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昭和転生  作者: 佐藤謙羊
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07 初めてのハンバーガー

 乗った電車はそれほど混んではおらず、すいていた。

 車内は今も昔もそれほど違うようには見えなかったのだが、ひとつだけすぐに違うとわかることがあった。


 それは、外と変わらないむわっとした暑さ。

 冷房などなく、天井に備え付けられた扇風機が風を送っているだけだったのだ。


 ショーマはウエッとなってしまったが、ママリアとアーネストは気にもせずに空いている座席に腰掛ける。

 ママリアは「抱っこいたしましょうか?」とショーマを迎え入れようとしていたが、アーネストから「甘やかすんじゃないの」と遮られていた。


 少年は母娘の間に座り、電車に揺られる。

 走る速度は今も昔もそんなに変わっていないと思うのだが、ショーマはなんとなくのんびりした印象を受けた。


 おそらく理由は、窓の外。

 流れる風景にはあまり高いビルがなく、空が広く見えたから。


 そして車内。

 誰もスマホをいじっていない。


 当然だ。この時代にはスマホどころか、携帯電話も存在していない。

 携帯音楽プレイヤーが発売されるのも、もうちょっと先の話。


 することといえば、新聞か雑誌か文庫本読むかくらい。


 ショーマの前に座っていた若者が、漫画雑誌である『少年シャンプー』を読んでいる。

 ちなみにこの当時は1冊80円。表紙は『フレンチ学園』だった。


 それをぼんやりと瞳に映していると、突然横から指が伸びてきて、頬を思いっきりつねられてしまった。



「いてててて!? いきなりなにすんだよっ、アーネスト!?」



 いきなりの暴力行為に及んだ姉は、悪びれる様子もなく「フン!」と鼻を鳴らす。



「ああ、やだやだ! 男ってほんっと『フレンチ学園』好きよね! 学校の男子もいまだにスカートめくりしてくんのよ! この前なんて釣り竿まで持ち出してきたから、顔の形がわからなくなるくらいブン殴ってやったわ!」



「いや、別にそういう目で見てたわけじゃないんだけどな……」



「ウソおっしゃい!」



「本当だって。だいいち、リアルフレンチがすぐ横にいるだろ」



 そのリアルフレンチはというと、



「あの、お姉ちゃん。あまり乱暴なことはなさらないでくださいね」



 叱るというよりも困り果てた様子で、ショーマの腫れ上がった頬を撫でている。


 なんの(てら)いもなく押しつけられる、JKのいい匂いと胸の感触を肩のあたりで感じながら……。

 少年は、なんとなく思った。



 ――この時代に、『虎ぶる』とか持ってきたら……。

 今どきのガキどもは、どうなっちゃうんだろうなぁ……。


 アーネストなんて、発狂しちまうんじゃないか?



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 有楽町駅で電車を降り、『モンスターバーガー』を目指す。

 地元の商店街よりも人々はよそ行きの格好になり、ちょっとだけママリアは浮いていた。


 そして銀座の歩行者天国は、夏休みだけあってかなりの人で賑わっている。

 ショーマはぐれないようにと、母と姉に両手を繋がれ、連行される宇宙人のように歩いた。


 銀座で歩行者天国が始まったのは去年の今頃。

 当初は歩くのもやっとなほどの人いきれだったらしい。


 しかしそんなことよりも、ショーマは別のことに衝撃を受けていた。

 平然と歩き煙草をしている人が、そこかしこにいたから……いやいや、そんなことではない。



 ――うおお! オークとエルフが並んで歩いてる!?

 地元の商店街のほうは異世界人やモンスターなんて目につかなかったのに、ここだとウヨウヨいやがる!


 まるでよくできたコスプレショーみたいだ!



 テレビゲームからそのまま出てきたような、リアルな造型のゴブリンやオークがそこかしこにいるので、少年は色めきたった。


 エルフの女騎士がいたので、通りすがりに彼女のミニスカートの裾を摘まんでみたりする。

 すると彼女は「キャッ!?」と驚いたものの、「かわいい坊やね」と笑って許してくれた。


 そこでショーマは、自分の置かれた立場を再認識する。



 ――よく考えたらいまの俺は、6歳……! 女湯だって入れる年齢じゃねぇか……!

