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4 臆病者のエンカウント

「あ……あぅ……」


 うつ伏せに倒れたレイミの上に、少女が重なって倒れていた。

 長い水色の髪に透明なベールを着け、琥珀色の瞳を持つ小柄な人間。青い衣服を身に纏った少女はエルレス達より少しだけ幼く見えた。その側頭部には二本の白い角が生えており、青色のスカートの下から伸びる白銀色の美しい尻尾はリザード系の物に似ていた。


 少女はこちらの視線に気が付くと、驚いた表情になって凄まじい勢いで木の後ろ側に逃げてしまった。そこから怯えた様子で木から顔を半分覗かせてこちらを見ていた。

 その少女の方へ、ブリザードがゆっくりと近づいていく。


「ふとんがふっとんだ」

「あ。ブリザードさん、ふとんがふっとんだです」

「それ、挨拶なんだ……」


 珍妙な発見にエルレスは微妙な顔になりながらも、魔物図鑑にその情報を付け加えた。

 ブリザードがこちらの方へ戻ってくるのに、その背後に少女がピッタリとくっついてやってくる。


「あの、落ちてきてしまって……すみません」


 少女がブリザードの陰に隠れながら申し訳なさそうに謝る。


「ちゃんと地面に穴を掘ってその人を埋めるので……許してください」

「許すかぁああああっ!?」

「ひっ……がくぶるがくぶる!」


 ガバッと地面から顔を起こして叫ぶレイミに、少女はその場で飛び跳ねると目にも止まらぬスピードで再び木の後ろ側に逃げ込んで震えているようだった。その隠れた木からは、少女の尻尾がはみ出して見えていた。


「ふり出しに戻ってしまったね。また出てきてくれるといいけれど」

「なんかやたら怯えているわね。あの子、尻尾生えてるけど……魔物なの?」


 衣服に付着した土を手で払い、ナベを被り直しながらレイミが尋ねてくる。


「人型の魔物にはマーメイドやドリャアードとかがいるけれど……あの子は、どうなんだろう」


 少女が隠れている木を眺めながら、エルレスは腕を組む。

 うろ覚えではあるが、量産品の魔物図鑑に似た容姿の魔物が載っていたような気がする。しかし、そこに記された記述と彼女の情報が一致しないように思えた。


 エルレスの相手の情報を見抜く力は任意で発動することが出来ない。また、人間に対しても発動することは無い。

 魔物相手でも発動するまでに時間がかなりかかったりする事もあるため、知りたいと思う時に使えないのはやはり不便だと感じた。


「わたし、その……魔物と人間のハーフなものでして」

「ハーフ? それは珍しいね」

「ふーん。さしずめ、トカゲ娘ってところかしら?」

「と、トカゲ娘……がーん」


 なぜかショックを受けたらしい少女は、草むらの中まで移動するとしゃがみこんでしまった。その草むらからはどことなく、見えない暗いオーラが漂っているような錯覚を感じた。


