王城で吠える妹聖女
「報告します。元聖女リモネル嬢は国外へ出られました。」
東砦の門兵の伝令が王城へ届いたのは、出立より3日後だった。
「そうか、やはり彼の地へ向かったか」
正気の沙汰とは思えない、生家にも歓迎されず、この世を儚んだのかと王は思った。
悪魔の鍋と呼ばれ忌み嫌われ、オアシスひとつない荒れ砂漠を、姉聖女が求めた時は瞠目した。
報告に来た文官と騎士も苦い表情で姉聖女の行く末を憂いた。
「姉もバカね平民街で下働きでもすれば良かったのに」
小鳥囀る中庭で紅茶を楽しむ妹聖女は上辺だけの憂いを見せた。
脳無の醜女は身の丈に合う生活を享受すべきよ。
「オレンジェ、朝の礼拝に来てないと王都教会から苦言が」
「は?お祈りなら王城の聖堂で済ませたわ」
「そういうことじゃないよ、本家大聖堂に顔を出す定期行事だろ?」王子が眉間に皺を寄せて注意する。
「聖女の祈りはどこでしても変わらないでしょ!それに毎日の祈りは捧げてるわよ」
ガシャリとカップを乱暴にソーサーへ落とした、はずみで茶が飛び真っ白なクロスに染みができる。
「オランジェ!」
「少し放っておいて!正午の儀には出るからいいでしょ!」
椅子を乱暴に押しやり退席した、床に苛立ちをぶつけ足音をダンダン!立てて歩く。
何なのよ!
毎日毎日、指図ばかりでイライラするわ!ちょっと、なんでぞろぞろ付いてくるわけ!?
平和ボケした王城でなにが護衛よ、要らないじゃないの!
無駄な人件費を使うくらいならばドレスでも仕立てて欲しいわね。
誰のお陰で国が発展して安穏と生きられてると思ってるの?
王子は日に日に増長する妹聖女に頭を抱えた。
彼女に求婚をした日、『姉を追い出すなら受ける』と唆されたのを悔やんだ。
実際、姉の魔力は妹の半分以下だったし、軽視してきた。
勤勉ではあるが能力がない、故に城内で2人の聖女を庇護下に置くことに疑問の声が上がり、【穀潰し】という不名誉を付けられた姉聖女は居場所がなくなった。
これが凡人の姉を聖女認定から外した経緯だった。
シトラ国神教側から抗議があったが、解任は事後報告であった為どうにもならなかった。
自国メニアシトラ王国は常春の気候である、農業以外に特化した産業もなく資源も少ない。
思わぬ災害にとても弱い国である、そのため国神への信仰心が強く、ご加護と恩寵の器である聖女は貴重な人材で国宝だった。
ようするに神頼み意識の強い、打たれ弱いダメな国とも言えた。
満月の日、早朝と夜中に王都の国教会大聖堂で、教皇達と共に祈りを捧げる月例行事がある。
これまでは姉聖女リモネルが参加してきたが、オランジェルは一度も顔を出したことが無かった。
日の出と共に2時間祈り、夜0時に再び満月に祈りを3時間捧げる荒行をオランジェルは拒否してきた。
これまでオランジェルが進んで参加したのは、正午の聖女拝顔の儀だけだった。
王城広場に集結する民衆達に愛嬌を振りまくのが自分の仕事だと思っている。
見目麗しい華やかな私を、民衆が求めるのは当たり前じゃない?と言うわけである。
姉が目つき悪くなるのは、寝不足になる満月の日だったことを、いまだ気が付いていないオランジェル。
自室に籠るとオランジェルはメイドに大量の菓子を要求した。
食べることでストレスを解消する習慣が続いている。
数か月後とんでもない体型になるとも知らずに。