 以前だったら通報モノのことをしても、許されるんだ……!



 そう思うと、急に世界が開けてきたような気がしたのだが、



 ……ガンッ!



 と姉から鉄拳制裁を受け、早々に閉ざされてしまった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 『モンスターバーガー』には、たくさんの人が行列を作っていた。

 通りに面した注文カウンターで、店内には食べるスペースがない。


 どうやら食べ歩きをするか、通りにあるパラソル付のテーブルで食べるようになっているらしい。


 ショーマたちも並んで順番を待っていると、ファーストフードというよりキャビンアテンダントのようなシンプルなデザインの制服に身を包む、エルフの店員が接客してくれた。



「いらっしゃいませ! モンスターバーガーへようこそ、当店はお持ち帰りのみとなります! それでは、ご注文をお伺いいたします!」



 ハンバーガーが1個80円。

 コーラのSサイズが60円。


 当時、かけそばが1杯100円だったので、なかなかいい値段だといえる。


 アーネストは並んでいる最中に注文を決めていたのか、メニューを見もせずに叫んだ。



「お姉ちゃんはビッグバーガーとフィッシュバーガーとポテトとアップルパイ、あとコーラのLサイズ!」



「おいおいアーネスト、そんなに頼んで大丈夫なのかよ」



「このくらいへっちゃらよ! ぜーんぶお姉ちゃんが食べるんだからね!」



 憧れの場所に来ているのが嬉しくてたまらないのか、はしゃぎまくるアーネスト。


 しかしショーマが心配していたのは、姉の腹減り具合ではなかった。

 母の懐具合である。


 ショーマがママリアのほうに視線を移すと、彼女はにっこり笑い返してくれた。



「ショーマさんはなにを召し上がられますか? せっかく来たのですから、たくさん召し上がってくださいね」



 彼女の手にあるがまぐちの中に、それほどお金が入っていないのは少年も知っている。

 でも彼女は、そんな苦労を顔の片隅にも出していなかった。



「じゃあ俺は、ハンバーガーと水」



「えっ? それだけでよろしいのですか?」



「ああ、まだ6歳だしな。それでじゅぶんだ」



「ではママがジュースを頼みますから、一緒に飲みましょうか」



「ご注文を承りました、それでは、少々お待ちください!」



 厨房からどんどんやってくる包み紙を、てきぱきと紙袋に詰める店員エルフ。

 ショーマたちは3つの紙袋を受け取ったあと、ちょうど空いているテーブルを見つけたので、その下で食べた。



「おっ……!? おいひぃぃぃぃぃぃぃーーーー!! ハンバーガー最高っ!! 夏休み最高ぉぉぉーーーっ!!」



 両手に持ったハンバーガーにかぶりつき、欲張りなリスのように頬を膨らませてご満悦のアーネスト。

 『かつての世界』でハンバーガーなどさんざん食べてきたショーマにとっては、何の感動もないはずであった。


 しかしひと口かじってみると、いままでに感じたことのない味わいに、目を見開いてしまう。

 思わず「う……うめぇぇ~!」と子羊のように鳴いてしまうほどの美味だった。


 それからは姉弟そろって夢中でパクつく。

 そんなふたりの様子を、幸せそうにニコニコと眺める母親。



「うふふ、おいしいですか? ショーマさん、ハンバーガーはもうひとつありますから、よかったら召し上がってください。お姉ちゃんみたいに両手で持って召し上がと、もっと美味しいと思いますよ」



 彼女は、自分の分と称して買っておいたハンバーガーを、手もつけずにショーマに差し出す。

 そしてさりげなく、自分のジュースとショーマの水を取り替えていた。


 少年の頭の奥が、またチリチリと疼く。



 ――そういえば、生まれて初めてハンバーガーを食べたときも、こんなだった気がする……。

 それに、子供の頃ってハンバーガーなんて滅多に食えるもんじゃなかったから……。


 よそに出かけたときの食べ物で……。

 すごく、ご馳走に感じたんだよな……。

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