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第3章 天空の家と青年団

「なんでー!!」


ランチタイムが終わった頃、店の入り口で素っ頓狂な声が上がった。



「お、香奈。お帰り~」


「摩美が二人だ!!」


すごいびっくりした顔で固まっている。


「こらこら、摩美姉ちゃんと言いなさいって」


私がそんな雰囲気を無視して言うと、希美も傍に来た。


「おお、香奈~」


「摩美が二人……」


まだ固まっている。


「だから、摩美姉ちゃんと言いなさいって」


希美も私を真似して言った。



「ど、どっちがホンモノ?」


「こらこら、どっちもホンモノだって」


「でも、私が摩美2号だよ」


希美が香奈の前にしゃがみ込んでニコッとした。


「あと、2人、3号と4号が向こうにいるよ」


「うそー!?」


香奈は口と目を大きく開いて叫んだ。

 




「なんだ……双子かぁ」


香奈は、グレープジュースを一気に飲み干すと、おませな口調で言った。



「ごめんね」


香奈の前に座っている希美が謝った。


「香奈、びっくりしたよ」


「うふふふ」



私は他のテーブルの片付けをしながら、二人の会話を聞いていると安心した。


希美も、香奈のことを気に入ってくれたみたいだ。



「香奈、今、天空の家の子供は何人いるの?」


希美が頬杖をつきながら聞いた。


「え?」


私は希美の方を振り返った。


「希美、何で天空の家のこと知ってるの?」


私は、さっき香奈を紹介する時、「近所の子」と紹介した。


「あれ?さっき、言ってなかった?」


「香奈、言ってないよ」


香奈が不思議そうな顔で言った。


「そうだっけ?……あ、そうだ。養母さんから聞いてたんだ私。だって、勇作さんの……でしょ?」


「あ、うん」


「えっとね、香奈も含めて22人だよ」


少し、戸惑った希美に違和感を覚えたが、香奈が話し始めたのでそれまでだった。



(父さんたち、希美の養母さんとそんなに連絡取ってたのかな……?)

 


どうせ、香奈に知られたことだ。


園長とみゆきさんに、希美のことを伝えておこうと思った。


希美が留守番してくれるということで、私は野菜を持って、香奈を送っていくことにした。




香奈と店を出ると、左側の集落の方へと歩き始めた。


舗装された道路は、センターラインが無い程度の道だ。


ほとんど、車の往来はない。


香奈と手を繋ぎ、のんびりと歩いていった。


数件のペンションやお土産屋を過ぎると、集落までは、木々のない高原チックな景色が広がる。


ちょっと先に林が見えてきた。


その辺りから、ちらほらと住居が見え始めてくる。


この集落の人々は農家や牧場務めの人たちだが、みんな天空の家の面倒も見てくれる優しい人々だ。


天空の家の敷地と家も、地元の人の持ち物だ。


この辺りは土地は余っていて、特に利用価値はないと言っていい。


だから、ほとんど無償で借りている。


急に必要になった修理費なども、この地区の青年団の連中が手分けして回れば、すぐに集まる。


ちなみに、私も勇作も青年団で、消防団の一員だ。


嵐の時に、土砂崩れが起きたとか、火事が起きたとか、祭だなんだと、大活躍のノリのいい若者たちが集まっている。


中には、もう青年ではない者もいるが、本人が若い気で頑張るので仕方がない。


まあ、言ってしまえば、近所の坂本牧場を継いだ遊馬あすまさんだ。


たしか、今年で38かな?


名前が似ているからって、坂本龍馬に心酔している。


体格は中肉中背だが、性格を豪快に見せようと努力している。


そう。


「努力している」人です。


そのうち、また肉を持ってきて「焼いてくれ」と言うこともあるので、その時にわかると思う。

 



集落も過ぎて、見晴らしの良い高台に天空の家が見えてきた。


真っ直ぐ抜けていく道から左へ曲がり、ちょっとした坂道で上っていくと入り口だ。


園庭はかなり広く、近所の盆踊りや、ちょっとした集まりでも使用されている。


ここの施設は、集落の人たちと一体となっているのだ。


ある意味、集落で経営していると言っていいのかもしれない。


都会では、よく施設は白い目で見られることが多いと聞く。


ここは幸せな場所だと思う。



それまで、いろいろ話しかけてきた香奈だったが、園が近づくにつれて、言葉が減り、表情が硬くなってきた。


胸が痛んだ。


集落の人々が天真爛漫と評価する子供たちでも、香奈への態度が違う。


もちろん、いじめる程ではないけど、仲間に入れることに壁があるみたいだ。


この娘を園でも笑顔にしてあげたいのだけど、何とかならないものだろうか。


いつも一緒にいる園長とみゆきさんでもできないことを、私にできるわけがない。


だから、いつも胸が痛む。

 


