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第6章 避けるべきもの

うちは木曜日が休みだ。


窓からは真っ青な空と、山沿いに沸き上がる真っ白い入道雲が見えた。


どう見ても、お出かけ日和だ。



「なあ、今日はちょっとボートにでも乗りに行かないか?」


朝食を終えて珈琲を飲んでまどろんでいる時に、勇作が言い出した。


「あ、いいね。それ」


希美はすぐにのった。


「じゃあ、私はどうしようかな……」


私は、ついそう言ってしまった。


「なんだ、行かないのか?」


「ねえ、一緒に行こうよ」


勇作と希美が真面目な顔で見ている。



「うん。わかった。じゃあ、行こう」


笑顔で答えると、残った珈琲を飲み干した。

 



私は、もしかしたら勇作が、希美を誘ったんじゃないかと躊躇してしまったが、違ったらしい。


何を引いてるんだろう、私。


(希美と勇作をくっつけたいの……?)


自分の気持ちがわからずに、少し気持ちが沈んだ。



「どうしたの?摩美」


お皿を洗っていると、後ろから声をかけられた。


「あ、ごめん。何でもないよ」


「もしかして体調悪いの?」


すごく心配しているのがわかる。



「本当に大丈夫だよ。ごめん」


私はとびっきりの笑顔で答えた。


でも、希美は私の肩にそっと手を載せると、口元に力なく笑みを浮かべた。



そうだった。


いくらごまかそうとしても、希美にはわかってしまう。


「ごめん。本当に大丈夫だから」


私は微かな笑みに表情を変えて答えた。


「そっか」


希美は軽くため息をついた後、さっきよりは微笑んで、続けて言った。


「私には頼っていいんだからね。何かあったら言って。無理しちゃダメだよ」



「ありがとう」


希美はまた微笑むと、私の洗った食器を拭き始めた。


私も残りを洗い始めた。

 



部屋で、何を着ていこうか悩んだが、今日は白いスカートを履いてみた。


上は半袖の淡いピンクのブラウスを合わせて。


トントン。


「はい、どうぞ」


「用意できた?」


希美が顔を覗かせたが、私達はお互いの姿を見て固まった。


「……お、同じ?」


希美もピンクのブラウスに白のスカートだった。


「わ、私が着替えるよ!」


慌てて脱ごうとしたが、希美が私の手を掴んだ。


「いいじゃん。双子なんだからさ」


「そ、そう?」


「よし!行こう。勇作が車で待ってるよ」


私は、戸惑いながらも手を引かれて外に出た。

 



「へえー……」


勇作が、スカート姿のめずらしさに加え、まるでペアルックの私達を見て、感嘆の表情になった。


「黙ってると、どっちがどっちかわからないな」


「何よ、しゃべるとわかるっていうの?」


「わかるよ、摩美」


「あははは、ほんとだ」


横で希美が笑った。


勇作と顔を見合わせて、思わず笑ってしまった。


「双子とはいえ、ちゃんと、二人とも個性があるよ」


勇作が腕組みして私達を見ながら言った。


「じゃあ勇作は、どっちがお姉さんだと思う?」


「その答えを聞きたいのか?」


勇作が笑った。


「やっぱ、いいです……」


私はシュンとして、車の後部座席に乗り込んだ。


それを見て、希美は一瞬迷ったみたいだが、結局私を押しのけて、横に座った。


前に独りになった勇作はルームミラーで私達を見ながら微笑んだ後、エンジンをかけた。

 



