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昭和転生  作者: 佐藤謙羊
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08 善悪の区別

「ねぇねぇねぇ! せっかくここまで来たんだから、日比谷公園の地下迷宮(ダンジョン)を見ていきましょうよ!」



 幸せな食事を終えたアーネストは、ケチャップだらけになった口をママリアに拭いてもらいながら言った。



「そうですね。でも、日比谷公園ってどちらにあるのでしょうか? ママは、銀座に来るのも初めてでしたので……」



 ママリアは方向音痴なのか、有楽町駅の構内ですら迷っていた。

 ショーマは『かつての世界』でここいらには何度も来たことがあったので、けっきょく彼が家族を先導した。



「日比谷公園は有楽町駅のすぐ近くだから、俺が連れてってやるよ」



 また案内を買って出た少年は、ふと思う。



 ――そういえば、『ルールル』のナビゲーションって、こっちの世界で使えるんだろうか?



 それだけで彼の視界には、打てば響くように『彼女』の声がする。



『イエス、ナビゲーションモードを起動します。行先は日比谷公園ですね』



 目的地の最短ルートを示す矢印が、ぷかぷかとテーブルの上に出現。

 この矢印はスマートグラスが映し出しているものなので、ショーマ以外の人間には見えてない。


 キョトンとしている母娘の顔には、正方形の四角形がかぶさっており、頭の上にはそれぞれ、


 『月城ママリア』『月城アーネスト』


 と表示されている。


 このナビゲーションモードでは、顔認識機能で個人を識別。

 スマートグラス自体がそれまで集めた情報と、ネットワーク上のSNSなどの情報を組み合わせて、個人情報の表示をしてくれるのだ。


 顔認識した人物についての情報が検索中の場合や、または見つからなかった場合は、名前のところに「???」と表示されるようになっている。


 これだけの人混みだと、「???」だらけでうっとおしかったので、ショーマは未識別の人物表示をオフにした。

 そして、母娘の名前表示には不思議な色が付いているのに気付いたが、なんかの意味があるんだろうと、たいして気にも止めなかった。


 案内準備を終えた少年は、脚の届かないスツールから飛び降りる。



「よし、じゃあ日比谷公園の地下迷宮(ダンジョン)とやらに行ってみるか。ダンジョンってのがどんなものなのか、俺もいちど見てみたかったんだ」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 そして道中、事件は起こった。



「キャアアアアアアーーーーーーーーーーーーッ!!」



 切り裂くような悲鳴とともに、緑色の小男が歩行者天国の中を駆け抜ける。



「いたぞ! (レッド)ネームだ! 赤ネームのゴブリンがいるぞ!」



「ひったくりだ! ヤツはかばんをひったくったんだ!」



「待てっ! おいっ!」



 ハンドバッグを持ったゴブリンのあとを、鎧やローブの冒険者らしき男女が追いかける。

 それは本当にファンタジーロールプレイングから飛び出してきたような、実に摩訶不思議な光景だった。


 しかしこの人混みの中では、小さくてすばしっこいゴブリンのほうに分がある。

 冒険者たちはみるみるうちに離されていたが、ローブの女魔法使いがなにやらゴニョゴニョ唱え、バッと手をかざすと、



 ……シュバアッ……!



 手のひらから、鈍く輝く矢弾のようなものが撃ち出された。

 CGではないガチ魔法を目の当たりにして、ギョッとなるショーマ。


 しかしそこまで驚いているのは彼だけだった。

 隣にいるアーネストは「あっ! マジック・アローね! あのレベルのマジック・アローなら、ゴブリンなんてイチコロよ!」と大はしゃぎ。



 ――しかし、こんな人混みの中で撃って大丈夫なのか!?



 とショーマは思ったが、それは杞憂であった。


 撃ち放たれた魔法の矢弾は山なりに飛び、人波の頭上をトビウオのように越えたあと、ゴブリンめがけて急降下。

 さながら、地上の獲物を狙う猛禽類のように、



「……ギャァッ!?」



 と緑色の身体を貫いていた。


 わあっ!? という叫喚とともに人波が割れ、スポットライトに照らされるように倒れたゴブリンが晒される。

 追いかけていた冒険者たちは、人垣のなかを突っ切って、ゴブリンにトドメを刺すべく襲いかかった。


 冒険者のリーダーらしき剣士が振りかざした剣が、陽光にきらめく。


 白昼堂々、なかなか残酷なシーンが繰り広げられること想像し、ショーマは身を固くしていたが、



「……ギャァァァァァァァーーーーーーーッ!?」



 ゴブリンは血の一滴も流さずに絶命した。


 そして、さきほどマジック・アローを撃った魔法使いが、またなにやら呪文を唱えると……。



 ……ぶしゅぅぅぅぅ……!



