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第5章 確信と疑問

しばらくして、みんなが「今日は何か起こりそう?」とか聞かなくなった。


遊馬さんがみんなに、しっかり釘を刺したみたいだ。


おかげで、以前の生活が戻ってきた。


それに、夏の観光シーズン真っ最中なので、それなりの忙しさに追われて、予知の話題も薄れていった。




「はい、これ」


「え?」


希美は私が差し出した袋にきょとんとした。


「今日はうちの給料日なの」


「私に?」


「もちろん。まだ1ヶ月分ないけど」


「でも私、ここに住ませてもらって食事まで……」


「それはそれ。これはこれ。希美はちゃんと働いてるもの」


「希美。もらっていいんだよ」


厨房から出てきた勇作が言った。


「でも……」


「ほら!受け取って」


私は希美に給料袋を押しつけた。



「……ありがと」


希美は、やっと受け取った。



「え?こんなに?」


中を見てまた返そうとしたが、私は彼女の手を押さえた。


「それくらいの仕事はしてもらってるから……。ね」


「それに、意外と儲かってるんだぞ」


勇作の言葉に、希美はちょっと微笑んだ。


「……わかった」


希美は素直な表情で言った。


「よし!またバリバリ働いてもらうからね」


私は腰に手を当てて小悪魔的な笑顔で言った。


「あ、そういう気かあ~」


「そういう気だよ~」


「じゃあ、もっと給料あげてもらおうかな~」


「それは却下だもん!」


私はそう言うと逃げた。


「こら!待て!」



ふざけ合ってる私達を勇作がうれしそうに見ていた。

 




数日後の夜。


私は、売上げを金庫のお金と合わせて計算していた。


「あれ?」


今度は2万円多い。


「おっかしいな……。今日は仕入れで出して、売上げがこれで……」


電卓を叩く。


……やっぱり2万円多い。


鍵はいつもの場所にあったし、ダイヤルもいつもの位置になっていた。


勇作が触るわけないし、希美が金庫の場所を知っていたとして開けられるわけないし……


前と同じ様なことを考えながら、頭の中は?が一杯だった。


「でも、この間2万円足りなくて、今日は多いから、ちゃらか?」


元々、おかしくないのに、私が勘違いしてただけだろうか?


何となくもやもやしてたが、結局なんでもなかったので勇作には言わなかった。

 




数日後、店の電話が鳴った。


「はい、カフェレストランフォレストです」


『摩美さん?みゆきです』


その声は緊張していた。


「あ、はい。どうしたの?」


『拓也とさおりがいないの……』


「え?!」


私は思わず外を見た。


既に夕焼けは終わり、闇が降りかけている。


仲の良い二人はまだ4才だ。


「いつからいないの?」


『それが、晩ご飯の時に気付いたの……子供たちに聞いたら、昼間に公園に行ったらしいって』


この辺で公園といえば、天空の家から南の方へたかだか5分のところのことだ。


「3時のおやつの時は?」


『それが、私、買い物に出掛けていて、父に聞いたら、先に用意しておいて、子供たちに任せてたらしいの。二つ残ってれば早く気付いたんだろうけど、他の子が食べてて……』


「怒られると思って、黙ってたのね?」


『ええ……』


「遊馬さんには?」


『もう連絡した』


「じゃあ、他の人には伝わるわね」


『ええ』


「こっちでも探して見るから。みゆきさんと園長さんはそこに残ってて」


『わかった。忙しい時間にごめんなさい……』


「気にしないで」


その声から、気丈なみゆきさんが、普通に振る舞おうとしているのがわかった。



電話を切ると、厨房でディナータイムの仕込みをしている二人に声をかけて事情を説明した。

 