店の下の道に出て、右へ曲がると県道に突き当たり、そこで右側へ上り始めた。


後は真っ直ぐ行くと、霧が原スカイラインに合流し、30分程で霧神湖へ着く。


霧神湖は、周囲1km程の小さな人造湖で、その周りにはショップの建ち並ぶストリート、ペンション村、テニスコート、スキー場などがあるちょっとしたリゾート地だ。


ここのペンション村に幸四郎さんのペンションがあり、霧神湖のボート乗り場に次郎さんが、そして、ストリートのお土産屋にゆかりさんがいる。




勇作はボート乗り場の駐車場に車を停めた。


車を降りると、湖面で冷やされた風が気持ちよく頬を撫でた。


「うっわあ~、気持ちいいね~」


希美が手摺りに身を乗り出して、その気持ちの良い風に顔を遊ばせた。


霧神湖の水は湧き水が流れ込んでいて、すごく澄んでいる。


ボート乗り場の向こう側には、その水のきれいさによって、ちょっとした湿原もある。


さらにその奥には、水面から白樺が顔を出していて、霧でも出ると本当に幻想的な景色を作る。



建物に入ると、まずはお土産屋が左右に広がっている。


どこにでもある地名の入ったお菓子やマグカップ、特産品等が並べられている。


右手のお土産屋の奥は、ちょっとしたカフェになっているが、今は誰もいなかった。


左右のお土産屋の間に、ボート乗り場への階段があり、そこを降りていくと、出口手前の右側に受付がある。



「お!今日は珍しいな。3人お揃いで…って、えっと、どっちが摩美だ?」


私達を見て、次郎さんが素っ頓狂な声をあげた。


私達が無言のままシンクロさせてぺこっとすると、次郎さんには見分けが付かないみたいだった。


「さあ、どっちだ?外したら、ボート1時間タダな」


勇作がニヤッとした。


「ええ?!マジかよ……じゃ、じゃあ、右か?」


バカな賭けにのってしまった次郎さんだった。

 



「ダラダラダラダラダラ……」


希美がドラムのロールの口まねをした。


緊張感が高まって、口まねが止む。



「ブッブー!私の方でした!」


左の私が手を挙げた。


「あっちゃー……マジすか……」


ガクッとうな垂れた次郎さんは、左手でどうぞと促した。


私達が乗り場の桟橋に出ると、日除け付きの椅子に座っていた、短めの白髪頭のお年寄りがニコッと手を挙げた。


次郎さんのお父さんで、健造さんだ。


無口で小柄な健造さんは、ボートを用意するのが仕事だ。


〈親父、こいつらには好きなボート無制限だ!〉


受付のマイクで次郎さんが悔しそうに叫んだ。


「じゃあ、俺はアメンボーね」


勇作は自転車型のを選んだ。


「じゃあ、私も」


希美はスカートなのにアメンボーを選んだ。


躊躇したが、結局私も同じにした。


自転車の前後にフロートが付いただけのような形で、ハンドルの先がタイヤではなく、舵になっている。


ゆっくりペダルを漕ぎ出すと、後ろのスクリューが回り、アメンボ-は進み始めた。


横で健造さんが、愛嬌のある笑顔で手を振ってくれた。


私も手を振り返して、段々とスピードを上げて、桟橋から離れていった。

 



少し前を二人がゆっくり進んでいる。


ちょっと、風でスカートが膨らむが、まあいっか。



水面の方を見ると、湖底がきれいに見えていて、魚たちが通り過ぎるのも見えた。



「うわぁー、きれい……」


段々と、底が深くなり、水の色が濃くなっていくが、いつまでも湖底が見えたままだった。


さらに進んで行くと、差し込む光の乱反射の加減で、さすがに底が見えなくなったが、それはそれで、水中に何か淡い不思議な流れがあるようで、きれいだった。




湖面を渡る風に包まれると、本当に気持ちよかった。


3人とも、無言でゆっくりとペダルを漕いでいた。


湖面上には、3人だけだ。


ここの夏本番は、学校の夏休みが始まる来週からだ。


こんなに、のんびり出来るのも、今日くらいかもしれない。



(夏休みになったら、香奈を連れてきてあげようかな)


ふと、そう思った時、大人の自分に戻れた気がした。


この3人だけでいたら一番年下のような気がするけど、香奈がいてくれるとお姉さんになれる。


なんとなく、香奈がかけがえのない存在に思えた。

 



私は、右側に曲がって、アメンボーをゆっくりと湿原の方へと進めた。


湖底が段々とせり上がってくる。


スクリューが引っかからない程度に近づくと、後は岸沿いに進めて、実は珍しいという湿原の植物たちを眺めた。


湿原には地面から1mくらいの高さに木道が設けられていて、歩いても散策できる。


今日は誰も歩いていない。


釣り人もいない。


見渡す限り、本当に今、この霧神湖には3人しかいなかった。



「貸し切りだぁ」


何となくうれしくなってつぶやいた。



二人はと見ると、勇作は湖の奥の白樺の突き出した辺りをくねくねと飛ばしながら漕いでいた。


(やっぱり、男の子だね……)


