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40・さだめとあれば心を決める1

ちょっと不憫なダリオさんのターン。

 …『ひとりで行ける』と言った彼の言葉の語尾に被るくらい前のめりに、同行したいと詰め寄った私に、ファルコは若干退いたような顔で、こくこくと頷いていた。

 その表情ではっと我に返り、保護者としてだけではなく、神殿の代表という立場として王宮への挨拶もあるし、今後の教育を授業としてバアル様にお任せするにしても、ファルコを正式に近衛騎士団に移籍させる訳ではない以上、私としても今後の参考にする為にあちらの授業も見ておきたいのだと、若干言い訳めいた説明をした。

 私に逆らう気はないものの恐らく納得もしてないであろうファルコの肩越しに、神殿の門から数人の神官と騎士たちが迎えに出てきて、私の日常が再び始まったのである。


 神殿に戻ってきて、山と積まれているであろうと覚悟して臨んだ、休んでいた分の仕事は思っていたより溜まっていなかった。

 私の休暇中、実家から神殿に、ワインとコーヒー豆と日持ちのする菓子が、結構な量届けられたそうで、この心づけに皆が奮起して、『神官長』の決裁がどうしても必要な分以外は、神官も騎士たちも一丸となって、必死に片付けてくれたという。


 そんなわけで思いのほか仕事が早く片付いたのでダリオを呼んで、不在時のファルコの授業の進行について報告させた後、彼の為に必要な買い物に付き合わせる事にした。

 本当は本人と一緒に行くのが一番なのだが、夜の人出にすら人酔いしたような子に、昼間の喧騒はまだ早いと判断した。

 決して今朝のことが気まずかったからではない。


 ☆☆☆


 神殿から歩いて10分余の中央広場は、ゲームの中で選択できるデートコースのひとつであり、最も多くのデートイベントが用意されている場所でもある。

 この世界はヒロインが途中離脱している為、もはや起きることはないのだろうけど、王都で一番賑やかな場所であることは間違いない。

 神殿の騎士であるダリオは、平時なら街の治安を守るのが本来の仕事なので、市街地の事は私より詳しい。

 彼と一緒なら迷う事も、騙されて変なものを買わされる心配もない、筈。


「ここのものが一番、安くて品質がいい。

 神殿敷地内で売っているものはこれよりも安いが、その分丈夫さに欠けるし見た目もそれなりだ。

 うちの中堅クラスの騎士は、急ぎでない限り、大体ここのものを使っているはずだ。

 団長や副団長はどうか知らないが。」

 その私の期待に違わず、自分の知る一番いい店に案内してくれただろうダリオは、少しだけ得意げに見える。

 ダリオの言葉に頷きながら買い物メモを確認して、売場にある今揃えられるものの金額と予算をざっと計算する。

 ……得意ではないので本当にざっとだけど。


「そうね。いいと思うわ。

 あと、大きめの鞄が欲しいのだけど。」

「ふむ。そういうものならば、この並びの2軒先の店が……」


 ・・・


「助かったわ、ダリオ。

 いいお店を紹介してくれてありがとう。」

 差し当たって必要なものを買い終えて、荷物を持ってくれているダリオに礼を述べると、ダリオは嬉しそうに笑って首を横に振った。


「先の失態を埋めるには些か足りないだろうが、君が頼ってくれるのは久しぶりだからな。

 他の誰でもなく、私に声をかけてくれて嬉しかった。」

 ダリオのこういう顔は、子供の頃にはよく見ていたが、大人になってからはあまり見なくなった表情だ。

 言われてみれば、ダリオは神殿でのキャリア的には私より先輩なので、神殿入りしたばかりの頃は割と頼っていたと思う。

 私が神官長に大抜擢されてからは、彼より立場が上になった事もあって、彼の騎士という立場的に頼ることはあっても、彼個人を頼ることはあまりなくなっていた。

 …よく考えたら、幼馴染でしかも女である私が、職場で先輩である彼を飛び越えて上の立場になってしまった事について、彼の立場として面白くはない筈なのに、それでも今まで通り親しく付き合ってくれている事は、感謝しなければいけないことかもしれない。

 ちょっと考えに沈んでしまっていたら、ダリオが不審げに顔を覗き込んできたので、慌てて表情を取り繕う。


「服と靴もここで揃えられそうね。

 明日には間に合わないから、後日彼を一緒に連れてきて、その時に発注する事にするわ。」

 そんな私の言葉に、ダリオはやや不得要領な顔をした。


「…バアル殿には、うちの騎士服でいいと言われたと言っていなかったか?」

「だって、彼の身につけている騎士服は全て、倉から出してきたかつての騎士のいわばお下がりなのよ?

 それだってサイズを無理矢理直して使っているから、幅はともかく丈は短いし。

 彼にとってはこれから新しい生活に入るのだから、ちゃんと彼自身のものを新しく作ってあげたいの。」

 今世は勿論、割といい年齢まで生きた筈の前世でも子供をもった経験はないが、子供が新入学を迎える時の母親の気持ちはこんな感じなのだろう。

 立場的にはシングルマザーに近い立ち位置だろうから、余計に不足がないようにしてあげたいと思うのも。


「…まあ確かに、本来お下がりを着るような歳ではもうないだろうしな。

 では、その時にはまた声をかけてくれ。

 同行する。」

 道は覚えたから大丈夫だし、ダリオには本来の仕事がある。

 今の彼は騎士団長の、割と側近に近い立場(この辺の役職的な部分、神殿ではほんとユルい)でもあるので、買い物のたびに借りていたら、いい加減騎士団長に文句を言われるだろう。

 もっとも今の騎士団長は、私のことを上司だと思ってるから、私に対してはうるさく言わないかもしれないが、その分がダリオにいく恐れはある。

 そう言って辞退しようとしたが、ダリオは強硬に『いや絶対に行く』と言って譲らなかった。

 最終的には、


「…せめて父親の立場だけは確保せねば。」

 とか呟いていて、つまりはファルコと出かけたいのだと納得して、それ以上固辞するのはやめた。


 …そういえば似たような言い回しをバアル様にもされたが、受ける印象はまるで違う。

 というかバアル様の言葉も私に対してではなく、ファルコに対するものだったかもと今更気がついて、自分の思い違いに密かに恥じ入った。やばい顔が熱い。

 ふと顔を上げると、やけに嬉しそうな表情をしたダリオと目が合った。


「…解ってくれたのだな。

 つまり…そういうことだ。私は、君を…」

「ええ、よくわかったわ。ありがとう。

 …というか、あなたがそんなにファルコを可愛がっているとは思わなかったわ。

 確かにそれだけ可愛がってる子が突然家出して、里帰りしている母親のもとに行っていたとなれば、帰ってきた時ちょっと抜け殻になるのも仕方なかったのかもしれないわね。

 私だけがファルコを可愛がっていると、無意識に思っていた自分が恥ずかしいわ。」

「……どうしてそうなるんだ。」

 私の言葉を聞いたダリオは、そう言って前世でいうところのチベットスナギツネみたいな顔になった。解せぬ。

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