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発達障害と僕  作者: 日本のスターリン
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第一章

 陸上自衛隊の着隊が決まり、僕が陸上自衛隊の駐屯地に行く日がついに来た。僕は両親に送られ陸上自衛隊の駐屯地に着いた。緊張はしていたが、それとは別に嬉しかった。いよいよ人生で初のお金を稼ぐ仕事ができるのである。それまでは選挙の立会人を1度やった限りで、アルバイトもした事がなかったのだ。

 無事着隊を済まし、自衛官候補生となった僕は4班に配属された。そして、班員と共に居室に移動した。今日からここで寝泊まりするのである。各班員の自己紹介が始まる。


僕「赤井昴、22歳です。社会貢献したいと思い自衛隊に入りました。」


 しかし、僕は例によって他の班員の顔と名前は全く覚えられなかった。だが、ベッドにはそれぞれの名札が貼ってあり、人数も学校と比べれば遙かに少ないため覚えられるのは時間の問題だ。


班長「煙草を吸う奴手挙げろ~。未成年とか関係ねぇから。そんなの気にしなくていいから、正直に手を挙げろ~。」


 班長は、未成年含む喫煙者を喫煙場に連れて行った。規律に厳しいはずの自衛隊で未成年者の喫煙が許可されている事に僕は違和感を覚えた。

 異変が起こったのはお風呂の時間である。お風呂を上がる時間を間違えて覚えていてしまっていたのだ。僕は一人だけ他の班員より遅れてお風呂から出てしまった。班長に時間が遅れた事を注意されてしまった。上がる時間を覚え間違えたとは言えずに、素直に謝った。この時は初日だったので軽い注意だけで済んだのである。

 しかし、次の日以降もミスが相次いでしまう。物を片付け忘れて出かけたり、持って行くものを間違えたりなどのミスを繰り返してしまう。最初の内はその日にミスした事をメモして次は間違わないようにしようと思っていたが、メモするのも諦めるくらいにミスを連発し続けたのである。また、食事が異常に遅く班員や他の班の班員からも白目で見られた。他の班員は10分ぐらいで全て食べてしまうのに僕は速く食べる事ができずに、白い目で見られた。全員が食べ終わらないと「ごちそうさま」ができないためだ。

 事件が起こったのは着隊してから二日後の事だった。居室で裁縫をしていた時の事である。縫い針を無くしてしまったのだ。班長の命令により、班員全員で居室内での無くした針の捜索が始まった。しばらく探し続ける事となり、その間他の班員も裁縫を中断しなければならなかった。この事で他の班員に恨まれてしまった。特に19歳の班員の見尾口零はこの事をかなり根に持っていたようであった。零は黒縁眼鏡をかけており、出っ歯で小柄な体格であった。しかし、高校生の頃運動系の部活をやっていたようで見かけによらず筋肉はあるようだ。

 その日、清掃の時間になると、班員が分かれて別々の場所を清掃する事になっているのだが、零は僕と同じ清掃場所になる事にあからさまに不満を示した。


零「これと一緒にやるの?」


 あからさまに僕の方を見ながら他の班員に漏らした。わざとだろうが僕にも聞こえる声で言っていた。結局他の班員の配慮により零と僕は別々の清掃場所に割り当てられた。そんな零は自衛隊生活の必須アイテムとも言える腕時計を持ってきておらず、僕は腕時計を予備として2つ持ってきていたため、零に一つ貸していたのだが、零はその恩は全く感じていないようだった。

 そして、その日の夜の消灯後の事だった。同じ班員の玖保田・ピーターに起こされた。ピーターはエキゾティックな顔立ちをした19歳のハーフであり、体格もがっちりとしていて典型的な体育会系の人間であった。

 ピーターは僕を酷く怒鳴った。針を失くした事などそれまでの僕のミスを怒ったのである。


僕「針を無くしてしまってすみませんでした。」 


 僕は針を失くした事を班員全員に謝った。しかし、ピーターの怒りは収まらなかった。


ピーター「あんた、何かおかしいんじゃないの?」

僕「すみません…。」

ピーター「なんか病気あるなら正直に言え。」


 僕を怒鳴りつめた。その時、4年前の事が少しだけ頭を過った。しかし、はっきりとは思い出せなった。しかし、ピーターはさらに僕を怒鳴りつけた。たまらずうろ覚えの記憶で言葉を振り絞った。


僕「『学習障害がある』と言われた事があります…。」


 僕が言われたのは学習障害ではなく発達障害であったが、この時は思い出せず、記憶違いでつい学習障害と答えてしまったのである。しかしピーターや他の班員はそれで納得した。


班員A「よく気が付いたね。」


 他の班員がピーターを褒めた。僕はよく思い出せず、そもそも自分の症状について良く理解していなかったために自信が無かった。


僕「手帳を申請したのですが、できなかったみたいで違うかも知れません。」

ピーター「いや、申請していなかっただけで、絶対そうだから。」


 はっきりと断言された。


僕「医者の話が良く分からないんですよ。」


 しかし、結局「昴は学習障害がある」という話で落ち着いた。


僕「針を失くした事は本当にすみませんでした。」


 その後も泣きながら針を無くしてしまった事を何度も謝った。


ピーター「その事はもういーいから!!」


 ようやくピーターのその夜の怒りは収まった。しかし、その日から僕は毎晩のようにピーターに起こされて怒鳴られるようになる。

 次の日の入浴時間中、また事件が起こった。零が僕の顔を浴槽に埋めたのである。僕はいきなりだったので息ができなくなりもがきながら湯船から顔を上げた。零の陰湿なイタズラをしたのだ。くそっ。ふざけるな。

 イタズラした理由は針を失くしたのが悪いからと零は言った。昨日、散々謝ったのにまだその事を根に持っていたのだ。しつこい。いい加減にしろ。しかし、針を失くした負い目があるため何も言い返せなった。また、この日も僕はミスが相次いだ。

 来る日も来る日もミスが続いた。制服の夏服と冬服を着間違えたり、物を片付け忘れたり、帽子を忘れたり、物を失くしてしまったり…。ミスばかりではない。他の班員は早々にマスターしたベッドメイクや靴磨きやアイロンがけなどを何一つ上手にできなかったのだ。ベッドメイクが不器用で、手はボロボロになっていた。ベッドの木の部分に手がこすれたり、指先にトゲが刺さったりしていたのである。しかし、ご飯を食べるのだけ段々と何とか早くできる様になっていった。だが、他の班員の目は厳しかった。特にピーターと零から酷く罵られた。


