第五フロアは救いが少ない件について 〜蜘蛛と雲〜
【雨宮家】
「竜也くん?」
「悪ぃ。話は後だ」
久根の動揺も気にせず、一目散に雨宮の私室のパソコンを起動。
(そうだよな。ソラ達が悪人じゃなくなった時点で今までの発言に別の解釈が生まれる。YAIBAの温存だって、《黒龍》との最終決戦までの切り札として取ってた。ソラやゲンがしきりに頭に聞いてみろと涼真に言ってたのだって記憶を取り戻させるための暗喩だったじゃねぇか。なら、あの時のソラのセリフは)
「こういうことだろ」
以前パスワードが掛かっていて開けたかったファイル。
自宅へUSBでデータを持ち帰り、思いつく限りのものを打ち込んだが手応えはなかった。
だが何故か抜けていた1つの単語。
いや、正確には同じ単語を続けて打つ必要があったのだと天童は気付いた。
なぜならその単語は、
「『RETRY』だもんな」
開かれたファイル。
そこにはフロア毎のクエスト一覧。
「なんでだよ」
(考えが甘かったのか。ソラの発言やあの時のクエスト、それと【クエスト∶リングアップ】。気づける場面はあった。でもそれをさせるだけの余裕がなかった。)
「今なら分かる。ってか考えたみりゃ簡単じゃねぇか。だが目的がまだ分からねぇ」
「何が分からないの?」
考えを深くしようとした天童の後ろから、久根が画面を覗き込む。画面に映し出されていた文字列をしばらく読み、
「ねぇ、この【第6フロア∶無月】についてだけ何も書かれてないのって何で?」
「おそらく第6フロアに入ってからクリアするまで書き込めてなかったんだろ。お決まりの記憶を消されたとかな」
「ゲームで記憶消されて、現実でも記憶消されるなんて」
「ゲームで死んで、現実でも死んでんだ。ありえなくはないだろ」
「でもソラは自分達が2周目だって自覚してたわよ」
「いるだろ。記憶をそのままに出来そうな奴が」
久根の頭に1人の人物が思い当たる。
第2フロアで突如自分達の前に現れ、レインやドラゴン達と面識があるような発言をして、敵の動きを【固定】していた人物。彼女のトラウマを払拭しようとしていた雨宮の手を止め、その手段を知っていたかのように振る舞っていたプレイヤー。
「ヤクモ!」
「そうだ。あいつなら何かを知っているはずだ。まだ未発見の【EXA】2つも含めて、まだまだ何かあるぞ」
「なら私はそっちを調べるわ。それと現実世界なんだけどヤバいわよ」
「残りプレイヤーの数か?」
「それもそうだけどJUNの訃報。入場券を手に入れた《熾天使》。それを倒しきれなかった私達についてよ。責任問題まで話が出てる。それに私の持ってる【EXA∶代命十字】で遺族を復活させろって奴まで出てきてる」
彼女の命を繋ぎ止めている【EXA∶代命十字】は対象のHPを1で復活させる《エンペラーオンライン》における唯一の蘇生アイテム。使用者の全HPを犠牲にするため、その発言は久根に死ねと言っているに等しい。
リビングに戻り、天童もテレビを見直すと5人のプレイヤーが2本目の『謎の鍵』を使用しようとしている場面が映し出されていた。
「ソラ」
カチッ!と小気味のいい音と共に開放されたクエスト。
ソラ達に便乗する形で全100人のプレイヤーが参加した。
「僕も運が悪い。よりによってこれを引いたか」
《BOSSイベント∶無限の遊戯》
『天地の盤面』に君臨する《双極》を倒せ!
