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6 連勤術ともろばの氷雪

「エルレスっ、大丈夫!?」


 レイミとシルティが、心配そうにエルレスの顔を覗き込んでくる。


「毒を受けたらしい」

「えぇ!? ど、どうしよう……アイツもなんかやる気になってる様子だしっ!」


 怒ったような表情になって、翼や足を動かしながらこちらの様子を窺っているハジリスクにレイミは慌てふためく。

 身体を動かそうとするものの、やはり満足に動かせそうにはない。手足の感覚はまだあるものの、虚脱感に今にも倒れ込んでしまいそうだった。


「僕なら大丈夫だ。先に行っててくれ」

「それは死亡フラグだから行かないわよ!」


 なんとか笑みを作ってエルレスは促すものの、レイミは逃げずにエルレスに肩を貸す。深刻な表情を浮かべるシルティもすぐ傍で心配そうにこちらを見つめていた。

 その心遣いに感謝の気持ちが芽生えると共に、困った顔になってエルレスは小さな溜め息をつく。


 このままでは全滅はまぬがれないだろう。

 切り札を使えばこの窮地を簡単に覆す事が出来る。しかし、こんな状況になっているにも関わらず、出来る事ならばそれは使いたくないという気持ちが勝っていた。


 ならば、別の方法を選ぶまでだ。

 おそらくハジリスクは空を飛ぶ事が出来ない。飛べるのであればとっくに空から襲いかかってきているはずだ。

 つまり、地面に巨大な亀裂を造れば追ってこれなくなるだろう。


「木剣を……借してもらってもいいかな」


 覚悟を決めたかのような真剣な表情のエルレスに、レイミがおずおずと木剣を差し出す。それを受け取ると、エルレスは足に力を込めてふらつきながら立ち上がった。

 両手で握りしめた木剣を肩の上まで持ちあげる。脂汗を流しながらも目を閉じると、呼吸を鎮めつつ意識を木剣に集中させていく。


 前世で得た力、連勤術の魔力を掴んだ柄から木剣に流し込む。魔力の流れを可視化できるほどの力の奔流が木剣にまとわりつき、黒い(もや)の中で黄金色の光の粒子がきらめく。

 連勤術は働けば働くほど力を増すため、今のエルレスに前世ほどの力は無い。しかし、その木で出来た剣はかつて手にしていた邪剣に匹敵するほどの殺傷力を持っているのは間違いなかった。


「ち、ちょっと……何なのよそれっ!」


 強大な力を放つ木剣を見てレイミが驚愕し、シルティが息を呑む。

 表情が抜け落ちた顔になったエルレスの瞳が怜悧な物に変貌する。


「これが……魔王ブラックジョウシの力だっ!」


 エルレスが言い放つと共に木剣を力一杯握りしめた時。

 柄からポキッと刀身が折れて地面に転がった。

 両手の中に残った柄を見つめると、エルレスは静かに頷く。


「うん。僕の心も折れたよ……がくり」


 エルレスはその場にバタリと倒れ込んだ。


「ただの中二病だったのアンタっ!?」


 レイミが叫んで突っ込みを入れ、シルティはおろおろとしていた。

 それを見て有利を悟ったのか、ハジリスクが少しずつ近づいてくる。


「他に何か無いのっ!」


 うつ伏せに倒れるエルレスの肩を揺さぶるレイミに、地面に突っ伏したままエルレスは力無い瞳で見返す。


「あるにはあるんだけど、それを使うとハジリスクが助からない……せめて君達だけでも逃げてくれ」

「そんな事言っている場合ではないでしょう!」


 レイミが声を荒げるが、エルレスは首を横に振る。

 魔物の命を奪うという事は、エルレスにとって人間を殺すのと同じだ。ハジリスクを殺すくらいなら自刃して死んだ方がマシだろう。 

 (かたく)なな態度のエルレスに業を煮やしたのか、レイミは怒った顔になってハジリスクの方を振り向く。

 

「なら、私の秘めたる力を今こそ解き放つわ!」


 声を上げると、遅れてレイミの身体から薄っすらと赤い光が現れる。

 それにエルレスは目を見張る。魔力の流れこそ大したものではないが、それは間違いなく連勤術の力だった。


 おそらく、今までは初心者の振りをしていただけだったのだろう。レイミがシャインなのかどうかまでは分からないが、少なくともこの状況を必ずひっくり返す事が出来るだろう。