零「そんなんで今までよく生きてきたな」

ピーター「あんた、いままで何やってきたの?」

零「お前ほんと、何にもできねぇな」

ピーター「お前、幼稚園児以下だな」

零「お前、赤ちゃんか?」


 また、ピーターは毎晩のように僕を起こして怒鳴った。


ピーター「お前、学習障害だってバラすぞ!」


 ピーターは度々僕を脅すようになった。学習障害があると班長や区隊長に知れるとクビにされると考えたのである。僕もそう思い、ピーターに泣きながら謝り続けるしかなかった。

 僕は凍えながらピーターに謝り続けた。季節は北海道の4月上旬。寒かったのだ。しかし、ピーターは筋肉質だからかやたら暑がり窓を開けて寝た。寝る前に窓を閉めておいても消灯後にピーターが窓を空けてしまうのである。自衛官候補生はシャツとパンツで寝る。だから僕はなおさら寒かったのである。北海道の4月に窓を開けて寝るなんて正気の沙汰じゃない。季節を考えろよ。

 しかし、他の班員は窓を開けるピーターに何も言わなかった。寒いのは僕だけだったようである。僕はミスを重ねている負い目もあるのでピーターには何も言えずに、ただ寒いのを布団の中で我慢するしか無かった。だが、やせ我慢が祟った。

 着隊から2週間目、この日の夜突然体調が悪くなった。班長に言い、体温を図ってみると熱があった。風邪を引いてしまったのである。僕は暫く寝込むことになる。この時ばかりは、ピーターや零を含む他の班員も優しかった。が、そんなのはほんの一瞬の事である。

 薬を飲んで数日経つと熱は下がったが、咳が止まらなかった。特に横になると酷く咳き込むようになるのである。そしてまた事件が起こった。


ピーター「うるせーな!!!咳すんな!!!」


 消灯間もなく、咳きこむ僕にピーターが怒鳴りつけたのである。


ピーター「うるせーから、薬飲んで来いよ!!!」


 僕は夕食後の薬を飲み忘れていたのである。自衛隊の生活にはまだ不慣れで食後の風邪薬も飲んでいる暇がなかったのだ。しかし、消灯後しばらくの間は当直陸曹が営内を見回りしている。まだ消灯したばかりなので今薬を飲みに居室の外にあるトイレまで行くと当直陸曹と鉢合わせになる。だから僕はもう少し間を置いてから薬を飲みに行こうと思っていた。だが、僕はさらに咳き込む。


ピーター「うるせーっつってんだろ!!!!次、咳したらぶん殴るぞ!!!」


 仕方がないので僕は居室の外に出てトイレで薬を飲む事にした。薬を飲んでいると当直陸曹に見つかってしまった。そら見ろ。だからまだ薬を飲みに行きたくなかったんだ。


当直陸曹「何やっているの?」

僕「咳が煩いからと部屋から追い出されました。」


 僕は正直にありのまま起こった事を話した。そして、次の日の朝の朝礼の最後に区隊長は次のような事を言った。


区隊長「昨日の夜咳をして薬飲んでいた奴いるか?」


 当直陸曹から話を聞いたのであろう。僕は正直に手を挙げた。


区隊長「本人は苦しんでいるんだから咳がうるさいからって出ていけとか言わないでやれ」


 僕の班員にそう言った。


班員A「言ってません。」


 僕の班の班員が反論するように小声でつぶやいた。朝礼が終わって部屋に戻ると班員が僕を睨むようだった。


班員A「もうみんなコイツ、無視しよう」


 僕の事を目線で指して班員皆にそう言った。


班員A「だってコイツ、意味わかんなくね?」

零「お前、Aさんまで怒らせたら本当に誰も助けてくれなくなるよ」


 お前達が「出て行け」と言っていなくてもピーターが僕を追い出したていたんだよ!ふざけるな!大体、ピーターがあれだけ大声で怒鳴っていたのにお前達はしらばっくれるのか!?


零「てめぇ、分かってんのか?優しいAさんをあんなに怒らせたんだぞ!」


 零はさらに僕を罵り、ピーターや他の班員も同調して僕を仲間外れにしようとした。ふざけるな!ピーターが僕を追い出したのは事実だ!僕は嘘などついていない!意味の分からない事など言っていない!


僕「違います…。」

ピーター「お前、もういーいから!!!!!」


 班員に弁明しようとしたが、班員達は聞く耳を持たなかった。くそ。班員の態度はそれからいっそう厳しいものになった。

 一方で僕はどうしても物を無くしたり、物を忘れたりしてしまい、また、ベッドメイクや靴磨きのコツや自衛隊の課業の基本教練なども全く覚えられなかった。さらには体力も低いため一切良いところが無かった。

 ベッドメイクもただやれば良いと言う訳ではなく、皺が一切できないように・角ができる様にと色々とコツが必要だった。また、靴磨きも反射するぐらいにテカるように磨かなければならず、コツが必要だった。

 僕も僕なりに頑張ろうと他の班員にコツを聞いてみたりしたが、ベッドメイクはコツを聞いても不器用で上手くコツを真似できなかった。そもそもベッドメイクは通常はベッドバディと呼ばれる二人組でやるものなのだが、僕のベッドバディの零は僕のベッドメイクを全く手伝ってくれなかった。僕は零のベッドメイクを手伝っているのに零は全く手伝ってくれないのである。

 靴磨きの方もコツを聞いたが、他人によってテカらせるコツが違うらしく、聞く度に別々の事を言われるので上手く真似できなかった。ストッキングを使ったり、コットンを使ったりと皆の真似をしていても、靴が反射するくらいにテカらせる事ができなかった。

 そんな僕を零はいつもなじっていた。ミスも多く靴磨きやベッドメイクなどを上手くできない僕にも反省すべき点はあるが、零の言う事はいつもただの誹謗中傷である。


零「コイツのせいで吸ってきたニコチン全部抜けるわ。」


 零は僕に聞こえる様に僕を指して言った。零は未成年なのに煙草を吸っていたのだ。くそっ。こんな不良ですらできる事が上手くできないとは…。ピーターと零は執拗に僕を罵る。


