16 元手づくり3
ファーストフードチェーン『モンスターバーガー』のトップにして、総合商社『モンスター社』のトップ……。
ショーマは当所、脂ぎったオッサンを人物を予想していたのだが、それとは真逆。
ゴージャスながらもすっきりと洗練された、優男ながらも鷹揚とした余裕を漂わせる、異世界人の青年実業家……。
レインボーロードであった……!
ショーマはアポなし訪問というやり方で、先制パンチを放ったつもりでいた。
しかし相手は涼しい顔で受け流し、それどころかサービス券でやり返すという、カウンターパンチ……!
取り巻きのようなスーツ姿の中年たちは、わざとらしいほどに大げさに笑っていた。
「がはははははは! 坊主、してやられたな!」
「いきなり押しかけて社長をびっくりさせようとしてんだろう、でも、残念だったな!」
「さすがはレインボーロード様! 礼儀のなってない悪ガキを、こうもやり込めるとは!」
「私は一生、レインボーロード様についてまいりますぞ!」
ちょっとムカついて、グッと歯噛みをするショーマ。
言い返そうとしたが、レインボーロードはそれすら見通しているかのように、
……スッ。
と優雅に手をかざした。
すると、下品な笑い声とヤジが、ピタリと止む。
どうやらまだ、レインボーロードのターンは続いているらしい。
彼はなにかに気付いたようで、改めて乱入してきた少年少女たちを見回し、こう言った。
「我がモンスター社は、『わくわくモンスター地下迷宮』というアミューズメント施設も経営しています。先日、日比谷公園にある施設で、初のクリア者が出たという報告がありました。それは3人組だったそうですよ」
ひとりひとりに視線を移す彼。
口調は慇懃であったが、その瞳はショーウインドウに並ぶオモチャを眺める子供のようであった。
「ひとりは、清楚ながらも妖艶な雰囲気の女子高生。ひとりは、美麗ながらも強気な雰囲気の小学生女児。そして、最後のひとりは……。幼いながらも幾多の修羅場をくぐり抜けてきたような、不敵な小学生男児……。どうやら、あなたたちのようですね」
初のクリア者と聞いて、取り巻きのオヤジたちの見る目が変わる。
「『わくわくモンスター地下迷宮』をクリアしただと……!?」
「ばかな、あんな子供たちが……!?」
「私など、休みのたびに挑戦しているのに、全然だというのに……!?」
レインボーロードはショーマのところで視線を止めると、愛おしいペットを愛でるかのように、ふっと笑む。
「多くの人たちは、わたくしにアピールするための時間を得ようと、いろいろな手を使ってくるんですよ。こうやって、押しかけてくる人も珍しくはありませんね。いつもであれば、これでお引き取りいただくのですが……。少しだけ気が変わりました。あなたたちに関しては特別に、お話を伺いますよ」
ショーマの考えは、すっかり見透かされている。
アポなし突撃はまさに、多忙であろう社長の時間を、インパクトによってもぎ取るという作戦であった。
しかし敵もさるもの、奇襲攻撃には慣れっこのようで、軽くあしらわれてしまった……。
と思われたのだが、僥倖が少年を救う。
『わくわくモンスター地下迷宮』の初のクリア者ということで、話をするチャンスを得られたのだ……!
それは取り巻きたちが、到底信じられないようなリアクションをしていることからも、千載一遇の機会であることは明白であった。
ショーマはさっそく話を切り出そうとしたが、ピッ! と白い指先で遮られてしまう。
「ただし、あなたがわたくしに発することができるのは、一言だけです。わたくしはその一言で、続きを聞くに値するかどうかを判断しますよ。ですからよく考えてから、発言してくださいね」
「うっ……!」
少年は、さっそく出鼻をくじかれてしまった。
そして当所の勢いを、すっかり削がれていることに気付く。
――交渉を有利に進めるために、アポなし突撃したっていうのに……。
いつのまにかペースを、すっかり奪われちまった……!