私はちょっと苦笑した。



希美は湖の真ん中辺りで、漕ぐのをやめて漂っていた。


希美は水面を覗いていた。


「何かいるのかな?」


私が希美の方へ進み始めると、バシャッと音がした。

 



希美が何か慌てていた。


「危ない!希美!」


希美は慌ててハンドルにしがみついて、アメンボーの揺れの収まるのを待っていた。


急いで傍に行くと、勇作も気付いてこっちに漕いできていた。



「どうしたの?」


「う、ううん。何でもない」


希美は少し青ざめた顔だ。


「ちょっと、手が滑ってバランス崩したの」


「そっか……びっくりしたよ。何か怪物でもいたのかと思った」



「大丈夫か?」


勇作がやって来た。


「うん。大丈夫。びっくりした……」


私が水面を覗こうとしたら、希美が言った。


「摩美!」


「え?」


「私、一旦戻るね。二人ともゆっくり楽しんでて」


「大丈夫か?」


「うん。大丈夫だから」


希美は軽く手を振ると、少し速い速度で乗り場の方へ戻って行った。


私達は、しばらくその後ろ姿を見送ると、大丈夫そうなので、顔を見合わせた。



「せっかくだから、もう少し楽しむか」



「そうだね」


私と勇作はゆっくりと漕ぎ始めた。



(どうしたんだろう?)



しばらくして振り返ると、既に桟橋に着いた希美が、健造さんに手を借りてアメンボーから降りているところだった。


私はとりあえず安心して、ちょっと先に行った勇作の後を、ペダルを速めに漕いで追いかけた。

 



私はしばらく勇作と競争したり、のんびり漕いだりしていたが、やっぱり希美のことが気になった。



「そろそろ戻るか?」


そんな私の雰囲気に気付いた勇作が言った。


「うん。とりあえず乗り場の方に行ってみようよ」


「OK」



乗り場の方に戻って行くと、2階のテラス席から希美が手を振っていた。


希美の表情は楽しそうな笑顔だった。


「なんだ。大丈夫そうじゃん」


横を見ると、勇作がうれしそうに手を振り返していた。


私は、小悪魔的な微笑みを浮かべると、舵を切って、勇作のアメンボーにぶつけた。


「うわっ!」


そんなに激しくじゃないが、不意を突かれて、バランスを崩した勇作は大慌てだった。


「摩美!」


勇作が叫んだ時は、既に逃げ出している私だった。


ちらっと振り返ると、希美が大笑いしていた。


私はそんな希美に手を振ると、彼女は笑いすぎて涙目になりながら手を振り返してくれた。


そんな雰囲気の中、さっきの希美のことはすっかり忘れている私だった。

 


乗り場に戻ると、健造さんが手を貸してくれた。


「ありがとう」


「また、おいで」


珍しく健造さんが声をかけてくれた。


「はい」


いつもにこやかな笑顔の健造さんを見ると、ほっとするものを感じる。



「なんだよ。無制限って言ったのに、もういいのか?」


次郎さんが受付の小さな窓から顔を出した。


「ありがと。気持ちよかったよ」


「そっか」


次郎さんが笑った。


「今度はうちに寄ってよ。ごちそうするから」


「おお、頼むわ」



勇作と階段を上りかけた時、次郎さんが私達を呼び止めた。


「ところで、希美さんは大丈夫なのか?」


「どうした?」


「さっき戻ってきた時、顔色悪かったぞ」


「そうなの?今は上にいるけど、大丈夫みたいだよ」


「そっか。揺れるのは苦手なのかな?」


「かもね」


「そっか」


次郎さんが「じゃ、また」と軽く手を挙げたので、私達も手を挙げて答えた後、階段を上った。

 



振り返ると、外のテラスへの出口が見える。


無料の休憩所で、白い日除け付きのテーブルとそれぞれ4脚の椅子がセットになったのがテラス一杯に並んでいる。


霧神湖の名前入りのTシャツやら、マグカップやらのお土産類が並んだ棚を横目に見ながら、テラスへ出た。



「お疲れ~」


少し背もたれが寝た白い椅子に、深々と座って足を組んだ希美が手を挙げた。


「けっこう運動になったわ」


「そうだな」


私と勇作も同じ椅子にどかっと座った。


「そかそか」



「で、大丈夫?」


「ん?何が?」


「さっき体調悪かったんじゃないの?」


「ああ、まあちょっと船酔い…みたいな?でも、もう大丈夫だよ」



「誘って悪かったかな?」


勇作がばつが悪そうに言った。


「気にしないで。今日はたまたまだよ」


「そっか?」


「うん。それに、ここは気持ちいいし。勇作ありがとね」


勇作はちょっと安心したという感じで、微笑んだ。

 



