17 元手づくり4
ショーマが取り出したのは、1本のストローであった。
シェイクを会議室に持ってきた平社員に手伝わせて、みなに同じものを配る。
重役オヤジたちの反応は、それみたことか、と言わんばかりであった。
「なんだなんだ、なにか仕掛けでもしてあるのかと思ったら、本当にただのストローじゃないか」
「夏休みの工作以下じゃないか、こんなの」
「これを使ってシェイクを飲めば、味が変わるとでもいうのか? バカバカしい!」
「やっぱりただの悪ガキの悪ふざけでしたな! 子供だましとは、まさにこのことだ!」
「きっと漫画の読み過ぎで、頭がおかしくなってしまったんでしょうなぁ!」
手にしていたストローをテーブルに放り捨て、ガッハッハッハッハッハッ! と笑うタヌキオヤジども。
ショーマは彼らなど相手にせず、真っ先に本丸を指さしていた。
「おい社長! お前ならこのストローの価値がわかるだろう!? さぁ、そのストローを使って飲んでみてくれ!」
玉座で優雅に足を組んでいたレインボーロードは、ショーマ特製のストローをシェイクの入れ物に挿し込みながら、口元を緩める。
「わたくしにとっても、これはただのストローにしか見えていませんよ。てっきり、精霊力を使った魔法のストローかと思ったのですが、違うようですね」
「そんな大げさなもんじゃねぇよ! だがある意味、魔法のストローかもしれねぇな! いーからそれで飲んでみてくれって!」
「いいでしょう。でも、ひと口だけですよ。それが済んだらお帰りください」
レインボーロードはなんの期待もない様子で、そっとストローを口に運ぶ。
彼にかかればシェイクのプラ容器も、高級なティーカップに見えた。
恐ろしいほどに絵になっていたその姿に、突然ノイズが入る。
美しい柳眉が、わずかに寄ったのだ。
そして、ひと口だけだと宣言したはずなのに、なおも飲み続けている。
それも、無言で……!
普段であれば、新製品の試食もひと口で終わらせ、それだけですべてを判断していたレインボーロード。
そんな彼がストローから口を離さないので、側近のふたりも、重役オヤジたちも不審に思う。
まずは両端にいたゴールデンバーニングとシルバーフリージアが、ストローを刺してシェイクを飲む。
そして彼らもまた、言葉を忘れたかのように、何も言わなくなってしまった。
ただ無心に、チュウチュウと吸う音だけが会議室に響く。
会社のトップ3人がそんな状態になってしまったので、重役たちも半信半疑であとに続いたのだが……。
さらにこの場から、音が奪われた。
いつもは聞こえないはずの、外の通りの喧噪までもが聞こえるほどに、静まりかえる。
そしてネズミが大量発生したような吸引音が、室内を席巻し……。
とうとう、止まらなくなってしまった……!
まるで、ストローに変な薬が塗ってあったかのように……。
取り憑かれたように、やめられない、とまらない……!
その様子を、見守っていたママリアとアーネスト、そして平社員は何度も喉を鳴らしていた。
「み、みなさん、夢中になってシェイクを召し上がっておられます……!」
「な、なんだかお姉ちゃんまで、飲みたくなってきたわ……! 『モンスターバーガー』のシェイクはイマイチだと思ってたのに……!」
「あ、あのっ!? みなさん、い、いったい……いったい何が、どうなっているんです……!?」
平社員がたまらず尋ねても、答えは返ってこない。
まるで母の胸に抱かれている赤子のように、誰もなにも物言わず……。
このシェイクを飲むことこそが人生のすべてなのだと、いわんばかりに……。
一心不乱に、チュウチュウ、チュウチュウ……!
やがてその夢のようなひと時も、終わりを告げる。
……ズズッ……!
レインボーロードのシェイクから、残り僅かとなったことを示すノイズが鳴る。
彼は普段はこんな『はしたない音』を響かせるような、うかつな人間ではないのだが……。
彼自身もショックだったのか、ハッ!? と我に返る。
そしてワイングラスのように摘まんでいたコップを、いやむしろストローを、しげしげと眺めた。
「これは、いったい……?」
……ズズッ……! ……ズズッ……!
両隣で、ぷはっ! と口を離したふたりの部下は。
「かあっ!? なんだこれっ!? シェイクがこんなにうまいものだったなんて……! いつの間に中身を改良したんだっ!?」
「ひゅう、違います。ゴールデンバーニング。シェイク自体の味は変わっていません」
「かあっ、なんだとぉ!? それじゃ、何が変わったってんだよっ!?」
そこまで言って、ようやく気付く。
「ま……まさかこの、ストローっ!? かっ……!? かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
やられたぁ! と顔を上げて天井を仰ぐゴールデンバーニング。
しかし、重役オヤジたちは納得いっていない。
「そ……そんな馬鹿なっ!?」
「ストローを変えただけなのに、こ、こんなに……! こんなに美味しくなるわけがない!」
「そ、そうだ! たかがストローごときで、味なんて変わるわけがないだろう!」
「そ、それも……ちょっとやそっとじゃない! この私が童心に帰ったみたいに、夢中になれるなんて……!」
真偽のほどはともかく、しゅうぶんにストローの力が広まったところで、セージはプレゼンを再開する。
「ああ、うまくなって当然だ! やめられなくなって当然だ! 俺の考えたこの特製ストローには、ある秘密が隠されてるんだからなぁ!」
「や……やっぱり! このストローには、よからぬ仕掛けがしてあるんだ!」
と脊髄反射のように批判してくるオヤジたち。
「そんな大それた仕掛けじゃねぇよ! いや、ある意味、大それてるかもな……! そのストローの秘密は、太さと厚みにあるんだ!」
「ふ……太さと厚み!? そんなのが秘密といえるかっ!」
さっきから文句ばかり言っているハゲオヤジを、ショーマはピッと指さす。
「それが重要なんだよ! おいそこのバーコード! このストローで最初にシェイクを飲んだとき、お前はどう感じた!?」
「ば、バーコード?」
「そっか、この時代にはまだなかったんだな。……いいから答えろっ! お前はどう感じたんだっ!?」
「そ、それは……! 吸いにくくなって、強く吸わないとシェイクが口に入ってこないと思った……! 正直、欠陥品だと……!」
「だが最初のシェイクが口に入ったとき、もう虜になっていたはずだ! 次のひと口、次のひと口と、夢中になってストローを吸っていたはずだ!」
「ぐっ……! た、確かに……!」
「それがなぜだかわかるか!? その吸うために必要な力や、吸ったときの感覚が……お前らが生きていくのに絶対に欠かせなかった……あるものを再現してるからだよっ!」
これはオヤジたちが、一斉にハモる。
「ぜ、絶対に欠かせなかった、あるものっ!?!?」
「そうだっ!」
と、ショーマはぐるんと身体を翻し、隣にいたママリアに向かって、ガッ! と手を伸ばし……!
「きゃっ!? しょ、ショーマさんっ!?」
驚く彼女をよそに、量感あふれるソレを、エプロンごと持ち上げ……!
「それは……『ママのおっぱい』だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
高らかに、叫んだのだ……!