灰色の告白
高志と草太は昼休みにクラスメイトに聞き込みを開始する。
正確には、友人に聞き込みをしている草太に高志が控えめにくっついて歩き回るだけであった。
無論、人見知りな高志は折角のクラスメイトの言葉にもオドオドと相づちをうつ程度で、
都合良く新しい友人が出来るなんてこともなかった。
そして、西野さんの調査結果であるが、
頭脳明晰
文武両道
泰然自若
容姿端麗
なぜか、みんな四字熟語で答えてくれたのだが……。
ていうか最後のは見れば分かる。
学年トップクラスに入るほどの頭脳の持ち主であり、
運動系、文化系の部活をいくつも掛け持ちし、入学から2ヶ月も経っていないのに、入っているほとんどの部で成績を残しているほどの多才。
どんな大事にも取り乱すことなく、落ち着いており、常に冷静である。
容姿にいたっては、早くも2年生、3年生を差し置き、我が聖正高校のミス聖正として認められているらしい。
彼女は高嶺の花と思い知った。
――それもエベレスト級の。
最初は基本1人でいることから、自分と同じ部類かと思っていたが……。
……いや、違う。同類であれ。と思っていた。彼女が少しでも近い存在であれ。という願望であった。
それだけに、ここまで天と地の差があると、一気に諦めがついたような気さえする。
彼女と僕はたまたま同じ高校に通っただけで、それ以外は交わることのない人生なのだ。
2人は席に着き、自分の席で黙々と読書をする西野空子を遠い目で見つめる。
そして高志は口を開く
「……完璧だね。」
「あぁ……完璧だ。――ただ…。」
「ただ?」
「完璧……すぎるんだろうな……西野は。」
「完璧すぎる?」
よく分からずに、再び質問で返す高志。
「近づきにくいオーラが勝手に出てるんだよ。完璧過ぎてな……。強いて言うなら、短所がないことが短所。唯一の欠点ってところか。しかも、西野自身も友好的な性格じゃなさそうだしな。だからいつも1人でいるんだろ。』
そうか…人間誰しも欠点の1つや2つは必ずある。
でもそれが人間らしいっていうのか…。
西野さんほど完璧だと逆に人間らしくなくて、みんな近づき難いってことか…。
嫉妬とかされやすそうってのもあるし
――――でもなんかみんなは彼女を誤解してる気がする。
彼女のことを何も知らない僕が言うのもおかしいけどさ。
――――――
放課後、草太と共に学校を出るが、互いに帰り道が違うためすぐ別れる。
やはり中学とは違い、みんな電車通学が大半である
前も説明したように自分の家、渡部家は聖正高校から歩いて帰れる
聖正高校の最寄り駅は渡部家と真反対にあるため、あまり聖正高校の生徒は僕の通学路にはあまりいない。
帰宅友達がいないというのも少し寂しいが、もう慣れた。
ていうか友達まだ1人しかいないし…。
僕はいつもの商店街を通り抜け、なんだか今日は気分を変えたくて、いつもの帰宅コースから外れ、一応近道となるが、薄暗いためいつもは通らない路地裏を通ることにした。
それが人生の大きな分岐点となるとも知らずに。
やはり路地裏は、夕方前だというのに光が入らないため薄暗い。
空気もなんだか汚い気がするのは、
エアコンの室外機からの生暖かい風が当たるからであろうか
やはりいつもの道で帰ればよかった。
と悔やみながらも、
さっさとこの道を通り抜けてしまおうと、足を進めた時であった。
『フシャァ!』
猫の鳴き声?
暗くて見えないが、路地裏を進んだ先の方から聞こえた。
まぁ…猫の鳴き声なんて日常茶飯事。
こんな路地裏なら尚更だ
まぁ気になる訳ではないが、通り道なので、強制的に僕は猫の鳴き声の方に近づいていく。
そのまま路地裏に進んでいくと、
やはり猫の姿があった。野良猫だろうか?