零「てめぇ!なんなのよ!ぶっとばすぞ!」

ピーター「あんた、○○高校出てんだろ?大学にも行ってんだろ?」

僕「はい!すみません!」


 その通りだ。僕はそこそこ有名な公立の高校に入り、大学も出ている。それなのに…。なぜこうもできないんだ…。僕は高校時代も大学時代も大して成績が悪いわけではなった。

 零もピーターも高卒だ。それなのにこんな高卒の人間達ですら当たり前にできる事が全くできない自分の実力の低さを痛感した。成績と頭の良さは比例しない事をこの時よく実感した。ピーターは「俺日本とか大っ嫌いだからね!」「自分を鍛えるために自衛隊に入っただけ」と言っていた。そんな士気の低い人間よりも全くできない自分が情けなかった。

 ある時、班長に反省として班員全員が腕立て伏せをされていた時、班長は腕立て伏せをさせながら班員に質問した。


班長「おめーら、なんで自衛隊に入ったのよ!」

班員B「日本を守るためです!」

僕「社会貢献するためです!」

班員E「国防のためです!」

班員A「家族や国民を守るためです!」

ピーター「自分を鍛えるためです!」


 呆れた。班長に質問されて嘘でも「国のためです」と言えないのか。忠誠心が無いとしか言えない。またピーターや零は課業中に寝ている事もたびたびあった。こんな士気のないグズたちより何もできない自分の弱さを知った。

 甘かった。自衛隊は体力さえあればなんとかなると思っていた。僕は体力も無かったが、若いから体力が無くても後からどうにでもなる。その考えが甘かった。自衛隊はおもったよりも頭を使う。しかも、学校の勉強で使う頭とは別ベクトルの頭の使い方だ。学校の勉強以外では殆ど頭を使う事が無かった僕は無力だった。

 他の班員に「分からない事があったら聞け」と言われたが、何が分からないのか分から無からない事が多かった。自分では正しく理解したつもりでも、間違いだったり、どこか足りなかったりする事に後になってから気が付くため、分からない事を聞こうにも聞けなかったのだ。

 体力についても考えが甘かった。中学生の頃、卓球部に入っており、体育大会では1500mの選手に選ばれる事もあった。運動神経は皆無であったが、運動神経に左右されない体力だけはそこそこ自信があったのだ。しかし、それも中学生時代の話だ。7年のブランクは長く体力は全く無くなっていた。それだけではない。自衛隊に入る人は元々体力自慢の人が多いため、後からどうにでもなると言う考えでは間に合わなかったのである。若くても全くついていけなかった。せめて体力だけでもあれば良かった…と思う反面、仮に体力だけがあっても、課業中の基本教練や課業外の靴磨きやアイロンがけやベッドメイクが上手くできないからどっちにしても同じか…と言う気持もあった。

 若いから無理しても大丈夫と言う気持でいたが、無理をしたら体調を崩し風邪を引いたのだ。風邪が長引いて中々治らなかった僕はマスクをしていた。


ピーター「ちゃんとマスクしろや!!」

零「ぶっ飛ばすよ!!」


 マスクがちょっとでもずれていると僕に文句を言ってくるのだ。もとはと言えば4月上旬という北海道では秋並に寒い真夜中に窓を開けて寝ていたピーター、貴様のせいだろ。少しでも咳をするとちゃんとマスクをしろと怒鳴ってくるのである。

 点呼・朝礼・終礼の時に各班員の健康状態を伝える作業がある。僕はいつも風邪と言われた。咳が少し出る以外は何ともなかった。横になって咳き込む事もなくなった。


僕「もう、風邪大丈夫です」

ピーター「お前、嘘つくなよ!!もう一度体温計ってみろ!!!」


 風邪が治ったと言うとまだ治っていないと言われた。


ピーター「マスク外すなや!」

零「てめぇ、ぶっ飛ばすよ?」


 マスクを外そうとするとすぐに怒鳴り込んできた。


ピーター「お前、外出禁止に成りたくないからって嘘ついているんだろ?」


 自衛隊では風邪を引くと土日の外出が禁止になるのだ。そもそも自衛官候補生が外出できるのが土日しかない。風邪を引くと駐屯地から出られなくなるだ。結局僕は点呼・朝礼・終礼でずっと「赤井自候生、風邪」と言われ続けた。その結果、その週の日曜日に外出禁止になった。その前の週の土日も外出禁止になっていた事の配慮として土曜日は外出できる事になった。

 土曜日の1日外出で、約1ヶ月ぶりぐらいに自宅に帰宅した。自然と涙が流れてきた。ホームシックである。自分が学習障害であると班員に言った事や自衛隊を退職したい事を家族に伝えた。だが話し合いの結果この時はひとまずもう一頑張りしてみる事になった。

 自衛官候補生は土日も外泊できない。なのでその日の内に自衛隊の駐屯地に戻る。駐屯地に戻ると相変わらず点呼で「赤井自候生、風邪」と報告された。


当直陸曹「赤井はずっと風邪だが本当に風邪なのか?もう何ともないなら一々言わなくていいぞ」


 報告を受けた当直陸曹がそう言ってくれたため、僕はようやく風邪と報告されなくなったのである。しかし、地獄はまだ終わらなかった。他の班員が風邪を引き始めたのである。


班員B「昴にウツされた。」

零「昴の風邪がウツった。」

ピーター「昴のせいだぞ!!」


 他の班員が風邪を引いた責任をあろうことか僕のせいにしたのである。最初に風邪を引いたと言うだけでなぜ風邪をうつされたとバッシングされなければならないのか。そもそも僕が風邪を引いたのはピーターがこの寒空の中窓を開けて寝たせいである。

 班員達の中には体温計で体温を測ってみると熱があった者も居た。しかし班員達はそれを隠そうとした。


班員C「熱あるけど何ともないよね。」

班員B「黙っておけばバレないバレない。」

ピーター「大丈夫だ大丈夫だ。」


 ピーターは僕が風邪を引いた時は熱が無くても「お前、嘘つくなよ」「もう一度体温を測ってみろ」と怒鳴りつけつけたのに、他の班員が熱を出した時は隠そうとしたのである。明らかの差別である。僕が障害者だからって差別しているのだろうか?

