戦い
「團君だって」
良子が晴美に向って言い返そうとすると亮がそれを止めた。
「秋山さん、今日は私たちローラン・ギャロスで食事、
その後家族と六本木でソシアルパーティなの」
亮は顔をあげて笑う川野晴美がつくづく嫌な女に見えたが
良子の立場を考えておせいじを言った。
「凄いですね、ローラン・ギャロスは中々予約が取れませんよね」
「ええ、高田さんが6ヶ月前に予約を取ってくれたの」
「そう、バレンタインデーに女性が告白するのは日本だけですからね
欧米ではバレンタインデーは恋人の日だから」
亮は高田が外国かぶれの学生が気取って言っているようにしか思えなかった。
「秋山さん行きましょう」
亮は高田の自慢話に耐えられず会釈をして秋山の手を引いた。
「悔しい、彼女は中学時代から人を見下げた態度を取るのよ」
「いいたいやつに言わしておけば良いですよ」
「でも、応慶大学より東大のほうが上でしょう、悔しくない?」
「別に、逆に高い学費を払っているほうが立派ですよ。
うちの父だったら無駄遣いと言われて怒られます」
「面白いお父さんね」
「そうですか?」
亮たちがル・フルールに入って行列に並ぶと秋山が列を覗き込んだ。
「團君、ここって普通1時間以上待たないと席に座れないわよ」
「そうみたいですね、他へ行きましょうか?」
そこへ店員が並んでいる人の名前を聞きに来た。
「お客さま、1時間以上お待ちになりますが、
お名前を伺ってよろしいでしょうか?」
「團です」
「失礼いたしました。こちらへ」
店員は慌てて二人を席に案内した。
「秋山さん、どうやら姉が予約して有ったようですね」
「うん、うれしい」
秋山は川野晴美に会ってからふさぎ込んでいたが
やっと笑顔を見せた。
亮は良子から手作り風のチョコレートを受け取って
礼を言うと秋山は腹に据えかねていた思いが爆発した。
「さっきの川野さん、沙織と同じ高校でずいぶん
沙織をいじめていたようよ」
亮は沙織の名を聞いてドキドキして手が震えだした。
「本当ですか?」
「ええ、自分お金持ちなのを鼻にかけて美人で体の弱い沙織を
体育の授業中に足をかけたり、後ろから押したりして
虐めていたらしい」
「ひどい!」
亮は沙織の細くて白い手を思い出した。
「沙織が倒れたのも彼女が原因なの」
「どうして?」
「学校であなたへのマフラーを編んでいたらものすごく馬鹿にして
そんな物プレゼントをしたら男に嫌われるってメチャクチャ言ったらしい」
「そんな、・・・気持ちがこもっていればなんだって良いのに」
「沙織、團君がお金持ちだって知っていたから、高価な物をプレゼントしようとして
時給のいい深夜のファミレスでアルバイトをしたら風邪を引いちゃって」
亮は沙織の気持ちを思って目頭が熱くなった。
「あの人、人を馬鹿にするほどお金持ちなんですか?」
亮は人を見下げたり虐めたりする女に怒りが込み上げた
「彼女のお父さんがDUN製薬の取締役で
将来の社長候補だっていつも自慢している」
「そう・・・」
しばらく沈黙が続くと秋山が重い口を開いた。
「私ね、さっき新しい彼って言われたでしょう」
「ええ」
「あの高田さん、私の元彼なの」
「えっ?」
「高田さんに誘われてパーティに行く時、安い服だと怒られて
毎晩アルバイトをしてブランド品を買っていたわ」
「アルバイトって?」
「新宿のキャバクラよ」
「キャバクラって何?」
亮は首をかしげた。
「ねえ、マジでキャバクラ知らないの?」
「えっええ、去年まで高校生だったし・・・」
「うふふ、女性とお酒を飲んでお話をする所よ。キャバレー+クラブ」
「ああ、なるほど」
亮はクラブと聞いて父の秀樹と行った銀座の蝶を思い浮べ
