前日譚 転生姫はくじけてる(レイミ視点)
白いレンガの壁には暖炉があり、室内にはテーブルと椅子が置いてある。奥にはキッチンと二階へ続く階段があった。
「どうしてこうなった、私の人生……」
紅髪を後ろで一つにまとめ、金刺繍の入った赤い服に銀細工の胸当てをつけた女性――転生したレイミは力無く呟いた。
ハシリザードの御者に荷物を館に運び込んでもらった後、レイミは魂が抜けきった表情で椅子に腰かけて頭を抱えていた。
「フレメリア王女として生を受け、グータラ生活して素敵な王子様と添い遂げる夢がぁ……」
順風満帆に進んでいた王宮生活はある日唐突に終わりを告げた。もし、未来を知る術があってこうなる事が分かっていたのであれば結果は違っただろう。
死んだ魚のような目で、テーブルの上に置いてあるフタの開いた箱を見る。その中には純金の硬貨が一〇〇枚入っていた。
「現在の価値にして一〇〇万ゴールドは一〇〇〇万円くらい、かっこテキトー。……しばらくは大丈夫だけれど、いつかは無くなるわ……」
最高級の食事をしてきたため舌は肥え、欲しいものは何でも手に入った。
贅沢三昧の生活が消え去ったとはいえ、そう簡単には王宮での温床生活を忘れられるわけがない。
自分が浪費するのは間違いないだろうとレイミは確信した。おそらく、一年も経たずに資金は底を尽きるだろう。
「やだー……姫働きたくないでござるー……。舞踏会だって面倒だったのに、無理ー……」
絶望した顔になって、テーブルに突っ伏す。
少なくともゴールドが尽きる前に、定職に就かなくては生きていく事が出来なくなってしまう。
「出来る事と言ったら、ダンスと団長おじいちゃんから教えてもらった剣術と転生前に習っていた柔道くらい。……本気で何やったらいいのよ」
あまりにも前途多難過ぎて涙が込み上げてきていた。
その元凶を作り出した第一王女の薄ら笑いを思い出して、レイミは拳を震わせる。
「それもこれもあの腹黒姉姫の姦計のせいよっ! おまけに、オオカミ姫とか嘘つき呼ばわりされて……悲劇のヒロイン過ぎるわよっ、私より不幸な奴がいたら見てみたいわ!」
声を荒げている内に、怒りがさらに大きくなっていく。
「前世の記憶がある事から、異世界に転生してきたっていうのは分かるわよ。でも、これじゃ漫画や小説のような人生なんて無理じゃない!」
転生時の記憶こそ無いが、誰かに会って力を授けられた事だけは微かに覚えている。そして、その能力についてもレイミは覚えていた。
「大体何よ。働かないと魔法が使えないとか、完全にハズレ能力じゃないのっ!」
怒りに任せてテーブルを思いっきり叩くと、テーブルの端に置いてあった箱が動いて落下する。中に入ったゴールドをばら撒きながら箱が床に転がった。
「うえぇーん! なんでこうなるのよー!?」
半泣きになりながらレイミは急いで床に散らばった硬貨を集めて箱に戻していく。
そこで、ふとテーブルの下の床の隙間に何か薄い物が挟まっているのが目に入った。
好奇心でそれに手を伸ばし、引っ張り出して眺めてみる。少し薄汚れているが、それは何かのカードのようだった。
「前に住んでた人の物かしら。えーと、傭兵証……?」
傭兵という職業についてはある程度知っている。依頼人の護衛をし、報酬をもらう仕事。主に地形図監士や商人などを盗賊や魔物から守ったりするというものだったはずだ。
しばらくそれを見つめた後、レイミは傭兵証を放り捨てる。
「いや、痛いのなんて嫌だし。もっと楽して稼ぎたい」
ため息をつくと残りの硬貨を箱に詰め、フタを閉めるとテーブルの中央に置いた。
「でも、待って。そういえば前世の時にゲームでスライムだけを倒し続けてレベル99まで上げた事があったわね」
そこでハッとなって名案を閃き、両手を叩く。
「雑魚モンスターだけを倒し続けていればいいのよ! さすがにモンスターがお金を持ってるわけないでしょうから、傭兵になって弱そうな雇い主に最初は無料で仕事するとか言っておいて……後から一億ゴールドくらい請求する。完璧よ私!」
レイミは嬉々として床に落ちた傭兵証を屈んで拾い上げる。
「ただ、高難易度のクエストとかに連れていかれたらたまったもんじゃないから、そこはよく確認する必要があるわね。あと、もう一つの問題は身元がバレないようにする事。世の中には悪い奴がいるんだし、誘拐でもされかねないわ」
レイミは自分の頭の上に付けている宝石を散りばめた宝冠に触れながら思案する。おそらくこれが悪人に見られれば一発アウトだろう。
家に置いておいてもいいが、万が一にでも泥棒に盗まれたら自分が姫であるという証拠が無くなってしまう。身に着けているのが一番安全ではあるが、やはり目立ちすぎてしまうだろう。
考えながら視線をさまよわせていると、キッチンに置いてあったナベが目に入る。
「そういえば、完璧に忘れてたけど……あれって身に着けていると力が強化されるアイテムって言われたような気がするのよね」
キッチンの前まで移動し、何気なくナベを掴んで眺める。やはり、どこからどう見てもただのナベにしか見えなかった。
誰かを助ける時にパワーアップするらしいが、むしろ自分の方が助けて欲しいと願って止まない。
レイミはナベを逆さまにして頭に被ってみる。それは、まるでレイミのために作られたかのようにすっぽりとハマった。
「ゲームでも初期装備はナベを被ってたりするし……これで宝冠を隠す事も出来るから、まぁいっか」
ついでに、横に置いてあったまな板を盾として持っていく事にした。
「後は鉄の剣を買ってギルドに向かう。これでよし」
箱の中から硬貨を一枚取り出すとレイミは箱に鍵をかけて扉へ向かった所で足を止める。
「いや、あれってめっちゃ重いのよね……一〇回も振ったら息上がっちゃったし」
しばらくそのまま逡巡し、それからレイミは一つ頷いた。
「木の剣にしておこう」
呟いて、扉を開けるとレイミは館を後にするのだった。