 そんな週のある朝、また事件が起こった。僕の掛布団の一部‘だけ’が濡れていたのを見たピーターが突然おかしな事を言い始めたのである。


ピーター「お前、おねしょしただろ!」

僕「いいえ、違います…。」

ピーター「班長!赤井自候生がおねしょしました!」


 ピーターは班長に言いつけた。


僕「いいえ、していません…。」

ピーター「お前、さっき『ええ…ついついやってしまいたしたぁ』って言っただろ!」


 そんな事は言っていないのだが何を勘違いしたらそう聞き間違えるんだか。この鶏頭。


僕「ベッドに干していた洗顔用の濡れたタオルが布団についただけです。」

ピーター「嘘つくな!お前、おねしょしたんだろ!濡れていた所のにおいを嗅いだけどくさかったぞ!」

僕「自分が履いて寝ていたジャージやパンツは濡れておらず、また、掛布団の下に敷いていた毛布やシーツは濡れていませんでした。もちろん敷布団代わりの毛布とシーツも濡れていませんでした。掛布団1枚だけしか濡れていないのはおかしいです。」


 自衛官候補生は基本パンツとシャツで寝る。だが、頻尿でトイレが近い僕は途中から腰が冷えないように下だけジャージを履いて寝ていい事になっていたのだ。そして、自衛隊のベッドは毛布を重ねて敷布団にしてその上にシーツを敷いて寝る。そしてその上に毛布を掛けさらにその上にまたシーツを掛け、さらにその上に掛布団を掛けて寝るのである。おねしょしたのなら掛布団一枚しか濡れていないのはおかしいのだ。その下に掛けていた毛布やシーツも濡れているはずなのだ。


ピーター「臭いを嗅いだから間違いない!寝ぼけてズボンやパンツを下してからおねしょしたんだろ!!」

僕「だとしても掛け毛布や掛けシーツが濡れていなかった説明にはならなりません。」


 貴様の鼻程度で何が分かるのか、貴様の鼻は犬の鼻レベルだとでも言うのかよ。濡れたタオルでああいう風に布団が濡れる可能性より、おねしょして掛布団の下に引いていた毛布やシーツが全く濡れない可能性の方が低いに決まっているだろ。


ピーター「お前の布団は汚いから俺の布団に近づけるなよ!」


 論争は決着がつかなかった。だが、ピーターが「昴には学習障害がある」と言う偏見でみられていたから事から、「学習障害があり知能が低いからおねしょしたに違いない」と思っていた故に起こった事件だろう。ピーターは差別意識に満ちていたのである。

 それから数日後、ピーターの布団の近くに僕の布団を置いた際にピーターは暴力に打って出た。


ピーター「おい!!!!!!!!汚いから一緒に置くなって言っただろ!!!!!!!!」


 そう大声で怒鳴られ頭を何度も叩かれた。


ピーター「わかってんのか!!!!!!!!!!!」


 ピーターはさらに僕の頭を叩いた。ピーターは体格が良いため僕は抵抗ができなかった。ピーターの差別的意識から生じた暴行である。ピーターの差別意識が伺える言動はその後も続く。

 次の日の清掃時間は班員Dと僕の二人でトイレの清掃をしていた。自衛隊の清掃には、当直陸曹の清掃の点検があり、ピーターは点検する当直陸曹を呼んでくる役職だった。

 点検で注意された場所があれば再清掃して、再点検してもらうと言うのが一連の手筈だ。僕と班員Dは点検で注意された個所を再清掃していた。その途中、先に他の場所の清掃を終えていた班員達もトイレの清掃の手伝いに来た。班員Dも僕も点検個所の再清掃が終わったと思い、ピーターは再度、当直陸曹を呼んできた。そして、再点検してもらいったのだが、最初の点検で指摘されていた場所と同じ場所の清掃が不十分なままで、同じ個所を注意されて再々清掃をする事になった。班員Dも僕も他の班員が手伝いに来てくれたのに気が回り見落としていたのだ。


ピーター「お前、何なの?!!!!」


 ピーターは僕だけに問い詰めた。全ての責任を僕に押し付けたのだ。「昴は学習障害がある」=「昴が悪いに決まっている」という偏見と言う名の方程式がピーターの脳中で出来上がっていたからだろう。先述の通り僕と班員Dの二人で清掃していたが、ピーターは僕に全ての責任を押し付けたのである。

 その日夜の消灯後にもピーターはこの事でまた僕を怒鳴りつけた。確かに非は僕にもあった。それは認める。しかし、なぜ、いつも全てを僕のせいにしてしまうんだ?そう思ったが、僕にも非がある以上そんな責任逃れじみた事を言う訳にも行かない。全てを僕のせいにするピーターの怒鳴り声にただただ泣きながら謝るしかない。

 ピーターと零は僕を罵った。それを聞いていた班員Dは「擁護するならば…」と言いかけたが、ピーターはその言葉を遮り、僕を怒鳴り続けた。内心では「擁護するならば…」その続きは何だ?なんて言おうとしたんだ?と思っていたが恐怖のあまり口にできなかった。ただただピーターが怖いだけだった。結局、その後も僕が泣きながら謝らせられて、全ての責任を被らせられた僕は一緒に清掃していた班員Dにも謝らされて、ようやく事を治めた。

 ピーターの「昴が悪いに決まっている」という偏見はこの後も続いた。班長や区隊長に班長達が知らないであろう事を注意されると何かと「お前、チクっただろ!」「またチクっただろ!」等と僕はピーターに密通者のレッテルを班員全員の前で貼られた。反論しようとすると「お前、もういーから!」と発言を封じられた。僕は、頭の回転が遅く、言葉がすぐに出てこないため、議論などになってもピーターの怒鳴りつけて黙らすという手段に対応できなかった。自分の語彙から適切な言葉を選ぶのに時間がかかるため自分の考えがまとまるまでが遅く、それを口に出す前に、言われっ放しになってしまうのだ。


ピーター「昴。ちょいちょいチクっているようだけど、お前学習障害だって言いつけても良いんだからな?」


 ピーターは僕を脅迫し続けるのだった。ピーターに目を付けられてしまったのかピーターは何かと僕にイチャモンを付けてきた。元々食事が遅かった僕は「食べるのが遅い」と他の班員からも指摘されていた。しかし、他の班員に早く食べるコツを聞いて見たり、ご飯を盛る量を減らしたりよく噛まずに丸呑みにしたりする等食べ方を変える事で何とか周りのペースについていけるようになっていたのであったが、ピーターはそれが気に入らなかったのか食事中にもイチャモンを付けてきた。


