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第4章 能力の発動

歓迎会以降、遊馬さんの来る回数が急激に増えた。


ほぼ、毎日顔を出すのだ。


目的は、誰も疑わないほど、明白。


でも、遊馬さん、みゆきさん狙いだったはずだけどな…



「の、希美さんは、映画は何が好きですか?」


窓際のテーブルに珈琲だけの注文で座って、トレーを両手で持って立っている希美と話している。


最初は豪快ぶってごまかしていたシャイな性格が、長くいるほどバレバレとなってきたが、なんとか根性出しているようだ。


「私、映画はあんまり見たことなくて」


「そ、そうなんですか?どうして?」


「仕事柄、見るヒマがなかったから……」


「仕事?」


「あ、綾瀬の家は洋食屋をやってたから……」


「ああ!それで料理できるんだ?」


なるべく邪魔しないようにしていたが、つい口を挟んでしまった。



「うん」


希美は微かに笑った。


「ん?」


希美の様子に違和感を感じたところに、ふと視線を感じた。


遊馬さんがあごを軽く振っている。



(邪魔だってか?)



「はいはい……」


私は仕方なく、その場を離れた。



(おかしいな。同じ顔なのに、なんでこんなに扱いが違うのよ?)



私はしかめっ面でぶつぶつ言いながら、厨房へ戻った。

 


「摩美が厨房に来るより、希美の方に入ってもらいたいんだけどね」


ディナーの仕込みをしながら、勇作が言った。


「だって、遊馬さん怒るんだもん」


「希美も、意外と趣味なのかな?」


「いやあ、それはないと思うけど……」



そうは言いながら、仲良く話してる二人をもう一度見た後、やっぱ、それもありかな?と首をかしげる私だった。


私なんて遊馬さんに言い寄られたら、鬱陶しくてたまんないけどな……



「希美の実家は、洋食屋だったんだって」


「そうなのか?」


勇作が少し驚いた様子で振り向いた。



「そういえば、聞いてなかったよね?」



「まだまだ、彼女のことについて知らないことばかりだな」


勇作は、そう言いながら仕込みを続けた。



私は、希美が来た最初の夜、いろいろ話した時に、彼女の仕事についても尋ねた。


その時、なんとなく、彼女が言いにくそうな雰囲気を感じて、それ以上聞くのをやめて話題を変えた。


洋食屋なら、別に隠すことでもないと思うけど…



うちの実家との付き合いは、その関係だろうか?


元々、父さんがカフェレストランを始めたのが、綾瀬の家の洋食屋がきっかけかもしれないと、ふと思った。


転職のきっかけとなるような元々の付き合いなら、希美が養子に出されたこともまんざらおかしいことでもないかもしれない。

 




その日、仏壇の横の戸棚から鍵を取り出し、ダイヤルを合わせて金庫を開けた。


中には1週間分の売り上げが入っている。



「あれ?」


売上帳と仕入帳などを確認して集計してみると、2万円合わなかった。


誰かが金庫を開けた形跡はない。


鍵だって、いつものところにいつものように置いてあったし、ダイヤルもきっちり0に合わせたままだったし、他に知っている勇作が勝手に出すわけがない。


ましてや、希美を疑うのは筋違いだ。


もし、泥棒だとしても、全部持って行かないのは変だ。


売り上げは、その日のうちに合わせているから、もし、無くなったとしたら、この金庫からと言うことになる。


まあ、集計前に仕入れのお金を出したりもしているし、何度か合わなかったことはある。


気にするのはやめた。



私は、仏壇の写真を見た。



両親が幸せそうに寄り添って笑っている。


「お父さん、希美のこと、どうするつもりだったの?」


写真の父が、少し「ごめん」というような顔に見えた。


「まあ、いいよ。私は独りじゃなくなったのがうれしいから」


私は、写真の父に微笑みかけた。

 



