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陽の光が招くから  作者: ごま40
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太陽から始まる

難攻不落のカーテンも朝日には逆らえず、隙間から差す柔らかな光がまぶたをこえて私を目覚めさせた。

脱水症状気味の体にかかる重力が、ベットに押しつぶそうとしてくる。

寝返りを打つと、目覚まし時計が眼前に現れた。

手に取って寝ぼけ眼をこらす。午前11時過ぎを表示していた。

起きる理由はないが、かといってこれ以上眠る理由もない。

夏休みの中盤、中だるんだ昼前にゆっくりと起き上がった。



家には誰の姿も見当たらない。

両親は仕事、妹は部活。

大方そんなところだろう。

窓の外は強い光に満ちあふれていて、私のような不健康で怠惰な人間が一歩でも足を踏み入れればたちどころに干上がってしまいそうだった。

連日の猛暑。

虫ですら日陰に身を潜めているというのに、人間たちが活動を続けているのは誠に滑稽に思える。

時には命を危険にさらしてまで働く。

圧倒的な文明と豊かさを持つ人類が、虫たちよりも死に近づいてまで得たいものは一体何だろうか?

そんな生産性のない妄想を繰り広げながら、母が残していってくれた朝食に手をつけた。

箸さえも重い。

食器から口までの距離がいつになく存在感を示している。

ぐっすりと寝たはずなのに、倦怠感が残っている。

昼前の起床。

用意された朝食。

ある人から見れば贅沢なものに思えるのかもしれないが、それがルーティンとなった私は、どこか空虚さを感じていた。

一日の始まりだ。

今日もまた変化のない一日が始まろうとしていた。



この夏の目標がある。

勉強をしなければならない。

受験を控える高校生である私にとって、それはもはや義務とも言えた。

しっかりと目標も立てた。

タイムスケジュールまで書き出して、その強大な敵に立ち向かう構えだった。

しかし、夏休みも半分を過ぎた今、予定はほとんど消化されないままでいたのである。

両親の言葉を借りれば、私は逃げているのだった。

私自身、それは思うところであって、むしろ逃げているという感覚は私が一番感じているのではないだろうか。

時間と勉強との板挟みになって、精神は身動きがとれなくなってしまっている。

そういった状態で過ごしているうちに、いつしか緊迫感や現実味が麻痺してしまっていた。

いや、この夏に限ったことではなく、勉強に対するモチベーションはもうずっと昔から機能していなかったように思える。

受験をして中学校へ行って、無根拠な自信が体中にあふれていたそのときに、私の心は閉ざされてしまったのかもしれない。

未来は無限に開けていた。

進まなければ閉じることはないと、勝手に勘違いしていたのだ。

永遠に続くはずだった6年間が終わろうとしている。

期限は迫ってきて、心は否応なく追い詰められている。

それでも勉強という目標はすでに日常から乖離してしまっていて、それはもはや理想というか、とても遠くに見えている。

焦りだけが心を追い立てる。

どうしてこんなに鈍感なふりができるのか、自分自身に問いたいぐらいだ。

 


今日も逃げるのか?

逃げ続けた先に何がある?

頭では分かっているはずなのに、どうしてもこの自堕落な生活のペースを変える気にはなれなかった。

閉じこもって、目的もなくインターネットをする日々。

見聞を広めるためだと、問われもしないのに常に言い訳を用意していた。

この鬱々とした感情は行き場を失ってしまっている。

体の中から吹き出した瘴気が体に不調をもたらし、ネガティブな感情に頭の中は支配される。

いつのまにか皿が空になっていた。

夏の湿気を吸い込んだように重くなった体で気だるげに立ち上がり、食器をシンクに置いた。



予定はない。

先のことを考えるだけで頭痛がする。

何を考えるにも倦怠感に邪魔をされる。

霧に包まれたように、すべてが不透明で面倒なことに思えた。

起きていれば嫌でも何かを考えてしまう。

様々なしがらみが、私の行く手を阻むように思考の先に立ち塞がっている。

前後左右、不都合なことで私の世界はあふれていた。

もう起きている理由はなくなっていた。

 


自室のベットへ向かって階段を上がる。

階段までも日の光に浸食されていた。

あたたかい光は、煮え切らない私の血液をじりじりと焦がすようだった。

何か行動しなければ。

その何かは不気味に光り、私を追い立てる。

何かを為すでもなくベットに向かう私は、一体何のために生きているのだろうか。

焦りではなくただ虚しくて、生きているだけしか能の無い屍はゆっくりと階段を上る。

いっそ太陽が焼き尽くしてくれるのを待つように、磨りガラス越しに差し込むやわらかな光を浴びている。

これ以上階段を進めば、もう戻ってはこれないような気がしていた。

そのときだった。

突然のことだった。雲間に光が差し込むように、霞がかっていた頭に浮かぶ光景があった。

それは私のまちだった。

なぜ、そのイメージが思い浮かんだのかは分からない。

それは幼少の頃の記憶で、まちとまちの境にある、小さな山の展望台から見た景色であった。

豆粒のような住宅街を見下ろしていた。

ああ、山に行こうと、本日の予定は唐突に決定された。

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