勇作が缶コーヒーを買ってきたので、しばらくそれを飲みながら、テラスから見える景色を眺めていた。


さっきより湖面を渡る風が強くなり、少しさざ波が立っていた。


私は立ち上がると、手摺りに身を預け、湖面を見つめた。


さざ波が湖の奥から手前に向かってくるのをじっと見つめていると、自分が動いているような錯覚にとらわれた。


まるで、船の舳先にいるような感じだ。


錯覚にとらわれている間は、くすぐったいような感じだが、気持ちがいい。


本で立体視するのが見えた時のような気持ちよさ。



「どうしたの?」


希美が後ろから、私が見つめている方を覗いた。


「波を見てると、なんか不思議な感じ」


「あ、それわかる」


「でしょ?やってみ」


「あ、いいよ」


希美は一歩離れて両手を振った。


「また具合悪くなるかな?」


「まあ、今日は遠慮しとくよ」



「で、この後どうする?」


希美は勇作の方に振り向くと聞いた。


「そうだな。とりあえず、ゆかりさんのとこ顔出してから、お昼にするか」


「OK~」


希美がそう言ってこっちを見たので、私は親指をグッと立てた。

 



車はそのまま置いて、ショップの並ぶストリートの方へ歩いていった。


残念ながら、人通りはほとんど無い。


夏休みになっても、昔ほどの賑わいではないのは確かだ。


そのために、遊馬さんとか青年団がいろいろ考えているが、その解決策は見つからない。


以前、詐欺に引っかかりかけたのも、それが原因でもある。


ただ、全く何もしないわけではない。


例年、下の湖で行われる花火大会に合わせて、スキー場でサマーフェスティバルを行うのだ。


主催自体は霧が原町だけど、青年団もその運営実行委員に参加する。


湖上の花火大会では、毎年30万人とも言われる人々が押し寄せる。


その流れの恩恵に預かって、サマーフェスティバルもかなりの賑わいだ。


毎年それなりのアーティストのライブも行われて、大スクリーンで花火大会の様子も映すし、スキーシーズンのウィンターフェスティバルと並んで、ここ霧が原町の2大フェスティバルとなっている。


それ以外にも、古の祭もいくつかあるが、それは地元の人間だけで終わってしまう。

 



一本の道の両側に店が立ち並ぶストリートの、真ん中辺りのお土産屋がゆかりさんのお店だ。


どちらかというと、若者向けのファンシーなお土産が主体だ。


店構えも白を基調にした明るい感じ。



「こんにちわー」


「お、いらっしゃい……って、おわ!なんだなんだ?」


また素っ頓狂な声をあげられた。



「二人とも珍しい格好で…。で、どっちが摩美よ?」


「さあ、どっちだ?外したら……」


「勇作、もうそれはいいって」


「あ、こっちか」


ゆかりさんが私を指さした。


なぜか、しゃべるとわかるらしい。



(なんでだ?)



「私と希美は声が違う?」


「いやあ、まあ、声だけなら区別つかないなあ。…なんとなく話し方がね」


ゆかりさんが腕組みしてあごに手を当てながら答えた。



「まあ、いいです……」


「で、どうしたの?あ、今日は休みかあ」


「ああ。ちょっと次郎さんとこでボートに乗ってきたんだ」


「そっかあ。今日は気持ちよかったでしょ」


「うん。風が爽やかでね」


「そうだね。ここはそれが売りの一つだしね。どうぞ」


ゆかりさんが、休憩所代わりのテーブルを勧めてくれた。

 