「車で行く?」


「いや、4才の足だ。そんなに遠くには行ってないだろう。車じゃない方がいいかもしれない」


私が勇作と少し慌ててる横で、希美が何か考え込んでいた。


「どうしたの?」


「ちょっと待って……」


希美は腰に手を当てて、目をつむった。


「な、なに……?何か……」


私が焦ってる横で、希美は目をつむったまま、片手を私の前に突き出して言葉を遮った。


私と勇作は、緊張しながら、希美を見つめた。



希美が目を開けた。


「勇作、北の展望台までの遊歩道を探して」


「え?でも……」


勇作は戸惑った。


当たり前だ。


公園からでは正反対だし、遊歩道を通って展望台までは4才の子には道が険しいし、遠すぎる。


あの子たちがそこへ行くとは思えなかった。


「いいから。遊馬さん達にも遊歩道沿いを探してもらって」


希美は譲らなかった。

 



「わかった……」


私は遊馬さんの携帯に連絡した。



『希美さんが、そう言ってるのか?』


「うん……」


『わかった。俺が一番近い。先に行っているから、他の連中にも伝えてくれ』


「でも、南の方だったり、誰かに連れて行かれてたら……」


『俺は、希美さんを信じる』


そう言って切れた。



「じゃあ、俺が行ってくる。二人は残っててくれ」


「うん」


私が答えると、希美はうなずいた。



勇作は車で出掛けていった。


私と希美はテーブルに座り込んだ。


私は両手を強く握って、頭を下げた。



(神様、お願い……あの子たちを守って)



その手に、希美が手を載せた。


ゆっくり顔を上げると、希美が微笑んだ。


「大、丈、夫」


一言一言、区切るように言った。


「……ほんと?」


希美が笑顔でうなずいた。


「本当に、大丈夫だから」


「何か感じたの?」



希美がゆっくり外を見た。



「うん。私にはわかったよ」


「ほんと?」


「はっきりと場所まではわからないけど、遊歩道の途中のはずだよ」


「なんで、そんなところに……」


「きっと、星が見たかったんじゃない?」


希美はまた私を見て、私の手に載せたままの手でぽんぽんとした。



「そっか」


私も外を見てつぶやいた。

 



何もできずに待ってる間に、お客さんが何組か来たが、謝って帰ってもらった。



「私、仕込みの続きをしてるよ」


「希美……」


私を安心させようと思ったのか、本当に無事なのがわかってて安心しているのか…


自分が普通の状態じゃないので、わからなかった。


でも、いつものとおりにしている希美を見ていると、そこにすごく安心感を感じた。



「私も手伝うよ」


希美は私の方を振り返ると、普通に微笑んでくれた。

 




それから小一時間して、店の電話が鳴った。


「……はい」


恐る恐る出てみると、勇作だった。


『見つかったよ!』


「ほんと!?」


『ああ!』


勇作が珍しく興奮している。


本当にホッとして、その瞬間、力が抜けてよろけたが、いつの間にか傍にいた希美が支えてくれた。


「で、どこにいたの?」


『希美の言ったとおり、遊歩道の途中で見つけた。やっぱり展望台に行こうとしたみたいだけど、暗くなって座り込んで泣いていたよ』


「そっか」



電話を切ると、安堵感でまた力が抜けて椅子に座り込んだ。


「よかったね」


希美がそっと私の肩に手を置いた。


私はゆっくり希美を見た。


「希美、すごいよ……希美の力、ホンモノだよ……」


「でも、そんな感じがしただけだよ」


「ううん。希美はちゃんとわかってたんだよ」


「でも、これって予知かな?」


「え?」


「どこにいるかわかるのって、『今』のことだよね」


言われてみればそうだ。



「『どこで見つかる』って予知したんじゃない?」


「あ、そっか」


希美は、なるほどという顔をした。



何にしても、また希美によって、誰かが救われたのは事実だ。

 



その後、捜索していた面々が店に集まって、大騒ぎだった。


遊馬さんは、希美の手を握ったままぶんぶん振って、感激のあまり泣き叫んでいたし、神をあがめるように土下座して両手を挙げたり下げたりするのもいたし、サインを求める奴もいたし……


