10 わくわくモンスターダンジョン1
『日比谷公園 わくわくモンスター地下迷宮』には長い行列ができていたが、待ち時間はほとんどなかった。
客は洞窟に吸い込まれていくように消えていき、ショーマたちの番になる。
3人あわせて2600円を支払うと、スタッフから小部屋に案内された。
貸し切りのように誰もいないそこは更衣室になっていて、好きな装備に着替えられるらしい。
まずは武器のチョイス。
ショーマはよくわからなかったので、もっとも標準的な、片手用の長剣を選んだ。
といっても子供サイズで、小さなショーマでも扱いやすい。
そしてバラエティ番組とかで出てきそうな、ふにゃふにゃの柔らかい剣だった。
アーネストは自分の身体よりも大きい、両手用の大剣を選んだ。
ちょっとしたサーフボードくらいあるが、これもクッション素材でできているので、小学生の女の子でもビュンビュン振り回せる。
ママリアは、魔法使いが持っていそうな杖。
樫の杖もあったのだが、かわいいからという理由でねじり飴みたいなカラフルなものを選んでいた。もちろんそれも、マシュマロのように柔らかい。
武器を選んだあとは、防具に着替え。
武器はオモチャのようだったが、防具は本物だった。
ショーマとアーネストは、子供用の魔法の鎧を着用。
アーネストが言っていたように、魔法のかかった鎧は金属でできているのに、驚くほど軽かった。
そしてママリアは魔法使い用のローブを選んだのだが、いちばん大きいサイズでも胸がぜんぜん入らなくて、半分くらいはみ出していた。
ちなみに本来は更衣室は男女別なのだが、ショーマは小さかったので女子更衣室に入った。
しかし着替えの時はアーネストから目隠しされ、母娘の肝心のシーンは見ることができなかった。
『わくわくモンスター地下迷宮』のルールはこうだ。
道中に現れるモンスターや罠の困難を乗り越え、最深部にいるボスモンスターを倒すとクリア。
着用している鎧やローブにはところどころに紙ふうせんが付いており、ぜんぶ割られてしまったら『死亡』となる。
参加者のなかでひとりでも死亡者がでたら失敗となり、そこでゲーム終了。
襲ってくるモンスターにも同じく紙風船が付けられているので、それを武器で叩き割ったら倒したことになる。
武器はオモチャだったし、ルールがおままごとみたいだったので、ショーマは正直あんまり期待していなかったのだが……。
ルール説明を聞き終えて、更衣室から出た先にあった洞窟がガチ地下迷宮だったので、考えを改めた。
通路には灯りこそあって視界に困ることはなかったが、吹き抜ける風は冷たくて不気味。
奥からは、ギャアアアとか、ブヒィィィなどの、いかにもモンスターっぽい雄叫びが聞こえてくる。
そしてまわりには誰もおらず、スタッフもどこかへ行ってしまったので、本当に地下迷宮に置き去りにされたような気分になってしまった。
しかしふと、ショーマは気付いた。
「あれ? 俺たちの前にも後ろにも、たくさん行列ができてたけど……他の客の姿がどこにも見当たらないな?」
アーネストが、「たぶん、『インスタンス』でしょうね」と教えてくれる。
『インスタンス』というのは、入ったパーティ単位によって、次元の異なる地下迷宮になるというもの。
「よくわからんが、貸し切りってことか?」
「そういうことね。それよりも早く行きましょうよ! ショーマ、お姉ちゃんのあとに続きなさい! ママはしんがりよ!」
血が騒いでしょうがないといった姉を先頭に、一同は地下迷宮攻略を開始する。
何のためらいもなくズンズンと進んでいく彼女のあとについていくと、開けた場所に出た。
そこには2匹のゴブリンたちがたむろしていて、ショーマたちを見るなり、
「ギャーッ!」「ギャーッ!」
と綿菓子のような棍棒をもって、のたのたと襲いかかって……。
「どぅりゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
来るよりも早く、蛮声が耳をつんざいた。
脊髄反射のような速さで地を蹴ったアーネスト。
短距離走者のような走りでゴブリンに一気に詰め寄ると、
「ちょわぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
全力の跳び蹴りを、緑の顔面に、叩き込んだっ……!?
……ゴシャァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーッ!!
ひしゃげた顔で吹っ飛んでいくゴブリン。
アルバイトの彼にとっては悪夢のような先制攻撃であったが、それだけでは終わらなかった。
いっしょに飛んでいたアーネストは、流れるようにマウントの体勢に移行。
そのままアルバイトの彼に、パンチの雨を浴びせはじめたっ……!
……ガスッ! ゴキッ! グシャッ! メキッ!
彼女は武器であるはずの背中の大剣には触れもせず、殴る、殴る、殴る……!
その様は蛮族を彷彿とさせたが、蛮族でも剣くらいは使う。
今の彼女は、蛮族が連れた狂犬さながら……!
同僚のアルバイトゴブリンが止めに入っていたが、肘打ちをくらってあっさり倒されていた。
ショーマとママリアはドン引きしてしまい、「怖い怖い」と身体を寄せ合う始末。
すると洞窟の壁がパカッと開いて、中からスタッフが飛び出してきた。
「お客様! お選びになった武器以外での、モンスターへの攻撃はおやめくださいっ!」
それでやっと、引き剥がされたアーネスト。
「なによ! モンスターへのボディタッチだったら、少しくらいだったらオッケーだって、ルール説明の時に言ってたでしょうが!?」
「それは、記念撮影とか握手とかです!」
「興奮して、少しくらい手が出ることもあるでしょうが!」
「顔の形が変わるまで殴ることを、『少し』とはいいませんっ!」
「ケチくさいこと言うんじゃないわよ! うがーっ!」
すっかり興奮したアーネストをショーマがなだめ、怪我したゴブリンと怒ったスタッフにママリアが平謝りすることでなんとか許してもらった。
本来なら即座に失格で、それどころか出禁を言い渡されてもおかしくないのだが……冒険を続行することができた。
この時代は今にくらべると、だいぶ大らかだったのである。