「え。嘘……本当に出来たわ」

「偶然出来たんだ……」


 自分の身体を見下ろして目を瞬かせているレイミに、エルレスの胸中に落胆が広がっていった。


「そりゃぁ、今までずっと働いてなかっ……こほん。無駄口を叩いてる暇は無いわ、今の私は誰にも負ける気がしない!」 


 エルレスに向けていた顔を、正面に向けるとレイミは自信たっぷりの表情を見せる。

 そのレイミを見てハジリスクも少し後ずさり、警戒している様子だった。


「さあっ、鳥野郎! 私が相手よ。これが私のチート能力のっ、全身全霊の一撃!」


 レイミが持ち上げた腕を払い、拳を握りしめる。

 そして凄まじい勢いでハジリスクに向かって突撃していき、ハジリスクが驚いたように目を大きくさせる。


 瞬きをしている間に、レイミの拳がハジリスクの蛇腹に直撃する。

 だが、ハジリスクは何ともない様子で首を傾げていた。

 レイミは焦った顔になりながら、両腕で高速の拳を交互に繰り出す。だが、ハジリスクは心地よさそうに目を細めてあくびをしている事から一切効いていないのが分かった。


 やがて、レイミの身体に現れていた薄い光が消えてなくなると、彼女は肩で息をしながらゆっくりとこちらに戻って来る。

 そして、とても綺麗な笑顔を浮かべて親指を立てた。


「マッサージ完了よ……がくり」


 レイミもエルレスと同じように、地面にバタリと倒れ込んだ。


「うん、その……コメントは控えておくよ」


 何とも言えない気持ちになってエルレスは力無く地面に顔をうずめた。

 レイミが倒れたのを見て、再びハジリスクがこっちに向かってやってくる。


 二人が倒れたのにシルティがうろたえて身を震わせる。しかし、彼女は意を決したかのように白銀色の尻尾を揺らして前に進み出る。怯えの色が抜けきっていない少し強張った表情ではあるものの、その眼差しは真剣そのものだった。


「な、何をする気なの……って、寒っ!」


 途端、周囲の気温が急激に下がりレイミは自分の身体を抱きしめる。

 シルティが指先を空に躍らせると冷気が吹き荒れ、周囲に少しずつ霜が降りて草木が白く染まっていく。


 冷気は大気中の水分をも凍らせて、雪を生み出す。荒れ狂う局所的な吹雪がハジリスクの身体を包み込み、その巨体がたちまち凍り付いていった。

 やがてハジリスクの全身が完全に凍りつくと吹雪は一気に消えてなくなり、空中に取り残された雪が風に揺れながら白く染まった地面に落ちていった。


「あ、あなた凄いわねっ、助かったわ!」


 驚きながらも笑みを浮かべて、ナベの上に雪を積もらせたレイミがシルティの方に視線を向ける。


「がくがく……ぶるぶる……!」


 見るとシルティの身体も凍りつき、情けない表情になって顔が震えていた。


「自分まで凍ってどうするのよっ!?」

「す、すみません……わたし、半分人間なので、冷気を出し過ぎるとこうなっちゃいまして……時間が経てば溶けますので……」

「ま、まぁ無事ならいいわ。あと、そっちはまだ生きてるかしら?」

 

 雪の中に埋もれているエルレスに視線を向けながらレイミが尋ねてくる。

 その声に、エルレスは反応できない。シルティの冷気を操る力に驚いてはいたが、それ以上に自身の身体の異変にこれ以上耐えられそうになかった。


「うぐっ、あ……ぁあっ」


 くぐもった呻き声が口から洩れる。それを見て、レイミが息を呑んで口許を手で押さえる。


「ま、まさか毒がっ……どこかに毒消し草って生えてないの?」

「すみません。わたしはどれが毒消し草なのか分からなくて……」

「そんな……ここから街まではかなりの距離があるわよ」


 申し訳なさそうに凍り付いたシルティから言葉を返され、レイミの顔が絶望に染まった。


「あ、ああああ……ふふ、ふはははっ……はぁーっはっはっはっはっ!!」

「な、何ごとよ!?」


 突然エルレスが笑い声を上げるのに、レイミの顔が驚きの表情になる。


「はははっ、ごめっ、笑いが、止まらない……! たぶん、これ……毒のせい、だぁっはははは!」


 雪の上で腹を抱えて笑うエルレスの言葉に、レイミとシルティが目を丸くする。


「え、もしかしてハジリスクの毒って……笑いが止まらなくなるっていう毒?」

「そう、みたいだ……あっはははははっ!」

「かわいそうです……」

「あなたも結構かわいそうな事になってるけどね」


 笑い転げるエルレスと凍り付いたシルティを見て、レイミはやれやれと疲れ切った顔で頭を振るのだった。

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