03 昭和からモンスター昭和へ
ショーマは自身が6歳に戻ってしまったと知ったとき、かつてないほどの衝撃を受けてしまう。
そして今もまた、それに比肩するほどの驚愕が、身体じゅうを駆け巡っていた。
――も、『モンスターバーガー』って、本当にモンスターみたいなのがいるじゃねぇか!?
ブラウン管の向こうにあったのは、銀座の交差点。
今日は歩行者天国になっているそこは、多くの人でごったがえしていた。
おそらく店名の頭文字を模したのであろう、鋭い『M』のロゴが印象的な『モンスターバーガー』。
カウンターの向こうには、白い肌に長い耳の女性店員。
それはまあ、ちょっと特徴的な人間と言われれば、納得できなくもない。
しかし問題なのは、その奥の厨房。
鉄板やフライヤーの前には、黄土色の肌に出っ腹のオーク。
そしてできあがったバーガーをちょこまかと運ぶ、緑色の肌に尖った耳のゴブリンが……!?
明らかなる異次元生物がいるというのに、まわりの人は誰も気にする様子もない。
それどころかよく見たら、ファンタジーRPGから飛び出してきたかのような、戦士や魔法使いのような者たちが、行列に並んでいるではないか……!
ショーマは信じられず、メガネを外してみたが、映っているものは変わらない。
目を何度もこすってみたが、見ているものは変わらない。
「おっ……おいっ!? コレ、なんだよっ……!?」
あわあわしながら画面を指さすショーマ。
ちゃぶ台に頬杖をついていたアーネストが、事も無なげに応じる。
「ああ、いくら銀座でも『冒険者』くらいいるわよ。だって近くに日比谷公園の地下迷宮があるんだから」
「だっ、ダンジョン!? って、そうじゃねぇよ! この化け物みたいなのはなんなんだよっ!?」
今度はママリアがおっとりと言ってのける。
「ああ、オークさんにゴブリンさんですね。最近では、働くモンスターさんも多くなってきましたよねぇ。ママがアルバイトしているお弁当屋さんにも、オークさんの作業員さんたちがお客様としてお見えになられますよ」
「え……えええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
ショーマはまたしても、ふたりによくよく話を聞かなくてはならなくなってしまった。
昭和のはじめ頃に、こことは違う世界にある『スーア』という惑星と、こちらの世界とを繋ぐ異次元の扉が開き、多くの異世界のものたちが、この地球に流れ込んできたという。
高位のモンスターは地球の現代兵器がまったく通用せず、彼らは各地に地下迷宮を構え、なかには建物を乗っ取り、勝手に棲み着いてしまったそうだ。
同時にやってきた、エルフやドワーフなどの亜人間なども暮らし始め、地球は否応なしに共存を余儀なくされてしまった……ということらしい。
ショーマはその経緯を聞いたところでまったく納得できなかったが、さらに謎を増やしてもしょうがないので無理やり腹におさめる。
しかしやはり、気になることはあった。
――そういえば……。
俺がオッサンだった頃に、いた世界……。
ややこしいから、『かつていた世界』ってことにしとくが……。
そこでは、世界的に有名なハンバーガーショップの日本1号店が……。
1971年7月20日に、銀座にオープンしたんだ……。
そしてこっちの世界でも、同じ時期にハンバーガーショップがオープンした……。
しかし、日付と場所はバッチリあっているものの、店名がまるで違う……!
中で働いているヤツらも、買い求めてるヤツらも、微妙に違う……!
もしかして俺は、6歳の頃の夏休みに、戻っただけじゃなくて……。
世界線とやらをまたいで、微妙に違う世界に来ちまったのか……!?
ショーマがメガネごしの幼い眉間にシワを浮かべていると、ハァ、と大きな溜息をつかれてしまった。
「まさかショーマが、自分自身やお姉ちゃんたちのことだけじゃなく、まさか何もかもぜんぶ忘れてるなんてねぇ」
自称お姉ちゃんはやれやれとツインテールをかきあげていたのだが、その黄金の羽衣のように美しい髪の間から、ふと、
……ぴょこんっ……!
と長細い耳が、飛び出したっ……!?
これにはショーマも「ぎょっ!?」と度肝を抜かれる。
それまではエルフもテレビごしの存在だったので、なんとなく実感がわかなかったのだが、いきなり実物を見せられて飛びすさってしまった。
「おっ……!? おまおまおま、おまっ……!? エルフだったのかっ!?」
震える指でさされ、ツインテール少女は頬をぷくっと膨らませる。
「人を指でさすんじゃないわよ。それに重ね重ね失礼ね、オバケを見たみたいな顔して。お姉ちゃんがエルフだと、なんか問題でもあるの?」
アーネストはぐうの音も出ない正論(?)を吐きながら、ちろりと横の人物を見やる。
「でもまぁ、ママのほうは問題があるかもしれないわねぇ……」
「え……!? と、いうことは……ママリアも、異世界から来たのか……!?」
責めるような目線で突き刺され、居心地が悪そうに居住まいを正すママリア。
その様は、借金のカタに取られたような、ちょっとエロい……。
いや、だいぶエロい人妻女子高生にしか見えないのだが……?
「こ……答えろママリアっ! お前は何者なんだっ!?」
すると自称ママは、ただですら八の字になっている困り眉を……。
さらに末広がりにして、すがるような瞳を向けてくる。
「そ、そんな、何者だなんて……! ママは、ショーマさんのママですっ!」
「う……嘘だっ! こんなに若くて可愛くてエロい女子高生が、俺のママなわけがない! むしろママにしたい!」
「さっきからずっと何言ってんのよ」
「わ……わかったぞ! アーネストがツインテールで耳を隠していたように、お前はその三角巾で隠してるんだな!? でなきゃ、ずっと三角巾をしてるわけがない!」
「お姉ちゃんのは別に隠してたわけじゃないわよ」
横から突っ込みを受けつつも、ママリアに挑みかかるオッサン少年。
「きゃあっ!? お、おやめになってください! ショーマさん! そういったことは、お赤飯の日を迎えるまで、お待ちになって……!」
もみ合うはずみでショーマはママリアを押し倒してしまい、三角巾も剥がれてしまう。
そしてなぜか彼女は、エプロンどころかセーラー服まではだけさせ……。
めくれあがったスカートからまぶしいほどの太ももを覗かせ……。
すっかり観念したように両手をばんざいさせ、頬の赤みと、涙の滲み始めた顔をそらし……。
「せ、せめて……せめてやさしく、やさしくしてくださいませんか……?」
色っぽい吐息まじりに、泣きつくような言葉を紡ぎ出していた。
しかし、あまりにも見当違い……!
そもそもショーマは、別に彼女を手籠めにしようとしたわけではない。
彼女の乱れ姿で、一瞬だけそんな衝動にかられたものの……。
そうではない、そうではないのだ。
畳に扇状に広がった、薄ピンクの髪。
その桃色の川をたたえる、源流には……。
ねじれた二本の角が、ちょこんと……!?
「ママは淫魔なのよ」
と、横にいたアーネストが教えてくれた。