09 日比谷公園
日比谷公園に着いたショーマたち。
噂の地下迷宮は、公園内の『大音楽堂』という場所にあった。
元々は野外ステージであった場所がくりぬかれ、地下へと続く洞窟になっている。
入り口には中世の番兵のような、鎧に身を包んだ屈強な男たちが立っており、洞窟に入ろうとしている冒険者たちを調べていた。
その様子を、音楽堂の観客席である、野外ベンチに座って眺めるショーマ。
「あの門番みたいなのは何をやっているんだ?」
と、隣のアーネストに尋ねる。
「あの人たちは、地下迷宮の警備員みたいなものね。地下迷宮に入る人たちの装備を調べているのよ」
「なにか持ち込んじゃいけないものでもあるのか?」
「ううん、その逆。地下迷宮に入るには、『復活』の宝玉と、『離脱』の宝玉を、ひとりひとつずつ持っていないとダメなの。それをちゃんと持ってるか調べているのよ」
『復活』の宝玉というのは、持ち主が死亡した際に、持ち主の身体を安全な場所まで転送してくれるアイテムのこと。
『離脱』というのは、地下迷宮から脱出できるアイテムのこと。
どちらも1回かぎりの使い捨てである。
「地下迷宮の中はどの国の法律も適用されないから、せめて死者だけは出さないようにって配慮でしょうね。あとは地下迷宮で行方不明者なんて出ても助けられないから、自力で帰ってこいってことでしょ」
「ふぅん……」と相づちを打ちながら、手荷物検査をしている警備員たちを見つめるショーマ。
ふと彼らの鎧に、旭日章が彫り込まれているのに気付いた。
「なんだよ、アイツら警察なのかよ。なんで鉄の鎧なんて着てんだよ」
「アレは魔法鎧だから、鉄よりずっと軽いわよ。それにモンスターのほとんどには、こっちの世界の武器や防具は役に立たないんだから、しょーがないでしょ」
「役に立たないって……どういうことだよ? ファンタジーの世界のヤツらの武器なんて、剣とか魔法だろ? ピストルとは勝負にならねぇんじゃねぇか?」
「ええ、まるで勝負にならないわ。だって、こっちの世界のピストルなんて『精霊力』が全然ないから、効くのはせいぜい下の上くらいのモンスターでしょうね」
アーネストによると、異世界にもこの世界にも『精霊力』という力が存在するらしい。
『精霊力』というのは万物に宿る、『精霊』という不思議な生き物の力のこと。
『スーア』の者たちはその力を、剣術や魔術で引き出して戦う。
剣術スキルで風の精霊を用い、真空の剣撃を放つ。
魔術スキルで炎の精霊を用い、火の玉を撃ち出す。
先ほど、赤ネームのゴブリンを倒す要因となった『マジック・アロー』も精霊力によるものである。
異世界人たちは、その『精霊』たちと共存し、長きにわたって研究を重ねてきた。
自分より低位の精霊を従えて力となし、時には高位の精霊にひれ伏し、その力を借りた。
いっぽう、この地球では『精霊力』ではなく、『科学力』が発達した。
しかし、音速で鉛の球を撃ち出す拳銃でも、国ひとつを滅ぼす核兵器でも、その力の根底には『科学』ではなく『精霊』が存在する。
たとえばピストルの場合は火薬の力を使うが、その源を辿ると『炎の精霊』がいるのだ。
だが『精霊力』をないがしろにしてきたこの世界で、人間たちのまわりにあるのは、最低クラスの精霊たち。
精霊というのは、自分より高位の相手を攻撃しない。
したがって、『精霊力』において高位とされるドラゴンなどに向かって、銃を撃っても……。
そもそも、弾すら出ない。
火薬の力の源である『炎の精霊』が、自分より高位であるドラゴンに臆してしまい、火薬が爆発しないのだ。
それは核爆弾であっても同様である。
ドラゴンに撃ち込もうとしても、逆にドラゴンが命令すれば、ミサイルは引き返し……。
ホワイトハウスに着弾させることだって、可能なのだ……!
アーネストからそう説明され、ショーマは大きく頷いていた。
「……なるほどぉ。この世界にはいろんな所にモンスターの棲む地下迷宮があるってのは聞いたが、そんな危ないものをなんでさっさと排除しねぇのか疑問だったんだが……」
「フフン、やりたくてもできないのよ」
なぜか得意気に鼻を鳴らすアーネスト。
事情を飲み込めたショーマは感心していたが、さらなる疑問も生まれていた。
核兵器も役に立たないのであれば、モンスターを止める手立てはないことになる。
どっかの宇宙人みたいに、音楽に弱いとか、特定の病原菌に弱いとか、そういうのがなければ……。
もうとっくの昔に、この地球は征服されていなくてはおかしい。
「それは、『正邪王カオティックノーブル』様のお情けね。地球の人間たちを虐殺したり奴隷にするのではなく、共存するようにおっしゃったのよ。地下迷宮からボスモンスターが出てきて悪さをしないのも、そのおかげだって言われているわ。まぁ、たまに雑魚が飛び出してきて、悪さをすることはあるけど……かわいいもんよね」
そこで話を打ち切るように、客席から立ち上がるアーネスト。
「それよりもさぁ、アレ見てアレ!」
彼女はいまにもそこに駆け出していきそうなくらい、足踏みしながらワクワクと指さしていたのは、地下迷宮のすぐ横。
『日比谷公園 わくわくモンスター地下迷宮』
まるで遊園地のアトラクションのような看板がかかった、もうひとつの洞窟であった。
「ホンモノはまだ無理だけど、アレならお姉ちゃんたちにもできるわ! せっかくだから、やっていきましょうよ!」
近くに行ってみると、それは完全にアトラクションであった。
日比谷公園の地下迷宮を模した洞窟探検を、比較的、安全に楽しめるらしい。
入場料は大人1200円、学生1000円、子供800円。
この時代の映画が600円だったので、かなり強気な値段設定といえる。
それでも多くの親子連れやカップルたちが列をなして並んでいた。
「見て見て! 地下迷宮をクリアしたら賞金1万円ですって! こりゃもう、やるしかないでしょ!」
新しいオモチャを見つけた子猫のようにぴょんぴょん飛び跳ねながら、さっそく列に並ぶアーネスト。
ショーマは家計への影響を考えて、あまり気がすすまなかったのだが……。
「とっても楽しそうですね」と我が家の大蔵省がニコニコしていたので、やむなく付き合うことにした。