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冥界 聖シャイン勇者ナシロ②

11/8 元々、序章にあった部分を分離させたものになります。

こちらは少々長くなるため、読み飛ばしてもらっても問題は無いようになっております。

 次に目を開いた時、見渡す限りの美しい花畑が視界に映り込んだ。

 周囲には透き通った綺麗な水が流れ、空には不思議な事に宇宙が広がっていた。


 なぜこんな見た事も無い空間にいるのか。そう思うものの、勇者ナシロの心は穏やかだった。

 静かな心持ちのまま、横の方に視線を向ける。

 その先に、辺りを忙しなく見回している若い女性がいた。長い髪を後ろで一つにまとめ、パジャマにカーディガン姿の彼女はかなり動転している様子だった。


「そこの君、ちょっといいかい」

「わひゃぁああっ!? なっ、なななっ、何よアンタ!」


 声をかけると彼女は驚愕と共にその場で跳ねて、慌てて後ずさる。


「ボクは聖シャイン勇者ナシロだ。ここがどこなのか知らないか?」


 勇者ナシロが尋ねると彼女は言葉を失い、その目が徐々に大きくなっていく。


「……ヤベェっ!? 中二病よーっ、中二病がいるわーっ!」

「誰が中二病かっ!?」


 いきなり不躾な事を言われ、勇者ナシロは声を荒げた。

 そこで、前方の空間が微かに揺らめくような変化が起こるのに視線を向ける。


「……あーっ、うるさいですね。まったく、いま何時だと思っているんですか」


 勇者ナシロと女性が騒いでいると、黒い衣装に帽子を被った金色の髪の女性が何もない空間から姿を現す。その目は不機嫌そうに歪められていた。


「い、今どこから出てきたのっ!」

「どこからでもいいでしょ。それより、閻魔(えんま)さんこと私は今日の営業時間が終了したので帰ってください」


 閉店と書かれた看板を地面に突き立てると、閻魔というらしい女性は背を向けてしまった。


「閻魔って……私、死んだの?」

「あの、その帰り道がそもそも分からないんだけれど……あと、うろ覚えだけどボクも死んだような気が」

「本日もご来店いただき誠にありがとうございました。ほーたーるのひーかーり」

『歌うなぁっ!?』


 勇者ナシロと女性が同時に声を荒げるのに、閻魔は看板に崩れ落ちるようにして半べそをかく。


「残業やだー……お家帰りたい―」

「その気持ちは痛いほど分かるけれど、そこをなんとか……」

「おとなしく残業しなさい!」


 両手を合わせて懇願する勇者ナシロ。その隣で女性が厳しい表情になると、腰に片手を当てて反対の手で閻魔に指先を突き付ける。


「う、ウチはサービス残業なんです……。さっきの魔王ブラックジョウシみたいに七秒で終わらせてもいいでしょうか。いいですよね?」

「イヤよ、真面目にやりなさい。……というか他にも中二病がいるのね」

「ま、魔王ブラックジョウシも来てたのか」


 少し驚いたが、よく考えてみれば先ほどの戦いで勇者ナシロが倒しているのだから死後の世界に来ているのは当たり前のように思えた。


「しくしく……さっさと終わらせるしかないのですね……」


 涙目になりながらも閻魔はふらつきながら立ち上がると、勇者ナシロと女性の目を覗き込んでくる。


「えーと、勇者ナシロと……御堂麗美(みどうれいみ)? あら、あなた……もう一つのチキュウから来たんですか。こっちに回されるのって手違いじゃないですか、もう」


