11 わくわくモンスターダンジョン2
『わくわくモンスター地下迷宮』の探索を再開したショーマ一同。
そして少年は、生まれて初めての……。
いや、前世を含めても初めての、『戦闘』というものを体験する。
あくまで模擬でしかないのだが、相手はリアルモンスター。
初戦のゴブリンは、まったく当たらなそうな距離で棍棒をスカらせ、わざとらしく前のめりになる。
頭に付けた紙風船を、背の低い子供にも届くようにしゃがみこんで差し出してくれたので、ショーマは手にした剣で、
……パアン!
と叩き割った。
すると「やられたーっ!?」とばかりに、
「ギャーッ!?」
と頭を押えながら悲鳴をあげ、キリキリ舞いしてバタンと倒れる。
だれがどう見ても完全に接待モードだったので、心は年寄りのショーマにとってはつまらないかと思われたが、
――やべ、めっちゃ楽しい……!
外見ばかりか中身まで6歳に戻ってしまったかのように、楽しんでいた。
そうこうしているうちに、地下2階へと続く階段にたどり着く。
階段の前には宝箱があったので、開けてみると……。
次回から使えるという、割引券つきのポケットティッシュが入っていた。
ショーマ、アーネスト、ママリアの3人パーティはその後も快進撃を続ける。
しかし低層階のうちは、すすんでやられ役を引き受けていたゴブリンたちも、地下5階にさしかかる頃には目の色が変わってきていた。
彼らは本当に殺してきそうな勢いで、ギャアギャアと棍棒を振り回してくる。
その『ガチモード』に大喜びしていたのは、他ならぬアーネストであった。
「ようやく本気になったようね! そうじゃなくっちゃ面白くないわ!」
彼女は丸めた布団のような大剣を、ツインテールとともにブオンブオン振り回してゴブリンたちをブッ飛ばしていた。
しかし次々と現れる新手に、とうとう取り囲まれてしまう。
初めて訪れたピンチであったが、全く動じないアーネスト。
むしろチャンスが訪れたとばかりに、吊り上げた目尻をギラリ輝かせると、
「いくわよっ! 大剣技っ! ……『小太陽の大車輪』っ! でりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
片脚を軸にして、その場で竜巻のように回転。
ヘリのローターのように真横に広げた大剣で、周囲にいるゴブリンたちをまとめて薙ぎ払うっ……!
「ギャアァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」
幾重にも折り重なる悲鳴。
ショーマは姉の無双っぷりに、思わず見とれてしまっていた。
――すげえ!
アーネストって、剣術スキルの使い手だったのか!?
そうか、よく考えたらアイツもモンスターと同じ、異世界人だったよな!
そこでふと、もうひとりの異世界人のことが気になってしまう。
見やると、母も同じようにゴブリンたちに囲まれていた。
しかしその様子は、殺伐としていた姉とは真逆。
戦闘中だというのに和やかで、まるで幼稚園のようなホンワカした雰囲気であった。
おゆうぎをしている園児のように、輪なったゴブリンたち。
その真ん中には、保母さんのようなママリア。
彼女は乳牛のように胸が垂れ下がるのもかまわず、前かがみになってゴブリンたちにニコニコと微笑んでいる。
「こんにちは、ゴブリンさん。えっ? ナデナデしてほしい、ですか? かしこまりました。ナデナデさせていただきますね。あっ、でも頭に紙風船がありますので……」
ママリアがそう言うなり、ゴブリンたちは自らの手で頭上の紙風船を叩き割っていた。
パンパンと賑やかな音を響かせる園児たちの瞳はつぶらで、よく見るとハートになっている。
「アレは淫魔のスキル、魅了よ」
と、いつの間にかショーマの横にいたアーネストが教えてくれた。
「今は紙風船だからあの程度で済んでるけど、本当の地下迷宮だったら、ゴブリンたちはいまごろ自分の首を掻き切ってるでしょうね」
ママリアの性格からするに、たとえ本物のダンジョンであったとしても、そんな残酷なことをするとは到底思えなかった。
でも、それが可能なだけの力を、彼女は持ち合わせているということなのだ。
――もしかしたら自分は、とんでもないヤツらと一緒に暮らしてるんじゃねぇか……?
