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カゲについて。

薄汚い彩度の低い天井が見える。ここはどこだろうと周りを見渡して、自分がどこかの廃墟に寝かされていることに気がつく。俺の上に被せられた薄っぺらい布からは妙な匂いがしてそれも長らくこの廃墟の中で放置されていたものだと言うことが分かる。頭を撫でれば分かるかさついた布の感触。なにかの布が巻かれているらしい、包帯だろうか。臭わないのが救いだが、まさかこれもその辺で放置されているものではないだろうな。


「呆れた。爺婆どもめ、捧げるヤツらがろくでもなければ捧げものもろくでもないか。情に流されて小童を逃して、それで自分が殺されてどうする、おい、無能」

「ぎゃっ!」

「命の恩がある相手への第一声がぎゃあとは失礼な。まずありがとうございますだろうが」


ふいに横から声がして横を見ると、天井から真っ逆さまにぶら下がった、身長が2mはありそうな黒い影がこちらを見つめていた。手もなく足もなく髪もない、黒い絵の具を筆でぐちゃぐちゃに風景画の上に塗りたくったみたいな、真っ黒いモヤのような影。そのくせそのモヤの上に仮面のようにポツリと浮かんでいる顔は今まで見たことがないほど美しい女性のそれだ。加えてどこか懐かしさや親しみやすさを感じる造形をしていて、そのアンバランスさが妙に気持ち悪い。


「おい小僧、この私が態々生贄として渡されたお前を哀れに思い見逃してやったというのにこのザマは何だ。私は見ていたぞ。お前が情に流されてあの悪童を逃がすのも、あの同僚に突き落とされるのも、その時のお前のあの間抜けで哀れな面も。私は見ていたぞ」

「な、な、いや、こえぇよ、こっちくんな」


ホバー移動でこちらに音も立てずにこちらに寄ってくる影に慌てて後ずさる。生贄?見逃してやった?その言葉にピンと来て思考を巡らせる。

……そうだ。もしかしてこいつ、前世で俺を丸呑みしたやつ?いま貼り付けられている顔には俺を丸呑み出来るほどの口は備わっていないがそこは化け物、人間の価値観で考えてはいけないのかもしれない。


「お、うわっ!?」


どんがらがっしゃーん。

この世界は雨が多いから木造の建物は崩れやすい。例に漏れずこの建物も雨に打たれて随分古くなっていたのだろう、俺が後ずさり後ろに手を着いた途端、手を着いた場所の気が思い切り沈んだ。腐っていた木が崩れ落ちたのだ。思い切り頭を打ち付けた。それも気を失う前、頭を打ち付けて大きな傷が着いた場所を。


息を飲む前に、叫び声が出る。


「いっっっっ!!!!た……くない?」


出たが、思ったよりも痛くなかった、いや、思ったよりもというよりほぼ痛くない。あれだけの出血をした傷があった場所を思い切り打ち付けたというのに。


「ああ、先が思いやられる……。お前はもう人間ではないからな。治療の際に間違えて神気を流し込みすぎた。あんな傷一瞬で治ってても不思議ではなかろうよ」

「まっ、まって、何だよ、神気って、人間じゃない?」

「お前は先程……いや、この世界に来た時からそうか。本来は1度しか使えない魂をリサイクルするのに私がお前の魂をこねくり回したからからその時点から、お前は人間ではない」


仮面のような顔がぐるりと回転して俺に目線を合わせる。1人納得するように視線をふらふらさせながら。人間ではないなんて簡単に言ってくれるなよ、そう言いたかったが考えてみれば俺は1度、いや2度死んだようなものなのにまだ意思があって考えられるのだ。そんなものは人間ではないと言われてしまったら、俺はそれを否定することが出来ない。そう言われたら、俺は己を人外だと認めざるを得ない。



「じゃあ、俺は何なんだ。人間じゃないけど、神様でもない感じだよな」

「ああ、私の血を流し込んだだけだから神になった訳では無い。あえて言うなら半神半人といった所か」

「はんじんはんじん。言い難いな」

「ではまとめて泛塵にするか」

泛塵(ハンジン)?」

「チリゴミという意味だ」

「一気に尊厳を失いすぎだろ。いや、真面目にさ。俺って宙ぶらりんな訳?」

「まあそうなるな。お前が女なら神嫁とでも呼称すれば良いのだろうが、あいにく私はお前を娶る予定は無い」


言い切りやがった。女みたいな顔してると思ったけど、こいつ女じゃないのか。いや、あの顔は本当にただの仮面でしかないのかもしれないが。


「ある意味好都合かもな。幽霊は曖昧でぼんやりしたものが好きだって言うし」

「は?お前、また霊媒師として働く気か?正気か?」

「いやだって俺それ以外に生き方知らねぇもん。再就職はキツそうだけど、俺が霊媒師やめたら次期当主として示しつかねぇよ。一応名家なんだぞ」

「……」


思い切り呆れた顔をされた。何だよ。


「あ、そういえばお前って」

「お前ではない、貴方様といえ。……何だ?」

「名前なんなの?聞いてなかった。分かってるだろうけど俺は神嵜蛩、まあキョウでもコオロギでも自由に呼んでくれ」


影は少し考え込む様子を見せて、「皆には土地神様と呼ばれていたが、私はもう神ではないからな」と呟くように言った。


「もう神ではない?」

「この世界に私はを信仰する者はいない。誰も信仰する人間が居ない者は神の定義から外れるだろう」

「ああ……」



そういえばそうかもな。そう答えると、影は目を細めて自嘲気味に口角を片方上げた。


「私も本当の名前があるにはあるが、真名をお前に教える気は無い」

「でも呼び名がないんじゃ困るし。なんと呼べば?」

「好きなようによべ」

「じゃあそうだな、カゲでどうよ」

「……安直なヤツめ。言っておくが私は影でお前を支える訳では無い、お前を影で操ってるんだからな」

「はいはい、分かりましたよサミサマサマ〜。」


なんだそのいい加減な返事は。そう言いたげなジト目で俺睨むけど、でもそれ以外に浮かばないし。




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