希美は座ると、すぐ横の棚のTシャツを見て言った。


「売れてる?」


「ああ、それ?まあまあかな」


そのTシャツはゆかりさんのオリジナルのデザインだ。


一応、「霧神湖」と英語で入ってはいるけど、こんなところで売ってるとは思えないお洒落なデザインだ。



「あれ?これのこと言ったっけ?」


ゆかりさんがふと気付いたように言った。


「あ……えっと、ほら、この間の歓迎会の時聞いたから、それかなって?」


「あ、そっかあ!」


ゆかりさんは、忘れてたという感じで苦笑した。



「じゃあ、どう?プレゼントするよ」


「え?悪いよ」


「いいから」


「あ、ちょっと……」


ゆかりさんが希美の手とTシャツを掴んで壁のところに連れて行った。


希美が訳もわからず引っ張られて行くと、そこにはちょっと大きめの鏡があった。


「!!」


鏡を見て希美が口を押さえた。

 



「希美?」


私が声をかけたが、ゆかりさんは気が付かないまま、希美の後ろからTシャツを当てた。


「ほら、どう?けっこういけるでしょ」


「え、え?」


希美は鏡の中のゆかりさんと自分を見比べてるようだ。


「どうしたの?希美」


私も傍に行って鏡をのぞき込んだ。


その時、私を見た希美の表情が青ざめているように見えたが、鏡の中は別に変わりはなかった。


「なに?気に入らない?」


「い、いえ……」


ゆかりさんが聞くと、希美はやっとのことで声を出した感じだった。


「似合ってるじゃん」


「だよね!」


私が言うと、ゆかりさんも自慢げだった。


「あ、そ、そうだね。いいね」


希美が鏡の自分を見て笑った。


勇作の方を見ると、軽く手を広げて首をかしげた。



「何か変なの映ってた?幽霊とか見える人?」


私はそういうのは見えない。


「ううん。私も見たことないよ」


希美は笑顔で言ったけど、ちょっと作ってるのがわかった。


もう一度鏡をのぞき込んだが、特に変わったところはなかった。


鏡の中で、希美と目が合うと、彼女はもう一度笑った。


「変なの」


私はそう言うと、勇作の隣に座った。

 



「じゃあ、これどうぞ」


ゆかりさんは、紙袋にTシャツを入れて希美に渡した。


「ありがとう。本当にいいの?」


「うん、もちろん。でも、ちゃんと着て宣伝してよね」


「はい。お店で着させてもらいます」


希美がお澄まし顔でお辞儀した。




3人が帰った後、ゆかりは棚のTシャツを揃えながら、ふと思った。


「私、本当にTシャツのこと言ったっけ?あの日、記憶無くすほど飲んだつもりはないんだけどな…」


そうつぶやくと、外の通りを眺めた。



今日もヒマそうだ。

 



私たちは、お昼を遊馬さんの牧場で食べることにした。


ちょっとしたレストランがあるのだ。


車で家の方に戻って、霧が原スカイラインに入ると、途中に大きな駐車場がある。


ドライブインが建ち並び、その前は一応スキー場でもあり、近くに湿原もある観光スポットだ。


そこを右へ曲がって、スカイラインをしばらく西へ進むと、途中に坂本牧場への入り口がある。


舗装されてはいるが、くねくねと曲がった細い道を上っていくと、道路をまたぐアーチが見えてくる。



《ようこそ坂本牧場へ》



そこをくぐると、右手に結構大きな駐車場がある。


勇作はそこへ車を入れた。



「本当に、行くの?」


「って、もう来ちゃったし……」


「まあ、いいじゃないか」


女性陣は乗り気ではなかった。


せっかくの休みに、遊馬さんと会うのは気が重い。



(ひどいかな?)

 



駐車場から少し緩めの階段を上っていくと、レストラン棟が建っている。


その横手には、屋根のついたバーベキュー場が並んでいる。


「どうせならバーベキューにしないか?」


勇作がこっちを向いて、親指でくいっと示した。


「いいよ」


「うん」



とりあえず、レストラン棟で受付だ。



「ちわーす」


「あ、勇作じゃん」


遊馬さんのお姉さんの香苗かなえさんだ。


「こんにちわ」


「ども」


「お、来たな、噂の双子が……で、どっちが摩美よ?」



「はい」


私は手を挙げた。


「そっちかぁ。ほんと、そっくりだねー。それにスカート?珍しいじゃん」


「あははは、まあ、休みだし。たまにはね」


「似合ってるよ」


「ありがとう」



「で、希美さんだっけ?」


香苗さんは希美の方に向き直った。


「はい。初めまして」


「はいよ、こちらこそ」


香苗さんは手を差し出して、希美と握手した。

 



