第一フロアが優しくない件について ~ ボスイベント② ~
【 沼の城 】
視界が晴れた雨宮の目に映ったのは、古ぼけた城にぬかるんだ足場。時間軸も合わせているのか、月夜の晩。
ドラキュラや魔王の待ち受けているといっても違和感がない光景に胸踊るプレイヤー達。
「しゃぉらぁぁ!」
先陣を切ったプレイヤーが城門を開き、続くようにぞろぞろと中に押し入る。
呆気に取られ、出遅れた雨宮もパーティーメンバーに声をかけようとした時、彼を制すように手が伸びる。
「レイン、落ち着きなさい。興奮だけで動くんじゃないわよ」
アラクネの言葉で忘れかけていたが、このゲームは現実の死を孕んでいる可能性がある。目の前の高揚感で動くには危険すぎる。
「作戦立てていきましょ。私達の他にも1500以上のプレイヤーがいるんだし何通りも攻撃パターンはあるでしょ。正直なところ私達が出る幕ないくらいだし」
「初の討伐クエストだぜ?いくらなんでもこれだけの人数で倒さないなんてクソゲーじゃねぇだろ」
「・・・バカドラ、万が一の話をしてるのが分からないの?」
「シノブ、おまえ」
「まぁまぁ」
「とにかく!!」
ゴホンッ!と、雨宮が大きく咳払いをする。
「とりあえず、ドラとナツキで盾を生成して俺を含めた3人で前衛を。アラクネは俺達が耐えている間に敵を拘束、シノブは補助しつつ自由に動いてくれ」
「・・・いつもどおりね」
「信頼関係は結構だけど、初見でいけるの?」
「・・・私なら多少ずれても無理やり合わせられるから大丈夫」
(事実として、シノブのプレイスタイルなら1人でも雑魚なら無双できるんだよな)
「出たとこ勝負になるし、鍵は生成型の2人になる、可能な限りMPを温存してくれ。ナツキにはこれ渡しとく」
カーソルを合わせ、『所持項目』から配布アイテムを選択しナツキに渡す。
「あくまで保険だけど」
「レインさんは?」
「俺は大丈夫だよ。まずは生き残ることだけ考えてくれ」
「じゃ、そろそろ行きましょうか」
大盾を構えたドラゴンを先頭に、軽盾のナツキ、索敵と伝令のレイン、射程範囲の広いアラクネ、殿にシノブの布陣を敷き城内へ侵入。
きらびやかな装飾の施された内装に赤い絨毯。
豪華なシャンデリアが照らす、賑やかな室内とは裏腹に辺りはやけに静まり返っていた。
「ドラ、剣くれ」
状況の異常さに気づき武器を取る。
その直後だった。
城内が大きく揺れる。
「地震!?」
「上の階からの衝撃かも。クエスト内容に『ボスのいるフロア』って単語があったから、そこで戦闘が起きてるんだと思う」
レインが呟いた直後だった。
天井が再びの地響きと共に抜け、上から何かが降ってくる。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」
「アラクネ!」
呼び掛けに光の鞭を出現させ、落ちてきたプレイヤーらしき人物を受け止める。
だが、地響きに比例してどんどんとプレイヤーが、レイン達のいるフロアへと落とされてきている。
「アラクネ、光の鞭を産み出し続けてくれ。シノブ、フロア内を思いっきり走り回ってくれ」
レインの意図を汲み取った2人が即座に行動を開始し、
「レインさん!ドラさん!」
ナツキが大きな三角風呂敷の端を持ち、駆け寄る。
降ってくるプレイヤーを光の鞭を張り巡らせた網と、広げた布で受け止めるが、
「くそっ!」
5人ですべてのプレイヤーを受け止めるには、落ちてくるプレイヤーの数が多すぎ、何人かはそのまま床に激突し、『☠️GAMEOVER☠️』の文字が辺りに埋め尽くされていく。
ひとしきり落下が終わり、天井を見直すと修復され何事もなかったかのように元に戻っていた。
だが、目の前から消えていく『☠️GAMEOVER☠️』の残像は確かに死を告げていく。
「お前らも逃げろ。あんなの勝てるわけない」
「何があったんだよ」