そして予想外のもう1つの影……。
人だ…。
まさかと思い、目を凝らすと、そのまさかであった。
その人は僕が一目惚れした、完璧少女
西野 空子であった。
僕は正直戸惑った。
なぜこんなところに西野さんが…。
これはチャンスなのか?
神が僕に与えたチャンスなのか?
――――でもそれにしては、西野さんの様子はおかしかった。
まだ西野さんは僕に気づいてないようだ。
それほど何かに集中しているのか?
そして目を凝らすと西野さんは何かを持っている。
竹刀……?
そう。西野さんは竹刀を構えて集中している。
そしてその清んだ瞳が見つめるものは、俺の数m先にいる猫。
実は猫が大好きーみたいな可愛らしい一面を持ってる子だった…
…って訳じゃなさそうだ。
猫に竹刀を向ける猫愛好家はいないだろう。
僕はその光景に思わず立ち止まる。
何度も目を凝らすが、
やはり西野が竹刀を構える相手は猫。それも、じゃれようとしているわけでなく、彼女はあくまで真剣に猫と向き合っている。
そしてノラ猫も黙ってる訳ではなく、
全身の毛を逆立てて、前足を伸ばし、
尻尾を後ろに突き出すような姿勢でフシャァァ!と西野を威嚇している。
猫が敵に攻撃を仕掛ける寸前の体勢だ。
しかし猫は圧倒的な力の差を感じているのか、少し距離をおき牽制している。
そりゃそうだ。
猫にとって、相手は女の子といえど、自分の何倍の大きさと力のある、竹刀を持った人間。
勝負は半分見えているようなもの。
しかしこの猫はよっぽど人間慣れしてるのか、なにか譲れないものがあるのか、逃げようとはしない。
そして一番の疑問点。
なぜ西野さんが学校帰りにこんな路地裏で猫を相手に竹刀を構えているんだ…?
まさか…
動物虐待…?
確かにここまで優等生だと、こんなことしてストレス発散しててもおかしくないのか?
そうだとしたら大分ショックというか、ていうか止めるべきなのか。
僕は思考回路をフル回転させる。
まずい!とにかくまずいだろこの状況。
時間が止まったような気がした。
いや、もの凄くゆっくりに感じる
路地裏に設置されている配水管の蛇口の先から滴が膨らみ、
そして放たれ、
地面のコンクリートの地面に滴が接地し、
弾けた。
その刹那―――。
『でやぁぁぁぁ!!』
『ニャァァァァ!!』
西野は竹刀振り上げる!
猫も西野に向かい突っ込んで行く!
あっ、こんな声してたんだ……。かわいい。
ってやばい!そんなこと考えてる場合じゃない!
と、止めないと!!
もうどうにでもなれ!
「…や、やめろぉ!」
高志は猫を庇うように、猫の前に飛び出す。
「なっ!?」
西野は急な邪魔者の出現に驚き、一瞬躊躇うが、竹刀を見事ギリギリ高志の頭に当たる寸前で止める。
高志は思い切り瞑っていた目をおそるおそる開く。
その目の前には寸前に止められた竹刀。
そして、西野であった。
竹刀を持つ姿は、教室にいる時とはまるで別人のようで強い眼差しをしている。
…というか僕を睨んでない?
西野は竹刀をゆっくり引くが、今だ高志を睨んだまま。
な、何故か罪悪感が……。
何を言えばいいか何も思い付かない…。
なんとも緊迫した気まずい雰囲気が流れる。
すると…西野が小さな口を開く。
「……貴様。……なんのつもりだ」
…え?
貴様って僕のこと…?
生まれて初めて貴様って呼ばれた…。
ていうか西野ってこんな口調だったのか…?