彼女は遊馬さんより3つ上で、小学生の疾風はやて爽子そうこの母親だ。


そして、3人目がお腹にいる。


身長は私と同じくらいだけど、遊馬さんと違って芯から豪快な性格の女性だ。


見た目は普通だけど、骨太さを感じる。


旦那さんの公彦さんも、ここ坂本牧場で働いている。



「今日は遊馬いないけど?」


「あ、そうなんだ。せっかく二人を連れて来たのにな」


勇作ががっかりしたように言った。


「なに?遊馬に頼まれてたの?」


「ええ、まあ。一回は連れてこいって、うるさかったから」



「なんだ、そういうことかあ」


私は腰に手を当てて頬を膨らませた。



「ごめん」


勇作が両手を合わせて、片目をつぶった。


「まあ、いいじゃん。言うこと聞いとかないとうるさいし」


希美がフォローした。


「まあ、仕方ないね」


私はふんっとため息をついた。



「じゃあ、どうする?お昼だし何か食べて行きなよ」


「ああ、そのつもり。バーベキューでもってね」


「OK。すぐ用意するから、好きなとこで待ってて」


「俺たち自分で持って行くよ」


「大丈夫、大丈夫」


勇作が妊婦の身体を気遣って言ったが、手を振って追い出された。


「じゃあ、お願いしま~す」


私はドアのところから声をかけた。


「はいよ」


厨房の方から声だけ聞こえた。

 



私達は外に出ると、一番手前のところに座った。


やっぱり香苗さんに気を使ってしまう。


しばらくすると、香苗さんが両手一杯にモノを抱えてやって来た。


「あ、手伝うよ」


「いいって、いいって」


またもや、あの勇作が邪魔者扱いだ。


思わず笑ってしまう。


香苗さんは、どかっとテーブルに山盛りの肉や野菜を置くと、手際よく火のついた炭も用意した。


「じゃあ、好きなだけ食べな。足りなかったら声かけてね」


香苗さんはそう言うと、背中を向けたまま、軽く手を挙げて去っていった。



目の前には山盛りの食材……


「足りなかったらって、これだけあって?」


「まあ……食えるだけ食うか」


「そだね……」



私達は、何とか半分は平らげた。

 



「ごちそうさまでした」


「もういいのかい?足りた?」


「これだけ残しちゃった……」


「おやまあ、ほとんど食べてないじゃない」


絶句……



会計を済ませた後、香苗さんにお礼を言って帰ろうとすると、彼女は希美に声をかけた。


「予知のことも聞いたけどさ、あんた、いいオーラが出てるね」


「え?」


「人を守ろうとしているオーラだ」


「オーラ?」


「摩美をよろしく頼むね」


「あ、……はい」


希美は香苗さんが言ったことがよくわからない感じだったが、私の心配をしてくれていることはわかったようで、笑顔で答えた。


「摩美、あんたもだよ」


「はあい」


私達は見送ってくれた香苗さんに手を振りながら、坂本牧場を後にした。


下の道に出て左へ曲がると、勇作がルームミラーを見て気付いた。


「あ、今、入れ違いで上がって行ったの遊馬さんだ」


「そうなの?」


「あらら……」


「ま、いいや。俺は希美たちを一回連れて行ったもんな。後は知らね」


そうして、勇作はアクセルを吹かしてスピードを上げた。



その後は、霧が原高原美術館を見学して、霧が原高原を散策して夕方まで楽しんだ。


 



晩ご飯も終わって、片付けも済み、私は店のテーブルでぼーっとしていた。



「はいよ」


勇作が珈琲を淹れてきてくれた。


「ありがとう」


そう言って珈琲を一口飲んだ。



「疲れたか?」


「うん、ちょっとね。今日はたくさん遊んだからね。勇作、ありがとう」


勇作は珈琲を口にしながら微笑んだ。



「希美は?」


もう厨房の明かりが消えていたので聞いた。


「お風呂入るって」


「そっか」



「楽しんでくれたかな?」


勇作が奥を見ながら言った。



「多分ね」


私は、いくつかのことを思い出して、その答えになった。


勇作が私を見たが、私は微笑んで首を振った。


「大丈夫。楽しんでくれたと思うよ」


「そっか」


勇作は一瞬微笑んだ後、珈琲を口にした。

 





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