第四フロアは譲れない件について 〜 剣聖の産声 〜
「レインさん達本当に凄い」
「あの《熾天使》に勝っちゃうなんて。なら私達もさっさと仲直りしないとね」
いつしか黒い翼を携える《聖天使》は感情すら失せていた。
姉に対しての手心は無く、妹に対しての優しさも無く、共に闘った盟友への慈悲は潰えていた。
上空に浮かぶ【特殊武器∶死の砂時計】」は時期に刻限を迎える。
それが何を意味するか、本当の意味で理解しているのはアリアのみ。だが彼女の心が失われた今、誰も理解はできない。
〈序列1位といえどもこの程度ですか。面白いものも見れましたし、まずは《拳聖》を奪いますか〉
《称号》の奪取。
現在プレイヤー上位10位までが与えられている特別な肩書き。
特別な装衣と【スキル】による特別待遇。
友好関係が築け、なおかつ1人で所持しても対策を立てられやすいため分散しただけ。敵に回ればその限りではない。
ひたすらに自らの強化を目指して他を蹂躙し、奪う。
〈ここにはほとんどの《称号》が揃っている。どれから食べましょうか〉
《影狼》を除く全てが揃う戦場は彼女にとって極上の餌場。
しかも《拳聖》以外は全てを出し切り応援を頼めるような状態ではない。レインの【回帰】を用いたとしても精神的疲労は消えない。
「やらせるわけないでしょ。妹の教育は姉の務めだしね」
〈いつまで無駄口を叩くつもりですかね?〉
振られた鎌から剥離する風の刃。
辛うじて屈んだおかげで直撃は避けたものの、遅れた髪が裁断される。
思い出したかのように噴き出す冷や汗が背中を伝い、一息つく暇もなく新たに空気を裂く釜の音。身を転がしながら回避するが、僅かに掠る。
微々たるダメージ。
だがアリアの顔が邪悪な笑みを浮かべる。
〈【スキル∶邪痕怨嗟】〉
直後、傷がひび割れるように広がり苦痛が全身を巡る。
それは異常な事態だった。
これはどんなにリアルだったとしても所詮はゲーム。HPが削られ『死』が待っていたとしても、どこかそう思っていたのは痛みの再現性。視覚や聴覚に訴えかけてくることはあっても痛覚を刺激してくることはなかったゲームに突如追加された要素。
「あぁぁぁあぁぁぁぁ!!!!」
この世界における最凶の能力。
大火力、身体強化、事象干渉。
強力とされる【スキル】の中でこの能力を分類するならば、
〈【現実貫通】とでも呼ぶのでしょうかね?鎌で与えたダメージを操る能力。【邪痕怨嗟】はダメージ以外の効果範囲を広げる能力。本当は状態異常効果を広げるための【スキル】ですが、『痛み』という本来この世界には存在せずモンスター達には意味がないものがプレイヤーには最悪の能力になる〉
(先程から《熾天使》への長距離回復にも納得はできました。姉さんの攻撃が掠っただけで致命傷になってしまったということですね)
それに、と心の中で区切ったシルファの目線には今もなお時を刻む砂時計。
あと5分も経てば砂が落ちきる。
【スキル∶天候操作 雷雨】
攻撃対象をアリアから砂時計に移し、落雷を落とすが傷ひとつ付かない。
(レインさんの【スキル】なら何とかなるかもしれないけど、)
「シルファ!前!」
わずかに目を離した1秒にも満たない隙をつき、鎌ではなく【聖剣】を振るうアリアがいた。
それはシノブが決死の思いで蹴り飛ばしたものであったが、今の彼女はそれどころではない。
全知の【魔眼】。
修正の【聖剣】。
治癒の【聖女】。
もしアリアがプレイヤーのままこの力を手に入れていたならば、間違いなく最強の称号は彼女のものになっていただろう。加えて《聖天使》としての『自己評価』の大幅な向上。
〈私に欠点があるとすれば攻撃手段でしたが、〉
それが砂時計のタイムリミットだと気づくのに時間は掛からなかった。
ーーーそして地獄が始まる。
ドクンッ!と心臓が跳ねるような危機感が押し寄せる。
〈【スキル∶王政奉納】〉
砂時計が形を変え、銀杯へ変化。
銀杯の底から伸びた触手が伸び、プレイヤー全員と繋がる。
そこから始まるのはHPとMPの強制徴収。
〈杯をあなた達の命で満たす。そうしてこの世界の神になるわ〉
「【スキル∶夜叉】」
武器を持たないフィロリアは、【邪痕怨嗟】によるダメージをダイレクトに受ける。そのため常に【スキル∶拳聖】で風を纏って弾いて闘っているためMPの消費が激しい。
そこに追い打ちをかける【王政奉納】。
「【聖剣】で風も消されるからマジで厄介なんだけど」
「時間制限があって、【聖剣】に触れた【スキル】は無効化、ダメージ受ければ大小に関わらず激痛、しかも既存の攻撃は【魔眼】で把握されてる。低く見積もっても絶望ですね」
