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秋刀魚船去りて市場は水を打ち
平成十三年十一月
わたしの独身だった頃だから四十数年前のお話……。
その女性は魚が好きだった。食すことも、釣をすることも。
きっと料理をすることだって好きだったのではないだろうか。
彼女の料理を食べたことがないから、そのことだけは断言できない。その人は、既に結婚していたからだ。
上品で、オシャレで、随分と美人。デートはいつも魚料理。
美味しい処を探して車、電車はおろか飛行機まで利用して探し捲くった。
通常、地魚料理の店は五時開店だ。だから時間の調整を兼ねてその土地の魚市場を覗いた。
それが何時しか慣わしとなっていった。
ある日、交し合った手紙を持ち寄り、まるで儀式のように暮れなずむ浜辺で燃やした。突然の炎に驚いて暴れ狂う文字。便箋を火にくべる華奢な白い指が思い出される。