店に戻ると、勇作が厨房を一人で片付けていた。


客席の方を見ると、希美はテーブルを掃除していた。


少し疲れたような、何か考え込んでいるような、そんな感じだった。



「二人とも、今日もお疲れ様!珈琲淹れようか?」


「あ、お願い」


「俺も」


二人がそれぞれ振り向いた。



私は、3人分の珈琲を用意して、二人が待つ窓際のテーブルに置いた。


みんな、一口ずつ飲むと、一息ついた。



希美も白いシャツに黒いエプロン。


まるで違和感がない。


「希美、来たばかりでここの仕事、大丈夫?」


「ん?大丈夫だよ。慣れてるから」


「そっか、綾瀬の家は洋食屋だっけ?」


「うん。……洋食屋というか、どっちかというと、ここと同じカフェレストランかな」


「そうなのか」


勇作が珈琲を半分ほど楽しむと、言った。


「そこでは作ってたの?」


「まあ、ちょっとだけね。別にシェフがいたから…」


希美が少し暗くなった。



「そっか。じゃ、じゃあ、これからも勇作を手伝ってね」


私は、やっぱり聞いちゃまずかった気がして、あわてて取り繕った。



「そう言えばさ、昼間、遊馬さんが言ってたこと、どうしてやめた方がいいって?」


希美がゆっくりと私を見た。


「ああ、あれ?」

 


昼間、遊馬さんがこの近くのスキー場で行われるというイベントの話をしていた。


東京から来たイベントプランナーから、地元でも参加しないかという申し出があったのだ。


地元の、いわゆる町興しになるということで。


ただ、その参加費にそれぞれ30万円は必要だということだった。



遊馬さんは、いつもこの町のために何かしようと考えていたから、その話に乗り気だった。


当日は、それなりにアーティストや芸能人が参加してコンサートもあるらしい。


毎年行っているサマーフェスティバルと性格がかぶるが、プレ企画として盛り上がりの第一弾になるらしい。


今回も地元のバンドに参加のチャンスがあるというので、知り合いの連中も、参加費をどうやって集めようかと話していた。


その話をされた時に、希美は「やめた方がいい」と遊馬さんに言ったのだ。




「なんでやめた方がいいんですか?」


遊馬さんは、戸惑いながら希美に聞いた。


「そういうの信用できないのが多いですよ。身元は確認しました?」


「名刺見て、ホームページも見たよ。ちゃんとした会社みたいなんだけど」


「ホームページは今時、ちょっと知識があればそれなりに作れちゃうし、本当に信用できるのかな?」


希美は、かなり不安をあおっていた。


あの遊馬さんが「やめた方がいいのかな……」と躊躇するくらいに。




「昼間言ったとおりだよ。あんなの信用できないって。参加費30万?ほとんど詐欺だね」


東京にずっといた希美の感性では、そうらしい。


純朴すぎる田舎者の私たちは、いいカモなのかもしれない。



「そっか。私もいい話かな、と思ったけど、やっぱりやめた方がいい気がしてきた」


「うん。絶対にお金渡しちゃだめだよ」


希美が真面目な顔で言った。



「そうだな。俺もやめた方がいいと思う」


勇作もそう言った。


「わかった。そうだよね」


私も、すっかりそうだと思っていた。

 




数日後、遊馬さんが飛び込んできた。


「大変だ!」


「どうしたの?」


ランチタイムが終わって掃除をしていた私は、いつものことだと、のんびりと聞いた。


「希美さんは?」


「裏の畑だけど?だ・か・ら、どうしたの?」


私は、腰に手を当て、ため息をつきながらもう一度聞いた。


「希美さんの言うとおり、やっぱり詐欺だった!」


「え!?」



遊馬さんの話だと、ホームページがあっても信用できないと希美が言ったから、幸四郎さんに相談したらしい。


幸四郎さんは、名刺のイベント企画会社が名のある会社であることを知っていたが、調べてみると、本当の会社の方のホームページがあるのを見つけ、連絡してみた。


当然、そんな企画はしてないし、そんなプランナーもいないという回答だった。


ちなみに、偽のホームページに記載された固定電話に架けてみると、どうやら転送されて、名刺の携帯へつながるようだ。


当の偽プランナーが電話に出たので、お金を渡すと嘘をついて呼び出したが、彼は来なかった。


泊まっているはずのホテルに行くと、バレたことに気付いたのか、既にチェックアウトした後だった。


遊馬さんは、ホテルの前で吠えたという。

 