絵里子の事を思い出し、顔を赤くした。
「それが、去年のクリスマスパーティで会った
高田さんと川野さんと出来ちゃって振られたの」
「うちに買い物に来てくれたクリスマスの日ですか?」
「ええ、実はあの日高田さんへのプレゼントを買いに行ったの
それで高田さんと泊まるはずだったホテルを追い出されて
泣きながら家に帰った」
「なんか悔しいですね」
「金持ち同士話が合うみたい」
亮は二人の事を気にしないそぶりを見せた。
「そんな馬鹿な事」
「ああ、男性を夢中にさせるような媚薬でも有れば良いのに・・・」
良子が囁くと亮は立ち上げって秀樹に電話をかけた。
「お父さん、頼みごとばかりですみません」
「あはは、今日は何だ?」
「実は・・・」
亮は事の成り行きを話すと秀樹が聞き返した。
「それは、お前のプライドか?」
「いいえ、友人の名誉です」
「よし、美佐江のところへ行け」
「ありがとうございます」
「若いうちに親の金で贅沢を覚えるとろくな者にならん、
ギャフンと言わせてやれ」
「僕もですか?」
「お前が使った金は後で返してもらう、ドアボーイのアルバイトでな」
「はい、ありがとうございます」
「亮、お前はうちの家族の誇りだ」
「はい」
秀樹は亮がドアボーイをした時の客の入りが異常に良かった事を
美佐江から報告を受けていた。
「秋山さん、よかったら今夜食事をしましょう」
「嬉しい良いの?」
良子は嬉しそうに笑うと亮が答えた。
「はい、ローラン・ギャロスで食事をしましょう」
「本当?席取れるの?」
良子はドキドキしながら亮について行った
亮が美宝堂に入ると美佐江が待っていた。
「早かったわね」
「はい」
「亮は5階のスタジオDへ行って洋服を選んでもらいなさい
秋山さんは私と一緒に来て」良子は訳が分からず
目を丸くしていると亮が答えた。
「亮、相手の男は何を着ていた?」
「アルマーニ」
「むむ、イタリアか。亮あなたは同じイタリアでも
高級ブランドのアットリーニで行くよ」
「はあ、はい」
亮が美佐江の迫力にオドオドしている良子がすかさず美佐江に聞いた。
「スーツってイギリスの方が本場じゃ無いんですか?」
「ううん、イタリアのスーツは伝統のイギリススーツとデザイン性のフランススーツ
の融合でかっこよくて着やすいイタリアンスーツは世界でも評判が高いのよ。
特にアットリーニはナポリスーツの代表」
亮に取ってアルマーニでもアットリーニどっちでも良くて
美佐江の留学しているニューヨーク大学の卒業の話をした。
「姉さん、卒論は?」
「テーマが『宝石の貿易に係る世界の歴史』もう卒論通った」
「じゃあこのままここに就職?」
「もちろん、大好きな宝石の買い付け販売と加工ができる、
こんなに自由に働ける職場なんて他にないわ」
「そうだよね」
美佐江が笑いながらエスカレーターに乗る亮に小さく手を振った。
亮が5階に行くと二人の店員が亮のサイズを測りスーツ選びだし
シャツとネクタイと靴をコーディネートした。
30分後良子のいる3階に下りて行くと亮は見違えていた。
「亮、素敵だよ、スーツが似合う年になったか・・・」
美佐江は亮の全身をみて腕を組んで見た。
「スーツが良いからだよ。これどうするの?パンツの裾詰めしちゃったけど」
「50万か大学生にしちゃいい物だな。
アルバイト料から引いとくっておやじさんが言っていた」
「ご、50万円!?お父さんへの借金はエルメスに加算で100万円だ」
美佐江は亮の腕にブルーの時計をはめた。
「IWC ポルトギーゼ・パーペーチュアルカレンダーだよ。
亮の若さだとパイロットウォッチが良いんだけど
特徴の月のムーンフェイズが見えた方がいいからね」
「それって」