「シャドウウォーカーが強すぎて、魔法攻撃はほぼ効かなかったんだ。しかも視界0の状態で連携も取れず同士討ちを狙う知能もある。どうやったって倒せるわけが」
「それでもやらなきゃ死ぬだけです」
必死に制止するプレイヤーの言葉を遮ったのは、意外にもナツキだった。
「いきなり訳の分からないゲームに巻き込まれて、訳も分からず殺されるなら一矢報いましょう。私達はまだ生きてるんです。諦めるにはまだ早すぎます」
ナツキはMPを消費して、新たに大盾を生成し手渡す。
「私達がナイトウォーカーを倒してきます。だからここで勝利を祈っててください」
「頼む」
男性プレイヤーは完全に戦意を喪失していた。
だが、死を選んだわけではなく託すことを選んだ。
そして、笑顔から真剣な眼差しに変わったナツキはレインに近づき、
「絶対に『全クリ』させましょう」
「そのつもりだ」
階段を上り、MPポーションをレイン以外が飲み、体勢を整える。
「いくぞ」
重厚感のある扉を開けると、冷たい空気が肌を刺す。
中は暗く何も見えない。
レイン達5人が室内に入ると、逃がさないと言わんばかりに扉が閉じ、本格的に戦闘が始まる。
「ナツキ」
「はい!みなさん」
松明を生成してもらい、周囲に投げつける。
しかし、これは悪手。
落下してきたプレイヤーからの情報を元にして作戦を組んだが、暗闇に隠れていたプレイヤーを炙り出すことになってしまっている。
そして、見えてきた敵。
体長2メートル超。そんな体長の倍はあろうかという大剣。体を包む漆黒の鎧。
「アラクネ!」
「任された」
周囲に伸びる光の鞭。
室内を照らす光源となって、部屋の全貌を明らかにする。
部屋の隅で、固まりながら隠れていたプレイヤーの非難の目が向くが、そんなことを気にしている場合ではない。
既に《BOSS》は攻撃を開始しているのだから。
シャドウウォーカーの影が狼の形に姿を変え、レイン達プレイヤー全てをを襲おうと牙を剥く。
「シノブ、どれだけ捌ける?」
「・・・【スキル】温存しなくていいなら右半分は行ける」
「なら左半分はドラとアラクネに任せる。ドラなら掃討戦得意だろ」
「「任された」」
「ナツキは俺と一緒にシャドウウォーカー本体に挑む。いけるか?」
「やります!」
「よし!じゃあ行くぞ!」
雨宮の掛け声で散開する5人。
対して、影の狼を向かってくる5人に宛がわせるシャドウウォーカーという図式が出来上がった。
「ナツキ、剣と投擲用のナイフ作れるか?」
「どうぞ」
生成された武器を手にし、ナイフを構えながら走る。
(ドラには大まかな作戦を伝えてある。タイミングを見て合わせてくれよ。それにしても)
「シノブ速すぎだろ!」
雨宮の視線の先、シャドウウォーカーの右側の狼が圧倒的速度で動き回るシノブにほぼ全滅し、左はドラゴンの重火器とアラクネの光の鞭で確実にその数を減らしている。
「レインさん、来ます!」
左右に気を割いていたレインの頭上から大剣が降る。
咄嗟に庇おうとナツキが大盾を構えるが、それを押しのけるように雨宮が前に乗りだし、ナイフを投擲。
シャドウウォーカーの目元に飛んだナイフはわずかにダメージを与えるものの進軍する大剣の軌道を逸らすには至らず、そのまま直進を続ける。
にも関わらずレインはそのままシャドウウォーカーに向かって全速力で駆け抜ける。
「ドラ!アラクネ!シノブ!合わせてくれ!」
レインの掛け声に合わせ、振り下ろされる大剣がドラゴンの重火器によって強引に弾かれ、盛大に地面を抉る。
そしてアラクネの光の鞭を持ったシノブがシャドウウォーカーの周りを走り回り、拘束。
間髪入れずに雨宮がシャドウウォーカーに剣を振るう。
ザシュ!っという音がフロアを包む。
重火器によって体勢を崩し、大剣を含む体の動きを光の鞭で拘束した状態での剣の攻撃。
完璧と言えるほど、反撃できないはずたったシャドウウォーカーだが、《BOSS》は自身の影を剣山のように形を変え、レインの死角からその体を貫いた。