ピーター「ご飯粒まで食べろ!!綺麗に食えや!!!」


 僕は動作が遅く食事も遅かったためご飯粒まで綺麗に食べている余裕が無かった。そんなご飯粒を綺麗に食べられない僕にピーターは目を付けたのだ。

 ピーターは毎日のようにしつこくご飯粒まで綺麗に食べろと強要してきた。しかしそれを指摘するのはピーターの気分次第で指摘しない時もあった。指摘しない時は時間がない時か、ピーター自身がおかずを残す時だ。自衛官候補生は原則ごはんやおかずを残す事は禁止されている。しかし久保自候生は野菜を魚の皮に隠すなどして狡猾な方法を用いて、たびたびおかずを残していた。

 つまり、食べ物を粗末にしてはいけないという意識からではなく単なるイチャモン目的で僕に「米粒まで食べろ」と強要し「綺麗に食えないの?」「ちゃんと食えや」と罵声していたのだ。もちろん、ピーターは僕以外の班員がおかずを残すのにも何も言いわなかった。僕だけに対して「ご飯粒まで食えや!」と言ったのは単なる因縁に過ぎないと言う何よりの証拠である。

 一方で僕はミスがあまりにも多すぎるため班長にも目を付けられていました。


班長「こいつが大丈夫なら、他のやつも大丈夫だろう。」


 そう言って班長は僕のロッカーやベッドをチェックした。


班長「はい、駄目!駄目~!」


 班長は元々ぐちゃぐちゃだったベッドやロッカーを荒らした。基本教練や清掃・アイロンがけ・靴磨き・ベッドメイクも駄目だったが、それに加えて僕はロッカーの整理もできていなかったのだ。自衛隊のロッカーは決められた通りのハンガーに決められた通りの順番で決められた通りの向きに全て合致するように整頓しなくてはならないのだ。しかも、自衛隊のハンガーはただ掛ければ良いと言う訳ではなく決められた形に畳み掛けなければならないのだ。

 だが、自衛隊は着替える事が多い。何度も出し入れしている内に順番や向きがバラバラになって行ってしまうのだ。首降りハンガーならまだ良い。首振りハンガーなら向きを間違えても首を動かせば対処できる。しかし、首降りハンガーは3つしかない。普通のハンガーだと服を掛ける向きが反対だった場合、外して最初から畳み掛け直さなければならない。着替えも畳み掛けるのも遅かった僕は整理整頓までしている暇が無かったのだ。何度も着替えなければならないのに、着替えるたびに整えている余裕など僕には無かった。

 基本教練がままならない僕は行進の号令や掛け声を覚えられずに班長に怒られた。もう限界が来ていて泣いた。


班長「悔しかったら、覚えろ赤井!」


 泣いている僕を見てそう言ったが、違う。悔し泣きなんかじゃない。諦めの涙だ。やっぱり、僕には無理だったんだ…。そう悟った。


僕「『広汎性発達障害がある』と言われた事があります。」


 医務室でそう自白した。この時には大分思い出してきていたのである。自分が何を言われていたか。そう、学習障害じゃなく広汎性発達障害と言われたのである。また、「情報処理速度が遅い」とも医者に言われていたのを思い出した。だから自衛隊のようなテキパキした節度ある動きが求められる仕事は難しかったのだ。ピーターに脅されるのもうんざりしていたしちょうど良かったのである。

 クビにされるかと思ったが、結局、クビにはならず、GW中に家族と話し合って今後を決める事になった。

 そんな日の夜。僕は次の日の準備が消灯後も終わらなかったため、真っ暗な中作業していた。手伝ってくれる班員もいたが、零は僕を罵倒した。


零「てめえ!!グズグズすんなよ!!!」

班員A「お前も手伝えよな。」


 他の班員が零を注意してくれたのである。


零「いやだね。こいつを手伝っても返ってこないもん!こいつ何もしてくれねーもん!」


 零は日頃から僕を「ぶん殴るよ!!」「ぶっとばすよ!!!」「なんなのよ!!!」「てめー!!!」と罵倒していたため、いい加減に堪忍袋の尾が切れた。


僕「お前に時計貸してやっているだろ?ロッカーに出してくれとかしまってくれとか言われた時しまったり出したりしてやっただろ?」


 僕は言い返した。零には腕時計を貸しているし、澪は上のベッドで寝ているからベッドの下にあるフットロッカーに物を入れたり出したりする時、下のベッドにいる僕にいつも頼むのだ。それを指摘した。


僕「お前、他人にしてやった事だけ覚えていて、他人にして貰った事は覚えていないんだな。」


 その時は零も眠かったのかそれ以上の争いにはならなかった。しかしその翌日、また溝口自候生と口論になった。


零「ぶん殴るぞ!!!」

僕「やってみろよ!!!」


 僕はいつもと違って挑発し返した。しかし、いつも黙って何も言わなかった僕がちょっと言い返しただけでピーターが僕に向かって怒鳴ってきた。


ピーター「お前、なんでそんな喧嘩腰なの?!!!!」


 ピーターは僕を一方的に非難してきた。喧嘩腰なのは零も同じなのにである。むしろ、いつも喧嘩腰なのは零の方である。今回だって先に「ぶん殴るぞ!」と言ってきたのは他ならぬ零だ。しかし、ピーターは僕だけを一方的に責め立ててきた。普段の言動が良いと、少し言動が悪くなっただけで極悪人のようにみえるものかなのか。普段から言動が悪い零は一切責められず僕だけをピーターは怒鳴り続けた。


ピーター「なんなの!!!!?その態度!!!!!!!?」

僕「ずっと我慢してきていて我慢しきれなくなってつい…。」

ピーター「お前ができないから悪いんだろ!!!!!!!!」

僕「でも…。」

ピーター「お前、もういーから!!!!!!!!」


 僕が何か言おうとしても「お前もう良いから」とピーターはいつも聞く耳を持たなかった。この時もそうだった。僕は何を言い返しても無駄なんだと思い絶望した。僕は頭の回転が遅く、ピーターに言葉を遮られると、言い返す言葉が出て来なくなるのだ。だからそれ以降はもう何も反論せず、噛み殺して我慢するようになった。もうそうするしか選択肢はなかった。

 耐えがたきを耐え忍びがたきを忍び…ついに、まちにまった給料日だ。人生初の初任給だ。その額は保険料などを差し引かれて9万1000円だった。自衛官候補生の初任給は手渡しだった。給料が貰えたと実感できた。


零「こんな奴でも給料もらえるのかよ。」


 それに水を差すようにいびりが始まった。


零「お前、給料泥棒だな。」


 どうせ言い返しても、またピーターが割って入ってきて、僕が悪いって事で場を治めてしまう。それより、もう少しでGWだ。GW中は外泊がゆるされるのだ。GW中に実家に滞在すれば、ピーターたちと暫くは会わなくて済む。それまでの辛抱だ。GW中に家族と話し合って退職しよう。