みゆきさんも希美に抱きついて感謝の言葉を言いながら泣いていた。


誰もがもう、希美の力を完全に信じていた。



しばらく、その大騒ぎに身を任せていたが、いつまでも収まりそうにない雰囲気に希美と二人で苦笑した。


なんせ、勇作まで盛り上がっている。



場の収拾を図るために、私はにっこりと笑って言った。



「で、みんな、ご注文は?」




大量の食器を片付けながら、私は、何とも言えない幸福感に包まれていた。


そして、思った。


希美が来てくれて、いや、この世に存在してくれて、ありがとう……と。

 



 

朝から晴れ渡った日の朝。


「ちょっと、街まで行ってくる」


朝ご飯が終わって厨房に行こうとした勇作に、私は声をかけた。


「銀行?」


「うん」


「じゃあ、気をつけて」


「はあい」


私は、月に一回、売上げを預けに下の大きな街の銀行へ行く。


私と勇作の会話に、希美がカレンダーを見た後反応を示した。


「車だよね?」


「うん。なに?」


「予備のタイヤは空気入ってる?」


「ん?パンク……?」


「うん。そんな気がする」


「わかった」


希美がそんな気がしたのなら、きっとパンクするだろう。


私は、ガレージに行って、タイヤを確認してみた。

 


今履いてるタイヤは、とりあえず何か刺さったりとか、空気不足とかの異常はなかった。


小型車だけど、一応オフロードタイプの四駆なので、予備のタイヤは後ろのドアに付いている。


カバーの上から触ってみると、なんとなくつぶれた。


「あ、本当だ。空気抜けてるよ。なんで?」


カバーを外して見ると、バルブがよく閉まってなかった。


「なんだ。良かった」


私はバルブを閉め直して、足踏み式のポンプで空気を入れた。


「よし!」


手をパンパンとはたいた。


そして腰に手を当てた時、ふと思った。


(こうして、腰に手を当てるクセって、希美もだよね)


父もよくそうしていた。


(やっぱ、血が繋がってるんだ……)


思わず笑顔になった。



「さて、行くか!」


運転席に座ってドアを閉めて、エンジンを掛けようとして思った。


「……でも、パンクするってわかってるのも、やだな……」


苦笑しながら、キーを回した。

 


店の前のスロープを下り、下の道へ出ると、右へ曲がった。


しばらく西へ向かうと例の観光道路と化した南北に走る県道にぶつかる。


そこで左に曲がる。


しばらく緩やかな坂が続き、所々に見晴らしの良いちょっとした駐車場がある。


そんな駐車場の一つに差しかかった時、きれいな山々が見えた。


私は、反対車線の車を一台見送って、道路右側の駐車場へ車を入れた。


ドアを開けると、気持ちのいい風が入ってきた。



「うわぁ~きれい」


手摺りに身を乗り出し、目の前に広がるパノラマを眺めた。


手前に濃い緑の絨毯があって、遠くへ視線を移していくと、段々と青の色彩へ変わっていく。


そこに空気があるのを感じる。


アルプスの連なる頂には白い雪が陽に照らされて輝いている。



「空間が広いな~」


私は大きくノビをして、深呼吸した。


「う~ん、空気が美味しい!」


しばらく、腰に手を当ててそのパノラマを堪能していた。


「あ、そうだ。写真撮っておこうっと」


私は携帯のカメラで写真を何枚か、構図を変えて撮った。


後で、希美と勇作に見せようと思ったが、どうも、奥行きとか写しきれてない。



「やっぱ、携帯じゃだめか……」


私はあきらめて車に乗ると、エンジンキーを回した。

 


キュルルルル……


キュルルルル……



「あれ?」


エンジンが掛からなかった。


ボンネットを開けてみたが、私には何がどう悪いのかわからなかった。


「いきなり、エンジンもかぁ……後でパンクもあるって言うのに」


せっかく気持ちよさを味わったのに、落ち込んでしまった。


私はあきらめてJAFを呼んだ。


「今は携帯があるからよかったわ……」


それでも、JAFは下の街からやってくるので40分くらい待った。


やって来たJAFのお兄さんは、気さくだけど丁寧な仕事だった。


エンジンをしばらくいじっていたが、ほんの10分で直してくれた。


「ありがとうございました」


私が頭を下げると「また、いつでもどうぞ~」と元気に去っていった。


「またいつでもって言ったわね?後でパンクの時も名指しで呼ぼうかしら」


タイヤ交換ぐらいできるが、面倒くささに、本気でそう思う小悪魔な私だった。

 