「ね?私の言ったとおりでしょ?」


希美が当たり前のように言った。



遊馬さんは、希美の手を取り、大きく上下に振りながら叫んだ。


「ありがとう!!君は、この町の恩人だ!!」


「遊馬さん、うるさい!」


私も耳を押さえながら、思わず叫ぶ。


希美は握られた手を思いっきり伸ばして、耳を塞ぎたそうな顔を背けていた。



「まあ、どちらにしても、詐欺の被害が出なくて良かったな」


後ろで勇作が腕組みしながら言った。


「そうだね。ありがとう、希美」



「別に~」


希美は普通に言ったが、それはそれでホッとしたような表情だった。



「じゃあ、私はまだ野菜の手入れがあるから」


そう言って希美は出て行った。

 


私も、興奮してうるさい遊馬さんの傍にいたくないので、裏口へゴミを出しに行ったが、その時、畑の方へ歩いていく希美が右手でガッツポーズをしたのを見てしまった。


何となく、本当の彼女を見られた気がしてうれしかった。



最初、希美のことを、双子だから気が合って、何でもわかるような気がしたのが、すごくうれしかった。


肉親が見つかっただけではなく、わかり合えるということが。


でも実際には、いろいろ違っていることに気付いた。


それが、ちょっとがっかりしたような気がしていた。



さっきの希美は、私と同じだった。


やっぱり、繋がっている。


そんな気がした。

 




数日後の夜。


店の片付けも終わった22時過ぎ、希美がカレンダーを見て、何やら上の空だった。



「どうしたの?」



「ううん、別に」


彼女は、私を見るとそう言って微笑んだ。


「そう?」



「ねえ」


「ん?」


「散歩行こう!」


「はあ?今から?」


「今夜は月も出てないし、星がきれいでしょ?」


希美はキラキラした目で私の両手を握った。



「わかった。いいよ」


私は苦笑した。



「勇作は?」



「……どっちでもいいよ」


希美は一瞬考えたようだが、そう言った。



「じゃあ……オンナ二人で行くか」


「OK~」



勇作に言うと「いいんじゃないか」と言った。


「今度は俺も連れて行ってくれよ」と笑って付け加えて。

 


夏だとは言え、高原の夜は涼しい。


ウィンドブレーカーを羽織って、外に出た。


ちょっと先を歩く希美は、店の前の小径を降りて、道路へ出ると左へ曲がった。


「そっち?」


「うん」


星を見になら、県道の方かと思った。


目の前が開けているから空が広い。



「ま、いっか」


私は希美についていった。


店からちょっと行くと、すぐに真っ暗になり、逆に空が明るさを増す。


星が空一面に、ここにいるよと瞬いて、その存在を主張する。



「本当に、星がいっぱいだね~」


希美がずっと上を見ながら歩いている。


確かに、視界の中には星空以上のモノはない。


私達の視線は頭上に釘付けだ。



「あたたた……」


希美が変な声を出した。



「上向き過ぎだよ」


「失敗失敗……」


希美は首を押さえながら笑った。



集落を過ぎて、天空の家が見えてきた時だった。

 


「あれ?」


希美がまた変な声を出した。


「なによ?」


「ほら!あれ!」


指さした方を見ると、天空の家の裏手が赤かった。


「え?何、あれ……」



「やっぱり、今日か……」


その小さな声に振り返ると、私の視線は既に走り出した希美と入れ違った。


天空の家の方に視線を戻すと、走る希美の後ろ姿が見えた。


私もあわてて希美の後を追った。



裏手に回ると、配電盤の辺りから火が出ていた。


「み、水!?」


私が辺りを見回して水を探そうとすると、横を希美が走り過ぎた。


バシュー!


希美は消火器のホースを火に向けると消火剤を振りまいた。


まだ燃え広がっていない火は、それで消えた。


希美はもう一度消火剤を振りまくと、完全に消し止めた。



私は、ぺたんと座り込んでしまった。



「よ、良かった……」


私は呆然としたままつぶやいた。


希美が私の肩に手を置いた。


顔を上げると、彼女はホッとしたような顔で燃え後を見ていた。



「子供たちが無事で良かったね」



「……うん」



私は気が抜けて、呆然とした目で燃えた後を見つめているだけだった。

 