「つまり?」
「回復が意味を成さないほどの強力な一撃を確実に叩き込むしかない。」
「シンプル!」
単純明快。
障害を有ろうが無かろうが最大威力を与えること。
「勝負は一瞬。合わせてよ」
「いつでもいいです」
両手両足の4点のみに風を集めて推進力と一撃にかけるフィロリアと、【天鏡剣】と【スキル】を組み合わせ最大威力を作り上げているシルファ。
先手はシルファ。
【スキル】による豪雨をアリアの周りのみに発生させ視界を奪い、雷で視界と聴覚をさらに阻害する。
その間に凝縮した雷雨を剣に纏わせるシルファ。
彼女達にとって嬉しい誤算は雷は無効化されても天候までは【聖剣】の効果が及ばなかったこと。
そしてこの時、シルファは覚悟していた。
ーーー自分の命を犠牲にしてでもアリアを救うと。
「【疾走れ】〉」
地面に突き刺した【天鏡剣】から走った雷撃が、豪雨で濡れた身体と地面に伝わりアリアに炸裂する。
電撃によるダメージに加え、状態異常による【硬直】。
足止めと呼ぶには上等なものだが、自らのHPも犠牲にしてこの場にアリアを縫い止めているため、長くは保てない。
「姉さん、お願いします」
「任せなさい!」
電撃が伝わぬように上空へ跳躍したフィロリアの拳に風が纏わりつくが、今までのものとは異なっていた。
ただただ体力の風を集約して固めて放つものとは違い、手袋でも嵌めるように風で風を覆い、アリアの眼前でそれを破裂させた。
超至近距離で起こった空気の破裂は、自身の存在を誇示するようにその場にあったものを押しのけて弾き飛ばす。
「ここまでやっても」
自分にもダメージが及ぶほどの威力はアリアの体に一切の傷をつけなかった。
対して攻撃した方のフィロリアとシルファは共にダメージ。
(これじゃ、どちらが攻撃したか分かりませんね)
自損技を用いれば攻撃は通ると思っていた。
どんなに強い敵でも僅かながらダメージを与えていれば、いずれは目的に辿り着くと。
だが今回の敵は攻撃しても、攻撃されても体よりも心にダメージがくる。それが肉親というものだ。共に過ごした時間が長ければ長いほど思い出が邪魔をする。
ポーションで即時体勢を立て直す姿勢は歴戦の猛者そのものだが、事態は悪化し続けている。
回復したそばから徴収される。
理不尽な盤面のなか、シルファに1つの疑問が浮かぶ。
「そういえば《聖天使》の【スキル】って」
(そうだ。あの防御力はいくらなんでもありえない。《熾天使》にだって私程度でもダメージが入ったのだから。つまり、)
「姉さん、提案があります」
逆転の兆しを見出したシルファの目に光が灯る。
だが依然として攻撃は止まず、行動を移すまでに至れない。
「どうするの?」
「動きを止めてください。おそらく私達の攻撃が入らないのは回復が速いんじゃなくて、そもそもダメージが入っていないんだと思います。つまり《熾天使》としての【スキル】は防御力を高めるものかダメージ無効化」
〈当たらずとも遠からずですね〉
「なら対策法は変わりません。姉さんはとにかく攻撃してください」
「分かりやすくて助かるわ」
持てる全ての【スキル】を発動し、身体能力を極限まで高める。
【王政奉納】の効果も相まって凄まじい速度でMPが消費されているため、ポーションで回復したとしても彼女に残された時間は、
「4分ちょいだけど、間に合う?」
「必ず間に合わせます」
疾風が大地を駆ける。
その度に地面を踏みしめた衝撃が走り、走り抜けた後を追いかけるように突風が走る。
〈速いだけなら《神姫》でいいてすね〉
「これならどう」
背後から迫る【天鏡剣】の竜巻を【聖拳】で巻き込み、周囲の瓦礫を絡ませながら固められていく。
送り込まれる風や瓦礫を徐々に縮小させ、指を銃の形に構えて全ての力を吐き出す。
【スキル∶天威矛砲】
周囲の全てを巻き上げ、轟音とともに射出される矛。
【聖剣】で反撃しようとしたアリアだが、斬り裂いた矛から解けた瓦礫が飛び出し、体を傷つけていく。
〈なるほど、【スキル】を修正しても瓦礫に対しては効果がないことを逆手に取りましたが。威力も申し分ないですがここま、〉
「やっと隙を見せましたね」
瓦礫に隠れて迫っていたシルファの剣がバチバチと帯電し、わずかに無防備になったアリアの腕を焼き斬る。
ーーーはずだった。
衣服にすら何の影響もなく、焦げた痕すらない。
しかしアリアの持つ回復速度がどれだけ優れていようと衣服までは治せない。それはレインの持つ事象干渉型の分類だ。
「予想の1つのが当たりでしたね。《聖天使》の【スキル】は」
