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昭和転生  作者: 佐藤謙羊
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01 地獄から天国へ

『イエス、なにかご用ですか?』



 男の目の前には、弾む七色のボールが浮かび上がっている。

 もはや光のない瞳にそれを映しながら、彼は心の中だけで、念仏のようにつぶやき続けていた。



 ――そうだ、これは夢なんだ……。

 こんな大人になっちゃダメだっていう、長くて悪い夢なんだ……。


 誰も愛せず、誰からも愛されず……。

 未来どころか明日への希望もない、生き方をして……。


 こんな真冬で電気も止められて、ゴミだめの中で胎児みたいに丸まって、寒さもしのけず……。

 発作を起こしているのに救急車を呼んでくれる人もおらず、苦しみながら死んでいくような……。


 そんな大人になっちゃダメだって、俺に教えてくれているんだ……。


 この夢が醒めたら、俺はまだ6歳の夏休みで……。

 風鈴の音を聞きながら起きて、朝ご飯を食べながら、朝のドラマを観て……。


 涼しいうちに宿題をすませて、午後からは思いっきり遊ぶんだ……。

 プール、虫取り、花火大会……。


 そして、そして……!



「……はぁぁぁぁぁっ!?!?」



 絶望とも希望ともつかぬ悲鳴とともに、男は飛び起きた。


 そして、まるで深い水底からあがったばかりのように、息を貪る。

 身体は本当にびっしょりに濡れている。


 汗が垂れるあまり、メガネのレンズが濡れたので、外して拭った。

 すると、自分の服装が見覚えのないものであることに気付く。


 クマやウサギの継ぎの当てられたタンクトップ、そしてブリーフが、身体に張り付いていた。


 彼はブリーフではなくトランクス派だ。

 ブリーフは小学校の卒業と同時に卒業し、あとはずっとトランクスだった。


 部屋で倒れた時は、上下ともスウェットだったはずなのに……。



「……? なんだ、これ……?」



 汗のしたたる顔をあげると、目の前に古めかしい鏡台があった。

 鏡面には、紫色の布がかけてある。


 彼の子供のころはこんな鏡台を置いてある家はそこらじゅうにあったが、今は……。


 いや、今はそんなことはどうでもいい。

 そこは、目に映るものも、耳に入ってくる音も、そして漂う香りも何もかもが、男の知らぬものばかりだったからだ。


 四畳半くらいの小さな部屋で、ものすごくボロっちい。

 畳張りに砂壁という、今時なかなか見ない古い家屋だ。


 開けっぱなしの縁側からは朝の日差しと、颯風に揺れる風鈴の音が入り込んできている。

 そこは決して静かな空間ではなく、むしろうるさいくらいだった。


 庭の木、そして垣根から覗く木造の電柱にはセミが張り付いていて、けたたましい鳴き声をあげている。

 さらに隣の家からだろうか、ジリリリリンという黒電話のような音がさらにやかましい。


 視界も聴覚も、まるで数十年前にタイムスリップしたかのようであった。


 しかし、匂いだけは悪くない。

 かつて男がいた、腐ったタマネギみたいな悪臭ではなく、味噌汁の香り。


 さらに、甘いミルクの香りが、だんだん強くなってきて……。



 ……ぼみゅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!



 男の身体は突然、横薙ぎの力で押し倒されてしまった。



「ショーマさんっ! やっと起きたんですねぇーーーーーーーーーーーっ!!」



 耳に絡みつくような悲鳴と、無限のやわらかさが、男の顔を包み込む。

 地獄から天国に叩き上げられたような、五感すべてが喜ぶような衝撃に、彼は思わず叫んでいた。



「なっ……なにコレ!? もしかしておっぱい!? いい旅夢気分!?」



「もしかしなくてもおっぱいですよ! ママのおっぱいですよ! さあショーマさん、思いっきりちゅうちゅうしてください! ちゅうちゅうって!」



「ちゅ……ちゅうちゅう!? いいんすかっ!? ちゅうちゅうしちゃっても!」



「もちろんですよ! だってママのおっぱいは、ショーマさんのおっぱいなのですから……!」



「ま……マジでっ!? なら、遠慮なく……!」



「いい加減に、しなさぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!!」



 どこからともなく稲光のような一喝が割り込んだかと思うと、



 ……ガンッ! ガスッ!