少年がそんなことを思っていると、母が戻ってきた。
「お待たせいたしました。ママのほうのゴブリンさんたちは、みんないい子さんでしたよ、うふふ」
そう言って聖母のように微笑む彼女に、ショーマは背筋にゾクリとしたものを感じずにはいられなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
道中の宝箱で、いっぱい景品をゲットしたショーマ一行。
ついに最下層である10階の最深部までたどり着き、ボスと対峙していた。
作り物の金銀財宝をバックに、玉座にふんぞり返っている、人型の豚。
モンスターバーガーの厨房にもいた『オーク』である。
「ブヒヒヒ……! よくぞここまで来た、冒険者たちよ……! でも、この俺様には絶対に勝てない……! なぜならば、貴様らの戦闘力は、3人あわせてもたったの50……!」
この時、ショーマはすっかりこの世界に入り込んでいたので、親の仇のようにボスを睨みつけていた。
「それに引き換え、この俺様の戦闘力は……! なんと、53……! ブヒヒヒ……! どうだ、驚いたか……!」
ショウマは思う。
どうせ演出なのだろうから、もうちょっと大きめの数値を言ってもよいのではないか、と。
普通こういう時は、53万とかの絶望的な数値を突きつけて、盛り上げるべきなのではないか、と。
まぁ、そんなことはさておき……。
勇者のように堂々と前に出たショーマは、ボスに向かって啖呵を切る。
「たとえお前がどんなに強大であれ、俺たちが必ず倒してみせる! なんたってこっちには、頼もしい味方がいるんだからな!」
ショウマは思う。
でもよく考えたら、お姉ちゃんとお母さんなんだよな、と。
まぁ、それもさておき……。
「ブヒヒヒ……! ではその頼もしい味方がいなくなったら、どうなるかなぁ……?」
パチンッ! とオークが指を鳴らすと、パカンッ! と母娘の足元が開き……。
緑色の液体で満たされた穴の中に、真っ逆さま……!
「キャアアアーーーッ!?」「あぁぁ~れぇぇ~っ!?」
ぽっかり開いた穴に、ショーマは急いで駆けつけようとしたが、その必要はなかった。
妙に浅くて、ふたりとも肩から上が出ていたからだ。
落とし穴というよりも、入浴剤を張った湯船に浸かっているようにしか見えない。
しかしそれは、そんな生やさしいものではなかった。
「えっ!? もしかしてこれ、スライム!? やだぁ、ネバネバするぅ!」「ああっ、スライムさんっ! おいたはいけませぇん!」
スライム風呂のなかで、苦しそうに身をよじらせるアーネストとママリア。
ボス部屋に来てから脱力シチュエーションが続いていたが、ついに来たかとショーマは向き直る。
「これはまさか、衣服を溶かすスライム!? 殺さずに、死ぬよりも恥ずかしい辱めを与えようというのか! おのれ、許せんっ!」
しかしオークは「いやいやいや」と手と首を左右にパタパタ振っていた。
「いや、それ無毒のスライム。ゲストの服なんて溶かしたら、苦情の嵐だから」
「そこは、有毒にしとけ! お約束に従え!」
ついにショーマは声に出してしまった。
怒髪天を衝くほどの、大声を……!
「貴様……許せんっ!!」
勇ましく剣を構える少年に、ボスは高らかに笑った。
「ブヒヒヒ……! たったひとりでこの俺様に立ち向かおうというのか……! 賞金を渡してしまうとキャストのアルバイト料から引かれるから、こうやって挑戦者をひとりだけにして、何としても失敗させようとしているのも知らず……!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
少年は絶望的、そして茶番的な状況にも屈せず、最後の戦いに挑む……!
未来を、切り開くために……!