第一フロアが優しくない件について ~悪魔の足音~
痛覚までもが再現され、痛む腹を押さえる雨宮とそれを汚物を見るような目で見下ろす女性の何とも言えない絵面がそこにあった。
「無視した上に、パンツガン見とは良い御身分ね」
「初対面の相手を見下すとは随分良い身分だな」
これがラブコメなら、後々恋愛にでも発展するのだろうが、現時点で雨宮が言えるのは『偉そうな暴力女』としての印象のみ。
NPCでない以上、彼女もプレイヤーの1人で先程の出来事の目撃者。
「で、何のようだよ」
「アタシとパーティーを組みなさ」
「断る!」
やや食いぎみかつ、全力で否定。
腹部に蹴りを叩き込んできた相手と、どう考えてもお近づきにはなりたくない。
体を起こし、そうそうに立ち去ろうと足に力を入れる雨宮。
「ーーーっ!」
だが、その体が唐突に動きを止めた。
首だけ捻って後ろを振り返ると、指から糸が伸び、10メートルほど離れている雨宮の腰に絡みついている。
「これがお前の【スキル】か」
「ご明察。【スキル:拘束】よ。MPを消費して糸を生成し指から放出。硬度は自由にできるし、糸を束ねれば武器にもなる」
「かなり汎用性がある【スキル】だな。なんだ?断ったら殺されるのか?」
「アタシが欲しいのは初見のクエストに挑む勇気と、それをクリアするだけの力、そして何より他の人を救おうとする正義感。仲間にするなら是非とも欲しいでしょ。さっきの男性みたいに初見殺しにアタシ達が引っかからない保証なんてどこにもない。だからこそ万全の準備をしておきたい。人員を集めて、情報を集めて『全クリ』を目指す。あなたこの事態が異常だと思ったからこそ今もログインしているんでしょ?」
「・・・・・名前は?」
「アラクネ。あなたは?」
「レインだ。協力関係になるのは別に構わない。でもパーティになるのは保留にしてくれ。まだ俺はアラクネを信用できるだけの材料がないしな。フレンド申請はしとくから、一応の連絡を取り合おう。そして別方向から『全クリ』を目指す。どうだ?」
アイコンを操作し、フレンド申請を送る。
二つ返事で承諾を伝える旨の返信があり、雨宮のフレンド数が2に変わる。
(このゲームは動き出しが重要なのは確かだ。しかも情報を集めるなら間違いなく数が必要になる。でも選択を誤れば、間違った情報が命を落とす原因になる。だからこそ、信用に足る人物を慎重に吟味する)
「・・・・・」
(ナツキには押し切られた形になるんだよな)
「レイン、メールだけじゃ足りないわ。リアルでも会いなさい。ゲームクリアを進めるのも大事だけど、現実世界だって疎かにできない。でも運営にこの会話が筒抜けな以上、傍受系統の【スキル】を持った奴がいないとも限らない」
「リアル割れは嫌なんだけどな。どこで出逢う?」
「LINEの捨てID教えるからそこで送って」
フレンドメールで送られてきたIDを確認し、雨宮とアラクネは同時にログアウトしようとした時、あることに気が付く。
「セーブがない!」
多くの選択肢があるゲームでは必須といっても過言ではないセーブ機能が見当たらない。
悪寒で冷や汗が吹き出す。
セーブなし、攻略情報なし。
そんな中でも、まだ希望はあった。
これが"ただの"ゲームであれば、という希望。
《ただいまゲーム内にいるプレイヤーにお知らせです》
《この度、記念すべき1人目の脱落者が出ました》
《皆さまの中には、まだこれが"ただの"ゲームだと信じたい方も多いでしょう》
《ですので、それを証明しましょう》
上空に出現した巨大スクリーン。
そこに映し出されたのは、とある男性の寝転がった姿。
「ーーーっ!」
それだけではない。
自分も装着していたヘッドマウントディスプレイがあった。
雨宮は一瞬で理解した。
この男性は、おそらく。
《察しの良い方もいるかと思いますが、こちらの男性は先程クエスト失敗されたプレイヤーです。ゲームでの死は現実での死も体感できる超体感型ゲーム》
《すべてのクエストBOSSを倒して、『全クリ』を果たしていただければ無事に解放されます》
《《信じるか信じないかはあなたたち次第です》》
それだけの言葉を残してナビゲーターは消えた。
「・・・・・」
雨宮も含め、噴水広場の周りは静まり返っていた。
『死』が急に重みを持ち始めたからだ。
(現代の技術をかき集めたとして、ゲームと現実での死を同期させることなんて可能なのか?仮にできたとしても、装置を外して24時間以内にログインしないといけないということは、俺も既に何かされていてもおかしくないってことか)
「レイン、やっぱりパーティーを組んで!」
「でも」
「でもじゃない!現段階において組まないメリットある?信用してもらうために【スキル】も見せた。リアルの連絡先も渡した。アタシに残された交渉材料は全て晒した。何か不安な材料があるならいいなさい」
これは交渉でも要求でも懇願でもなかった。
不安という拭いきれない『何か』を共有するための依存に近かった。
全てを晒し、武器を持っていないという意思表示を見せたアラクネに対して雨宮が感じているものは同じく形容できない『何か』。変化することを恐れてのことだ。
「1つ言っておきたいことがある」
「なに?」
「実は1人フレンドがいるんだ。そいつもパーティーに入れていいか?」
「構わないな。人数の多さを説いておいて否定する意味もないし」