 しかし、GW前にもまたトラブルが起きてしまう。零と班員Bが寝っころがって休んでいるところを撮った写真が掲示板に張り出してあったのだ。これはどう見ても「晒し」であった。これは後で罰があるかも知れないと僕は恐くなって班長に聞いた。


僕「この写真は何ですか?」

班長「後で分かるから。」


 笑いながらそう言った。僕はさらに恐くなった。これはきっと後で罰(連帯責任で班員全員で腕立て伏せ等)があるんだと確信した。その後僕は居室に戻った。すると副班長のような存在である班付が班員全員にこう聞いた。


班付「何か質問は無いか?」

僕「この写真は何ですか?」


 僕はすかさず班付に張り出されている写真について尋ねた。僕は「後で分かる」という班長の言葉の意味が「連帯責任の罰があるからだ」と思い、それなら先に知っておきたいという意図だった。

 罰があるなら予め知っておきたい。予めどのような罰があるか知っておいた方が、覚悟ができる。そう思っての発言だった。

 しかし、この質問が他の班員から顰蹙を買ってしまう。


班員B「お前、ぶっ飛ばされたい?自衛隊辞めたいなら早く辞めろ。」

ピーター「そんなに零たちが怒られるのが見たいの?」


 そう誤解されてしまったのだ。僕は誤解を解こうとした。


僕「さっき班長に『この写真は何ですか?』と聞いたら笑いながら『後で分かる』と言われたので…。」

ピーター「なんで班長にそんなこと言うの?お前またチクったのかよ!」

僕「後で罰があるかも知れないから、あるなら知っておきたいと思って…」

ピーター「知って何?!知ってどうしたかったのお前?!!」

僕「罰があるならどんな罰なのか先に知っておきたかったんです…。」

ピーター「意味わかんねーし!!!!お前、もーいいから!!!!!」


 結局、「予めどのような罰があるか知っておき、心の準備がしたかった」という僕の気持ちはうまく伝わらず、誤解されたままだった。おまけに、僕が心配していた連帯責任の罰も結局なかったため、その僕の心配はただの徒労で終わってしまった。

 GW直前にそんなトラブルもあったが、何とか無事GWを迎える事ができた。そして、GW中家族と話し合って退職を決めた。

 そんなつかのまのGWもあっという間に過ぎ去り、5月上旬。また駐屯地の居室に戻った。そんな日の夜の事である。僕はベッドメイクをしている最中だった。


ピーター「アイロンを借りて来い。」


 ベッドメイク最中の僕にそう命令するのだった。自衛隊のアイロンは、使う度に別の階のアイロン部屋までアイロンを借りに行かなければならない。そのアイロンを借りる際も入出要領などがあるため手間がかかるのだ。僕は医者に診断されている通り動作が遅く、ベッドバディの零も全く僕を手伝ってくれないため、ベッドメイクにも一人時間がかかっていた。僕はまだベッドメイクをしている最中で他に手が空いている班員は沢山いたのにピーターは僕にそう命じたのである。その当のピーターはテレビを見ているだけだった。くそっ。ふざけるな。何様のつもりだ。しかし、口答えしてもどうせまた「お前が悪いんだろ」と言われるに決まっている。退職するまでの辛抱だ。


ピーター「昴!アイロン戻しておけ。」


 音楽を聞き、テレビを見ながらベッドメイクの続きをしている僕に当然のように命じるのであった。ピーターは僕をパシリかなんかと勘違いしている。ピーターはただテレビを見ているだけで、もちろん僕のベッドメイクなど手伝ってくれる素振りすらみせやしない。ふざけるな。アイロンを返すさえも、当然別階にあるアイロン部屋に返しに行かなくてはならず返す際の入室要領もやらなければならない。ピーターはその手間を全部僕に押し付けたのだ。

アイロンを返しに行く途中、ピーターに聞かれない場所でこう叫んだ。


僕「自分で返しにいけよな、糞玖保田がぁ!!!」


 恐怖心が強いため直接は言えなかったのだ。しかし、この陰口が別の区隊の班員に聞こえていたようで、次の日、この陰口がピーターに伝わる事になる。


ピーター「いつも他人に助けてもらっているのに自分は何もやらないんだね。」


 ピーターは鶏頭なのか僕にアイロンを貸し借りして貰った事を忘れてそう言った。ふざけるな。僕だってピーターが忙しくて僕に頼んだのだったら文句など言いわない。ただ音楽を聴きテレビを見ているだけのくせに僕をパシリのように使ったから憤怒したんだ。ただ音楽を聴いてテレビを見ているだけなら自分でアイロンを借りて、自分で返しに行けばよいのにベッドメイクで忙しい僕をパシリのように使ったから激怒したんだ!大体、いつも助けてくれるのは他の班員で貴様ではない!

 しかし、これも我慢だ。どうせ言い返しても、「できないお前が悪いんだろ!」と僕が悪いって事で場を治めてられてしまう。言っても無駄だ。これも退職までの辛抱だ。

 GW明けピーターや零の態度はますます悪化したように感じた。


零「おい、昴。てめえ、給料はどうした?」

僕「親に預けました。」

零「お前、22にもなって何が親よ!」


 貴様にそんな事を言われる筋合いはない!貴様らに集られないように親に預けてきたんだろうが。貴様らは信用ならん。だが、しかし、口答えせずにとにかく我慢だ…。言い返してもピーターが零に加勢してきて「できないお前がわるいんだろ!」と言われるだけに決まっている…。耐えろ。耐えるんだ。

 そんな5月の上旬、靴磨きをしている時にピーターの陰湿な嫌がらせにあった。


僕「霧吹きを貸して下さい。」

ピーター「駄目だね。」


 居室には共用の霧吹きがあり、それを使えば一々トイレまで水を出しに行かなくても靴が磨けるのだ。自衛隊の靴磨きでは水を使う必要のある靴墨を使うからだ。この霧吹きは共用のものであり、ピーターに使わせない権限など無いのだ。しかし、ピーターは共用の霧吹きを僕に渡さなかったので、僕は居室から離れた場所にあるトイレまで靴磨き用の水を汲みに行かなければならなかった。