「こんにちわ」


入り口で声をかけると、みゆきさんが出てきた。


「あら、摩美さん。こんにちわ」


「みゆき先生、ただいま」


香奈は笑顔で言った。


香奈も頑張っている。


「お帰り、香奈」


みゆきさんは、自然な笑顔で言った。


彼女に、子供たちへの差別はない。



私は野菜の袋をみゆきさんに渡した。


「いつもありがとう」


「いえ」


「わざわざ送ってきてくれたの?お店は大丈夫?」


「ええ、そのことに関して、ちょっとお話があって」


「そう?どうぞ」


私が言いよどんだので、ちょっと悪い方へ取られたかもしれない雰囲気だった。

 


みゆきさんは、私より2つ年上で、園長の娘さんだ。


見た目は細く背が高いけど、芯はしっかりした人だ。


妹さんもいるが、彼女は既に結婚して東京で暮らしている。


未だに独身で、この天空の家を手伝っている。


最初は、園長ご夫妻でやり始めたが、その奥さんが7,8年前に病気で亡くなった。


当時、東京で彼氏がいたようだが、彼女は大学を卒業と同時に帰ってきた。


近所の助けもあるので、園長は好きにしていいと言ったらしいが、「じゃあ、好きにする」と言って帰ってきた。


たまに見せるみゆきさんの気の強さが、私には好きなところだ。


園長は、おっとりとした人なので、どうやら、お母さん似らしい。


そう言えば、どちらかというと奥さんの方が園長に見えるような気丈な人だった気がする。

 


「どうぞ」


みゆきさんは園長室のドアを開けた。


「じゃあね、香奈」


私はちょこんとしゃがんで、香奈の顔を見ながら言った。


「……うん」


香奈は、私には気持ちをストレートに表した顔でそう言って、みんなのいる部屋の方へ歩いていった。


(がんばれ、香奈)


私は彼女の背中を見送った。


ふと気付くと、みゆきさんも少し悲しそうな顔で香奈を見送っていた。


私の視線に気付くと、彼女はふっと陰のある顔で笑った。


「さあ、どうぞ」


「はい」


中へ入ると、園長が事務机の下でごそごそとやっていた。


「お父さん、摩美さんが来たよ」


「お!」


机の下から顔をひょこっと出した園長の顔はまるでプレーリードッグだ。


短めの白髪頭に白いひげ。


小さな丸眼鏡を下にずらして鼻の下を伸ばしてこっちを見た。


「何してるのよ?」


「いや、眼鏡を探しておるんだ」


「はあ?」


私とみゆきさんは、顔を見合わせて笑った。


「なんだ?」


「先生、鼻の上にありますよ」


私は、くっくっくと笑いながら言った。


「おお!ほんとだ」


一生懸命視線を鼻の先に向けて、やっと掛けていることに気付いたようだ。

 


「そこ、座って」


笑いながら、みゆきさんがソファを勧めてくれた。



「おお、おお、びっくりしたもんだ。いつの間にわしの鼻の上に」


鼻の上の眼鏡を触りながら、園長も私の前に座った。


そして、みゆきさんはお茶を用意して、園長の隣に座った。


「どうぞ。摩美さんがお話があるって」


私にお茶を出しながら、園長に言った。


「おお、なんだろ」


園長もみゆきさんも、どちらかというと不安げだ。


あらためてやって来たからかな。



「あの、悪い話じゃないのよ。そんな顔しないでね」


「そう?で?」


「あのね。今、ここに来られたということは、お店に代わりの人がいるってことなんだけどね……」


「おや、誰か雇ったのかい?」


園長が相変わらず鼻を伸ばしたような顔で言った。



「ううん」


私は首を振った。


「なによ?」


みゆきさんが、言いにくそうな私に、苦笑しながら促した。

 


