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昭和転生  作者: 佐藤謙羊
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06 お出かけ

「……馬券だっ! 馬券を買うぞっ!! ママリア! 金だ金っ! 何十倍にして返してやるからっ!!」



 6歳の子供が取り憑かれたように飛び起きて、目の色を変えてそんなことを叫びだしたので、ママリアもアーネストもドン引き。


 完全に、ギャンブル狂のオヤジを前にした母娘のようであった。



「何言ってるのよ、ショーマ! そんなのダメに決まってるでしょ! 小学生が馬券なんて、百年早いわよっ!」



「そ……そっか! たしか馬券を買えるのは20歳以上だったよな! だったらママリア! 俺がお前の代わりに買ってくれ!」



「ま、ママは16歳ですけど……!?」



「大丈夫! その制服エプロンをやめれば大人の女としてイケるって!」



「そういう問題じゃないでしょ! 人間はね、汗水垂らして働かなきゃダメなの! そうじゃないと、国が立ちゆかなくなるわ! それに働かずに儲けようだなんて、ジダラクンにも程があるでしょ!」



「なんだよそのジダラクンって!?」



「しょ……ショーマさんが、悪い子になられてしまいましたぁ!」



 一家は積み木崩しが起こったようなパニックに陥ってしまう。

 それがあまりに大騒ぎだったので、近所の人が何事かと様子を見に来る始末。


 結局……周囲の猛反発にあい、馬券を買うことはできなかった。


 ショーマは壁に向かってフテ寝する。



 ――くそっ! せっかくいいアイデアだと思ったのに!

 なんでこの耳長女と淫魔女は、そんなにクソ真面目なんだ!?


 わざわざ異世界くんだりから来て、こんな貧乏暮らしをして、なにが楽しいってんだ!?

 せっかく俺が、大金持ちにしてやろうと思ったのに……!



 しかし冷静に考えてみると、彼女たちの反応もわからなくはない。


 なにせ蒙古斑が残っていそうな子供が、いきなり儲け話を叫びはじめ、しかもその内容がギャンブルという……。

 将来を心配して反対してくるのも、無理もない話だろう。


 しかしだからといって、ショーマは6歳の子供らしく過ごすつもりは毛頭なかった。

 灰色どころか真っ黒だった、かつての人生を……この2周目で黄金に変えるつもりでいたのだ。


 そのためには、今から全力で行動をしておいて損はない。


 『かっての世界』で、年老いてしまった彼は思考も身体も重かった。

 1日に1ターンの行動がやっとだったのだが、今は違う。


 思考も身体も実に軽く、やる気に満ち満ちているのだ。


 ひとつ目の手が失敗したからといって、簡単に投げ出したりはしない。

 ショーマは新たな金儲けを考えるべく、壁に向かってウンウンと唸る。


 すると、その背中を不安げに見つめていたママリアが、思い切って口を開いた。



「あの、ショーマさん、お姉ちゃん。今日は、『モンスターバーガー』に行ってみませんか?」



 その提案に真っ先に食いついたのは、ミーハーお姉ちゃん。



「えっ、ホントに!?」



「はい。せっかくの夏休みですし、それにショーマさんもお元気になられましたし、久しぶりに家族揃ってお出かけしてみたくなったんです」



「やったーっ! ばんざーいっ! お姉ちゃん、ずっとハンバーガー食べてみたかったのよね! さあ行きましょう、すぐ行きましょう!」



 アーネストは金属の取っ手のついたタンスから子供用のポロシャツと半ズボンを引っ張り出すと、寝ていたショーマに無理やり着せはじめた。



「わっ!? 何すんだよっ!?」



「何って、出かける準備に決まってるでしょ! いつもはママリアがやってるけど、今日は特別にお姉ちゃんがやってあげる!」



「俺はいいよ! 留守番してっから、お前らだけで行ってこいよ!」



「だーめっ! 家族みんなで出かけるって決まったんだから!」



「なんでハンバーガーを食うのに遠出しなくちゃならないんだよっ!?」



 ショーマは抵抗したものの、5歳も上の姉の力には敵うはずもなく、無理やり連れ出されてしまった。

 そして外に出て、少年は自分が本当に子供に戻ったことを、改めて実感する。


 視界が低いことだけじゃない。

 住宅街は足元がアスファルトじゃなく 電柱も木だったり、日曜夕方のファミリーアニメに出てきそうな家がそこかしこにある。


 そして大通りに出ると、道は整備されているのだが、道路にはレトロな車が行き交い、いまだにオート三輪が走っている。

 何よりもの違いは、商店街が賑やかだということだ。


 この頃はスーパーマーケットはあったものの、大型のショッピングモールなどなく、地元の商店街で買い物をするのが普通。

 コンビニはすでに存在していたが、まだ一部の地域のみで、庶民の生活に浸透するのはもう少し先の話。


 商店街にある店はほとんどが個人商店で、シャッターを降ろしている区画はひとつもない。

 ゴム長を履いたオッサンの魚屋や、ナンバープレートみたいな帽子を被ったオッサンの八百屋が忙しそうに行き来し、呼び込みをしている。


 ママリアはよくこの商店街で買い物をするのか、しきりに呼び止められていた。



「おっ、ママリアちゃん! お出かけかい!? 聞いたよ、ショーマが元気になったんだって!? あっ、ショーマじゃないか! いやぁ、元気になってよかったなぁ! じゃあ、帰りに寄って行きなよ! サービスしとくからさっ!」



 ショーマはママリアに手を引かれて歩いていたのだが、よく知らないオッサンやオバサンに頭を撫でられまくった。


 ちなみにショーマとアーネストはよそ行きの格好。

 ショーマはポロシャツ短パン、アーネストは継ぎのないワンピースだったのだが、ママリアはいつものセーラー服にエプロンと三角巾だった。


 しかしこの時代は、エプロンをしたまま買い物をする主婦が多くいたので、ママリアの格好はそれほど不自然でもなかった。


 道行く人たちだけでなく、風景もなんだか生活感に満ちあふれていて、漂う香りもバリエーション豊富。


 コロッケの匂いがする肉屋、生臭い魚屋、フルーティな果物屋、青臭い八百屋……。


 ショーマが鼻をひくひくさせると、脳の奥にある懐かしい感覚が、チリチリと線香花火のように浮かび上がってくるようであった。


 そうこうしているうちに、駅に到着。

 JRではなく、国鉄のロゴが迎えてくれる。


 タッチパネルなどではなく、丸い押しボタンが並ぶ券売機。


 ボタンは上と下の二列に分かれており、上が大人料金の切符で、下が子供料金の切符。

 子供の切符のほうは、誤って押すことを防ぐためにプラスチックのカバーが掛けられている。


 初乗り料金、30円……!


 ママリアはがまぐちを取り出し、3人分の切符を買おうとしたのだが、ショーマはこの時、



「切符が必要なのは6歳からだから、俺を5歳ってことにしておけば、ひとり分浮くだろ。だからママリア、切符を買うのは2人分だけでいいぞ」



 と提案したのだが……。

 ママリアからは泣きそうな顔をされ、アーネストからはゲンコツで却下されてしまった。


 切符を買って改札に向かう。

 自動改札機というのもないので、改札には人が立って、ハサミを使って切符に切れ込みを入れていた。


 ちなみに定期券の場合は、差し出された定期券を駅員が目視で確認。


 改札を通る人が誰もいない時は、駅員がカチカチとハサミを鳴らす音が響き渡るのが、この時代の風物詩であった。

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