 その後、ピーターが居ないところで班員Cと班員Dに愚痴をこぼした。


僕「あいつ(ピーター)に使わせない権利ないじゃないですか?!」

班員D「だってできないのが悪いよね。」

班員C「できないからだよね。」

僕「それと霧吹きを貸さない事は関係ないじゃないですか!」

班員C「でもいつもクズグズしているのがね…。」

僕「あいつが霧吹きを貸さないから作業も余計に遅くなるんですよ!」


 もう僕に味方してくれる班員は居なかった。他の班員も「できない昴が悪い」とピーターや零の肩を持つのだった。だが、できなからと言って共用の霧吹きを貸さない意地悪をしていい理由にはならない。共用なのだから僕にも使う権利がある!そもそも霧吹きを僕に貸さなかったからと言って僕の作業が早くなる事は無い!むしろ靴磨きが遅くなって他の作業にも支障を来たすだけだ!もう他の班員も信用ならない。

 ピーター達に意地悪されるそんな中、僕はまた課業中・課業外でミスを重ねていた。そして零・ピーター・班員Aの3人に呼び出された。


零「てめぇ、一体なんなのよ?!!!」

ピーター「お前どうする気なの?!!」

僕「……実は、もう辞めようかと思っています。」


 本当は他の班員達に内緒にしてこっそり自衛隊を辞めるつもりだったが、ピーターと零に問い詰められた僕はつい喋ってしまった。ピーターは長々と怒鳴りながら関係の無い話を始めた。


ピーター「俺の知り合いには自衛隊になりたくてなりたくてしょうがねーってやつがいるんだぞ。そいつはお前なんかよりずっと体力もあって運動神経もあるのに、試験に落ちて自衛隊になれなかったんだぞ?!そいつは自衛隊になりたくてなりたくて何回も受けているのに落ちているんだ!お前なんかよりもずっと体力あるのに自衛隊になりたくても成れないやつがいるのに何が『やめてぇー』だぁー??!!!!!!!!!!」

零「てめーが他の所に行っても勤まるわけねーべや!!」

ピーター「最初の頃、『社会のために頑張りたい』って言っていたのは何だったの?!お前の夢はその程度だったんだな!!!」


 ピーターと零は僕を罵声した。こうなるのが分かっていたから内緒に辞めようとしていたのだ。ピーターは僕に無関係な人の話をして何が言いたいのか。その人が自衛隊に入れなかったのはその人の勉強不足が原因で僕には何にも関係がないし、入る事すらできなかったその人が実際に入った僕より立派であるかのように言うピーターの発言は全く理不尽だ。勉強ができる人間より運動ができる人間が偉いとでも言いたいのか。


僕「…自衛隊を辞めるのを辞めます……。」


 自衛隊を辞めないように強要された僕は、そう嘘をつくしかなかった。結局僕はこっそり退職する事にした。

 その次の日も、班員全員に呼び出されて、僕の事について話し合う事になった。あまりにもミスを重ねる僕をどうするかについて班員全員で話合う事になったのである。


班員E「分からないことがあったらちゃんと班長に聞け。」

僕「班長に聞きにくいので班長に言う前に皆に聞いてもいいですか?」


 班長には直接質問しにくかったので、班長に「分からないです」と言う前に班員の皆に聞いて良いかと言う質問だった。しかし、ピーターの鶏頭では理解できなかったらしい。


ピーター「『班長に言う前に』って事はやっぱりお前が班長にチクってたって事じゃねーか!!!!!!!」


 何を聞いていたらそんな解釈になるんだ?今までの話の流れからしたら「班長に言う前に」っていうのは「班長に(質問を)言う前に」って意味だと馬鹿でも分かるはずだ。僕ですら分かる事だ。


僕「いえ、そういう事じゃなく…。」

ピーター「お前もいーから!!!!!!!!」


 ピーターは碌に僕の言い分を聞こうとせずに勘違いして怒鳴ったのだった。くそったれ。「昴は学習障害がある」=「昴が悪いに決まっている」という偏見によって「自分たちが怒られるのは昴のせい(昴がチクっているせい)」という思い込みがあった故の発言だろう。ふざけるな。しかし、我慢だ我慢。

 その次の日の清掃時間の事だった。またしても、ピーターは僕に因縁を付けてきた。ピータは班員皆で磨いたはずの居室の床の一か所が靴墨で汚れていたのを発見した。


ピーター「おい!!!!!‘また’、お前がやったんだろ!!!!!!!」

僕「いえ…。」

ピーター「お前しか居ないだろ!!!!!!!!」

班員B「ごめん、それやったの俺だわ。」


 他の班員が自白してくれた事で僕への濡れ衣は晴れたのである。しかし、ピーターは僕に謝ろうともしなかった。おそらく、何でもかんでも僕のせいにするのが日常化しすぎていて悪いとも自覚できなかったのだろう。「謝らないんですか?」と言おうかとも思ったが、言ってもまた「いつもできないお前が悪いんだろ!」とさらに怒鳴られるだけだと察して、思いとどまった。退職する日までの我慢だ…。

 そして、その日の夜の事、零に貸していた腕時計のタイマーを零が誤って弄ったらしく、夜中にタイマーが鳴ってしまうようになっていた。


ピピッッピピッ。


零「うるせー…この時計どうにかならないの?」

班員A「じゃあ壊せば?」


ガン!ガン!!!!ガン!ガン!!!!ガン!ガン!!!!!ガン!ガン!!!!ガン!ガン!!!!ガン!ガン!!!!!


 零は僕が寝ていると思って、僕が貸している腕時計を壊そうと何度も何度もガンガンと叩きつけたのだ。ふざけやがって!くそったれが!

 僕は無性に腹が立ち、ベッドの下か蹴り飛ばしてやろうかと思ったが、どうせまた後でピーターや他の班員に文句を言われ「できないお前が悪い」と言われるだけだと思い我慢した。我慢だ…!今は堪えろ…堪えるんだ…!今は耐えるしかない!