「うん。実は、私に姉妹がいたのよ」


「え?」


「おお!」



「しかも、双子」


「え?」


「おお!」



「何ですか?その反応は?」


私は苦笑した。



「だってねえ……」


「ああ、そうだよなあ」


親子で顔を見合わせた。



「双子?二卵生?」


「ううん……一卵性」


「まあ……じゃあ、そっくり?」


「瓜二つ」


私はお茶をいただきながら言った。



「最初、店に来た時はびっくりしたの。だって、目の前に自分が立ってるんだもん」


「ほおー」


「私、会ってみたいな」


みゆきさんが目をキラキラさせて言った。


「じゃあ、そのうち紹介するね。どっちにしてもずっと一緒に住むことになったから、みんなにも言わなきゃいけないし」


「そうなのか」



私は、彼女が来た理由を二人に説明した。

 


「園長先生、なんで希美が養子に出されたか知らないですか?」


「いや、わしも初耳だ。そんな話は一切聞いたことがない。それだけ深い事情があったということだろうな」


「そうね。でも……良かったじゃない?」


みゆきさんも私が天涯孤独だということを考えていたようだ。


「うん。私もそう思う」


私もお茶を飲んだ後、笑顔で答えた。



「でも、奴に知られたら、大げさに歓迎会をやるんじゃないか?」


(遊馬さんね……)


「そうですね……」


私は苦笑した。


希美を、自然に溶け込ませたい気もするが、遊馬さんが関われば大騒ぎになりそう。

 


私は、園長室を出ると、子供たちの部屋へ顔を出した。



「あ!摩美ねえちゃん!」


「あ、摩美ちゃんだー!」


子供たちが駆け寄ってきた。



「おお、みんな元気?」


「うん!」


「元気だよ!」


「今日もお野菜持ってきたからね」


「野菜かあ……」


「違うよ。こんな時はありがとうって言っておくんだよ」


「そっか!」


「どうもありがとう!」



「……はいはい」



「さっきね、遊馬おじちゃんが肉を持ってきてくれたよ!」


「あ!おじちゃんって言ったらいけないんだよ」


「そうだよ!おじちゃんって言ったら落ち込むんだよ!」


「はいはい。そっかあ。それは良かったねー」


私は天真爛漫な子供たちの会話に苦笑しながら、嫌な予感がしていた。



(さっき、遊馬さんが来た?)



ちらっと見ると、香奈は部屋の隅で人形で遊んでいた。


こっちを見ようともしない。


相変わらず、私と仲良くしているところは見られたくないようだ。



子供たちと、しばらくお話をすると、一番年長のさとしを手招きした。


「なに?」


「香奈のこと……。やっぱ、だめ?」


「うん、まあ……おれは誘ったりしてるけど……」


「そっか。ありがとね」


「うん。なんとか、がんばるよ」



小3の聡は、個人的に香奈が好きなのだ。


みんなの橋渡しをしてほしいが、年長としての立場もある。


子供たちも、それなりに難しい。



「ありがと」


私はそう言うと、笑顔で聡の頭を軽く撫でた。



ある時期、施設が満員となり、子供の受け入れができないことがあった。


その影響で、大きくなった上の子たちがここを出て行った後、聡が最年長という今の状況になっている。


もう少し大きい子たちがいると、何とかなったかもしれない。


そう思うと、ちょっとため息が出てしまった。

 


園長とみゆきさんに声をかけて、天空の家を後にした。


坂を下りて下の道に出ると、西の方の林の上が赤く染まりかけているのが見えた。


しばらく林の中を家の方へ歩いていって、林が切れるところまで来ると、空一杯に夕焼けが広がっていた。



ここは、空が広い。


真上の青から、段々と視線を下げていくと、紫、赤、オレンジとグラデーションが広がる。


所々で雲が、オレンジがかった濃いグレーの点や模様となって、アクセントをつけている。


その境目の山の稜線が、夕陽の照り返しでキラキラと輝いている。


この季節は、豪快な色遣いの夕焼けが見えるので好きだ。


遠く見えるアルプスも、ピンクやオレンジに輝いている。



しばらく、その色の移り変わりを見ていた。



(人間なんて、ちっぽけだ……)



大自然の雄大な景色を見ながらそう思うと、少し勇気が湧く。



(だから、少しでも何かができれば、上出来だ)



そう思う。



私は大きく深呼吸すると、また家の方へと歩き出した。

 