翌日、あらためて園長とみゆきさんが店に来た。



「本当に、ありがとう!」


「ありがとうございました」


二人は深々と頭を下げた。



「そんな、頭を上げてください」


私と希美はハモって言うと、同じように両手をパタパタと振った。


「ううん。希美さんたちが通りがかってくれなかったら、どんなことになっていたか。本当に、あれだけで済んだのは希美さんと摩美さんのおかげよ」


「本当に、そうだよ。もう子供たちも寝てたし、わしらも停電にあわててて、まるで気付かなかった。君らが散歩してくれなかったら、今頃どうなってたかと考えると、恐ろしいよ」



確かにそうだ。


希美が散歩しようって言わなければ、どうなっていたかわからない。


この間の詐欺のことといい、希美が来てから、彼女に立て続けに救われた。


人が慌てて役に立たない時も冷静に行動できるところとか、客観的に物事を見ることが出来たり、双子のはずなのに、全然違う。


でも今は、姉妹として、そこが誇らしい気がした。



「でも、よく消火器がある場所がわかったわね?」


みゆきさんが不思議そうな顔をした。


(確かに……)


希美はまだ天空の家に行ったことがない。


「あ、ああ……。とりあえず、廊下とかにありそうだな、と。玄関から飛び込んだら、目についたから」


「そっか。そだね」


みゆきさんは納得した感じだけど、何度も園に訪れている私は、未だにどこに置いていたか思い出せなかった。



園長とみゆきさんは、何度も頭を下げながら帰って行った。

 



私はテーブルのカップを片付けながら、希美を見た。


窓辺で外を見ながら、その顔は微笑んでいた。



「ん、どした?」


希美が私の視線に気付いた。



「ううん。ただ、あなたがいて良かったなって」



「なに言ってんのよ」


希美がそうは言ったが、つい二人で見つめ合ってしまった。



そして、吹き出した。



「楽しそうだね」


二人で笑っている時に、勇作がやってきた。



「うん。楽しいよ」


希美が答えた。


「ね?」


私も相づちを打つ。



「うん。本当に、ここに来られてよかった…」


希美が、笑顔から少し真面目な表情に移しながら外の方へ顔を向けた。


私は、勇作と視線を合わせた後、彼女の傍に行って、そっと肩に手を置いた。


希美はその手に自分の手を重ねると、ゆっくりと振り向いた。



「来てくれてありがとう」



「こちらこそ、置いてくれてありがとう」


「なによ。ここは希美の本当の家だよ」



「…ありがとう」


希美はそっと笑って言った。


振り返ると、勇作も微笑んでいた。



これからどうなるかわからないけど、いつまで3人でいられるかわからないけど、今がすごく幸せに思えた。

 




そして、今日も遊馬さんがやって来た。



「あ、遊馬だ」


アップルジュースを飲んでいた香奈がちょっと口をとがらせ気味に言った。


香奈は唇がちょっとツンとしているところがかわいい。



「こら、香奈ぁ、俺のこと呼び捨てか?」


「だって、おじちゃんって言ったら落ち込むでしょ?」


「だぁかぁらぁ、お兄ちゃんと呼べと言ってるだろ?」



「…………」



香奈がお澄まし顔でじっと遊馬さんを見た。



「な、なんだよ?」


遊馬さんが、ちょっと戸惑っているのがおかしい。



「だって、香奈、嘘つけないもん」


「あははは!遊馬さん、一本取られたね~」


横でテーブルを拭いていた希美がウケていた。



「で、今日も珈琲?」


私は、香奈の頭を撫でながら言った。



「ああ……」


そう言って、ちょっと落ち込みながら、香奈の隣のテーブルに座るところが、遊馬さんらしい。

 



「ところで、聞いたよ」



「ん?」



「昨日、天空の家の火事を防いだんだって?」


「ああ、うん。希美が散歩に行こうって言って、ちょうど通りがかったのよ」


「そっか。あの建物もあちこち古くなってるから漏電とか心配してたんだけど、やっぱりそうなったか」


遊馬さんは、腕組みしてため息をついた。



「でも、また希美さんか?」


「うん。また希美に救われたね」


私は希美を見た。


カウンターのところで、希美が顔を上げた。


「なによ」


少し照れながら言った。



「感謝してるの」


「ああ」


遊馬さんと二人で真面目な顔で言った。


「やめてよ~。照れるじゃない」


希美が顔を赤くしながら珈琲を淹れていた。

 