※参加人数 無制限
※支給物資 体力ポーション(極)
MPポーション(極)
※ボスのいるフロア内以外での転移系の【スキル】や
アイテムは発動しません。
※《BOSS》討伐後、第6フロアへの入場券1枚がドロップ。
「聞いていた通り、双子のナビゲーターか」
「ってことは《BOSS》の【スキル】って」
《おやおや、この部屋の鍵を見つけてきましたか》
《でもでも、この部屋は私達が闘うのだから》
《《死んでもしょうがないよね》》
周囲に聳え立つ4つの松明。
それぞれの先端に火が灯り、煙が敵の存在を形作る。
第1フロア《BOSS》シャドウウォーカー。
第2フロア《BOSS》ネビュラスマーメイド。
第3フロア《BOSS》アシッドアサシン。
第4フロア《BOSS》聖天使アリア。
「なんだよこれぇぇぇ!」
「は?《BOSS》4体!?」
「勝てるわけねぇだろ」
便乗していたプレイヤーが阿鼻叫喚を漏らすがもう遅い。
シャドウウォーカーの【スキル∶操影】が走り、プレイヤーを半分に分け、動揺するプレイヤーを尻目にネビュラスマーメイドの水柱と透明化したアシッドアサシンが蹂躙していく。
「"止まって"」
小鈴の【スキル∶言いなり】による強制的拘束。
僅か2秒足らずの拘束だがゲンの【特殊武器∶輝夜】の剣閃が水柱と影を斬り裂き視界を確保する。
「小鈴、頼めるかい?」
「うん。ここまでありがとね」
満面の笑みを見せ、ゆっくりと《聖天使》の前に立ち、
「"死んで"」
たった一言。
それは自身のHPを全損させる代償に相手を必ず仕留められる必殺の【スキル】。
「ありがとう小鈴」
松明の灯火が1つ消える。
だが既に20人近くのプレイヤーが『☠GAMEOVER☠』。
「回復手段を持つ《聖天使》に何もさせなかったのはデカい」
「じゃあ次ハ」
「こいつらもしかして」
天童はこれからおこる『夜桜』の行動を察した。
おそらくソラ達は1人1殺の覚悟で《BOSS》を倒し、確実にソラを第6フロアへと送り届ける気なのだと。
予想は的中し、ミヤビの【天秤短剣】を用いた自決によりHPが0になったと同時にネビュラスマーメイドも消滅した。
「どうしてこんな事が出来るの?」
驚きと恐怖が入り混じった久根の声。
天童も同様に、目の前の光景を受け入れられずにいた。
ネビュラスマーメイド消滅まで12人が犠牲になったが、過去の第2フロア攻略時に比べれば、被害者数はかなり抑えられている。
残るはシャドウウォーカーとアシッドアサシン。
その2体にはゲンが立ち向かった。
「いつでもいいぞ」
腰から抜かれた【特殊武器∶輝夜】ともう一振り。
本来共闘する事を前提としていない《BOSS》達だが、シャドウウォーカーの発生させた無数の影の狼と、それを隠れ蓑に残るプレイヤーを惨殺していくアシッドアサシン。
「【潰れろ】」
【重力銃】の効果が作動しシャドウウォーカーの足が止まる。
「今さら第1フロアの《BOSS》に手こずるほど甘い戦場を生きてないさ」
動けない相手に後れを取るほど上位プレイヤーは優しい世界に生きていない。
立方体の枠組みがオオカミとシャドウウォーカーを囲み、その体を割断。だがその隙を狙って迫るアシッドアサシンをゲン足止めし、ソラが重力で押さえつけ、ゲンが斬る。
結果だけ見れば、ものの7分ほどで『夜桜』が4体の《BOSS》を消滅させていた。
《対象の撃破を確認しました》
《これより第5フロア統括として》
《《私達がお相手いたします》》
双子のナビゲーターの手が向けられ、その瞬間、双子を中心に帯電した輪が広がる。
【スキル∶座標転移】
ゲンに触れ、上空へと転移し簡単に躱す。
周囲のプレイヤーも力を合わせて輪に抗っているが、 彼らは知らない。
ーーーこの《BOSS》の勝利には特殊条件があること。
「未知に対して恐怖を抱かないんて、命が掛かっている場面で何を考えているのやら」
今までのどの《BOSS》とも違う点。
それは攻撃の全てが遊びに関連しているということ。
《《【スキル∶鬼輪】》》
再び放出される帯電した雷輪。
ソラ達は転移で回避し、他のプレイヤーも盾役が集まり攻撃を防ぐ。
彼らも伊達にここまで生き残ってきたわけではない。