まだ夕焼けの中に、店が見えてきた。


何やら、嫌な予感がした。


店の駐車場を見ると、やっぱり白い軽トラが停まっていた。



「ただいま……」


「うおお!!ほんとだ!!」


いきなり、大声の洗礼を受けて、私は耳を両手で塞いだ。



(やっぱ、いたよ……)



気付くと、目の前で私の両肩をバンバンと叩きながら、目を見開いてわめいている遊馬さんがいた。


「うるさいよ、遊馬さん」


「ほんと、おまえが摩美か!?あっちは摩美と違うのか!?」


「はいはい。私が摩美で~す……」


両肩を掴まれて揺らされるがままに、私はあきらめ気味に答えた。


「ほんとにそっくりだな!」


私の肩を掴んだまま、希美と私を見比べている。


「双子の姉妹だと?」


「……そうだよ」


「ずっとここにいるって本当か?」


「……そうで~す」


私は嫌そうな表情で顔を背けながら答えた。



「うおおおおおおぉぉおお!!」


遊馬さんは、一声吠えて、飛び出していった。



「お帰り」


希美が傍に来て、飛び出していった遊馬さんの後ろ姿を見ながら言った。


「ただいま」


「変な人だよね」


「だよね?」


私は希美を見た。


「あ、いや、変な人だね」


希美は表情を変えずに言い換えた。


「うん」


私も、あっという間に走り去っていった軽トラを見ながら、呆れ顔で言った。

 



「ただいま」


私はカウンターから厨房の勇作に声をかけた。


「お帰り」


フライパンをあおっている勇作が軽く振り向いて言った。



「来るよね?」


私は苦虫つぶしたような顔で言った。


「ああ、来るな」


勇作は苦笑した。



「で、どうだった?」


「あ、園長さんたち?」


「ああ」


勇作は、フライパンをあおりながら言った。


「喜んでくれた」


「そうだろうな」


「みゆきさんが希美に会いたがってた」


勇作が、フライパンを火から外して皿に盛りながらこっちをみた。


「そりゃ、誰だって見てみたいよな」


「そうだね」


「希美さん、1番テーブルのメイン上がったよ」


「はあい」


勇作が声をかけると、希美が取りに来た。


「さて、私も仕事仕事」


私は後ろへ行って準備した。






そして、


ディナータイムが一段落した頃……



来た。

 




車が何台か停まる音がした。


カラン!


「希美さんの歓迎会だあ!!」


「うるさい!!」


私は耳を押さえた。


「こんばんわー」


「どもー」


「こんばんわ」


うるさい遊馬さんの後ろから、数人のまともな青年団の面々が入って来た。


「はいはい」


私は苦笑しながら言った。



「こんばんわ」


そして、最後に控え目に顔を覗かせたのは、みゆきさんだった。


「あら。さっそく?」


私はこっちには笑顔で言った。


「遊馬さんに連れてこられちゃった……」


「どうぞ」


私は中へ促した。

 



「おお……」


希美と私が並んで立つと、一斉に驚嘆の声が漏れた。



「ほんと、似てるなあ」


遊馬さんが腕組みした片手をあごにあてて言った。


「似てるって程度?うりふたつだよね……」


お土産屋のゆかりさんがため息まじりに言った。



「綾瀬希美です。よろしくお願いします」


希美はぺこりと頭を下げた。



「名字違うんですね?」


ペンション経営の幸四郎さんが聞いた。


「ええ、生まれてすぐ綾瀬家の養子になったから」



「どっちがお姉さんなの?」


ゆかりさんだ。


「えっと、それが今となってはわかんなくて……」


「そうなんだ」


「ま、双子だから、どっちかがお姉さんって言ってもね」


「それもそっか」


私が言うと、ゆかりさんがうなずいた。


今年で30かな?


