24 初めての勝利
クレイジーチキンは次に、アーネストにターゲットを移した。
2メートルほどの高みから、ダチョウのような長い首をフラフラさせ、鋭いクチバシの突き攻撃を繰り出す。
アーネストも負けじと反撃するが、敵の攻撃に比べたらナメクジのような遅さであった。
無理もない。
彼女が選んだのは、抜き身では引きずらないと持ち歩けないような大剣である。
肩に担ぎ上げるようにして構え、大槌のように振り下ろされるそれは、一撃で勝負が決まりそうなほどの威力があったが、それは当たればの話である。
……ズドオーーーーーーーーーーンッ!!
やすやすとかわされ、地面を穿つばかり……!
これまた無理もない話である。
側面から打ち込んでも避けられてしまうものが、正面からではなおのことだからだ。
そしてアーネストは攻撃力に全振りをしているような装備なので、盾などは当然持っていない。
そのため、相手の攻撃はモロに食らってしまうこととなる。
ガスガスと突かれてまくって、ビスクドールのような顔が腫れあがっていく。
「くっ……! いい加減にしなさいよっ! うがぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」
ヤケになってブンブン振り回したところで、結果は変わらず。
とうとう重い剣に翻弄される形になってしまい、尻もちをついてしまった。
そして少女は、黒い影に覆われる。
ぬう、と近づいてきたニワトリのバケモノは、コッコッと笑うように鳴きながら、ひと踏みで何もかも踏み砕いてしまいそうな、巨大な趾を振りかざす……!
「く……クレイジーチキンさんっ! おやめになってくださいっ!」
横から飛び込んできたママリアが、アーネストをかばう。
ママリアにはオーヤスワンが抱きついていたので、3人の少女たちはまとめて折り重なってしまった。
最大の、ピンチ……!
その頃、ショーマはというと……?
……ビシュンッ!
クレイジーチキンとはあさっての方向に向かって、スリングショットを撃ち放っていた。
……パアンッ!
石が命中し、壁のかがり火の松明が、またひとつ火の粉となって消える。
帳が降りるように、薄闇がその場を支配しつつあった。
「な……!? なにやってんのよ、ショーマっ! お姉ちゃんたちが大変だってときに、何遊んでんのよっ!?」
姉の一喝にも目もくれず、一心不乱に灯りを消していく少年。
「もう少し、もう少しなんだっ! だから、もう少しだけ、持ちこたえてくれっ!」
そしてついに、「その時」が「目の前」までやってきた。
……パァァァァァァァーーーーーーーーーーーンッ!!
季節はずれの桜のような火の粉が舞い散ると、残った室内の灯りは、アーネストたちのそばの壁にある、かがり火だけとなった。
途端、クレイジーチキンは片脚を振り上げたまま、あたりをキョロキョロ見回しはじめ、
「コ……コケ……?」
まるで彫像になったかのように、ピタリと動きを止めた。
「よぉし、思ったとおりだっ!」
想像していた以上の混乱っぷりだったので、ショーマはパチンと指を鳴らす。
倒れ込んだままクレイジーチキンを見上げていた少女たちは、敵の突然の一時停止にポカンとしていた。
「ど……どういうことなの?」
「く……クレイジーチキンさんは、どうされてしまったのでしょうか?」
母娘は何が起こったのかわからずに呆然としていたが、母娘にサンドイッチされているオーヤスワンだけは、ひとり冷静に分析していた。
「あたりが暗闇になっていくのに気付いて、混乱している」
「暗闇で混乱!? クレイジーチキンは鳥類でしょう!? 鳥は夜目が効くんじゃないの!?」
「鳥類のなかでも、唯一の例外がある。それは……ニワトリ……」
ほぼ正解ともいえる答えを導き出したオーヤスワンに向かって、ショーマはまた指を鳴らした。
「そうだ! クレイジーなんて大仰な名前が付いているが、チキンならもしかしてと思ったんだ! ヤツはナリがデカくても、所詮はニワトリ……! 暗闇ではなんにも見えなくなる、鳥目だったんだよっ!」
タネ開かしをする幼い声だけが、薄闇の中から響く。
彼は最後のかがり火から離れた所にいたので、ほとんど姿が見えなくなっていた。
「でも灯りを消したんじゃあ、お姉ちゃんたちまでなにも見えなくなるじゃない!」
もっとも抗議にもかまわず、彼は膝射の姿勢のまま、引き絞っていた。
この場を完全に闇に変える、最後の弾丸を……!
「いいか、アーネスト。これから合図をする。いち、に、さんだ。さんの時点で俺が最後のかがり火を消すから、お前はニワトリ野郎に斬りかかれ。チャンスは1回だ。もし外せばヤツは暗闇の恐怖にパニックになり、今まで以上に暴れ出すはず。そうなればもう手が付けられなくなる。だから、絶対に外すんじゃないぞ」
シリアスな弟の声に気圧され、姉もウッと押し黙る。
彼女はほんの一瞬だけ、逡巡したあと、
「わかったわ」
ゆっくりと肉布団から這い出て、落ちていた剣を掴みなおした。
「よし、じゃあいくぞ、いち、に……」
「「さんっ!!」」
……ビシュンッ!
わずかな風切音とともに放たれる、運命の弾丸。
しかしその切実さをかき消すように、
「おんどりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
時代が時代なら、小学生モデルとして引っ張りだこであろう美少女が発したとは思えないほどの蛮声が、洞内を震撼させる。
そして誰もが、目の当たりにする。
姫のように可憐で、人形のように可愛らしい美少女が……。
鬼神のごとき形相で鳥のバケモノに斬りかかっていく、瞬間を……!
しかしそれが見えたのは、幕を切って落とすような勢いの暗闇のせいで、一瞬だけだった。
しかしその一部始終を、少年はハッキリと見ていた。
スマートグラスの暗視機能によって……。
闇のなかで閃く扇のような剣閃が、ダチョウのような巨鳥を、ハッキリと捉えるのを……!
……ズドッ……!!
グワッシャァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!
シルエットとなった鎌首が、焼かれる蛇のように激しくのたうつ。
「コッケェェェェェェェェェェェェェェェェェーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」
そして断魔の絶叫が、超音波のように耳をつんざいていった。
……ドッ……!!
スゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!
地響きをたてながら、倒れ伏すクレイジーチキン。
「か……勝った……?」
誰かがそうつぶやいた。
そのことを誰よりも確信していたのは、その一撃に全霊をかけ、骨肉を断つ感触を全身で感じていた、お姫様……。
彼女は両肩をぜいぜいと怒らせながら、こうつぶやいた。
「か……勝った……わ……!」
途中ではありますが、このお話はこれにて完結とさせていただきます。
ここまで読んでくださり、誠にありがとうございました!