「あ、そうだ」


希美がごまかすように言った。


「遊馬さんのところって、柵とかちゃんと点検してる?」



「牛のか?」


「そうそう」


「そういや、最近回ってないな」


遊馬さんは、腕組みをしながら少し考えながら言った。


「じゃあ、点検しといた方がいいよ」


「なんで?」


「牛って逃げたりしないの?」


「柵が開いてたら、逃げるけどさ、まず無いね」



「希美が忠告してるんだから、点検しといた方がいいんじゃない?」


「そ、そっか?…じゃあ、手が空いたら見とくよ」


希美が、淹れ終わった珈琲を遊馬さんの前に置いた。


「お、悪いな」


希美が傍に来ると、ちょっと顔を赤らめて、さっきの会話はもうどこへやらだった。



ふと気付くと、もう慣れ合った口調になっている。


最初の頃の似合わない丁寧語よりいいか。


私は香奈の前に座りながら思った。



「どうしたの?摩美ちゃん」


香奈がストローから口を外して言った。


勇作がらみじゃない時は「ちゃん」付けで呼んでくれる香奈だ。



「ううん。なんでもぉ~」


私は思いっきりの笑顔で、香奈のほっぺを両手でぷにぷにとした。


「やめてよぉ。香奈の顔が変になる~」


「だって、気持ちいいんだもん」


「もう!香奈、勇作のとこに行く~」


そう言って、最後のジュースをズズッと飲み干すと、また畑へと走って行った。


「こら、勇作兄ちゃんと言いなー」


私はそう言いながら、笑顔でその背中を見送った。

 




それから数日経って、ランチタイムが終わった頃、店の電話が鳴った。


勇作が出たが、その受け答えから内容は想像がついた。



「遊馬さんのとこの牛が逃げたそうだ」



「……やっぱり?」


「壊れかけてた柵を破ったらしい」


きっと、遊馬さんは点検してなかったんだ。


私は大きくため息をついた。



「希美の言ったとおりになったね……」


「そうだな」


勇作が腕組みをして苦笑した。



「で?」


「あ、ちょっと車で探してくる。青年団の手の空いた奴、総出だ」


「そうだよね」


「ディナーの仕込みは希美に頼んでくれ」


「わかった」


希美は裏の畑でディナー用の野菜を取っている。

 


車で出掛けた勇作を見送ると、私は畑へ回った。



「勇作、出掛けたの?」


希美が走って行く車を見て言った。


「うん。遊馬さんのとこの牛が逃げたって。で、探しにね」


「だから、言ったのに」


「あれ?あんまり驚かないんだね?」


まるで、牛が逃げ出すのを知っていた感じだ。


「え?そう?ほ、ほら、あの時、遊馬さんを見てて、牧場を想像して、牛が逃げないのかな?って思ったから言っただけだよ」



ちょっと、慌ててる?



「じゃあ、私が仕込みしなきゃね」


「あ、うん。勇作が希美に頼むってさ」


何かごまかされた様な気がしたが、その時はそれで終わった。


ちょうど香奈が来たからだ。


「ただいまぁー」


「おお、お帰り、香奈ぁ~」


私が香奈のほっぺをぷにぷにしようとしたら、くるっと振り向いて逃げた。


そして、ちょっと離れたところから言った。



「勇作は?」


「香奈、逃げたなぁ~」


私が両手を胸元でにぎにぎしながら言ったが、横で希美が答えた。


「遊馬さんのとこの牛を探しに行ったよ」


「あ、やっぱり逃げたんだ。希美お姉ちゃんが、あれだけ言ったのにね」


「こら、香奈!なんで私は呼び捨てで、希美はお姉ちゃんなの!」


「だって、そんな感じだもん!」


そう言うと、香奈は走って逃げた。



「くっそぉー」


私は腰に手を当てて走り去る香奈の後ろ姿を睨んだのだった。


「大人げない」


希美がぼそっと言った。


がーん……


横を見ると、希美がクスクスと笑いだした。


「……はい」


私はシュンとなった。

 


