18 元手づくり5
「まっ……ママの、おっぱいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」
全方位から、驚愕が噴出する。
スーツのオヤジたちはもちろんのこと、身内のママリアやアーネストまで、目をこれでもかと見開く。
そしてオヤジたちはみな、いつの間にかシェイクのおかわりを手にし、今まで以上に熱心に吸っていた。
「こっ……これが……!? このストローが……!?」
「ママのおっぱいを、再現したものだと……!?」
「これを吸って、バニラシェイクを飲めば、まさに……!?」
「ママのおっぱいを飲んでいるのも、同然……!?」
オヤジたちはついに椅子から立ち上がり、血走らせた上目づかいで、ある一点を凝視していた。
それはまさしく、ママの中のママと呼ぶに相応しい、ひとりの女性。
彼女は豊かすぎる母性から、男の視線を集めるのには慣れていて、いつもなら気にしないのだが……。
「あっ、あの……す、すみません……。みなさん、あまりご覧にならますと、そのっ……」
脂ぎったオヤジたちからギラギラとガン見されてはさすがに恥ずかしくなったのか、胸を両手腕で覆い隠していた。
ちなみにではあるが、この当時は『セクハラ』という言葉はまだ存在していない。
女性にとってはいま以上に、生きづらい世の中だったのである。
ショーマはオヤジたちのそんな反応よりも、トップの反応のほうが気になっていた。
側近であるゴールデンバーニングは椅子から立ち上がり、ふたつのシェイクを一度に吸引していた。
もうひとりの側近のシルバーフリージアはじっ……と静かな瞳をむけていきている。
その視線はシリアスであったが、口にはストローを咥えて離さない。
そして、肝心のレインボーロードはというと……。
すでにストローの魅了からも解き放たれたかのように、いつものように微笑んでいた。
「面白いアイデアですね。てっきりわたくしは、そちらの淫魔の女性を使って、魅了を仕掛け、何の変哲もないストローを売りつけるつもりなのだと思っていました。ちなみにではありますが、わたくしには魅了は通用しません。そしてあなた方からは、精霊力というのが微塵も感じられませんでした」
さらに、
「ぼうやは……いいえ、ショーマさんは……」
彼が少年の名を口にした途端、側近と重役たちがストローを咥えこんだまま、一斉にギョッと彼を見る。
「しゃ、社長が……」
「他人を、名前で呼んだ……!?」
「私なんて、ずっと社長に仕えているのに、いまだに呼んでもらったことがないのに……!」
周囲の驚きとショックをよそに、彼は続ける。
そして、ズバリ核心を突く。
「ショーマさんは、このストローを使えば、現在苦戦しているシェイクの売り上げが増大すると考えたのですね。そしてこのストローを、わたくしに買ってほしい……ということですね」
同じ姿勢のまま微動だにしない彼は、すべてを見通すような魔眼でそう述べた。
ショーマからは一瞬、彼の深海のような瞳が、波間のように白く光ったように見えた。
そしてすぐに察する。
今回のプレゼンにおいて、最大の山場が訪れたことを。
「……さすがは社長、話が早いな。じゃあもう、余計なやり合いはナシだ。ここにあるストローぜんぶ、1千万円で売ってやる」
「いっ……いっせんまんえんっ!?!?」
天地がひっくり返ったような声が、周囲から沸き起こる。
「ふ……ふざけるな、このクソガキっ!」
「社長に名前を呼んでもらったからって、いい気になってるんじゃないぞっ!」
「言うに事欠いて、こんな夏休みの工作以下のストローを、1千万円だとっ!?」
「1千万といえば、宝くじの1等賞金と同じ額じゃないか!?」
「こんなもの、せいぜい1本100円……いいや、10円だっ!」
次々に飛んでくるヤジが、ショーマには有り難かった。
なぜならば、こうやって……。
「おきやがれっ! ここにいるヤツらは、揃いも揃って本当に能なしだなっ! きっと一流シェフの1万円の料理にすら、原価なら数百円とか言い出すんだろうな!」
やりこめることが、できるからだ……!
「お前ら能なしがこうやって雁首揃えて考えても、シェイク不振の打開策は無いんだろうが! それにこのまま続けたって、解決するかはわからねぇ! きっとお前らはこう抜かしてたんじゃないのか!? シェイクは日本市場には合わない飲み物だから、メニューから無くしましょう、ってな!」
図星を突かれたように、スーツの肩がビクリと跳ねる。
「そんな見当違いな結論を出すために、今までかかった費用を換算してみろっ! これだけの穀潰しどもがいるんだ! きっと人件費だけでも相当だろうなぁ!」
「こ……このっ! 言わせておけばっ……!」と激昂したオヤジが会議机に上がろうとしたが、
……ピッ!
と腐ったイチゴのような鼻先に、ストローを突きつけて止めるショーマ。
「そんな単純なこともわからねぇから、穀潰しなんだよ……! わからねぇなら計算してみなって、オッサン……! この買い物がいかに安いかってことが、すぐにわかるはずさ……!」
しかし少年はすぐに「いいやっ!」と打ち消して、バッ! と手をかざす。
「計算なんかいらねぇ! ここにいる全員が夢中になってシェイクを吸ったことこそが、何よりもの証拠……! 難しく考えることはねぇ、単純に考えてみろっ! ママのおっぱいが、たったの1千万なんだぞ!」
この極端な例えは、効果てきめんであった。
「なっ……なにっ!?」
「まっ、ママの、おっぱいが!?」
「たったの、1千万っ!?」
思考停止したようなオヤジたちに向かって、ショーマは一気にたたみかける。
「そうだ、それに思い出せ! 飯ってのは、数値や理論で食うもんじゃねぇってことを! 口で、胃で、身体全体で……! そして感情で食うもんだ! 想像してみろっ! 家族連れやカップルが、さっきのお前たちみたいに、赤子に戻ったみてぇに、夢中になってシェイクを吸う姿を……!」
「み……みんなが……」
「赤ちゃんみたいに、シェイクを吸う……」
「それも、夢中になって……」
「そうだっ! そしてそれをお前たちは、たったの120円で日本中に広められるんだぞっ!? これほどのやり甲斐のある仕事が、他にあるかっ!?」
すっかりショーマのプレゼンに心奪われてしまったオヤジたち。
とうとう、「な……ないっ!!!!」と声を揃えはじめる始末。
……ぽふ、ぽふ、ぽふ、ぽふ……。
白手袋ごしだというのに、その拍手の音はやけに大きく響いた。
ふたたび会議室じゅうの視線を集めたのは、社長のレインボーロード。
「面白いプレゼンでした。何事にも否定的な我が社の重役たちを、ここまで、しかも全員納得させてしまうとは……。いいでしょう。ショーマさんの言い値である、1千万円でこのストローを買いましょう」
もう、その決定に反対する者はいない。
――よしっ!
思わず心の中でガッツポーズを取るショーマ。
しかし後ろにいた母娘は、
「い……1千万円……!? う……うう~ん」
宝くじの1等が当たった人みたいに、目を回して卒倒していた。