その後、街までくねくねとした道路をパンクに気をつけながらゆっくり下った。


少し鬱蒼とした林の辺りを抜けると、いきなり目の前に大きな湖が見えてくる。


夜は、その湖岸に広がる街の夜景が素晴らしい。


結局、行きではパンクしなかった。


パンクするなら、下りより帰りの上りの方が少しは安全か。


私は軽くため息をついた。




いつもの銀行の駐車場に車を停めて、用事を済ませた。


本当は、少し街を歩こうかと思っていたけど、さっきのエンジンのこともあるし、あとパンクも予定されてるし、あきらめて戻ることにした。


帰り道は、なんとなく、いつパンクするかとビクビクしながら運転していたが、結局、何事もなく帰り着いてしまった。


「あれぇ?」


希美の予知が外れてしまった。



(まあ、本当の予知じゃなかったのかもしれないわね)


予備のタイヤの空気圧には気付けたし、それはそれで良かったと思った。



希美に話すと、きょとんとしていた。


「え?パンクじゃなくてエンジン?」


「うん。でも、来てくれたJAFのお兄さんがいい人でね、すぐ直してくれたよ」


「予備のタイヤは?」


「あ、そっちは確かに空気が抜けてた。そこは予知だったみたいだね」


「そっか……」


希美は、何やら怪訝そうな顔して厨房へ入っていった。


「なんだろ?」

 


希美には、ハッキリとした『予知』だったのだろうか?


今までは意識しないで思ったのが予知だったけど、もしかして、それを意識し始めたら、その能力が消えるのだろうか…


元々、はっきりしたことじゃない。


もし、予知能力が無くなったら……


そう考えると、底知れない不安感が襲ってきた。


別に、便利だったモノが無くなって、普通に戻るだけのはずなのに、この不安感はなに?



本当は、この後に、何か恐ろしい出来事が待ってるの?




「ううん。そんなことあるはずない。きっと……」



私は誰にでもなくつぶやくと、エプロンをつけた。

 



その夜、なんとなく消えない不安感に、希美の部屋のドアをノックした。


トントン。



反応がなかった。



トントン。



やっぱり反応がなかった。


ドアを開けて中を覗くと、明かりはついていたが、希美はいなかった。


「下かな?」



ドアを閉めようとして、ふと、部屋の中をあらためて見た。



ほとんど何もない。



壁にも何も飾ってないし、写真一つ無い。


少ないにしても、お給料を渡した。


必要なモノを買うと思っていたし、部屋の飾りもするかと思っていた。


でも、希美は何も買ってないみたいだ。


買いに行く暇ないのかな?


でも、休みの日はのんびりしてるけどな…



何となく、希美が、ここに長居をする気がない…


そんな気がした。



(どこに行くというの?)




私は、真新しいボストンバッグをしばらく見つめると、そっとドアを閉めた。

 



階段を下りていくと、明かりが付いているのが勇作の部屋だけだったので、一瞬躊躇した。



(勇作の部屋にいるの?)



勇作の部屋のドアをノックしようとしたが、できなかった。


余計なことに気をとられて、元々、希美を探していたことを忘れてしまっていた。


ふらふらと、店の方へ歩いていった。


いつものテーブル席に座ろうと思ったからだ。


店は、外の方が明るくて、その濃い青の世界に四角の窓を淡く浮かべていた。


ふと、その中に濃い青の人影を見つけた。



(なんだ……ここにいたのか)


意味のない不安がどこかへ行って、声をかけようと思った時、希美のつぶやきが聞こえた。

 



「どうして違ったの?」



私は、声をかけるのをやめた。


しばらく、じっと待っていたが、希美はそれ以上何も言わなかった。


(何が違ったというの?……パンクのこと?)



