19 新たなる決意
ショーマは、たった1日足らずで作ったストローを、1千万円という法外な値段で売りつけることに成功。
『モンスターバーガー』本社をあとにして地元に戻り、自宅へと繋がる橋を悠々と歩いていた。
夕陽に照らされ、長い影を伸ばす少年は、身も心も巨人になったかのよう。
その背後からフラフラとついていくママリアとアーネストは、まだ夢見心地であった。
「まさか……ショーマさんのお作りになられたストローが……」
「い……1千万に、なっちゃうだなんて……」
お金は後日、ママリアの銀行口座に振り込まれることになっている。
それは契約書などは交わさず、取っ払いの約束だったが、ショーマはあの社長なら、すっぽかすことはないだろうと思っていた。
それよりも、母娘がいつまでも浮き足だっていたので、振り返って注意する。
「おい、お前らいつまでボーッとしてんだよ。いい加減、シャキッとしろよ」
「は、はい、すみません、ショーマさん」
するとママリアは素直に、ピシッと背筋を正す。
跳ねっ返りのアーネストも珍しく従っていたが、
「ね……ねぇショーマ、なんであんなストローを考えついたの?」
気になってしょうがないといった風に、尋ねてきた。
「ああ、そんなことが気になってたのか。この前、銀座に行った帰りの電車の中で、お前がシェイクの味がイマイチだって言ってただろ? だからストローを改良して売り込んだら儲かるんじゃないかと思ったんだ」
「え……? シェイクの味がイマイチなのをなんとかするのに、ストローを改良したの? それだったら普通、シェイクのほうを改良しない?」
「シェイクの改良なんて無理だろう。元のレシピもわからないし、家にはミキサーもないしな」
ショーマはそう説明したが、実情は異なる。
彼は『かつていた世界』での知識で、時代を先取りしていたのだ。
『かつていた世界』の日本初のハンバーガーショップには、こんな逸話がある。
『シェイクのストローは、母乳を吸うのと同じスピードになるように作られている』
この事を思いだしたショーマは、ルールルを使ってそのストローのサイズを調べ、手作りをした。
彼は、こう考えていたのだ。
おそらくではあるが、時代の流れが同じなのであれば、『モンスターバーガー』もいずれ同じ結論にたどり着く。
件のストローは、いつかきっと世の中に生まれることだろう。
ならば先に提案すれば、儲けられるのではないかと考えたのだ。
その目論見は見事に成功。
型破りなプレゼンと相まって、見事に1千万円もの大金をゲット……!
それが、事の真相である。
「でも、なんだかおかしくない? それって、いまいちなカレーのスプーンを変えるようなもんでしょ? 普通は、醤油を足すとか考えるんじゃないの?」
アーネストは納得いってないようだったが、ふとママリアが川のほうを指さすと、
「あっ、見てください。七夕で流した笹が、あんな所にまだ残ってますよ」
「えっ!? ホントに!? どこどこ!?」
アーネスは疑問をほっぽって、欄干に飛びついていた。
ショーマも石の手すりの隙間から、眼下の川を見やる。
するとそこには、石の河原が広がっていて、岸には小さな笹の枝がいくつも引っかかっていた。
この時代は、七夕で短冊を吊り下げた笹を、川に流していた。
笹が川から海に到達すると、そこから天に昇って、彦星と織姫のいる天の川まで届く……という言い伝えからである。
環境保護に敏感な今では考えられないことだが、当時はそれが普通であった。
アーネストが欄干から飛び降りんばかりに身を乗り出して指さす先には、月城家が流したという、ささやかなひとふりの笹枝が。
そこにはボロボロになった短冊がぶら下がっていて、母娘の願い事が書かれていた。
ショーマはなんとなく、ふたりがどんな願いごとをしたのか気になって、スマートグラスのズーム機能を使って短冊を拡大してみる。
『ショーマさんが、早くお元気になられますように』
『ショーマ、早く元気になるのよ!』
『ショーマさんが、早くおっきしてくださいますように』
『ショーマが、早く起きなさい!』
『ショーマさんといっしょに、朝ご飯が食べられるようになりますように』
『ショーマ、ご飯よ! お姉ちゃんといっしょに食べましょう!』
『ショーマさんといっしょに、お風呂が入れるようになりますように』
『ショーマ、お風呂よ! 毎日、身体拭いてあげるの面倒くさいんだから、自分で入れるようになりなさいよね!』
『ショーマさんといっしょに、また家族3人揃って、いっしょに川の字になって、眠れますように』
『ここにある願いを全部叶えないと、彦星と織姫、承知しないわよ! 天の川まで行ってブン殴ってやるんだから!』
『ショーマさんとお姉ちゃんと、いっしょに……いつまでもずっとずっと、仲良く暮らしていけますように』
『ショーマとママと、いっしょに……ハンバーガーが食べたい! あと、お寿司も食べたい!』
――なんだよ、あの短冊……。
ぜんぶ……。
ぜんぶ俺への願い、ばっかりじゃねぇか……!
なんでだよ、なんで……。
なんで血も繋がってねぇ俺のことを……!
そんなに心配して、想ってくれるんだよ……!
少年の心の奥底から、突き上げるように熱いものがこみあげてくる。
――決めたぞ……!
俺は絶対に、大金持ちになってみせる……!
1千万円を元手に、絶対に貧乏から、脱出してみせる……!
コイツらと、一緒に……!
絶対に、絶対に……!
家族揃って幸せになるんだ……!
俺はもう、ひとりじゃないんだからな……!
彼が決意を新たにしているとも知らず、姉が茶化すように声をかけてきた。
「どうしたのよショーマ、あんたまさか、泣いてるの? なんで?」
「そ……そんなわけあるかよ! ちょっと目にゴミが入っただけだ!」
「えっ、それはいけません。ショーマさん、ママにお目々を見せていただけませんか?」
「い、いや、もう平気だって! それよりも今日は、寿司でも食うか!」
「えっ、本当っ!? やったー!!」
「ええっ、お寿司だなんて、そんな……!」
「まあまあ、いーじゃねーかママリア! せっかく1千万円も手に入ったんだし、たまにはパァーッといこうぜ!」
「そうそう! たまにはパァーッといきましょ! パァーッと!」
「は……はいっ! そうですね! では今日は、お寿司にいたしましょうか!」
「「そうこなくっちゃ!!」」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
しかし一家は寿司屋のカウンターではなく、いつものちゃぶ台についていた。
目の前には木桶に入った酢飯、皿に載った海苔、ハム、きゅうり、かいわれ大根。
「やったー! おすしおすしおすしーっ! いただきまーっす!」
「はぁい、お手々とお手々を合わせてぇ、いただきまぁす」
「……あの、ちょっといいっすか」
「なによショーマ! 早く食べないと無くなるわよ!」
「ショーマさんも、たくさん召し上がってくださいね」
「これが、お寿司……?」
「そうよ! これがオニギリにでも見えるの!? どっからどう見たってお寿司でしょうが!」
「はぁい。ショーマさんも大好きだった、お寿司ですよぉ。ママが巻いてあげますからねぇ」
「こんな時じゃないとハムなんて食べられないもんね! うぅ~ん、最高~!」
「いつもは具といえば、お庭で採れるカイワレ大根だけでしたけど……。今日は奮発して、特別に5パック入りのハムを買ってみたんです。たくさんありますから、1枚まるごと巻いてみてはいかがですか?」
「うわあっ、本当に!? ママ最高っ! お寿司最高~っ!」
「あ、あの……。自分、涙いいっすか」