店に戻ると、香奈がいつものテーブル席にちょこんと座っていた。


私を見るとちょっと空手の様な手つきで戦う姿勢を見せた。



「怒って、ないない」


私は苦笑しながら、手を立てて左右に振った。


「ほんと?」


「ほんと」


「じゃあ、戦わない」



「そうですか……で、何か飲む?」


「うん。オレンジがいいな」


「はいよ。ちょっと、待ってて」


私はオレンジジュースを用意すると、香奈の前に置いた。


「摩美ちゃん、いつもありがとう」


「どういたしまして」



私は、香奈がその突き出た唇でストローをくわえていると本当にかわいいなあと、ぼんやり見ていたが、ふと、気になった。



「ねえ」


「なに?」


香奈がクリッとした目で私を見た。


「私と希美は瓜二つでしょ?」


「うん」


「どっちがどっちって、わかるの?」


「うん。なんとなくわかるよ」


香奈は躊躇せずに答えた。


「そっか……やっぱり違う?」


「うん。どっちかというと、希美お姉ちゃんがお姉さん」


「そっか……」


私はガクッとうなだれた。


「元気出しなよぉ。摩美ちゃんは摩美ちゃんだよ」



小学1年生から慰められてるよ、私……



「ありがと。香奈はやさしいね」


「摩美ちゃんもやさしいよ」


「そかそか。まあ、お代わりもいるなら言いたまえ」


私は苦笑しながら言った。

 


双子なんだから、生まれた日は同じで同い年。


なのにどうして、精神年齢の違いが出るのだろう?


苦労の違い?


私の苦労って足りないのかな?


両親が死んで、天涯孤独だったのに、天真爛漫に育った私って……


でも、それはそれで、幸せなことか……


寂しい思いをせずに生きてこられたのは、この町の自然と、人々と、勇作のおかげ。


いかん。


また、天真爛漫たる性格で、すぐに立ち直ってしまった。


ま、いっか。



立ち直った頃に、希美が野菜を抱えて戻ってきた。


「どした?複雑な顔して」


「そ、そう?」


笑顔が引きつった。


「まあ、元気出してね」


う~ん、確かに複雑な気持ちだわ。

 



小一時間して、うちの車が上がってくるのが見えた。



「ただいま」


「早かったね。見つかったの?」


「ああ。牧場のすぐ裏手の白樺林にいたよ」


「そっか。道路とか歩いてなくてよかったね」


「そうだな」


勇作は、さっそく黒いエプロンを着けて厨房へ入っていった。



カウンター越しに、厨房の中で何やら話している希美と勇作が見える。



自然な雰囲気。



希美が来てから、まだ1ヶ月も経っていないのに。


みんなの歓迎会の時もそう。



どうして、そんなにすぐに溶け込めるのだろう。



私は、不思議な違和感を感じていた。


ずっと前からここにいたような、でも、私とは違うそっくりさん。


DNAの深いところで繋がってはいるけど、やっぱり別の個性ということか。


双子って不思議なモノなのね。

 



17時過ぎに、遊馬さんがやって来た。



「勇作!今日はすまん!」


「いいですよ。困った時はお互い様でしょ?」


勇作は、厨房の受渡口から顔を覗かせて言った。


「そして、希美さん!本当にすまん!希美さんの忠告を聞かずに、そのとおりになってしまった。本当に申し訳ない!」


遊馬さんは深々と頭を下げた。


「そうよ。みんなを助ける作戦、第3弾が失敗しちゃったじゃない」


希美は腰に手を当てて、ちょっとしかめっ面で言った。


「そっか、今回もちゃんと柵を点検してたら、希美さんに助けられたことになったんだな」


「まあ、無事に済んで良かったよね」


希美はそう言って笑った。



その会話を聞いた時、ふと、畑のことを思い出した。


「ねえ、希美って、なんか未来のことがわかってるみたい」


私は、疑問を直球で言った。



「はあ?何言ってるのよ。そんなわけないでしょ」


「だって、牛が逃げるなんて、普通思いつくかな?」


「だから、さっきも言ったけど、連想して思いついただけだってば」


少し戸惑いを感じる受け答えだ。



ポン!!