 ふてくされた様子の閻魔に対し、麗美という名前らしい女性が目を瞬かせる。


「もう一つの?」

「ややこしいので私は黒いチキュウと青い地球って呼び分けてますがね。残業イヤなので話進めていいですか、引きこもりニート」

「に、ニートじゃなくて自宅警備員よ!」

「まぁ、意味は同じです。では勇者ナシロ、あなたからお話ししましょう」


 そういうと閻魔は一つ咳払いをして、勇者ナシロに向き直る。


「あなたの死因は戦士アキノが戦闘前に食べてポイ捨てしたバナナの皮を踏んづけてしまい、壊れた天井の石片に頭をぶつけて命を落としてしまったというものです」


「な、なんということだ……そんな偶然で死んでしまうなんて! 戦士アキノ……栄養補給をするのは大事だが、ゴミはちゃんとゴミ箱に捨ててくれ……!」


 自分の情けない死因に、涙腺が緩み勇者ナシロは涙を(こぼ)しながら頭を抱えた。

 思い返してみれば、魔王ブラックジョウシと戦う前に食べていたような気がする。しかし、そんな情けない死に方をしたという事に何とも言えない気持ちが広がっていった。


「ば、バナナの皮で滑って死ぬって……あはははっ、これは傑作だわ」

「あなたの死んだ理由も、喉に魚の骨が刺さって死亡ですけどね」

「もう二度と魚は食べないと心に誓ったわ……」


 麗美は死因の恥ずかしさからか顔を紅潮させて、視線をそらした。

 閻魔は視線を勇者ナシロに戻すと続きを語りだす。


「確かに間接的な原因は戦士アキノに非がありますが、その結果を呼び寄せたのは邪剣イホウロードウの呪いです」

「呪い……そういえば、魔王ブラックジョウシを倒した時に黒い霧がボクにまとわりつきました」


 顔を持ち上げて勇者ナシロがその時の事を思い出しながら言葉を口にすると、閻魔は小さく頷いて深刻な表情になる。


「魔王の呪い、それは幸運殺し。あらゆる不運があなたを襲う死滅の呪いです。あなたを生き返らせる事は可能ですが、その呪いによって息を吹き返しても一瞬で死ぬことでしょう」


「それほど強力な呪いが……ボクは、どうすればいいのでしょうか」


 絶望感に苛まれて沈鬱な表情になった勇者ナシロが弱々しい声で尋ねると、閻魔は人差し指を立てた。


「一つだけ、手はあります。それは転生です」


 落ち着いた閻魔の言葉に、勇者ナシロは顔を上げる。

 転生という言葉は以前にも耳にした事があった。カイシャの中にもその転生をしている者がいるのではないかという、まことしやかな噂が流れていたのを覚えている。


「魔王の呪いは強固で、あなたの魂にまで干渉されています。ですが、肉体を捨てて新たにやり直せば……その呪いを緩和する事が出来ます。そうすれば、普通に生活する分には問題は無くなるでしょう」


 一度言葉を区切り、続けて(おごそ)かに閻魔は語る。


「幸いにも魔王ブラックジョウシはあなたの手により、既にリストラされています。酷な言い方をすれば、もう役目を終えているのです」


 閻魔の言葉を聞いて、勇者ナシロは悲しげな笑みを浮かべた。

 やるべき事はまだ残されている。世界にはまだ脅威が残されており、シャイン達は完全に安全とは言えない。残された戦士アキノの事も気がかりだった。


 しかし、魔王ブラックジョウシを倒したのであれば勇者ナシロがいなくとも他のシャイン達だけでも十分やっていけるだろう。カイシャから残業を無くすという使命を果たしたのならば、きっとそう遠くない内に真の平和は訪れるだろう。


