43・ちょっと不穏な授業参観1
このまままっすぐ帰るつもりだったが、ふと思い出して最後に、メルクールの『ショコラ・ホラン』に寄ることにした。
近衛騎士団へのお土産を見繕って、明日向こうに届くよう手配すると共に、請求を実家に回してくれるよう頼んでおいた。
これによってシュヴァリエ商会がファルコの後見についていると知らしめる事もできるし、弟の店の宣伝もできる。
私たちが訪れたとき、オーナーであるメルクールは居らず、女性店員が2人ほどで切り回しており、ダリオは明らかにホッとしていた。
さっきはあんなふうに言い切ってちょっとかっこよく見えたものの、やっぱりダリオはダリオなんだと、なんでかちょっとホッとした。
帰ってから、買ってきたお道具一式をファルコに渡したら、受け取って喜んではくれたものの、ダリオに同行して貰ったと言った途端、連れて行って欲しかったとちょっと拗ねられた。
次は服を買う為に一緒に行こうと言ったら喜ばれたが、ダリオも一緒にと言うとまた拗ねられた。
なにもう、このワガママわんこ。
高低差で耳キーンてなるわ!
……今日はもう寝よう。
☆☆☆
「歴史とは、良くも悪くもこの国が選んできた道。
先人に学ぶは無論のこと、国への理解を深める事は、自身の住まう土地と文化を守るという自覚を持つ事に繋がる。
歴史を学ぶことを通して、皆がそれぞれに考えてほしい。
自分たちが、何のために戦うのかを。」
教官のバアル殿の言葉を受け止めて、僕は考える。
彼女に同じことを言われたあの時、僕はなんと答えたのだったか。
国を愛さなくとも、彼女の為ならば戦えると、そう言った筈だ。
けれど、今はそれが充分ではなかったのだとわかる。
あの時の彼女の、少し困ったような微笑みの理由も。
あの時の僕には、彼女が世界の全てであり、僕の世界には自分自身すら存在していなかった。
今は……多分違う。
僕はまだまだ狭い世界の中で生きているけど、それでもそれは少しずつ広がっていて、そこにいるのはもう彼女だけじゃない。
この世界は僕に『勇者』であることを望んだ。
彼女もまた。
『英雄』から学べるものは、きっとたくさんあるんだろう。
『英雄』と『勇者』の違いは、僕にはまだよくわからないけれど。
そんな事を思いながら、教科書という本の内容を、バアル殿が解説していくのを、とにかく耳でよく聞く。
ヴァーナが教えてくれていた時と違い、バアル殿は『板書はしなくていいから、まず耳で聞いた言葉を、直接頭で理解しようとする癖をつけろ』と言った。
書くことと聞くことは同時にはできないから、どうしてもどちらかがおろそかになる、大抵の場合は書くことを選択してしまうから、結局は内容を理解せず、ただ書き写すことになるのだと。
『今ここに書いたことは今日の授業の終わりに、同じ内容をまとめて書いた紙を配る。
帰ってからその内容を、今日聞いた私の話を思い出しながら、改めてノートに書き出してみるといい。
思いついたことがあればそこに、自分なりの解釈を書き加えてもいい。
中途半端に聞き流しながら板書するよりも、記憶を反芻しながら書くことで、より深く内容が理解できるだろう』
だそうだ。
僕は今日が初めてだから、勉強というものをまだ全部はわかっていないけれど、確かにヴァーナの教えてくれることを、その都度板書しながら聞いていた時よりも、手を動かさずに聞いている方が、鮮明に頭に入ってくる気がする。
うん、授業って凄い。
「この国の歴史などどうでもいい。
それよりも早く、実戦を教えてくれ。
この国を勝利に導いた『英雄』が教鞭を執っていると聞いたから、俺たちはこの教室に参加したんだ。
こんなつまらん話を聞く為じゃない。」
と、バアル殿の話がどんどん頭に入ってくる感覚が、なんだかちょっと面白いと思い始めた頃、僕の後ろから太い声があがって、皆がその方向に注目した。
…どうやら隣国が派遣してきた『傭兵』という人たちのようで、僕が今まで見てきた『騎士』とは、同じく帯剣していてもどこか空気が違うように感じる。
バアル殿は彼のその言葉に、一瞬だけ眉を顰めた。
だが次には口元に笑みを浮かべながら、先ほど講義を行なっていたのと同じ口調で、その人に話しかける。
「…それは、足し算引き算を習う前に、連立方程式を教えろと言うようなものだ。」
「…なんだって?」
「ここは本来、騎士を目指す子弟たちを、その精神から築いていく場。
確かに貴公ら戦いのプロにとっては、不要な過程なのかもしれぬが、この子達にとっては必要不可欠だ。
戦いだけを教えたところで、それでは戦場でしか生きてゆけぬ。
戦いが終われば不要となり、糧を得る事すらできず、侘しく命を散らすこととなろう。
それでは困るのだ。
我々の目的は戦うことにあらず。
戦いの先の平和を勝ち取ることこそ騎士の本分、そこに尽きるというもの。
戦いはあくまでその手段に過ぎぬのだよ。
目的と手段を取り違えてはならぬ。」
…バアル殿の言葉は、今の僕には正直難しくて、多分言わんとしていることの半分も理解できてはいないと思う。
自分がわかっていないのがわかるのが少しもどかしいけど、彼には多分僕たちの今ではなく、未来が見えているんだと、なんとなくだけど感じることはできた。
☆☆☆
授業参観よろしく、教室の後ろで見学をさせてもらっていた私は、最初はファルコの様子だけが気になっていたものの、徐々にバアル様の講義に引き込まれていた。
私も最初の頃はファルコに、同じようなことを教えていたつもりだが、彼の教え方はその深い声や話し方で、言葉のひとつひとつが訴えかけるように頭に入ってくる。
これがゲーム中随一の博識キャラの実力!
このひとにファルコを預けたの大正解!
とあくまで心の中だけで絶賛していたら、なんだか途中から不穏な雰囲気になってきてしまった。
確かに、どう見ても騎士見習いという年齢じゃない、見た目もどこか荒々しい男たちが、授業に混じってるのは気がついていたし、バルゴ王国から派遣されてきた傭兵たちが、騎士見習いに混じって受講するという話も聞いていたから、あれがそうかと思っていただけだったが、あろうことかその1人が、途中からバアル様に絡み出したのだ。
てゆーかバアル様、気がついてるのか無意識なのかわかりませんが、それ挑発になってます。
あなたが今説き伏せようとしているその相手がまさに、あなたが否定した『戦場でしか生きていけない』人種なんですよ!?