 黒煙をあげながら、アスファルトに吸収されるようにゴブリンの死骸は消えていった。


 冒険者たちが盗まれたハンドバッグを拾い上げ、持ち主に返し、警察が駆けつけた頃には街はいつもの喧噪を取り戻していた。

 まるで、先ほどの出来事など日常茶飯事であるといわんばかりに。


 しかしショーマにとっては警察24時以上の衝撃シーンの連続だったので、しばらくそこから動けずにいた。



「なにボーッとしてんのよ、そろそろ行くわよ」



 と姉から肘で小突かれ、ハッと我に返る。



「……な、なぁアーネスト、こんなことはよくあるのか?」



「こんなことって、ゴブリンのひったくり? お姉ちゃんたちのいる町ではあんまりないけど、これだけ人が集まる所ならしょっちゅうなんじゃないの?」



「こんな人が大勢いるところで魔法を撃ったり剣を振り回したり……よく問題にならないな」



 ショーマは疑問だった。

 そもそも人間と異世界人という、外国人以上に相容れなさそうな存在が、こうやって共存していることを。


 しかもモンスターがこうして悪さをしているのであれば、弾圧というか、排除の風潮になっていてもおかしくないはずなのに……。


 アーネスト曰く、そうなっていないのは、『スーア』から地球に最初にやって来た、とある異世界人の活躍によるものだという。


 それは、『正邪王カオティックノーブル』という魔王。

 彼は異世界人にもかかわらず、地球の情勢に精通していた。


 その知識を駆使して異世界人たちの指揮をとり、信じられない手段を次々と用いてこの地球に浸透したらしい。


 さらに彼の指示により、異世界人たちは人間たちの戦争にも介入。

 深くこの世界に根付いていった。


 人間と異世界人の橋渡しをし、多くの偉業を成し遂げてきた『正邪王カオティックノーブル』。

 彼は偉大なる人物となり、まだ存命でありながらも、世界中の歴史の教科書に載っている。


 現在は、アメリカのホワイトハウスの真上にある天空城に住んでいるらしい。

 そのことからもわかるように、この地球は実質、異世界人に支配されているのかもしれない。


 ショーマはついでに、もうひとつ気になっていたことをアーネストに尋ねた。



「そういえば、さっきに冒険者のヤツらが言ってた、赤ネームってなんだ?」



「悪いモンスターのことよ。さっきの冒険者たちは『赤ネーム狩り』といって、赤ネームのモンスターを探し出して狩って、賞金をもらっている人たちよ。ホラ、あれ見て」



 アーネストが示した先は、さきほどの冒険者たち。

 警官からの事情聴取を終えた彼らは、賞金が入っているのであろう封筒のようなものを受け取っていた。



「なるほど、でもどうやって赤ネームかどうかを見分けるんだ?」



「犯罪の現場を押えるか、または対象の属性を見分けられる、アライメント・ディテクトの魔法を使うの。あの冒険者パーティには高位の魔法使いがいるみたいだから、魔法を使ったんでしょうね」



 『アライメント・ディテクト』を掛けられた対象は、まず種族名が頭の上に浮かび上がるらしい。

 そして種族名の文字の色で、個体の善悪の区別ができるそうだ。


 文字の色は、その者の心に奥底に潜む、『悪意』を滲み出させたもので、


 白 → 水 → 青 → 緑 → 黄 → 赤


 の順番で善良とされている。


 赤は、過去に犯罪を犯していることが明確な悪人なので、異世界人にかぎり殺害してもよい。

 この世界の人間の場合は、逮捕までならしてもよいことになっている。


 ちなみに白の上にはさらに「金」があり、赤の下にはさらに「黒」というのが存在するらしいのだが、そこまでの善人や悪人は滅多にいないらしい。



「このアライメントは他にも意味があって、お姉ちゃんたち異世界人の、在留資格の審査の時にも使われるの。赤だと更新できなくて、『スーア』に強制送還になっちゃうの。あと、更新の時には講習を受けさせられるんだけど、善良であるほどその受講時間が短くなるのよ」



 ひとさし指を立てて説明しているアーネストの頭上に浮かび上がっている、『月城アーネスト』の文字。

 ショーマのスマートグラスごしのそれは、青色をしていた。



「なんだか運転免許の更新みたいだな。そのアライメントとやらが金色になったら、なにかいいことはあるのか?」



「えっ、(ゴールド)ネーム? そもそもそんなヤツいないわよ。だって金ネームになるには5年間、誰にも『悪意』を抱かないっていう条件があるんだから。そんな聖人みたいなヤツ、いるわけないでしょ」



 フフンと馬鹿にしたように鼻で笑うアーネストの横では、静かに微笑むママリア。

 ふたりのやりとりを楽しそうに聞いている彼女の頭上には、黄金の月のような、密やかなる輝きが浮かんでいた。

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