「そんなに落ち込まなくても……悪かったわよ」


 バツが悪そうにレイミが謝ると、少女はどんよりとした表情で草むらから頭だけを出す。


「あなた、名前はなんていうの?」

「えっと、シルティ……です、はい……」

「シルティね、覚えたわ。私は人類史上最強ではない傭兵のレイミ、こっちの奴が見習い魔物図鑑士のエルレスよ」

「やっぱり正直だ」


 自信満々に胸を張って自分とエルレスを指差すレイミを見て、エルレスは呟いた。


「よ、よろしくです……」

「よろしくね。それで、こんな所でシルティは何をしてたんだい?」

「じつは、かくかくしかじかでして……」

「いや、それだと伝わらないからね」

「そうですか」


 少し困った表情になってエルレスが言うと、シルティはしょんぼりと俯いてしまった。


「最近、この辺りに引っ越してきたので色々と見て回ってました。あ、ちなみにちょうど良さげな洞穴がありましたので、今はそこに生息してるわたしです」

「自分から生息してるって言うんだ……」

「ついでに家無き子だわ!」


 それぞれ違う理由でエルレスとレイミが驚いた。


「じゃあ、散歩している最中に僕達を発見して木の上に隠れてたって感じかな?」

「おっしゃる通りです。でも……あんな事になってしまいまして」

「なるほどね。事情は分かったよ」


 静かにエルレスが頷くと、シルティは頭を垂れる。


「はい……重ね重ねすみません」

「もう済んだ事だし、気にしていないわよ」


 小さく笑うレイミの声に、シルティは顔を上げると安堵に胸を撫で下ろしていた。


「あの、もしよかったら――」


 シルティが何かを言いかけた時。

 ブリザードが勢いよく首を横の方に向ける。それから、素早い動きで後ろを向いて走り去ってしまった。


「……がくぶるがくぶる」


 それと同時にシルティも草むらに頭を引っ込め、見えないが震えているようだった。

 エルレスは一度ブリザードが向けた方角に視線を投げる。すると、木の向こう側を大きな影が過ぎるのを目撃した。

 それに目を鋭い物に変えるとエルレスはそちらに向けて駆け出す。


「どこへ行くのよ!」

「何かがいる!」


 走りながら真剣な声をあげると、レイミも慌てて後を追ってくる。

 草の間を抜けていくと、エルレスはさきほどの影の主を見つけて木の裏に隠れる。

 ニワトリの頭と足と翼に、蛇の胴と尻尾を持った巨大な魔物がゆっくりと歩いていた。


「デカイわね。でも、つぶらな瞳をしていて可愛らしい魔物だわ」

「あれは、ハジリスクだと思う。もしそうなら危険度Aの魔物だよ」


 少し険しい表情になってエルレスが話すのに、レイミは目を大きくさせて驚いた顔になる。


「危険種っていう奴なの?」

「そう。魔物の危険度はCからSまで決められていて、Sが一番危険な魔物。危険度Aの魔物は人を喰ったり、危険な毒を持っていたり、じゃれついて殺したり、そういうのが該当するね」

「じゃれつかれて命を落としたら、死ぬに死に切れないわね……。でも、危険度の低い魔物しかこの森にはいないんじゃなかったの?」


 疑問にレイミが小首を傾げる。

 その言葉にエルレスは手に持った魔物の生息リストに視線を落とす。そこに、ハジリスクの名前は載っていなかった。


「もしかしたら似ているだけで別の魔物かもしれない。でも、生息リストの中にもそれらしい名前は見当たらないんだ」


 言いながらもハジリスクに気付かれないように、エルレス達は隠れながら近づいていく。


「それから、ハジリスクは量産品の魔物図鑑に載ってはいるけれど……短い記述しか登録されていない魔物なんだ。確か、毒を持っている魔物だったのは覚えている」

「でも、あんなキラキラした目で可愛い顔をしている魔物が危険なわけないわよ」

「そうだったらいいんだけどね。……っ、止まって」


 少し高揚した様子のレイミの前に、エルレスは腕を伸ばして制止をかける。

 ハジリスクは足を止めると、首を動かして辺りを見回していた。

 しばらくそうした後、ハジリスクは奥の方に歩いていく。その先には木の枝で作られた小さな巣があるのが窺えた。


「あれは、ブリザードの巣だね。何をする気だろう」


 エルレスは音を立てないように移動して、木の陰からハジリスクを覗き見る。

 ハジリスクは巣の中にあった大きな卵をクチバシで突っついて穴を開けると、中身を食べている様子だった。

 その顔が満足げな物に変わると、ブリザードの巣にしゃがみ込んでクチバシで翼を手入れし始める。


「か、可愛い顔してやる事は随分と厚かましいわね」

「まぁ、人間で例えたら完全に空き巣だよね」


 愕然とするレイミに、エルレスは苦笑しながら答える。


「あと、なんかちょっとお酒臭くない?」

「たぶん、ブリザードの卵かな。アルコールの成分が強いからだと思う」


 鼻を押さえるレイミの言葉に、エルレスも臭いに顔をしかめる。エルレス自身、酒が苦手なため少し気分が悪くなる感じがしていた。

 一刻も早くここから離れたい。しかし、観察をして魔物図鑑に登録をしたいという欲求がそれを押しとどめていた。


 その時、突然ハジリスクが動きを止めるとその巨体が徐々に傾いていき、やがて大きな音を立てて地面に倒れ込んでしまった。


「……あれ、倒れちゃったわよ。寝てしまったのかしら?」

「それにしては随分と豪快な寝方のようだけど」


 眉をひそめながらエルレスが言葉を返していると、いつのまにか追ってきていたらしいシルティが木陰から姿を現す。

 おそるおそるといった感じで彼女がハジリスクに近づいていくのを、エルレスとレイミは身を乗り出して見る。


「あの、大丈夫ですか?」


 心配そうな声でシルティが声をかけると、ハジリスクの目が大きく開かれた。


「……危ない!」


 そこでエルレスは木の陰から走り出してシルティの許へ駆ける。

 突然、頭を上げたハジリスクがクチバシを開けてシルティの頭上から襲い掛かった。

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