希美は……




ふと、思い出した。


そう言えば、あの時どうして『遊歩道』って言ったのだろう?


来たばかりの頃、確かに上の展望台には連れて行ったが、その時は車だった。


だから、県道の方から行ったので遊歩道のことは言ってない。


実際に、あの遊歩道を町の人間が使うことは、ほとんどない。


なぜ、遊歩道のことを知っていたの?



それに、天空の家の消火器……


火元を見て慌てた私の横で、すぐに消火を始めたということは、彼女は火も確認しないうちに真っ先に天空の家に飛び込んで取ってきたということだ。



希美はこの町のことを、本当は知ってるの?



私は、混乱し始めた頭を押さえて、戻ろうとした。


ガタッ……



「摩美?」


青い影が声を出した。

 



「あ、うん」


私は振り向いた。



「眠れないの?」


「……うん。希美こそどうしたの?」


私は希美の方に歩いていって、前の席に座った。


「……べつに。ほら、なんとなく外を眺めたくて」


「そっか。……きれいだね」


満月ほどではないが、月の明かりで濃淡のある青の世界が広がっている。


私達は、しばらく無言で外を眺めていた。


私は疑問をぶつけてみようかと思ったが、希美が聞かれたくないはずだと、何となくわかる。


本当のことを聞いてしまうと、何かを失ってしまうかもしれないと感じていた。



(それは……なに?)



このままじゃ、眠れそうになかった。

 



「二人とも、何してるんだ?」


「あ、勇作だあ」


希美が笑顔で手を振った。



「ちょっと眠れなくてさ。こっちおいでよ」


私は天の助けとばかりに勇作を呼んだ。


勇作は、私達の間に座った。


「勇作は何してたの?」


私は笑顔で言った。


「新しい料理を考えてた」


「へえー、勇作は勉強家だねー」


希美がテーブルに両手で頬杖をついたまま言った。


「料理は無限だから、楽しいよ」


「そんな話を聞くと、なんか、お腹空いてきたな…」


希美がお腹を押さえた。


「じゃあ、何か作ってやろうか?」


「おお、賛成!」


「じゃあ、ついでにちょっと飲みますか?」


私は飲む真似をした。


「私は飲めないけどね~」


希美が舌を出した。



「OK」


勇作が笑顔で立ち上がった。


「じゃあ、私達も手伝おう!」


私は元気一杯の感じで立ち上がった。


希美が、ちょっと私を見たが、軽く微笑んだ。


「そうだねー、やるかぁ」


そう言って、希美も立ち上がった。

 


時間も時間だし、簡単にパスタを作ることにした。


勇作がお湯を沸かし始めた横で、希美が野菜を切り始めた。


料理のできない私は、食器を用意することにした。



「痛っ!」


その声に振り向くと、希美が指先を切っていた。


「大丈夫?」


「あははは、失敗、失敗」


切った指先を舐めながら、希美が照れ笑いをした。


「見せてみ」


私が言うと、希美が舐めていた指を差しだした。


「え?」


「あれ?」


希美の指先は何ともなってなかった。


さっきは、確かに、血が出ていた。



「大丈夫か?」


「あ、うん。何ともなかった」


「勘違いだったね」


「そっか。なら、良かった」


勇作はフライパンにオリーブオイルとニンニクを入れて、温め始めた。


希美はそれに合わせて、また野菜を切り始めた。



私はまた出しかけた食器を用意しながら、思った。


(確かに切っていたのに……)


もう一度希美の方を見ると、彼女も手を止めて指先を見つめていた。



「希美、できた?」


「あ、うん」


勇作に声をかけられて、希美は切った野菜を渡した。



(やっぱ、気のせい……だよね?)



出来上がった野菜のパスタを3人で食べながら、ワインを1本飲んで(希美はジンジャーエールね)眠れそうになかった夜も更けた。

 



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