いや、今はそんなことはどうでもよくて…。
僕は正しいことをしたはずだ…。
自信を持てばいい。
「ぼ、僕はただこの猫を……ってあれ?」
先ほどまで僕が庇っていた猫がいない。
「……あっ!しまった!」
西野は何かを思い出したかのように、急いで後ろを振り向く。
すると、暗くて確かじゃ無いが、ネズミだろう。
ネズミをくわえた先ほどの猫が勝ち誇った笑みを交わし、
どこかへ去って行った。
西野は猫を追おうとするが、その時には猫は暗闇へと消えていた。
そして呆然と立ち尽くす僕に再び竹刀が向けられる。
「ひぃっ!」
思わず情けない声が漏れる。
「猫に逃げられた…。
貴様のせいだ。どう落とし前つけてくれる……!」
なにこれ…超恐いんだけど。
「ぼ、暴力反対…。」
僕は情けなく手を挙げる。
すると、西野は頭を掻きながら、溜め息をつく。
「…。何故か調子狂う……。私は貴様みたいな軟弱者は苦手だ…。一応問うが、なんで猫を助けようとした?』
西野は竹刀は高志に向けたまま問いかける。
えぇー…。
なにこの状況…。
なんで僕、怒られてんの…? 答え間違えたらぶっ殺されそうなんだけど。
西野さん教室にいるときとキャラ違いすぎるよ…。
とりあえず竹刀下ろしてくれよ……。
「いや…あの。
そりゃ猫を竹刀で襲おうとしてたから、正しい道に導いてあげないとって思って…。」
僕は何を言ってんだか……。
すると西野は状況を把握したのか、
「あぁ……まぁそりゃそうだ。猫を虐めてる奴がいたら、正義感のある奴なら止める。当然だ。
貴様の勇気は認めてやろう」
え?ありがとうございます。
しかし、西野は竹刀を高志の鼻に当たるか当たらないかくらいまで近づける。
「…でもな。猫が他の動物を虐めてたらどうする?さっきの猫はネズミを襲っていた」
あっ確かにさっき猫はネズミを食わえていた。
でも、そんなん良くある光景だ。
「そんなの―――」
「なんだ、そんなことかって思っただろ?確かにネズミなんて助けたって何にもならないさ。
だが、貴様は猫は助けるのに、ネズミは助けないのか?」
少し胸が痛くなった。
「たしかにそれは僕が間違ってたよ…。
でも…だからって猫を竹刀で叩いて良い理由にならない!・・じゃないですか。」
なんか恐くて敬語になっちゃう。
西野の表情は変わらず動揺は見られない。
「私は最初から竹刀を猫に当てるつもりはなかった。ただ振り回せば幾らなんでもネズミを諦めて逃げるはずだからな」
そっか…。
確かに猫を仕留めようとしてたなら、勢いよく振り下ろした竹刀を、僕が割って入った時に、ピタリと止められるはずがない。
つまり彼女は最初から、竹刀を止めるつもりだった。
西野さんは最初からネズミを守ろうとしてただけなのか…。
確かに西野さんは間違ってはいなかった。
僕が動物虐待してると勝手に勘違いしてただけだ。
正直に謝るべきだ。
「ご、ごめんなさい!僕、勝手に勘違いしてたみたいです。」
高志は一歩下がり頭を下げる。
すると、西野は溜め息をつき、
「別に分かればいい。もう図に乗るなよ」
竹刀を引き、竹刀で自分の肩を叩く
少しキツい人みたいだけど、筋は通ってるし、根は悪い人ではなさそうだ。
待てよ…。
さっきまでは急な展開に頭が回らなかったけど…。
今は…好きな女の子と2人きり…。
彼女は竹刀を専用の袋にしまい、立ち去ろうと背を向ける。
「ちょ!ちょっと待って西野さん!」
気付いたら僕は彼女を引き留めていた。
「なぜ私の名を知ってる…?まさか貴様……!」
西野は何を勘違いしたのか、再び袋から竹刀を取り出す。
僕は慌てて後退りしながら