コイツ、口調と物腰は丁寧だが、只者じゃねぇ……!
かなり、できるっ……!
それどころか知らず知らずのうちに、瀬戸際に立たされちまった。
このままじゃ、ただのヤンチャな悪ガキとして処理されちまう……!
ここから巻き返すには、とびっきりの一言をぶつけてやるしかねぇ!
その一言でヤツの興味を引けなければ、終わる……!
せっかく作り上げたモノも、お蔵入りになっちまう……!
考えろ、考えるんだ……!
いまこの場でなにを言えば、ヤツの度肝を抜ける……!?
そして少年は、吟味した一言を紡ぎ出した。
「……いまお前たちがこうやって、雁首そろえて顔付き合わせてる理由を、俺は知っているぞ」
それは、いちかばちかの賭けであった。
「ほう?」と続きを促すような反応を示すレインボーロード。
「ある商品の売り上げ不振で、それをなんとかするために話し合ってたんだろう?」
「ほう……? ぼうやがどうやってそれを知り得たのかはわかりませんが、その不振を解決するための売り込みというわけですね?」
「さすが社長、察しがいいな。俺のアイデアを採用すれば、爆売れ間違いなしだぞ……!」
しかしそれに異を唱えたのは、オヤジ連中。
「ばかな! それは我々もずっと頭を悩ませていることなんだぞ!」
「販売データや現地での視察などを通して、多角的に分析しているのに、不振の原因はまるでわからないというのに!」
「大人のワシたちが大勢集まって知恵を出しても解決しないことが、お前みたいなガキになんとかできるわけがないだろう!」
社長のレインボーロードよりも、スーツ姿のオヤジたちの相手のほうがショーマにとってはたやすかった。
びっくりするほど頭が堅いし、なによりも単純だったからだ。
少年はようやく、いつものペースが戻ってくる手応えを感じていた。
「まあまあ、慌てんなってオッサン。慌てると抜け毛も早くなるぞ。髪は長い友達なんだから大切にしてやんな。……よっと!」
ショーマは軽口を叩きながら、会議室の長テーブルにあがる。
身長差のせいで、ずっと見上げていた彼であったが、これでようやく逆転。
この場にいる全員を、見下ろす立場に……!
「首をずっと上に向けっぱなしだったから、疲れちまった。でもこれでだいぶラクになったぜ」
首をコキコキ鳴らす少年を、あんぐりと見上げるオヤジ連中。
次に飛んでくるのは文句だとわかっていたので、さっさと話をすすめる。
「よぉし、今から俺の言うモノを人数分用意するんだ! なあに、ココならすぐ用意できるもんだ!」
銀行強盗のような態度で、彼が要求したのは……。
もう、おわかりであろう。
そう、『モンスターバーガー』のシェイク……!
社長指示により、できたてのソレがすぐに用意され、社長をはじめとする全員に配られる。
ショーマはその間に、ママリアとアーネストも壇上に上げた。
高い所が好きなアーネストは嬉々としていたが、ママリアは「あの、お行儀が……」としきりに気にしていた。
そして彼女が高いステージのような場所に上がると、これからポールダンスでも始まるかのような、なんともいえない独特の雰囲気が漂う。
そんなことはさておき……少年はいよいよ、本格的なプレゼンに入った。
「さあさあお立ち会い! 女は愛嬌、男は度胸! 見なきゃ損だよ! 飲まなきゃダメだよ! あらあら、でもってこのシェイク、ぶっちゃけあんまり売れてない! ぶっちゃけあんまり美味しくない! そりゃあそうさ、なんたって肝心なモノが疎かになってるんだからなぁ!」
子供とは思えない叩き売りのような口調に、「肝心なモノ……?」と反応するオヤジたち。
「そうさ、よく言うじゃないか! お江戸はご家老、オヤジは過労! カマキリ蟷螂、アメリカハローでシェイクはストロー! ってな!」
……ビシイッ……!
とキメ台詞とともに取り出されたのは、なんと……。
何の変哲もない、ただのストローであった……!