 落雷のようなゲンコツが降り注ぎ、ふたりはその威力に悶絶した。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 男は思った。



 ――ショーマはたしかに俺の名前だ。

 でもそれを知るふたりは、いったい何者なんだ……?



 ショーマはタンクトップにブリーフ一枚の格好で、ちゃぶ台に座っていた。

 目の前には、ふたりの少女が。


 ひとりはショーマに抱きついてきた少女。きちんと脚を揃えて正座をしている。


 色白の肌に、ハの字を描く柳眉に長いまつげ。

 大きな瞳は(まなじり)で垂れていて、ワンポイントの泣きぼくろ。


 いや、ツーポイントであった。血色のいい口元にもほくろがある。

 いかにも人の良さそうな笑顔をニコニコと浮かべているので、実に人なついこい雰囲気。


 頭に巻いた白い三角巾から覗く、薄ピンクのロングヘア。

 夏用のセーラー服にエプロンという、さながら家庭科の授業に臨む女学生といった感じなのだが……。


 先ほどショーマも驚愕したように、思わず五度見してしまうほどにデカいのだ。


 まるで服の中に風船を入れる罰ゲームの最中なのかと思うほどに、胸がとにかく盛り上がっている。

 きちんと結ばれた制服のリボンも、とても窮屈そうであった。


 まだあどけない顔と格好からするに、おそらく女子高生なのだろう。

 でも人妻と言われても納得できるような、なんともいえないエロスを感じる。


 彼女は全体的には清純なはずなのに、一部のパーツのせいでとんでもなく淫靡に見えてしまうのだ。

 そのせいで、ショーマはコスプレ風俗に来てしまったかのような違和感を覚えていた。


 そしてもうひとりは、のっけからショーマを殴りつけてきた少女。正座ではなく、それを崩したような女の子座りをしている。


 日に焼けた健康的な肌に、キッと吊り上がった眉と長いまつげ。

 大きな青い瞳はサファイヤのようにゴージャスに、そして強気にらんらんと輝いている。


 しかし何が気に入らないのか、ムッとした表情を常に保っており、実に近寄りがたい雰囲気。


 しかし髪は思わず五度見してしまうほどの見事な金髪ロング。

 それをリボンで結ってツインテールにしているので、それだけでもうたまらなく愛らしい。


 白いワンピースにはところどころ、ネコやチューリップのアップリケ。

 顔だちは幼くて身体もすとんとしているので、小学校の中学年くらいであろうか。


 異国から来たお姫様のような、高貴で豪奢な雰囲気をバッシバッシと放っている。

 それがこのボロ部屋には似つかわしくなかったので、先の少女と同じくショーマは違和感を覚えずにはいられなかった。


 とりあえず、ショーマは彼女たちと二言三言、言葉を交わしてみたのだが、あまりにも要領を得なかった。

 こっちは全然向こうのことを知らないのに、あっちはまるで家族のように馴れ馴れしい。


 しょうがないので、自分の記憶はちょっと混乱しているようなので、いちから説明してもらうよう頼んだ。


 高校生の少女は心の底から心配そうにずいと前に出て、小学生の少女は心の底から不愉快そうにそっぽを向く。



「ショーマさん、ずっと眠られていて、いま起きたばかりですから無理もありませんよね。まずは、名前からですね。ママは、ママリアと申します。ショーマさんのママですから、ママとお呼びになってくださいね」



「フン! どーせ心配してもらいたくて、記憶喪失のフリでもしてるんでしょ!? まぁいいわ、付き合ってあげる。お姉ちゃんはアーネスト! あんたのお姉ちゃんよ!」



 自室で死にかけていた男、ショーマ。

 最後の刻を迎えようとしていた彼は、なぜか再び目覚めた。


 そこは時代に取り残されたような、見知らぬボロ部屋で……。

 目の前にはママとお姉ちゃんと名乗る、謎の美少女たちが……!

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