5・王宮からの使者1
なんてこった…勇者が登場しない…!
この世界の儀礼的なものは割とドラクエ的な、ちょっとユルい感じになってます。
常識的に王族にこの呼び方はないんじゃないの?的なツッコミは、そういうわけでナシでお願いします。
ドラクエの王様は、どこの国でも陛下とか呼ばれてないですよね?
神殿は、籠城して1ヶ月が経とうとしていた。
そろそろ物資は残り少ない。
そして物語的にも、ここから動き出す筈だ。
ゲームでは最初の1ヶ月のチュートリアル期間を終え、ある程度能力値が上がったところに、この膠着状態を動かす報せが入るのだ。
あれ以降、ダリオは大神官様に申し出て、ファルコの勇者教育に参加してくれていた。
勿論彼にも騎士としての業務がある為、いつも一緒という事は出来ないものの、私ではカバーしきれない部分、剣術や体術といった主に戦力面での強化を担当してくれて、ファルコは瞬く間に、ダリオの教えを吸収していった。
これは、ゲームでの展開通りだ。
とはいえ今こうして、帝国軍の攻撃を恐れてびくびくしている現状は、物語の世界であるとはいえ、これはもう今の私にとっての現実だ。
ダリオが攻略対象者であると知って、色々な面でのゲームとの違いに引っかかりを感じていたのだが、正直、乙女ゲーだの攻略対象だのといった呑気な事を気にしていられる時じゃない。
今この状況を生き抜かねば、先などないのだから。
そして、その瞬間が遂に、訪れた。
☆☆☆
それは、王城からの使いだった。
…本来なら一番に警戒され、帝国軍に抑えられているであろう戦力となる男。
焦げ茶色の髪と瞳、褐色の肌を持ったその人は、かつてはこのライブラ王国にその人ありと謳われた騎士であるが、今は王宮所属の近衛騎士団の、一部隊長の地位に甘んじている。
理由は12年前、王子が火災で亡くなった事に端を発するが…それは今はいいだろう。
バアル・イルージオ。40歳。
cv:塚屋正寝。渋い発声が素敵です。
前世で大好きだったアイルランド人俳優は、大体この声で吹き替えられてました。
…はい、このひともイエ国の攻略対象です本当にありがとうございます。
てゆーかヒロインが17歳のゲームに40歳の攻略対象者って普通に考えたら犯罪レベルなんだが、乙女ゲームはプレイヤーの幅広い嗜好をカバーすべく作られるものなので、こういった組み合わせも当然ありなわけだ。
「スコルピオ帝国アンダリアス将軍は、大神官様への会見を希望しております。
…もっとも、会見とは形だけで、実際には身柄の確保が目的でしょう。
問題は現在、王族の面々が王宮に留められ、軟禁されている状態であり、要求が通らない場合、帝国はその御命を縮めることも辞さない考えである事です。
…既に、ルイサ王女殿下の夫君であるエリック殿下はアンダリアス将軍の手にかかり、その屍は未だ王城の庭に晒されております。」
エリック殿下は王女の婿として隣国であるバルゴ王国から迎えた、かの国の第三王子であった。
政略結婚ではあったが、次期女王となる王女との仲は良好で、彼女を現時点から既に立派に補佐しており、時期王婿として国民の好感度も高かった筈だ。
ルイサ王女は幼い頃から、当時鎖国を解いていきなり極端な進軍政策を始めたスコルピオ帝国からも、第一皇子の妃にと求婚の申し入れがあり、その場合妃という名の人質に取られるようなものである。
その先の未来はわかりきっていたが故、理由をつけて退けてきたわけで、そんな中で当時王太子だった弟のロアン王子が亡くなった。
そうなるとルイサ王女が次期女王として立つ事になり、それが帝国からの求婚を断る格好の口実になった事で、上層部の貴族の中からは、王子は亡くなってくれた事で結果的に国を守ったという声すらあったとか。
そうして隣国から未来の王婿を迎えたライブラ王国は、その事でも帝国の怒りを買っており、今回のエリック殿下の犠牲は、そういった事情からのものでもあるだろう。
「また、城下において略奪などの行為は抑えられているものの、帝国の下級兵士が我が物顔に歩き回っている為、民は街なかを安心して歩くことも出来ず、日々怯えて暮らす生活を強いられているのです。
今ならばまだ、王城のアンダリアス将軍の軍さえ制圧できれば、王城は解放できます。
さすれば彼らの身柄をもって、帝国との交渉に持っていけましょう。
どうか、神殿のお力をお貸しください。」
そう言って、2メートル近い長身の筋骨隆々な肉体を縮めるように跪き、こうべを垂れた中年の騎士は、その心の裡に荒れ狂う激情と怒りを、どうにか堪えて大神官様の言葉を待っていた。
「お話はわかりました、バアル殿。
…ただ、あなた様を疑うわけではありませんが、何故帝国の将軍が、バアル殿ほどの騎士に、このような文使いの真似事などさせるのか、それを考えると俄かには、そのお言葉には頷くことができないのです。
本来ならば一番に警戒してその身を拘束するか、最悪そのお命すら奪われていてもおかしくないほどの方、そうでない事に安堵は致しましても、その意図が判らぬ事には…。」
暗に、裏切りの心配はないかと問う大神官様の言葉に、その場の全員が息を呑んだ。
このひとに対しては、その問いは酷く失礼なものであり、彼に関して、この場で本当にそんな事があり得ると思っている者など1人も居ない。
バアル・イルージオはこの国では、英雄と呼ばれる男なのだから。
その失礼な問いに、しかしバアル様は、頭を上げぬまま静かに答える。
「…アンダリアス将軍は何故か私が、騎士団における自身の処遇に、不満を抱いていると思い込んでいるようです。
故に、然るべき地位を与えさえすれば、当然私を帝国に抱え込めると、疑っていない様子でした。」
芯からこの国の騎士としての誇りで出来ているこの人にとって、そう思われているという事実だけでも屈辱だろう。
それ故に今の彼は、表には出さなくても、心の底ではこの状況に、相当憤っている。
「…勿論、今の状況であれば、そう思っていてもらえれば自由に動けると判断して、敢えて訂正はしておりませんが。」
声は静かだったが、その肩が震えているのが、離れた場所で見ていてすら判った。