「ち、違います!怪しい者じゃなくて、ストーカーとかじゃなくて!お、同じクラスの…渡部だけど」
「……?見たことないぞ貴様なんか。適当抜かしてるんじゃないだろうな?」
薄々感づいてはいたが、やっぱり知らないか…。
ショックだけど仕方ないと言えば仕方ない…。
「あー…しばらくインフルエンザで休んでたから…。」
まぁ入学から約2ヶ月は経ってるわけで、
インフルエンザで休んでた期間は2週間ほどだから、彼女が僕に気づかなかった理由になってないけど。
あえて僕が影が薄いからとは言わない。
それにしてもやっぱり可愛いな…。
こんな近くで見たことなかったし。
想像よりきつい性格だったが……いや真逆だったか。
でも今の僕にとってはそんなこと小さな問題。
状況はどうであれ、
今、薄暗い路地裏、
好きな女の子と二人きり、
僕の気持ちは普段からは考えられないほど高ぶっていた。
後々、この時の僕を思い出すと、顔から火がでるほど恥ずかしくて、
何かしらの魔法にかかっていたと考えるように自分で言い聞かせてる。
「インフルエンザか。それなら仕方ないな。」
彼女はうんうんと頷く。
あれ、流してくれた。
それも彼女の優しさなのだろうか。
それとも、単純に気づいていないのか。
しかし彼女は警戒を怠らず、再び竹刀をこちらに向ける。
「いいか。今日の事は他言無用だ。」
「わ、分かった。」
なぜだろう?と疑問が浮上したが、
共有の秘密を持ってしまった。
という事実のほうが僕の脳内の大半を占めていた。
まぁ客観的に見ればただの口止めに過ぎないかもしれないが、
僕の脳内ビジョンは都合よく変換される。
「そして同級生であろうと、二度と私に近づくな」
あれ?
「え……あっ……。」
急にそんなことを言われたので、言葉が出てこない。
「分かったな?それじゃ…私は行くから」
彼女は竹刀を担ぎ、冷淡にも高志に背を向け歩き始めた。
路地の暗闇に彼女が溶け込んでいく。
そのまま彼女が見えなくなるまで見届けてしまったら、
折角色づき始めた僕の人生はその通り暗闇に染まってしまう気がした
彼女と話す機会もこれを逃してしまったら、金輪際ない気がして、
気付いたら僕の口は操られたかのように無意識に開いていた。
「西野さん!」
もう一度言おう。
この時の僕は魔法にかかっていて、どうかしていた。
よくよく考えれば、焦りすぎた発言であった。
彼女は同じクラスなんだから、当分は逃げやしない。
なのに、この時の僕は冷静さに欠けていた
まるで彼女がここで会うのが最後かのように、
今言うしかないと思った。
自分の内気な性格なんて忘れていた。
彼女は少しイライラしつつも、首だけ振り向き
「なんだ。まだ何かようがあるのか?私はさっきの猫を追うから」
「しゅ、好きです!つ付き合ってください!」
噛んでしまったため、つつき合ってくださいになってしまった。
―――しばらくの沈黙―――
この時間の流さはスローモーションよりも遅く、僕はどれくらいの間頭を下げていたのだろう?
彼女の表情は見えなかった。
なぜなら、僕は頭を下げていて、汚い湿ったコンクリートしか見えていなかったからだ。
信じられないほど長く、重く、静かな時間
いや彼女にとっては一瞬だったのかもしれない
「二度と話しかけるな」
ですよね。
ここまで彼女が脈ある要素を1mmたりとも見せてないのによく言えたもんだと思うよ自分でも。
そう西野空子は吐き捨て、暗闇を駆け抜けていった。
最後まで彼女の表情は見えなかった。
嘲笑うかのように、上空ではカラスが鳴きながら飛んでいる
お前には俺のような色がお似合いだ。とでも蔑むかのように。