第三フロアで夢いっぱいな件について ~集結せし英雄~
【プラットホーム】
「1位様から連絡が来たってことは応援に来てくれるってことでいいのよね?」
序列6位《剣鬼》ののんは目の前にいる盗賊の数に愕然としていた。
仮にも6位の実力を持っている彼女は1対1の状態ではむしろ圧倒していた。しかし続々と増える【スキル:火球】の妨害によって徐々に形成は変わり、HPが4割を切ってしまった。
彼女の《称号》の権限はMPを消費しての『時間鈍化』。
周囲の動きのみを遅くさせ、その中で唯一通常に動ける彼女の一方的な攻撃が繰り出される。
効果時間はわずか1秒。
その何倍にも引き伸ばされた時間の中での1秒は防御不可に等しい。
「弱点があるとすれば面で来られると弱いのよね」
あくまで動くのは本人のため、いくら引き伸ばされた時間とはいえ、限られた時間の中で対処していくための手順を間違えればMPを無駄にする。
(ポーションはこれで最後)
HP、MPをポーションを飲み、少し回復するが事態は何も変わらない。
2、3体の盗賊を消滅させたくらいでは《BOSS》であるアシッドアサシンには届かない。現に彼女が加えたダメージは数発。以降は盗賊が邪魔をして近づくこともできない。
とどのつまり、ののんに残されたのは時間稼ぎ。
「早く来なさいよ、1位様」
迫る火球をかわしつつ、日本刀で敵を攻撃。
それでも倒せるのは数体。
「せめて他のプレイヤーの負担を少しでも減らしておきましょうかね」
ののんの残るMPは少ない。
ならばと、自身の命を賭けてでも残る者達へ希望を託すことを選択した。
「【スキル:縮地】!」
ふっ、と先程までののんがいた足元に小さな砂ぼこりが立ったのと同時に彼女の姿がアシッドアサシンの目の前に現れる。
<【スキル:虚空ノ王】!>
瞬時に見えない攻撃を繰り出してくるが、
「【鈍化】!」
身を屈ませて背後に回り込む。そして動き出した世界では1秒前にいた地面が抉られていた。
「【鈍化】!」
(残ったMP全部を使ってでもこいつだけは削りきる!)
凄まじい勢いで減っていくMPを気にせず、剣を振りダメージを与えていく。だが消費量に合わないダメージ。負けると分かっていながら逃げるという選択肢を取らなかったのは彼女なりの理由があった。
彼女は1人のプレイヤーを人質に取られ、それを助けるためにもこんなところでは死ねない。
「くっそ」
MPの底が見え、悪態をつく。
わずかなインターバルの間にとうとう不可視の攻撃がののんの体を殴り付ける。
「かはっ、」
本来ゲームには不要の痛み。
現実となんら遜色がないほどにリアルに体感する痛みは、体を強張らせ士気を下げるには十分。
あっという間に死が目の前にまで来ていることを改めて認識させられる。
そしてその恐怖を煽るようにゆっくりと近づくアシッドアサシン。
HPゲージは余裕がある。
だが、彼女からは戦意が失われつつあった。
大人数が徒党を組んでようやく倒してきた《BOSS》に単身で立ち向かっていた1人のプレイヤーを見て、自分でも出来るのではないか?《称号》持ちなのだから!と浮わついた考えをしていたことを心底悔いた。
(ごめん、お姉ちゃんダメだったよ)
涙が自然と溢れた。
剣を握る手は震えて力が入らない。
そして容赦なくアシッドアサシンの不可視の攻撃。
剣で防ごうとするが小刻みに震える剣では盾にはならず、隙間から殴られダメージが入る。
「【鈍化】!」
正真正銘、最後の【スキル】。
無駄だと分かっていながらも、それでも逃げようと足を動かす。稼げたのは3歩。
アシッドアサシンの振りかざされる手に連動して迫る不可視の攻撃。
「・・・よかった。・・・間に合ったよ」
キンッ!と『血濡の日刃』が不可視の攻撃を防いだ。
そこから間髪入れずに銃弾がアシッドアサシンに距離をとらせ、
「伍の型 雪原の花園!」
「【治癒】!」
ののんの周囲にドーム状の膜が張られ、HPとMPが少しずつだが回復している。
「【操影】!」
「【聖拳】!」
隙をついて近づいてきた盗賊達を影の剣山と拳の風圧が薙ぎ倒す。
「【スキル:虚空ノ王】!」
「アラクネ君は糸で網を!ナツキ君は斜線上に盾を張るんだ!」
《名人》の掛け声で見えないはずの攻撃が受け流される。
先読みで軌道を読み切り、的確な配置で攻撃を無力化。
そしてこの時を以て、《エンペラーオンライン》における上位8名のプレイヤーが集結した。
「ののん殿、遅くなりましたがもう安心でござるよ。あとは拙者達に任せるでござる」
「なんにせよ助かったわ。でも《神姫》と《魔弾》がこっちに来てるってことは」
「あとはこのフロアだけでござる。拙者も尋ね人に会えたので良いことずくめ。残る盗賊とアシッドアサシンは任せてくだされ」
少女の声でその場にいた全員が武器を手に取る。
「未来は見てやる。君達行けるかい?」
もはや聞くまでもなかった。
彼らは《名人》の采配で一斉に動き出す。
隙をついて迫る盗賊を《拳聖》の拳圧が吹き飛ばし、アシッドアサシンは《剣鬼》が遅らせ、《魔王》が防ぎ、《神姫》が押し返す。
そして凄まじい消耗戦を《賢者》と《聖女》が整える。
いくら《称号》持ちが優れていたとしても敵はフロアの主。にも拘らず自由に動こうとする手が阻まれているのは弾丸が的確に出だしを止めているからだ。
「今だ!アラクネ君!」
「【スキル:吸魔乃手】!」
羽生の指令で光の鞭がアシッドアサシンを拘束。
すかさず発動した【スキル】によってアシッドアサシンがとうとう膝を落とし硬直。
そして最後の一撃が刻まれた。
《Congratulations》
《BOSSイベント:アシッドアサシン討伐》が完了されました。
報酬:経験値
:体力ポーション(極)×3
:MPポーション(大)×15
:259万G
特別報酬:解呪の指輪
「は?」
ドラゴンは情けない声を出した。
あの場において優勢だったとはいえ、アシッドアサシンにとどめをさせる人物は"いなかった"からだ。
しかし、その人物は何ともないようにその場に立っていた。
少年の瞳には生気を宿さず、黒い軍服に背中には紫色の六片の桜を背負っていた。
「またね、レイン」
ただ一言。
それだけ言って彼の周りに出現した四角い立方体の枠組みが現れて数秒で枠組みごとその場からいなくなった。
突然の出来事に取り残された一同。
ギリギリで思考を回し始めたシノブが、レインに向かって確認を促す。
「・・・レイン?・・・いまのプレイヤー知ってる?」
「知らない、はずだ」
「歯切れが悪いな」
「いや知らないはずなのに、何か知らないって言えない感じがしたんだよ」
「既視感ってやつか。まぁ、これだけプレイヤーがいるしすれ違ってたりもするだろ?それより次のゲート開いてるし一旦落ちようぜ」
「その前にせっかく《称号》が揃ってるのよ。フレンド登録しましょ」
アラクネの提案でその場にいた全員のフレンド登録。
その後、各々でログアウトして現実世界での休息を取ることとなった。