各々が役割を理解し即座に対応することを理解している。雷輪が消滅したと同時に盾役はポーションで回復。その間に少しでもダメージを与えようと前に出る。
《《【スキル∶波紋止水】》》
ピンと空気が張り詰める。
誰もが呼吸をしていることすら躊躇ってしまうような雰囲気が立ち込めるが、それでも前に踏み出そうと1人のプレイヤーが体を前に倒した瞬間。
「なんだよこれぇぇぇぇ」
足元から体に氷が生え、人型の氷柱になってしまう。
そして事態は連鎖する。
バランスを失った氷柱が、近くにいたプレイヤーに倒れかかり、動いてしまったプレイヤーが次々と氷柱になっていく。
「触れたら即死ダメージの鬼ごっこ【鬼輪】、動けなくなる氷鬼【波紋止水】。でもね準備はしてきた」
引き金が引かれ重力が降る。
のしかかった重力で1秒弱の拘束。その間に《双極》の周囲に展開する立方体の枠組みと、ゲンの【伍の型 失楽園】。
少しでも足を止めれば重力とダメージスリップが入り、動いた先には次元すら決断する攻撃が待ち構えている。
《剣》
《剣》
《《波!》》
《双極》が取り出した剣が打ち鳴らされた剣から周囲に広がる衝撃波。
唐突な攻撃に対処しきれなかったプレイヤー達が『☠GAMEOVER☠』になっていくなか、ソラとゲンが左右から攻撃を仕掛ける。
《《【スキル∶双星】》》
突如地面に浮かび上がる円形の模様。
カラフルなその模様と【スキル】の名前から危険性を感じだった2人は即座に行動に出る。
《双極》がそれぞれ模様を踏む。
すると、彼らが踏んだのと同じ色の模様に何かが落下する。
「いくらなんでも」
降るのは雨でも槍でもなく、隕石。
(【重力銃】で落とすのは簡単だけど、砕けて飛び散る破片全てを対処するのは無理だな)
「【スキル∶座標転移】」
「【弐の型 黒渦】」
降下する隕石を塊ごと消滅させるが、まるでお返しと言わんばかりに左右からゲンが挟まれる。
《《あっち向いてほい》》
鏡合わせで同じ方向に向けられる指先。
強制的に体を引っ張られ壁面に激突させられるゲン。
《《あっち向いてほい》》
指先が上下左右に振られ、壁に激突するゲンのHPがみるみる消費されていくか、ソラは助けに入る素振りを見せない。
不十分な体制で踏ん張りが利かず、反撃に移れないにも関わらずだ。
「【陸の型 黒天明王】」
黒い羽衣を身に纏い、無理やり刀を振るう。
刀の切っ先が空間を斬り裂くと、黒い軌跡となって引かれ、それを足場に強引に方向転換に成功する。
「【玖の型 黒船黒馬】」
整えた体勢から黒馬を召喚し跨ると《双極》の【スキル】効果が及ぶ前にその場から離脱。空気を蹄が踏みしめる音だけがこだまし、完全にゲンの姿を捉えきれなくなっていた。
そして、その隙を見逃さず重力の塊が落ちる。
2体同時に重力をぶつけるには高い集中力と『標的が動かない』ことか大前提。重力による足止めを成功させるためにゲンは撹乱し、その先にあるゲンの攻撃のためにソラは立方体の枠組みなどを駆使して経路を確保する。
「【終の型 久遠】」
刀身が黒く染まり、回復不能の効果を付与される。
回復の素振りは見せていないため、あくまで保険。アリアしか見せていないが《BOSS》が回復するようなことがあれば、せっかくの努力が水の泡になる。
「ソラ、第6フロアに先に向かっていいのか?」
「予定より先に《熾天使》が向かってしまったからな。あんなのでも戦力になるなら利用するしかない。本当なら崩壊直前に『扉クエスト』をほぼ同時攻略したかったのに。イレギュラーすぎる」
「前回はいなかったのか?」
「そうだよ。前回第6フロアに入ったプレイヤーはほぼ全員生き残ってる」
「誰だ?」
「僕とレイン、YAIBA、シノブ、ドラゴン、アリアの6人だよ」
ほう、と言葉を漏らすゲン。
第5フロアに到達した今でこそ納得の人物達だったが、それがほぼ1つのチームのメンバーであることに驚きを隠せないでいた。
(『暁月』の三傑は言わずもがな、妥当なメンバーではある)
「当時最適のメンバーで挑んでも勝てなかった」
「だからやり直したんだろ?」
その発言はソラでもゲンでもない。
夜桜の最後の1人、ヤクモによるものだった。