まだ独身。



「うまいワイン持ってきたよ」


酒屋の耕二君が両手に持ったワインのボトルを見せた。


「それだったら、俺も肉を持って来たぞ」


遊馬さんが胸を張った。


「私はおつまみ」


ゆかりさんが袋を持ち上げた。



その他に役場の康博さん、ファミリーランド従業員の和正さん、霧神湖ボート屋の次郎さんも何やら持って来てくれたようだ。

 



「みんな、ありがとね。でも、飲酒運転はだめだからね」


私は釘を刺した。


「じゃあ、俺は酒以外は飲めんから、耕二、俺の車運転してくれ!」


「はあ?遊馬さん、俺も自分の車なんですが…」


「じゃあ、私が運転してあげる」


「ゆかりさん、免許持ってたっけ?」


「持ってないけど、運転できるよ?」


「論外です!……ということで、耕二君、ワインありがたいけど没収ね」


「あ!摩美、独り占めする気だな!」


遊馬さんが私をビシッと指さした。


「独り占めではありません。ちゃんと後で希美と勇作と分けますから」


私は胸を張った。


「あ、私、お酒はだめなんだ」


希美が手をぱたぱたと振りながら言った。


「え?そうなの?」


「うん」


「私は大好きなんだけどな……」


「双子でも違うものなのねえ」


みゆきさんが不思議そうな顔をした。


「まあ、いいや。勇作、肉焼いてくれるか?」


「いいですよ。それに、他にも既に準備してますから。飲める人はお酒もどうぞ」


勇作はウインクをすると、そう言って立ち上がった。


「あ、勇作、私も手伝うよ」


希美が普通について行こうとした。


「希美、いいよ。私が行くから。あなたが主役だよ」


「あ、そっか」


希美はそう言うと、ペロッと舌を出した。


「さあさ、希美さん!こっちへ座って!」


遊馬さんが希美の手を取って、自分の横へ座らせたのだった。



私は勇作と厨房に行きながら、ふと思った。


(希美、今、勇作って言った?)


振り返ると、既にみんなと打ち解けている感じの希美がいた。



「どうした?」


勇作がこっちを見ていた。


「ううん、何でもない」


私は笑顔を作った。


そして、もう一度軽く振り返ると、厨房に入った。

 



みんなは2時間ほど騒いで、23時には帰って行った。


遊馬さんなんて、かなり早起きのはずだが、相変わらずパワフルだ。


幸四郎さんもペンションだから、同じく早いはず。


でも、清潔感を感じる手入れされた長髪を後ろでまとめ、まるで茶道や華道の家元の様な洗練された雰囲気と佇まいは、そんなパワフルさを感じさせない。


幸四郎さんは、青年団では一番の頭脳の持ち主だ。


一番の腕自慢は、もちろん遊馬さん。


冷静さでは、次に勇作かな。


私のポジションは…真ん中ということで。




厨房の片付けが終わって、テーブルの方を見ると、希美がテーブルを拭く手を止めて、外を見ていた。


「どう?みんなと馴染んだ?」


私はエプロンで手を拭きながら声をかけた。


希美はゆっくりと振り向いた。


「うん。まるで前から知ってたみたいにね」


「あ、そう。……良かった」


私は軽く微笑んだ。



「遊馬さんのおかげだね。あれでも気を使ってくれてるんだ」


「よくわかったね。豪快に振る舞おうとしてるけど、ほんとはシャイで優しい人だよ」


「だから、坂本龍馬に憧れるんだ」


「かもね」


今度は二人で笑った。

 


「楽しそうだな」


勇作も傍にやってきて、椅子に座った。


「あ、珈琲でも淹れようか」


「いいよ。摩美も疲れたろ。少し座れよ」


そう言いながら、勇作が横の椅子を引いてくれた。


「ありがと」



ふと気付くと、希美がそんな様子を遠い目で見ていた。


「どうしたの?」


「あ、ううん。何でもない」


少し慌てながらも、笑顔で手を振った。


「ねえ、勇作さん、今度、この辺りを案内してもらえます?」


希美はすぐに勇作に向き直って言った。


「ああ、いいよ。でも……」


「でも?」


「その『勇作さん』ってのは、やっぱりやめてくれない?摩美と同じ顔の人に言われるとちょっと戸惑うよ」


勇作が苦笑した。


「じゃあ、私のことも『希美さん』はやめてもらえます?」


「そうだね。わかった」


「じゃあ、勇作。今度この辺案内してくれる?」



「いいよ。……希美」


勇作が随分照れていた。



「なんか私、お邪魔虫みたいね」


私はちょっと冗談っぽくすねた。


「あははは、ごめんごめん。もちろん、摩美も一緒だよ」


「そうなの?」


「そうなの」


希美がお澄まし顔で言った。


「じゃあ、いいや」


私と希美が笑ったら、勇作がそれを見て微笑んでいた。



今はこれでいいんだ。


私は窓に映る3人の姿を見ながら思った。

 




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