遊馬さんが手を打った。

 


「そうだよ!!希美さん!自分で気付いてないみたいだけど、きっと、予知能力があるんだよ!!」


「そんな、バカな……」


希美は勝手に盛り上がり始めた遊馬さんに苦笑した。


「摩美ぃ、あんたが変なこと言うから、遊馬さん壊れちゃったよ」


希美が腰に手を当てて私を睨んだ。


「でも、遊馬さんの言ってることも一理あるかも。自分では気付いてないけど、ふっと頭に浮かぶことが『予知されたこと』なのかもよ?」


「そ、そうかなぁ……」



「それでいいんじゃないか?」


いつのまにか厨房から出てきていた勇作が言った。


「え?勇作まで……」


希美が困ったような顔をしたが、勇作は続けた。


「希美が何か注意してくれたら、それを予知だと信じて気をつければいい。何もなかったら、儲けもんだし、何かあっても対処できるだろ?」


「そっか。そうだね!」


私は、手を打った。


「さすが、勇作だ。俺もそう思うぞ!」


希美は、盛り上がってきた3人を見ながら呆れたような表情だったが、そのうち何か思いついたように笑顔になった。

 


「わかった。そうだね。もしかしたら私、予知能力あるのかもね」


「そうだよ。きっと」


私は希美の手を握った。


「じゃあ、みんな、私の『予知』には、ちゃんと従ってもらうからね?」


希美が意味ありげに、にやあと笑った。


「え?」


「は、はい……」


「……はい」


3人は、何かまずい方向に行ってしまったのではないかという不安感に襲われたのだった。

 



その日以降……



「で?今日は何かありそうなのか?」



希美は腰に手を当てて、大きくため息をついた。


「遊馬さん……」


「お、おう……」


「毎日聞くのやめてもらえる?」


「だってよ……」


「それに!」


希美は遊馬さんの言葉を遮った。


「青年団の人たちにも言いふらされたおかげで、しょっちゅう電話とか、なんとかうるさいんですけど?」


「す、すまん……」


遊馬さんは、希美には元々勝てない立場だ。


きつく言われて結構落ち込んでるようだ。



「まあまあ、希美もそのくらいで許してあげなよ」


「でもね、そんなにいつも『予知』できるわけないでしょ?」


「まあ確かに、いつもいつも聞かれたら鬱陶しいよね」


「摩美、フォローになってないぞ……」


私が助けに入ってくれたと思った遊馬さんは、私に懇願の目を向けた。


「そういうことだから、遊馬さんも希美が『予知する』のを待っててよね」



「……わかった」


遊馬さんはシュンと下を向いてうなずいた。


「青年団の人たちにも言っておいてよね」


希美がその顔をのぞき込みながら付け加えた。


「……はい」


その顔をしばらくのぞき込んでいた希美が、背中を伸ばして胸を張って言った。


「よし!じゃあ、いつものね?」


「お、おお」


笑顔に戻った希美につられて、遊馬さんも笑顔になった。


そんな二人を見ながら、私は珈琲を淹れ始めた。

 


「どうやら、問題解決したみたいだな」


厨房の受渡口から、勇作が両肘をついて顔を覗かせた。


「うん」


「確かにちょっとみんな、希美を置いて盛り上がってたからな」


「その辺は、私も反省……」


私はカリカリとゆっくり豆を挽きながら肩をすくめた。



「で、摩美は本当に『予知』だと思ってるのか?」


私は豆を挽きながら軽く振り返った。


「まあね」


「本当にそんな力があるのかな?」


「勇作が言ったんだよ。信じようよ。はずれても儲けもんなんでしょ?」


「……ごめん。そうだったな」


勇作が苦笑した。

 


勇作には、軽い気持ちみたいな感じで言ったが、内心、本当にそうじゃないかと思っていた。


希美が、『それが起こる』ことをわかっていたような気持ちなのを、感じたからだ。


双子の私にはわかった。




希美は『わかっていた』




『そうだ』と無意識にでも認識していることは、『わかっている』のと同じだ。


そのことを彼女が気付いているのかどうかはわからないけど、それを『予知』と認識できるようになれば、すごいことだろう。


『予知』である以上、その前に警告を発して防ぐことが出来るかもしれない。


この間のこととかは、希美がやさしいから、『気をつけてね』という気持ちで、予知と気付かずに、結果的に悪い出来事を防いだ感じだ。


それが、はっきりと『予知』として防ぐことが出来たら……


こんな平和な町で大事件が起こるわけはないが、私は希美の力がみんなの助けになればいいと思っていた。

 





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