 次の日の消灯前の事である。班付に課業外の作業のチェックをされたのだ。


班付「赤井、ちゃんと戦闘服のアイロンかけたのか?」

僕「はい。」

ピーター「お前、嘘つくなよ!お前さっき他の班が来てアイロンがけ止めただろ!」


 アイロン掛けする場所は各班ごとに割り振られており、その日毎に変動する。他の班員の手違いで他の班がアイロン掛け場所を割り振られている場所でアイロン掛けをしていたため、他の班の班員にアイロン掛け場所を明け渡すしかなかったのである。

 それをピーターが班付に言いつけたのだった。他人に散々チクっていると言っておいて自分は平気で僕の事を言い付けるのである。ピーターはその程度の人格なのである。

 そもそも毎日行われるアイロン掛けで僕はいつも最後に回されていて、僕の番が回ってくる前に清掃時間になる事もあり、アイロンを掛けている暇がない事が多かった。アイロンは各班2つまでしか使えないため、僕がアイロン掛けをできない事が多かったのは、そのアイロンを回すのが遅い他の班員との連帯責任である。しかし、ピーターや零は僕だけが悪いかのように責任を押し付けるのだ。ピーターに至っては「誰も来なかったから他の班にアイロン掛けの場所を貸した」等と自分勝手なことを行う事もあった。アイロン掛けの場所に誰も行かなかったのは、皆貴様が戻ってくるのを待っていたからだろうが!ピーターは後からアイロン掛けする他の班員の事を全然考えられていないのである。

 そしてその日の夜の消灯後の事だ。


ピーター「昴!窓を開けろ!」


 ピーターが横になっている僕に命令したのだ。僕は面倒なので寝たふりをした。ピーターは僕の顔にライトを当てた。目を閉じていても光は分かる…。まぶしい。


ピーター「昴~!起きろよ~!」


 ピーターはしつこく僕の顔にライトを当てた。耐えろ…堪えろ…もう少しの辛抱だ…。しかし、ピーターの 嫌がらせはさらに続く。僕の掛布団を捲り僕の顔に被せたのだ。くそっ!しつこいんだよいい加減にしろ!この鶏頭!

 しかし、僕はなんとかタヌキ寝入りを続けて誤魔化した。だがピーターはその次の夜もその次の夜も僕の顔にライトを当てたり、掛布団を捲ったりするイタズラをした。耐えろ…耐えろ…今は我慢だ…!今は…!

 ピーターは消灯後に音楽を聴いている事もあった。イアホンから音が漏れてきていてやかましい事この上ない。僕の咳が煩いと追い出した癖に、ピーターの聴く音楽の方がよっぽど迷惑でうるさい。咳をするのは駄目で音楽を聴くのは良いのか…!とにかく今は我慢するしかない…。この報いは必ず…。

 そんなこんなで何とか5月中旬に退職できた。やっとだ!長かった!ようやく実家に戻る事ができたのである。ようやく解放されたという気持ちになった。

 僕はまず病院に行った。再度診断して貰うためだ。結果は同じだった。やはり「広汎性発達障害」と診断された。そして、やはりまた情報処理速度が遅いという結果だった。それだけではなく耳で聴くのが苦手だとも言われた。どおりで。自衛隊では口頭の指示が殆どだったから全く上手く行かなかった。冷静に考えてみると、自分は音楽を聴く事も全く無かった。音楽が流れていても自分の世界に入り込んでしまい、頭に入らないのだ。

 僕は他人が音楽をなんで聞くのか理解できない。音楽なんかも全く頭にも入らないから一切聞こうとも思わない。そもそも音楽も歌も嫌いだ。音楽や歌の何が楽しいのか分からない。そもそも、初めての曲ならともかく同じ音楽を何度も繰り返し聞くと言う行為の必要性が理解できなかった。同じ曲を何度も何度も繰り返し聞く必要性がない。

 そして、二度目の診断で福祉手帳を申請しようとした時、なぜ一度目に手帳が申請できなかったかの理由が判明した。父親が手帳を申請するのを止めていたのだ。


父「障害者として生きるのか?手帳なんて取ると差別されて仕事も結婚もできなくなる。」


 父親の持論だった。父親は発達障害について全く理解する気がなかった。発達障害について説明しても「一生、障害者として生きるつもりなのか?」と聞く耳を持たなかった。

 手帳を申請するために、世帯分離して一人暮らしをする事になった。そして、ようやく手帳が申請できた。

 僕は次の行動に移った。ピーターと零を訴えようと思ったのである。泣き寝入りはしたくなかった。この時のために、自衛隊で何も反論せずにずっと我慢してきたのだ!

 ピーターと零を訴えるために弁護士に相談に行った。その後、弁護士とピーターと零との交渉の末、それぞれ9万の慰謝料を支払う事で和解した。因果応報だ!このために自衛隊に居る間にずっと我慢し続けたのだ!僕はなんだか一気に気が抜けた。

 社会貢献したくて入った自衛隊だったが、僕はすっかり戦意喪失していた。一度目に発達障害と診断された時は、自覚が薄かったが、自衛隊での生活で自分が発達障害である事をつくづく実感した。他人ができる事を全くできないという事を繰り返し体験する内に「やっぱり他人とは違うんだな」と認めざるを得なかったのである。努力してもできないものはできないのである。自分の弱さを強く痛感した。いくら大学を卒業していても、いくら勉強ができても、できない事はできないのだ。無理なことは無理なのだ。自分が弱い人間である事を痛感した。

 一度目に診断された時は発達障害についてすっかり忘れていたが、今改めて自分が発達障害である事を実感したのだ。一度目に診断された時は自分でも発達障害について理解していなかったが、二回目に診断された時にはっきりと実感した。

 社会貢献するのが夢だったが無理だったのである。それどころか、むしろ、僕は社会に保護される側の人間だった。僕は完全にやる気を失った。高校や大学でいくら勉強しても無駄だったというのであるから、すっかり心が折れてしまったのである。真面目に頑張っていたのがバカバカしくなった。自衛隊でピーターや零のような課業中に寝たりしているような勉強ができない人間よりも全く役に立たなかった自分に完全に失望したのだ。自衛隊に入る前は過信していた。体力が無くても、頭は自衛隊の中では良い方だろうと慢心していたのである。しかし、発達障害の僕にその考えは無謀だった。学歴と頭の良さは比例しないのだ。

 僕はその後働く気も起きずに、生活保護を受給して生活する事になった。


僕「かぁ~!!若返る!」


 僕は、日本酒を飲み泥酔した。昼間はパチスロに入り浸り、夜は日本酒に溺れた。生活保護でパチスロと日本酒に没頭する。そんな生活に悔いはない。自衛隊での苦役生活よりよっぽどマシだ!

 僕は文字通り弱い人間なのだ。まともに社会で働こうとしていたのが無謀だったのだ。まともに働いて社会貢献するより、生活保護費で細々と暮らす。そんな生活が一番幸せだ。

 僕は一生その生活を続けると誓った。僕はまともに働くと言う選択肢を捨てたのだ。

 この生活が一番幸せだ!僕は弱者だ!

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