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妻逝きぬ初夏あけぼのの衣着て
平成二三年八月
オマエの俳句は「妻逝きぬ」ばかりだなといわれた。
確かにそうだ。
それでいて、まだまだ言い足りない。語り尽くせないのだ。
俳句十七音字の上五か、下五にこの妻逝きぬが入ってしまう。
残り僅か十二音字。
それに加えてこれに季語が入る。
語彙の貧弱さ、いや自分の教養の浅さばかりが目立って私を苛なんでくる。
この辺で振っ切らなければならないと思ってはいる。
豊橋の施設から遺体が東京に向けて走って行った。
ワイフが最近創ったのだろう錦の織り柄の高価そうな着物を遺体の上に羽織ってあげた。
後始末の残る私はそれを車外から見送った。
その着物に朝日がまるで曙光というのだろうか輝いていた。
施設の皆様の見送りの中で私は茫然として、辻を廻って見えなくなった車の残影を追い掛けて、只々、佇ち竦んでいたのだった。