠司、出かけるって言ってたな。また帰って来てから一緒に晩飯を食おうな」

「うん。そろそろなんで行ってくるね。ごめんね、おじいちゃん」


 誠司が出かけて行って、誠太郎は場所を道場に移して二日酔いの三人を前にまた説教をしていた。

 三人とも嫌々道着を着て正座させられている。


「まったく、誠司を見習え。お前らは昔っから羽目を外す機会を窺ってばかりいるな。俺が鍛え直してやる」


 それから一時間、三人は思い切り稽古させられた。

 二日酔いの上に謙三と太一はしばらく稽古していなくてなまっていたので、もう吐きそうだった。

 普段から鍛えている信一郎だけは、気分が悪そうなものの、何とか誠太郎の技をしっかり受けきれていた。

 健三を豪快に投げ飛ばして、誠太郎はようやく構えを解いて汗を拭った。


「さあ、ちょっと休憩してまた昼からやるぞ」

「まだやるんですか!」


 信一郎はあからさまにやりたく無さそうな顔を見せた。


「ああ、俺も誠司と遊んでやろうと思ってたのに出て行っちまったから暇なんだ。丁度お前たちがいて良かったよ」

「そんな理由でしごいてたのか……」

「何か言ったか?」

「いえ、何も……」


 正月早々もう嫌だと三人とも顔に表れていた。

 そのうちに汗だくの太一が畳にへたり込んだまま、余計なひと言を口にしてしまった。


「誠ちゃんだけいいよな。先生に捉まらないで彼女とお出かけなんて」


 ぼそりと太一が言った一言を、誠太郎は聞き逃がさなかった。


「おい、今なんて言った?」


 誠太郎は有無を言わせぬ気迫で、太一をギロリと睨んだ。

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