〈なるほど、知将がいたのね。そうよ私の持つ【スキル∶天鱗】は超過した分のHPを防御力に転換する能力。でもそれが分かったところで〉
「言いましたよね?予想の1つが当たったって」
なにもないところから吹く突風に目を細めた隙、わずかに狭くなった視界の外から雷撃が降る。
寸でのところでかわした《聖天使》だが、【天鏡剣】が雨色に輝き水の帯を薙ぐ。
それによって水を伝った雷撃が鞭のように体を叩く。
だがこれも《聖天使》のHPには何ら影響はない。
そう。
HPには。
〈硬直狙いってこと。でもいくらやっても私の【天鱗】は砕けないわ〉
「そうですね。私達がいくら攻撃しても《聖女》の回復力を上回り続けるのは難しい。だから、あなたの力を貰います」
シルファの狙いはただ一点。
《聖天使》の持つ【聖剣】の奪取。
数秒の硬直の間にフィロリアが残る体力を振り絞り【聖剣】を蹴り飛ばす。
空中を舞う【聖剣】。
シルファ達にとっては《聖天使》を倒すために必要な唯一無二のアイテムであり、《聖天使》にとっては自らを脅かす存在。
〈くっ、〉
これまで余裕を見せていた《聖天使》が苦悶の表情を浮かべる。
無我夢中で手を伸ばす両者。
文字通り勝利にも等しい武器を手にしたい思いの両者だが、わずかに動き出しの早かったシルファの方が早く手にする事を悟った《聖天使》は即座に鎌を取り出しシルファへとその鎌を走らせる。
【聖剣】を手にしたシルファだが、気づいた頃には鎌は彼女の左腕を切り飛ばしていた。
絶望は終わらない。
〈【スキル∶邪痕怨嗟】〉
腕を切り飛ばせる激痛が全身を駆け巡る。
想像を絶する痛みに意識が一瞬途切れ、【聖剣】を握る右手が緩み滑り落ちる。
だが絶望は続く。
正気を取り戻したシルファの命を刈り取るべく鎌が再度走る。
〈死ね〉
「させるかぁぁぁぁ!!!!」
シルファを庇うように体を広げたフィロリア横腹に鎌が突き刺さる。全ての【スキル】を使用して身体能力を上げたフィロリアが、《聖天使》の腕と体を両手で掴み、その場で拘束しつつ鎌で自分にも両断しようとする鎌を持つ手を押さえている。
一瞬でも気を抜けば身体が上下に別れる状態。
さらに【スキル∶邪痕怨嗟】によって耐え難い痛みが走る中、彼女は叫んだ。
「私ごとやりなさい!」
フィロリアのHPはみるみる減る状況。
ここからでは回復は間に合わない。
シルファは涙を流し、【聖剣】を2人の姉に突き刺した。
【天鱗】は無効化され、回復すら修正すら受けつけなかった【聖剣】によって《聖天使》のHPは減っていく。
〈離しなさい!〉
「離すもんですか!妹が人を殺して後悔するような死に方はさせない。だからお前は私とここで死ね」
より深く刺さる【聖剣】と鎌によって意識を保っているのがおかしいほどの痛みがフィロリアを襲っているにも関わらず彼女の手は《聖天使》の体を砕かんとばかりに握る。
視界が霞み、意識は途切れては戻りを繰り返し、踏ん張っている足にはもはや感覚はない。
離さない。
その一点だけがフィロリアの意識を繋ぎ止めていた。
「戻ってきなさい有紗!いつまでもいいようにされてるんじゃないわよ!」
〈私は《聖天使》だ!〉
「姉さん帰ってきて」
悲痛な声が響くが、無慈悲にも先にHPが潰えたのはフィロリアだった。身体がゆっくりと透けていき、『☠GAMEOVER☠』の文字が表示される。
もうレインの力を使ってもフィロリアの死は避けられない。
だというのにフィロリアの顔はどこか安堵していた。
《聖天使》のHPも遅れて0になったからだ。
いかに回復に秀でていても死は平等にやってくる。
「ありがと、ごめんね2人とも」
「いいの。有紗は誰も殺さなかったんだから」
「でもお姉ちゃんが、」
「バカね。妹の面倒を見るのがお姉ちゃんよ」
それはゲーム内におけるバグだったのかもしれない。
これまで全てのプレイヤーが《天使》に飲み込まれ自我を失っていた。だが、アリアはその呪縛に打ち勝ち自らを取り戻した。
そして永く続いた第4フロアがようやく終わる。
「「雫」」
2人の姉からの最後の言葉。
「あとは任せることになってごめん、でも雫なら絶対に大丈夫だから」
「またね」
《Congratulations》
《BOSSイベント:堕天降臨》が完了されました。
報酬:経験値
:体力ポーション(極)×10
:MPポーション(極)×10
:【特殊武器∶天女の涙】
:820万G
特別報酬:【スキル∶聖鱗】
:【スキル∶聖域】
:【特殊武器∶聖剣ヴェルダンディ】
:謎の鍵×1
【新《称号》について】
《称号:剣聖》の獲得条件を満たしたプレイヤーが誕生しました。




