15 元手づくり2
『モンスターバーガー』本社の受付は、突如乱入してきた3人の子供たちによって、騒然となっていた。
大人たちに囲まれても全く動じる様子もない、ツインテールの少女と……。
ひたすらあわあわ、胸をふるふるさせてキョドる、エプロンの少女……。
そしてそのふたりをお供のように従えていたのは、この場でいちばん小さく幼い存在。
しかし、他の大人たちをさしおいて、誰よりも偉そうだったのは……。
不敵な笑みを浮かべる少年、ショーマであった……!
彼は、メガネをクイと人さし指で直しながら、受付に向かって言ってのける。
「社長、いるか?」
妙にこなれた口調だったので、受付嬢のエルフは社長の息子かなにかと勘違いしかけた。
しかし社長はまだ独身であることを思い出す。
「あ、あの、どちら様でしょうか? ただいま社長は会議中でございます。それにアポイントのない方とは、お会いには……」
案内の途中で「会議室だな」と歩き出すショーマ。
受付から社内へと立ち入ろうとしたところ、駆けつけた屈強な警備員たちに壁のように立ち塞がられてしまった。
しかし少年は眉ひとつ動かすことなく「やれ」とだけ言う。
すると、「本当に、いいのでしょうか……?」と困惑しきりのママリアが、警備員たちの前に立ち、
「あ、あのぅ……。うちのショーマさんが、社長さんとお話がしたいって、おっしゃっておりまして……。ご迷惑かと思うのですが、ほんの少しだけ、お時間を頂けませんでしょうか……?」
小首をかわいく傾げ、大きな胸の前で、拝むように手を合わせる。
そして、「ねっ?」と甘えながら、両目をパチパチ。
本人的にはそれでウインクのつもりなのだが、その拙さがかえって愛らしい。
必殺の『おねだりポーズ』を受けた警備員たちの頬に、ほんのりと赤みがさす。
この『モンスターバーガー』本社はまだ小さいながらも、警備は厳戒で有名であった。
警備員たちは『オーガ』というモンスターで構成されており、彼らは些細なイタズラによる侵入者でも、ボコボコにして放り出すほどの容赦のなさ。
その厳しさから、まさに『鬼』と呼ばれている彼らであったが、ママリアの魅了にかかっては、
「しょ……しょうがないな……今日だけだぞ」
孫娘にせがまれた、お爺ちゃん同然……!
それどころか、
「社長のおられる会議室に連れて行ってあげるから、ついてきなさい」
案内まで買って出てくれる始末……!
オーガたちに付いて行くショーマ。
会議室までの道中、思っていた以上に魅了が強力だったので、ママリアをほめてつかわす。
「いいぞママリア。やっぱりお前を連れてきて正解だった」
いつもであれば、ショーマに感謝されることほど嬉しいことはないママリアであったが、この時ばかりは複雑な表情であった。
「あ、ありがとうございます……。あの、ショーマさん……。本当は魅了は地下迷宮以外では使ってはいけないことになっているんです。あの、本当に今回だけですよ?」
「そんなに気にすることないと思うんだけどなぁ。あ、そうだ。いっそのこと社長をたらしこめば、一気に大金持ちになれるな」
「そ、そんな! 魅了は精気を分けて頂くためにあるのです。お金を頂くだなんて、とんでもありません!」
そんな恐ろしいこと、考えもしなかったとママリア。
淫魔なのに、悪魔のささやきを聞いてしまったかのように、身体をこわばらせている。
並んで歩いていたアーネストは呆れた様子で溜息をつくと、ショーマを横目で睨んだ。
「はぁ、目覚めてからのショーマって、本当にロクでもないことばっかり考えるわねぇ。勢いでここまで付き合ってあげたけど、あんたの考えてる『プレゼン』ってヤツはちゃんとしてるんでしょうね? そうじゃなきゃお姉ちゃん、承知しないわよ?」
「大丈夫だ、見てろって。俺の魅了を見せてやるから」
オーガたちに案内されたのは、全面曇りガラスでうっすらと中が見通せる会議室であった。
中には大勢の人影が会議机に向かい、話し合いの真っ最中。
アーネストは、まるで地下迷宮探索における役割分担のように前に出て、両開きの扉の前に立つ。
そして、
……ズバァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
またしても、蹴破ったっ……!
「なっ……なんだっ!?」
バッ! と一斉に振り返る、スーツ姿の大人たち。
奥に向かって広がる長い会議机。
いかにも重役っぽい、スーツ姿のオジサンたちが唖然とした様子でショーマたちを見る。
「ちょっと、邪魔するぜ」
しかしショーマはそんな雑魚たちに用はないとばかりに、ずかずかと中に踏み込み、奥へ奥へと進んでいく。
最深部の上座は、会議室というよりも謁見台のように数段高くなっていて、3人の男たちが鎮座していた。
中央に、王座のような椅子に座る、褐色の肌の男。
アーネストや受付嬢と同じく、長い耳が横に飛び出ていたので、ショーマはすぐに察する。
――コイツは、ダークエルフか……!」
その男は、さすがエルフだけあった。
アーネストに負けないほどの美しく長い金髪に、目の醒めるのような美貌。
スーツではなく白いタキシードに身を包み、胸には虹色の薔薇を刺していた。
サラリーマンというよりもキザなファッションモデルといった風情だが、どうやらこの男が『モンスターバーガー』の社長らしい。
まだ十代後半かと思えるほどに若々しく、オッサン臭を漂わせる重役たちとは対象的であった。
両脇には、側近のようなふたりの青年。
炎のように燃え上がる真っ赤な赤髪と、深紅のタキシード。
氷のように撫でつけられた青髪と、紺碧のタキシード。
これまたサラリーマンというよりは、オラオラ系とヤレヤレ系のホストのようであった。
ショーマの接近に気付くと、赤髪のほうが立ち上がろうとしたが、それより早く青髪が吹雪のような溜息で制する。
「ひゅう。待て、ゴールデンバーニング。我が君が興味深い顔をなされておる。排除は早計なのではないかな」
「かあっ!? 止めんじゃねぇよ、シルバーフリージア! 我が君に近づくヤツは、ぜんぶブチのめしてやるんだよっ!」
しかし、『我が君』と呼ばれたダークエルフが手をかざすと、ふたりはピタッと言い争うのをやめ、跪くようにうつむいた。
謁見台の前で止まったショーマは、異世界からやって来た空気の読めない冒険者のように、王に問う。
「あんたがここのトップか」
その無礼千万たる態度に、「無礼者!」と側近たちから怒鳴られてしまったが、少年はどこ吹く風。
そして王も、風のように笑っていた。
「はい。わたくしは『モンスターバーガー』の会長であり、『モンスター社』の社長……レインボーロードですよ」
すっと立ち上がったレインボーロードは、宝塚のトップスターのような優雅さで、小階段を降りる。
ショーマの横を通り過ぎ、後ろにいたママリアとアーネストの前に立つ。
「美しいあなた方には、これを」
……ピッ!
手品のように、白い手袋から取り出された、2本の薔薇。
ピンクの薔薇をママリアの髪に、オレンジの薔薇をアーネストの髪に、やさしく差し込んでいた。
そして、振り向いた少年に対しては……。
……ピッ!
一枚の紙切れだった。
「『モンスターバーガー』のサービス券ですよ。ぼうやはそれを持って、お帰りなさい」
髪に紙切れを差し込まれたショーマを、どっ! とした笑い声が包んだ。