「……世界に、もう勇者はいらないんですね」


「あなたの功績は永遠に語り継がれる事でしょう。聖シャイン勇者ナシロは、伝説となったのですから」


 静かに目を閉じる閻魔を見て、勇者ナシロは大きく頷く。


「決心がつきました。閻魔様、ボクを転生させ――」

「ねぇねぇねぇっ、いま転生って言った? あの噂の何でもござれな例のアレ!?……で、どんなチート能力をくれるの?」


 横から割り込んでくると、わくわくした様子で尋ねる麗美に対して閻魔はとても面倒くさそうな顔になる。


「……まぁ、力を授ける事は出来ます。こっちのチキュウでの力、連勤術(れんきんじゆつ)を使えるようにしてあげましょう」


 その言葉に麗美は息を呑む。それから目を輝かせて両手を胸の前で組んだ。


「錬金術って、お金無限チートで好き放題出来るって事ね! 最高じゃない!」

「違うよ。仕事の連勤と書いて連勤術って呼ぶんだ」

「はい。働けば働くほど不思議な力がポポポポーンする魔法的な物です」


 勇者ナシロと閻魔が説明すると、麗美の輝く笑顔が少しずつ消えていった。


「……やめてー!? やだ……働きたくないっ、私働いたら死んじゃう!」

「もう死んでます」


 顔を恐怖に青ざめさせ、凄い勢いで首を横に振りまくる麗美に閻魔が冷たく言う。

 使用する分には問題ないだろうが、身体も細く体力の無さそうな麗美に連勤術の魔力を高めるのは難しそうに思えた。


「転生者には何か一つ特権を渡すという風習がありますので、勇者ナシロにも何かを差し上げましょう」


 ゆっくりと閻魔が勇者ナシロの方に向き直る。

 勇者ナシロは閻魔を見てから、麗美へと視線を移す。彼女は涙を零して地面に座り込んでしまっていた。


「……でしたら、彼女がちょっとかわいそうなので……それを譲る事は出来ますか?」

「えっ、マジ? わーいっ、ありがとね!」


 立ち上がって笑顔を覗かせる麗美に対し、調子がいいものだと思いながらも勇者ナシロは悪い気はしなかった。


「お人好しですね。まぁ、そう言うのなら構いませんが。……では、装備をお渡ししましょう」


 閻魔が手をかざすと麗美の手の中に光が現れ、それが徐々に大きくなっていく。


「何かな何かなーっ! 当然、最強の武器よね!」

「無作為に選ばれますが、ハズレは無いので安心してください」


 静かに閻魔が話している間に光が形を成していき、淡い燐光を辺りに巻き散らして一つの物体が姿を現す。

 そこに出現したのは円形状の金属だった。なぜかその左右には取っ手のような物がくっついているのが窺えた。


「……って、ただのナベじゃないのコレー!?」

「あ、日輪ナベですね。身に着けていると、心から誰かを助けようと思った時に絶大な力を与えてくれる魔導器です」

「こんなもん身に着けられるかー! 完全にガチャで爆死した感じじゃないのっ、これ返すからなんかもっと別のにしてよ!」

「返品はお断りしています」


 怒りながらナベを突き出す麗美に、閻魔は涼しい顔で手を左右に振る。


「こ、これは良い物を引き当てたね……」

「殴られたいのかしら」


 笑って腹を押さえる勇者ナシロを見て、麗美が眉を痙攣(けいれん)させながら震える拳を持ち上げる。


「それでは転生に移りますが、よろしいでしょうか?」

「ま、待って! せめてお姫様とかになれないの!? お願いします、なんでもしますから!」

「強欲ですね。もうあなたは二つも特権を得ていますし、駄目です」


 ジト目になって言う閻魔の言葉に、麗美は地面に転がって駄々をこね始める。


「やだやだー! じゃあ、転生なんてしなくていいわよー! 一生ここでさまよってやるーっ!……というか割と居心地よさそうねここ、住もうかしら」

「住まないでください。悪霊ですかまったく……まぁ、ちょうど異世界のクレスフォードで第二王女が生まれるようですけど――」

「そっ、そそそれ予約! 私予約したぁっ!」


 必死な形相になって麗美が人差し指を突き付けるのに、閻魔はため息をつく。


「……じゃ、さっさと転生されちゃってください。疲れたので、ついでに勇者ナシロも同じ世界に送りますね」

「残業から解放するためなら喜んで」

「ありがとうございます。残業させてるのあなた達ですけどね」


 疲れた顔になって閻魔がそう言うと、勇者ナシロと麗美の身体が光に包まれる。


「では、これよりあなた達を異世界クレスフォードに転生させます。あなた方に祝福があるようお祈り申し上げます。……あと、ここでの記憶は一部を除いて全て無くなりますので」

「分かりました。またお世話になる時があればよろしくお願い致します」

「はいはい、もう来ないでくださいねー」


 勇者ナシロが頭を下げるのに、閻魔は目を閉じて適当に手を振っていた。


「ああ、これで念願のお姫様になって贅沢し放題グータラし放題に――」

「王女だけど、将来は国を追放されるみたいなのでそこんとこよろしく」

「えっ、いや……ちょっ!?」


 光が少しずつ強くなっていく。その中で二人の姿が子供になり、赤ん坊になり、胎児になり、その姿が光の中へと消えていった。

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