第一フロアが優しくない件について ~ボスイベント③~
視界が暗くなり、HPを示すゲージが凄まじい勢いで縮んでいく。
ナツキやシノブが駆け寄りポーションをかけようとしているが間に合わない。
「回帰!」
たった一言。
まるで何事もなかったかのようにレインのHPのゲージが回復していき、剣を握る手に力が戻る。
そして、光の鞭を引きちぎり、再度大剣が振り下ろされるよりも先にレインの剣がシャドウウォーカーの鎧に届く。
多くのプレイヤーが蓄積したダメージのおかげで、シャドウウォーカーのHPゲージも残りわずか。
追撃を叩き込もうと剣を振るおうとしたその時、影が剣山の形に変わろうとしていた。
「シノブ!頼む!」
剣山がレインと突き刺すよりも速く、シノブがレインの体を抱き抱え、足を軽くかするだけにとどまる。
「ここで決めるぞ!みんな!」
シノブから離れ、ナイフを投擲。
迫り来る狼をほんの数匹倒し、わずかな進路を手に入れる。
レインは失念していたのかもしれない。
これたけのプレイヤーがいて、どうして攻撃を繰り出さないのかを。
確かに《BOSS》は強い。
だが、全員がかかれば少なからず隙はできるはずだ。VRゲームに不馴れな者達が集められた?技の連発でMPを思いの外消費してしまった?
ーーー答えはすぐに現れた。
「うそ、だろ」
シャドウウォーカーの鎧の隙間から靄が吹き出す。
それは近づいてきたレインを含めたドラゴン、アラクネ、シノブ、ナツキが回避不能になる距離を待っていたかのような絶妙なタイミングで散布され全員が靄を浴びる。
「ーーーッ!」
直後。
5人の動きが止まる。
「麻痺か」
HPゲージの隣に⚡マークがあった。
一定時間、体を痺れさせ自由を奪う状態異常効果。
対抗策は麻痺解毒ポーションか、解毒系の魔法を使うしかない。
つまりプレイヤーは隠れていたのではなく、動けなくされていたのだ。
「ナツキちゃん」
「ごめんなさい、MPがもう」
頼みの綱であるナツキのガス欠。
絶体絶命とも言えるこの状態で、1人だけ冷静に状況を見ているものがいた。
「・・・ドラ、煙玉」
「シノブ?」
「はやく!」
動かない掌から煙玉が落ち、すぐさま5人の姿を隠す。
標的を失ったシャドウウォーカーは大剣を振り回し、煙を強引に払いのける。
「回帰!」
レインのゲージから⚡マークが消える。
払われた煙から飛び出たレインは一心不乱に剣を突き出す。
それは今度こそシャドウウォーカーの鎧を砕き、HPを0にした。
ボロホロと崩れる鎧。
そして、その亡骸の先に次のフロアへのゲートとメッセージが浮かぶ。
《Congratulations》
《BOSSイベント:シャドウウォーカー討伐》が完了されました。
報酬:経験値
:体力ポーション(中)×5
:MPポーション(中)×5
:向上の種×1
:28万G
特別報酬:【スキル:操影】
:夜影のマント×1
:謎の鍵×1
「「「「うぉぉぉぉぉーーーー!!!!」」」」
フロア内に歓喜の叫びが響く。
勝利への喜びや、不安からの安堵など様々な感情が渦巻いていた。
当のレインも疲労感から、大の字に広がり目を閉じていた。
「涼真!やったな」
「ドラ、少し休ませてくれ」
「何言ってんだよ!ラストアタック決めて『特別報酬』もらいやがって。シノブ達も来いよ」
「・・・バカドラ、レインの【スキル】なかったら全滅だったんたから休ませてあげよ」
「レインの【スキル】って何なの?私達も知りたいんだけど」
「ただの回復って感じじゃないですよね。麻痺も治ってましたし【スキル:全回復】とかですか?」
レインは若干渋る仕草を見せたが、
「俺のは【スキル:時間回帰】。触れているモノの時間を任意の時間帯の状態にする【スキル】で、ダメージを受けていなかった状態や麻痺を受けていなかった状態に戻したんだ。だから回復系のアイテムがいらないし、回数制限のあるアイテム、総弾数が決まってる武器なんかは無制限だから」
「お前も十分チートじゃねぇか」
出口の扉が開き、続々とプレイヤーが外に出る。
次のフロアへのゲートに入ろうとするプレイヤーはおらず、レイン達を除けば数名が疲れ果てたプレイヤーがまばらに座っているだけ。
「あれ?あの人」
見覚えのある人物が次のフロアへのゲートを潜ろうとしていた。
「で、ではこれから次のフロアへ向かおうと思います。皆さん次も応援お願いします」
(あれって望月潤だよな。もしかして番組の企画として闘わなくちゃいけないのか)
「みんな、あのさ」
「行ってこいよ。おまえの好きなようにしてこい」
「サンキュー、ドラ」
レインはゲートを潜ろうとする望月の元に駆け寄り、
「あの、望月さんですよね」
「あなたはさっき《BOSS》にラストアタック決めた方ですよね?凄かったです」
「ありがとうございます。俺達、プレイヤーをまとめてくれる方を探してまして、知名度がある方にやってもらいたいんですよ。《エンペラーオンライン》には情報が全くない。だからそれをまとめる場所もいる。それを現実世界の大きな媒体としてあなたを広告として力を借りたいんです」
「少しマネージャー達と相談させてください」
「では、『望月さんをトップに据えた際には視聴率が取れる』とでも言っておいてください」
打算的な思考を巡らせているレインはそう言い残すと仲間の元へと戻り、
「どうだった?」
「YouTuberあるあるだな。視聴者に気を使って進むしかなくなってる感じだよ。今回は人気アイドルだそうたから余計にファンの好感度を落とさないように躍起になってる感じだ。プレッシャーに潰されなければいいけど」
「とりあえずはこの5人でパーティー組むとして、プレイ時間は合わせるか?」
「私は可能な限り合わせるけど、学校で遅くなるときは連絡するわ」
「私もそんな感じで」
「・・・時間言ってくれれば」
話し合いの結果、午後9時あたりにログインするということで落ち着き、全員がフレンド申請を出し合う。
レインはその間にアイコンから『装備』を選択し、『夜影のコート』を装備する。
紺色が薄く感じられる、まさに夜色のコート。
ほとんど初期装備と変わらない服装に不釣り合いなほど高級感のあるコートを羽織っているため、やや浮いてしまっているが『自己評価』は格段に上がっていた。
他のプレイヤーが【スキル】の良し悪しで差があるため分からないが、先程に比べれば頼もしい。
【プレイヤー:レイン】
体 力 : 120 ➡️ 150
M P : 100 ➡️ 120
攻撃力 : C ➡️ C+
防御力 : C ➡️ B
俊 敏 : C ➡️ B
最新取得スキル:操影
「『自己評価』が軒並み上がってる」
「やっぱ《BOSS》のドロップアイテムだからな。それに【スキル】もってなれば討伐クエストでかなり楽になるだろ」
「・・・で?次のフロア行く?それとも噴水広場に戻る?」
「戻るか。次のフロアがいきなり戦闘とかになったら流石に辛い」
基礎能力が上がったところで疲労感は拭えない。
他のメンバーも同様に、空元気なのがレインには手に取るように分かった。
「んじゃ、明日は次のフロアに進むってことで」
「異議なし。オレは明日レインの家にいってからログインするわ」
「お二人とも家が近いんですか?」
「・・・2人とも同じマンションなの。・・・ドラが押し掛けてることが多いけど」
「シノブだってたまに来てるじゃねぇか。なんなら布団と枕とクッション置いてってるじゃねぇか」
「・・・居心地が良すぎて」
「はいはい!ここじゃリアル割れしちゃうからLINEで話しましょ」
会話を抜け早々にログアウトした雨宮。
目の前にいる天童はまだログインしているのか、まだ帰ってこない。
「???」
得た情報をまとめようと新しいファイルを作ろうとしていると、見慣れないファイルのアイコンが目に入る。
「スパムか?」
反射的に開こうとするとロックがかかっており、パスワードの画面になったため、迷惑ファイルかと即効ゴミ箱へ。
さて、と雨宮は自身のパソコンを起動させ1つのフォルダを作る。
瞬く間に様々な項目が書かれ、彼はそこにダンジョン内容を打ち込み、少しスクロールさせ別の項目には入手スキルとあり、そこに【時間回帰】と【操影】と打ち込む。
それらを打ち込むとフォルダ名の変更。
ーーー情報統合、と。